私のところには、ときどき「アカシックレコード」やスピリチュアルな能力についての話が届きます。それらを頭から否定するつもりはありません。実際に、通常の感覚では捉えにくい情報に触れている人がいる可能性もあると思います。

しかし、そこで一つ区別しておきたいことがあります。たとえそのような能力によって何かが分かったとしても、それはあくまで「迷いの世界の中の情報」である、という点です。

占いやスピリチュアルは、現実の出来事や人間関係を理解しやすくしたり、気持ちを整えたりする助けになることがあります。その意味では有用です。けれども、それらは問題の「説明」や「調整」にとどまります。どれほど詳細に過去や未来が分かったとしても、生死を超えるという問題の解決とは別の次元の話です。

 

私自身は「他力真実信心を賜る回心」という体験を通して、因果関係だけでは説明できないはたらきがあることを知らされました。そこでは、自分の努力や理解によって到達するという発想が成り立ちません。むしろ、自分の力ではどうにもならないということが明らかになります。

同時に、「時間は今しかない」ということも知らされます。

 

これは一般的に言われるような「今を大切にする」という意味ではなく、過去や未来に拠って立つことができず、この一点にしか立てないという事実です。このとき、「どう生きるか」という問いよりも先に、「すでに任されていた」という事実が明らかになります。

 

「真理にすべて任せることのできる境地」とは、意識的にそうしようとして到達するものではありません。任せようとする主体そのものが成り立たないことが知らされた結果として、そうとしか言えない状態です。したがって、それは単なる安心感や静けさではありません。むしろ、今この瞬間において、はたらきが絶えず現れているという現実です。

 

占いやスピリチュアルに関心のある方にお伝えしたいのは、それらを否定する必要はないということです。ただし、それによって迷いそのものから出ることができるのか、という点については一度考えてみる必要があります。

 

もし「このままでは根本的な解決になっていない」と感じるのであれば、それは次の段階に向かう重要な契機です。

すべては縁によります。それは能力や努力によって得られるものではありません。

そしてその縁は、「いつか」ではなく、常に「いまここ」という一点においてしか成り立ちません。

死の恐怖について考える中で、ある話を思い出しました。

大峯顕さんが西谷啓治さんに相談した際に言われた、

「夜だけでなく、昼も死の恐怖があるようになるなら、もっとよくなる」

という言葉です。

この言葉は一見すると厳しく感じられますが、実はとても重要なことを示しているように思います。

死の恐怖には段階があります。

たとえば、

・たまに怖くなる
・強さをある程度コントロールできる
・言葉で説明できる

こうした状態は、まだどこかに距離があります。

恐怖を「対象」として外に置き、考えることができている状態です。

しかし、

・昼も夜も関係なく迫ってくる
・逃げ場がない
・思考ではどうにもならない

こうなってくると、状況はまったく変わります。

もはや恐怖は対象ではなく、自分そのものに食い込んでくる現実となります。

この段階では、「楽しむ」という余地はありません。

恐怖を楽しめるというのは、まだ距離があるということです。
言い換えれば、観念の中で扱えているということでもあります。

私自身、物心ついた時から、死の恐怖を楽しむなどということはできませんでした。

そしてある日、他力真実信心に救われる直前、死の恐怖は昼も夜も関係なく、逃げ場のないものとして迫ってきました。加えて、いまここで死の恐怖を解決しないまま死んで、また迷いを繰り返すのは終わりにするという決意も同時にありました。

そこで初めて、単なる「怖さの強さ」ではなく、まったく質の異なる領域であることがはっきりしました。

この問題は、どれくらい怖いか、ではなく、
どこまで自分の存在に迫っているかによって、まったく別のものになるのだと思います。

だからこそ、楽しめるうちは、まだ観念の遊戯の域を出ないのです。

 

