家族でいる意味って何なのでしょうか?
実の子どもでも、一人の人間として向き合って、どういうことがやりたくて、そのために何を頑張っていて、それをどのように支えていけるか考えてきました。
親の思い通りにしようと思ったことはありませんし、赤ん坊の頃から、2者択一から始め、自分で考えて、選ぶように言っています。
自分で選んだのだから、失敗しても、その悔しさ辛さは、自分で乗り越えないといけないと、子どもは何度かの挫折で、分かってきたようです。
少しずつ自分から、取り組むようになった事もあります。
やったらやっただけ、身に付くことも自分でわかってきたようです。
子どもはある意味、賢いです。
危険な事は、親なので身体を張って、護りますが、子どもは、これだけ必死に阻止するのだから、いけないことなのだろうと気持ちが通じます。
大人は、厄介です。
特に、カルトでMCされた家族には、自分が家族の一員であるとういう自覚はもうありません。
自分が、カルトの活動をする事に生きがいを感じ、カルトの会長が家族より大切な恋人のようなものですから、始末に負えません。
MCとは人間性も破壊しますし、家族を引き裂きます。
親も兄弟も誰も、カルトに嵌ったヒトとは関わりたくないし、同居しているものだけがカルトと孤独に戦う事になります。
カルトを知らない、カウンセラーは、趣味と思って我慢しなさいとか、あなたが変わったら、家族は戻ってきますと分かったような事をいうヒトもありました。
カルトに熱中している家族をと暮らしているものにとって、もっともっと何かできる、無理して明るく優しく接しないといけないというストレスで、潰れそうになりました。死にたくなりました。
こちらが、下手に出ると、さらに酷い口撃が待っている事も経験しました。
カルトは、奪う事しかしません。与える事は皆無です。
そんなヒトは、家庭を持ってはいけないのです。
親になってはいけないのです。
ヒトに与える、分かち合える事が出来ないヒトは、一人で生きたらいいのです。
一人になって、カルトを続けたらいいのです。
