最近、ある新聞の記事を読んでいてとても悲しくなりました。
 自身は赤ん坊を保育園に預けて働くシングルマザーが、楽しそうにベビーカーを押して日中通り過ぎた女性にこう思ったということです。
 「あなたもお金を稼げる術がなかったら、すぐに私と同じような境遇に陥るんだから」

 それを見て、こういう人だから、他人を妬んだり、自分と同じところに引きずり落とすような考えをするから、現在の境遇があるのだと感じました。
 
 自分が恵まれなくても、それは自分の蒔いた種であり、他人はその人の努力や思い描いた境遇で生きているのです。だから、楽しそうならそのままお幸せにと思えないでしょうか。相手が苦しむ場面を考えなくてもいいんじゃないかって感じました。

 誤解を受けるかもしれませんが、敢えて言いますと、子どもが保育園に通うことも、大きな布団を持っていくことも、自転車の前と後ろに子どもを乗せてこいだりすることは私は一度も考えに上りませんでした。
 今後も死ぬまで自分で食べて歩いてトイレに行くと決めているので、そういう人生を送るでしょう。

 人間は自分で決めた潜在意識に導かれた通りに生きることができるらしいです。
 もちろん、そうでない場合もありますが、それはその人がそういう境遇の方が人生から問われていることを果たせる場合のようです。
 自分で自分の使命を強く思って、決めて、それを淡々とこなす人生には、ひとを妬んだり、僻んだり、サイコパスのように攻撃たり、殺したりすることとは無縁な人生を送ることになるでしょう。

 他人と一緒にその幸せをよろこんで、それが自分の明るい未来を思い描けるきっかけになるなら、そんなによくないことばかりがやってくる人生にはならない気がします。
 状況が同じでも、どう考えるかはその人の自由です。
 それなら、周りの人や道行く人の幸せを念じ、温かく嬉しい気持ちで生きた方がいいでしょ。
感謝していること
 今朝、子どもが丹後で熱があったようで、保健の先生がタクシーで学校から家まで送ってくださいました。最後の反省会などを抜かしたほとんどの行事には参加できたようです。