私は今生の残りの人生を高いところから見下ろすような傍観者ではいたくない!
 今、嘆き悲しむ人がいるのに、それに手を差し伸べる試みもせずに、ただ気の毒だと観ているなんてできない!
  何の役にも立てないかもしれないけれど、私ができることをできる範囲でさせていただいている。
それは周りの人に対するちょっとした言葉や文章や明るさやいつも機嫌よくしているような些細なことかもしれないけれど。
 平凡に波風が立たないように保守を決め込んでただ食べて寝て年を取って、死んでいく人生なんて真っ平御免だから。

 智慧と慈悲の覚体である御仏の無始よりの御恩に憶いを馳せ、そのあたたかさや安堵感を体得ているにもかかわらず、何もしないで怠惰に日々を送ることなどどうしてできましょうか。
 今まで親しい人を亡くしたことなどをはじめ、たくさんの悲しく辛いことがありましたが、それはそれでほかの人を思い遣れたり、気持ちが理解できて、いかに怠惰な私でも、放っておけないという気持ちになるために通らなくてはならないことだったように感じます。

 私は学者や評論家というタイプの人が苦手です。
 私も研究者の端くれですが、様々な興味を何らかの形で誰かの役に立つ、実践を伴う研究しかしません。それは楽しくなったり、ほっとしたりする効果のようなものもありますが、最終的には真理との邂逅を果たしていただくためのものです。
 残り少ない命の中で、御仏への御恩報謝を少しでもできるよう精進し、研鑽の日々を送ってまいります。
 感謝していること
 朝雨が降っていましたが、今は止んでいるようです。午後は西宮大学での授業でアメリカ文学を受講します。先生がいつもなんらかのきづきを教えてくださるのでとても楽しみです。