著者は、浦出美緒さん。SB新書  2025年発刊

まだ手元には届いていませんが、内容を知るにつれて、あるはっきりとした感覚が浮かんできました。

それは、理論と現実はまったく別物であるということです。

たとえば――

動物園で見るトラと、ジャングルで出合うトラは、まったく違います。

動物園では、安全な距離があり、
「観察する対象」としてトラを見ています。

けれど、ジャングルで出合った瞬間、それはもはや対象ではなく、

👉 自分の生死がその場で問われる現実になります。

どれだけトラについて知識があっても、
その場でそれが役に立つとは限りません。

むしろ、

  • 身体がすくむ
  • 心臓が早鐘を打つ
  • 逃げ場のなさに直面する

そういう、どうにもならない現実が迫ってきます。

死の問題も、これと同じではないでしょうか。

どれほど精巧な理論を積み上げても、それはあくまで「動物園の中での理解」です。

いざ臨終という一点に立ったとき、

👉 その理論がそのまま働くのか

ここが問われます。

私はどうしても思ってしまうのです。

どれほど美しく整えられた理論であっても、
それはまるで

👉 砂で作った城

のようなものではないか、と。

普段は形を保っていても、
臨終という一波が来れば、

👉 すべてがぺしゃんこになる

その可能性を免れないのではないか。

そして、もう一つ強く感じる疑問があります。

なぜ、人は
👉 理論だけで満足しようとするのでしょうか。

なぜ、
👉 真理との邂逅や、生死を超える体験を
👉 「いまここ」で求めようとしないのでしょうか。

死が避けられないものであるならば、その問題は「いつか」ではなく、

👉 今この瞬間の問題のはずです。

 

さらに気になることがあります。

著者の浦出美緒は、大学で教え、看護の分野にも関わっておられると聞きます。

そのような現場で、

👉 「ではあなた自身は、死の恐怖を超える体験をしたのですか」

と問われたことはないのでしょうか。

もし問われたとき、

👉 「まだ体験していない」と正直に答えられるのか、
それとも

👉 体験していないままでも、この問題を扱い続けるのか。

そしてもし体験していないのだとしたら、

👉 それを何としても克服したい、今ここで解決したいという方向に向かわれるのかどうか。

その点も、私にはとても大きな疑問として残ります。

だからこそ大切なのは、

👉 崩れるかどうか分からないものを積み上げることではなく
👉 本当に間に合うものは何かを見極めること

なのだと思います。

 

理論は、整理し、理解、理性を助けてくれるかもしれません。
けれど、それは「手前まで」の働きです。

最後の一線を越える力があるのかどうか――そこは感情問題です。

動物園の中で満足するのか、ジャングルに立つ現実に向き合うのか。

その違いは、その時になって初めて感じることです。でもいまここで今生死の恐怖が克服できた体験がある私はそれが、できることを伝えたいと毎日のように書き続けています。

浦出さんの本は、いわば『絶望的なまでに精巧な地図』。でも、地図をどれだけ眺めても、その土地の風に吹かれることはありません。私が語りたいのは、実際にその大地に立ったときに見える景色なのです。

私が生きにくさを感じる一つの大きな理由があります。
それは、多くの人が「自分はまだまだ生き続ける」という前提で日々を過ごしていることです。

もちろん、頭では無常を知っているのでしょう。でも、実際の言動は、「明日もある」「これからも続く」という前提に立っているように見えます。

その中で私は、いつだって「今日が最後かもしれない」と思って生きてきました。
だから、

心の中と異なることは言わない、
後で謝罪しなければならないことはしない、
伝えるべきことはその時に伝える。

そう心がけてきました。

 

他力真実信心の世界に身を置くようになってからは、なおさら、

明日があるか分からないからこそ、
いまできることをしておく。
逢いたい人には逢っておく。
伝えたいことは伝えておく。

そうした日々を実践しています。

 

