どうせなら同じ時間を生きるなら機嫌よくいつも笑って優しい言葉を掛けてたらいいのにと思って生きました。
 みんなそうではないと家族で知りました。妹や弟は感情で本能の赴くままにむき出しで生きていて、それを見ると野暮ったいなと感じていました。
 まわりのこどもたちも、そして時々大人も洗練されていない粋でスマートじゃないやり方で暗闇の中ぶつかり合っているようにも感じました。

 誤魔化すのやよくないけれど、全部洗いざらい言って不機嫌に怒るのも美しくない。
 しかしながら、ここまでという境界線を引いて、上手いこと引いたり、止めといたり、相手に花を持たせたりできるのは、人間に洞察力があり、一部の心理的時間的経済的に余裕のある人たちだということも分かってきました。
 結構、そういう人たちとご縁があり、可愛がってもらいましたが、自分自身はまだこの年になってもそういう余裕が持てません。ただ、心の持ちようで、そうなれるのではないかとも思っています。いいモデルをたくさん見てきて、お付き合いさせていただいて来ましたので。

 わざと意地悪や暴力を振るったり、怒らせるようなことをこれでもかと極限までして試したり注意を引いたりする人たちがいることも昔から知っていますが、気の毒ではありますが、家族や友だちとしては余裕がない私には付き合い切れないので避けたり、関わらないようにしています。使命を果たす以外の時間に余裕のない私には仕事以外の個人としてのお付き合いは勘弁してほしいです。

 ただし、仕事として、カウンセリングの対象としてなら、ナラティブアプローチなどで何らかの力にはなれます。今までたくさんのケースで回復のお手伝いもしてきました。
 基本的には家族が辛抱強く、いつも機嫌よく暮らす習慣をつけていくことが肝要なのかもしれません。
感謝していること
 日々学びの要素が転がっています。有難いです。