あいつの、あの団体のこういうところが間違っているから、糺さないと気が済まないという人たちがいます。
いつも私は人間において100%は存在しないと感じています。
だから、相手を完全悪だと決め付けて、間違いを指摘して直すように強制したり、議論のための議論に勝つこととは一線を置いています。
不完全な人間が、「お前は間違っている、謝れ、そして自分たちに従わないとならない」というのは戦争を思い出します。
「お前には統治能力がないから、自分たちがこの土地を治めてやる。負けたのだから謝罪して、すべての権利を放棄して差し出すべきだ」という20世紀の負の遺産である戦争の理論を持ち出されたようで、気分がよくないです。
静かに、どこに考え方の違いがあるのか、共通する部分はないのかを話し合うことは出来ないのでしょうか?
もしかしたら、自分も考え違いがあるかもしれないという謙虚な気持ちがあったら、相手を完膚なきまで打ちのめそうという憎しみや嫌悪のこもった攻撃的なアプローチにはならないはずですし、四六時中そればかり言って、戦うのは、私なら疲れます。
だから、清らかなさとりの言葉や美しいものを出来るだけ多く、画面に載せていこうとしています。
それを見て、きづき賜る方が一人でも多く現れ出ることを願って。
恨み妬み憎しみからは生産的なことは生じません。
真理の言葉がきづきにつながるという憶いで、私はいつも書いています。
21世紀は統合そして融合の形で全体が栄え、豊かさを享受できる時代です。
古い支配欲丸出しの考え方を止めて、肩の力を抜いて、もっと楽に自由に自然に生きていきましょう。
誰も完璧な人はいないなら、完全降伏も、完全支配もありえません。
どこかしら、融通を効かせ、譲り合って、お互いの長所を認め合って、緩く考える方が心が嬉しく、優しくなれます。
あなたもOK そしてわたしもOK
このように心がけたら、争いは減っていくでしょう。
