佳い家族や環境の下に生まれたならば、伸び伸びと負い目を感じず、人を信頼して大きくなれます。これは当たり前のことではいことを地元の小学校に入り知らされました。
そして、自分が属していた学校や他での自己責任とか自助努力という言葉にずっと疑問を感じていました。あくまでの世間的な生活の面でのことですが。
 
 生まれつき病気を持っていたり、身体が不自由で誰かの助けを借りなければ生きられない人はたくさんいます。それらの人たちに「自分で働いてお金を稼げず、税金も払えないお前らに配分する予算はないから、日陰者として家という座敷牢でひっそりと暮らせ」という感覚はとっても変です。
 病気でも動けなくても、たまに外に出たり、旅行をしたり、お洒落をしたり、本を読んだり学んだりという楽しみや気分転換をしてもいいでしょう。
 家族だけではない地域や社会の相互扶助の下で余分に持っている人が、働いてお金を稼げない赤ん坊や老齢者や心身の不都合な人たちを援助することを小さい頃か教育で教えていくことが肝要です。

 日本の社会がどうでも、家族や周りに恵まれていたなら、解決できることもたくさんあります。社会福祉が充実した中小企業や町村などの小さい規模の地方自治体で恵まれた生活を享受している人たちの話もたくさん聞きます。
 全体としては難しいことでも、まず、親子夫婦などの家族やご近所さんなどの地域社会や学校や職場から自分たちの生活をよくできることを考えていけばいいのではないでしょうか。ご縁を生かし、話し合うことで、いろいろなことが佳くなると感じます。佳い人たちがあつまれば、きっと佳い方向に進みます。

 生活ばかりではなく、真理との邂逅を求め、それを渇望していたら、きっと御縁に恵まれるような気がします。両者とも、もしも、チャンスが来たら、諦めずに怠惰な気持ちに打ち勝って、今生で、それも今、行動を起こしましょう。我慢して、臨終で後悔することは避けたいと思いませんか。

感謝していること
 ちょうどいいことが丁度いいタイミングで起きるのだとか嬉しく感じます。
 人を盲信はしませんでしたが、教えを盲信してしまっていた私でも、それがおかしいと自分の内側から感じられるご縁が来ました。もしも途中で誰か教えてくれる人があれば聞いていたでしょうが、それがなかったので長いこと迷いました。ご縁は大切です。