孤島で自給自足の生活でもしていない限り、私たちは他人と折り合いをつけて暮らしていかなくてはなりません。
  一人でも生きていけない代わりに、他人と一緒に居るということは楽しい事でもあり苦労も付きまといます。

 自惚れても、臆病でも人生は楽しくありません。
  自分の「立ち位置」が分からないと可笑しな言動をして顰蹙を買います。
  では「立ち位置」って何なのでしょう。
  
  そこは自分が自分らしくいられる「土俵」であって、周りの人たちもそこに上がって来てくれて、一緒に生きて行ける「場所」です。
  私はそこにいていいんだ、同じ気持ちを共有できる人しか、そこには上がって来れられないという安心満足、そして自由でいられる場所なのです。

  私は今どこにいて、どこに向かって生きているのだろう
  これが分からなければ不安で孤独で、本当は生きて何ていられません。
  それでも生まれてしまったから、頼りなくて臆病になる恐怖や劣等感を何も考えないで、見ないでいる根拠のない自惚れで誤魔化して生きている人ばかりです。
  
  「そんなに怖がらなくてもいいよ」っていっても、怖いし、
  「何で、どこからどんな自信が出て来るの」って言われてもこの固い殻を持っていないと壊れちゃうんだって威張ります。
  多分、前者は「他人の都合で脅かされた」鏡ばかり見る癖がついていて、
後者はいつも「自分を欲目でばかりの頑固な」鏡で見ていて、真実の大いなる力や光からの自己の姿を見たことがないのです。

 他人の鏡には「都合」、自分の鏡には「欲目」という歪みがあり、絶対真実なんて見えやしないのに、縁がなくてそれしか知らないのです。
 もしも、「真理の法鏡」を自身も見ていて、それを見せてくれる誰かがいたら、どうか見せてもらってください。

 感謝していること
  取りあえず、送金や送るべき荷物の大半は済みました。明日もう少しだけ残りを片付けます。今年もお蔭様で休むことなく走り続けてこられました。
 来年はさらにみなさんにいろいろなことをもっともっと還元できるように精進してまいります。