しかし、周囲を見渡すと、

後回しにすること、
言わずに済ませること、
わだかまりを残したままにすること、

そうした在り方が少なくありません。

そこに、どうしても感覚の違いが生まれ、
生きにくさとして感じられるのです。

 

そしてさらに思うのは、
戦争のような大きな争いでさえも、

「自分はまだ死なない」
「これからも生き続ける」

という前提の中で行われているのではないか、ということです。

もし本当に一人ひとりが、
今日が最後かもしれないと深く受け取っているなら、

憎しみを持ち越し、
相手を徹底的に傷つけ、
争い続けることは、

今とは違った形になるのではないでしょうか。

 

対面で出会っていない方との関係においては、無理に近づこうとはしていません。
私はただ、真理との邂逅、生死を超える体験について伝えているだけです。

特に興味を引こうとすることはしていません。
ですから、

「本を読んでいただいて、その中で聞きたいことがあればお答えします」

とお伝えしています。

それ以上でも、それ以下でもありません。

 

縁というものは、

着く縁は続き、
離れる縁は終わる。

ただそれだけのことだと思っています。

無理に繋ぎ止めることもなく、
かといって拒むこともなく、
そのままに任せていく。

 

そして思うのは、

どれだけ尽くしても、
すべてを伝えきることはできず、
すべてをやり終えることもできないということです。

絵も、運動も、発信も、
まだまだできることはあるでしょう。

でも、全部できないまま終わるのが、
今生の残りの期間なのだと思います。

 

多くの人は「やり切ること」「完成させること」を目指します。
私は、未完のまま終わることもまた、それはそれで構わないと感じます。

その時々に現れた縁の中で、

できることを行い、
出会えた人に出会い、
伝えられることを伝える。

それが積み重なって、一生になる。

全部できなくても構わない。

ただ、その日を尽くして終えていく。

それしかありません。

私は、幼い頃からずっと、
「いま死んだらどうなるのか」
という感覚とともに生きてきました。

それは悲観ではなく、
私にとっては当たり前の現実でした。

 

もし、この瞬間が臨終だったら。

そう思いながら生きていると、
人に意地悪をしたり、嘘をついたりして、
誰かを苦しめることはできません。

謝ることもできないまま命が尽きたら、
取り返しのつかない後悔が残るからです。

 

だから私は、自分も他人も少しでも良くなるようにと、それだけを心がけて生きてきました。

 

けれど最近、はっきりと気づいたことがあります。

世の中には、私とは、まったく違う前提で生きている人がいるということです。

平気で人を苦しめたり、本心を出さずに人の気を引こうとしたり、傷つかないように立ち回る人たち。

そうした在り方の根底には、
「いま自分が死ぬかもしれない」という感覚が、ほとんどないのだと思います。

っていたのだと感じました。

 

信心を賜るまでは臨終に「後悔しない生き方」をしようとしてきました。

けれど、他力真実信心に出遇って知らされたのは、私の心の中に、真理など最初からなかったということでした。

 

どれだけ潔く生きようと、それは死の問題の解決とは関係がなく、

むしろ私の内側は、真理への疑いで満ちていたのです。

 

その疑いは、厚い蓋のように、
真理が通過、透過するのを拒んでいました。

そしてその蓋は、自分の力では外すことができませんでした。

 

そのことに気づかされたこと。そして、その蓋が外されたこと。

それはすべて、
私の力ではなく、真理の側から与えられた出来事でした。

 

いま私は、発信を続けています。

何かを教えようとしているのではありません。

ただ、「いまここ」で真理と出遇い、生死を超えるという体験が起こること。

それを、自分の身を通して示された事実として、伝えているだけです。

 

これまでに何十人もの方が、目の前で、真理との邂逅を果たされました。

けれどそれは、私の力ではありません。

 

私はただの「指」です。真理という「月」を指し示す、それだけの存在です。

 

指そのものに意味はありません。
見るべきは、その先にある月です。

 

