考えてみたらすぐわかるのですが、人間存在の本来の意味についてや過去現在未来を見通す智慧もなく、自分の身体を維持するのに精一杯なものがやっていることなど、取るに足らないことであり、ガラクタ以下なのかもしれません。
私たちが、人間や動物の死体に群がるハエや蛆虫を見てぞっとしたりするのと同じような意味をなさないことが人間の営みなのかもしれません。ハエや蛆虫なども、当の本人たちからすれば一生懸命生きているのでしょうが、私たち人間の目から見たら、意味のない活動をしているようにしかどうしても見えません。
それでも、突き詰めると、裸で生まれ、食べて寝て起きて排泄し、その間に生殖行為で子孫を増やし、また裸で死んでいく私たちと、彼らにどんなちがいがあるのでしょうか。
人間に生まれたことは宇宙全体のことや真理を考え、本当はその光の中に溶け込んでいること(真理の光源の中にいる)にきづくことができるチャンスをもらっている有難い時期ととらえるなら、とても素晴らしいと思えませんか。
人間を過大評価もせず、反対に過小評価もしないありのままを見つめるきっかけが、なかなかできません。
忙しい忙しいと急がなくてもいいことに急いで夢中になり、大切なことを考えないようにしています。
人間でなければできないこと、また人間に生まれたときにすべきことは後回しになってしまっていませんか。
生命を維持することの中で、人と争って、必要以上に蓄えを貯め込んだり、心の中で優位性を競い、憎み、傷つけ合い殺し合っていますが、表面上はにこやかに何もないように装うのが人間の本質なら、そんなものが何をしようとハエや蛆虫となんら変わりがないように感じます。
そんな中、ご縁あって真理の光源の存在を知り、実はこの中でみな生かされているのだと心底きづくことが、言葉を変えると人生の目的でしょう。
きづくといっても、すぐに元に戻ってしまう気づき方ではなく、信じているというよりも、知っている信知というような全く疑いのない信じ方が出来たとき魂が本当の意味で解放され、生きている本当の意味が分かった時なのでしょう。
かずちゃん、たかちゃんわかりますか?
私たちが、人間や動物の死体に群がるハエや蛆虫を見てぞっとしたりするのと同じような意味をなさないことが人間の営みなのかもしれません。ハエや蛆虫なども、当の本人たちからすれば一生懸命生きているのでしょうが、私たち人間の目から見たら、意味のない活動をしているようにしかどうしても見えません。
それでも、突き詰めると、裸で生まれ、食べて寝て起きて排泄し、その間に生殖行為で子孫を増やし、また裸で死んでいく私たちと、彼らにどんなちがいがあるのでしょうか。
人間に生まれたことは宇宙全体のことや真理を考え、本当はその光の中に溶け込んでいること(真理の光源の中にいる)にきづくことができるチャンスをもらっている有難い時期ととらえるなら、とても素晴らしいと思えませんか。
人間を過大評価もせず、反対に過小評価もしないありのままを見つめるきっかけが、なかなかできません。
忙しい忙しいと急がなくてもいいことに急いで夢中になり、大切なことを考えないようにしています。
人間でなければできないこと、また人間に生まれたときにすべきことは後回しになってしまっていませんか。
生命を維持することの中で、人と争って、必要以上に蓄えを貯め込んだり、心の中で優位性を競い、憎み、傷つけ合い殺し合っていますが、表面上はにこやかに何もないように装うのが人間の本質なら、そんなものが何をしようとハエや蛆虫となんら変わりがないように感じます。
そんな中、ご縁あって真理の光源の存在を知り、実はこの中でみな生かされているのだと心底きづくことが、言葉を変えると人生の目的でしょう。
きづくといっても、すぐに元に戻ってしまう気づき方ではなく、信じているというよりも、知っている信知というような全く疑いのない信じ方が出来たとき魂が本当の意味で解放され、生きている本当の意味が分かった時なのでしょう。
かずちゃん、たかちゃんわかりますか?