しかし、実際に体験し、
それを示す人がいなければ、教えはやがて、言葉だけのものに

 

これまで真理の体験の多くは、人から人へと伝わってきました。

これからも、そうだと思います。

たとえば、法然聖人のように、書物を通して深く体験に至る例はまれです。

また、体験があっても、それを伝える術がなければ、広がることはありません。

 

だからこそ私は願っています。

この回心を求めている方に、「いまここ」で真理が通過、透過する体験が
起こってほしいと。

 

私がしているのは、ただのアシストです。

私という存在を通して、真理があることを知り、真理を受け取った方の中で閉ざされていたものが、外れていく。

 

その出来事が起こり続ける限り、

私はこれからも、「月を指す指」として、この歩みを続けてまいります。

「何だかなぁ」という感じです。抗議を受けた箇所を譲歩しつつ、よく咀嚼し切れていない新しい事項を盛り込んだり。核や軸が未だしっかり根付いてなくて、ブレブレなんでしょう。宗教に根差してないのは仕方ないけど、今の時点で、大学のあるべき姿についての哲学的、思想的見地を語れる教育者・研究者がいないのでしょう。非常に残念です。法学部と先端研で関わった生え抜きとしては。

立命館が「憲章」改正 25年に案巡り学内から反対、意見受け変更

学校という場で起こる、嫉妬やからかい、そして本音とは逆の行動――。
それらを見聞きするたびに、「どうしてこんな不毛なことが起こるのだろう」と感じてきました。

実際に、ある方から伺ったお話では、容姿端麗で頭も良く、運動もそこそこできたために、
女子からは嫉妬され、男子からは気を引くためにわざといじられるという状況が続き、
学校生活がまったく楽しくなかったそうです。

後になって振り返れば、自分が何か悪いことをしたわけではなく、
周囲がまだ未成熟だったという理解には至ったものの、
「なぜあの場所にいなければならなかったのか」という思いは残る。

そして、こうも言われていました。
「もし飛び級のように、精神年齢や理解度に合った環境に進める制度があればよかった」と。

 

しかし、ここで一つ、私自身がどうしても外せない視点があります。

それは、無常ということです。

私たちは皆、「いつか死ぬ」と知識としては知っています。
けれども、「次の瞬間に死ぬかもしれない」という実感をもって生きている人は、ほとんどいません。

もし本当にその実感があれば、

・嫉妬して意地悪をすること
・本音と逆の行動で気を引こうとすること
・相手を下げて自分を保とうとすること

そうしたことが、どれほど空しく、後悔の種になるか、
自然と感じられるはずです。

 

学校の中で起きていることの多くは、

・同じ年齢で一律に並べられること
・比較される構造
・承認を求めざるを得ない環境

そうした仕組みから生まれている面も確かにあります。

だからこそ、

・理解できたら先に進む学習
・到達段階に応じた運動
・芸術は評価しない

といった工夫によって、
比較や摩擦を和らげることは可能だと思います。

また、宗教的な一貫教育の中で、

・価値観の軸を育て
・飛び級など柔軟な進路を用意し
・国内外との短期交換留学で視野を広げる

そうした仕組みも、一つの方向性として考えられるでしょう。

 

しかし、どれほど制度を整えても、
それだけでは十分ではないと感じます。

なぜなら、

人の中にある「比較する心」「承認を求める心」そのものが、無常を見失うところから強まっていくからです。

 

今この瞬間が、二度と戻らない時間であること。
次の瞬間があるとは限らないこと。

このことが本当に身に迫っていれば、

・どう見られるか
・誰が上か下か

そうしたことに振り回される力は、自然と弱まっていきます。

 

逆に言えば、

無常感が抜け落ちたとき、人は目の前の小さな優劣や感情に囚われ、

・嫉妬し
・傷つけ
・本意でない行動を重ねてしまう

のではないでしょうか。

 

ですから、環境を整えることも大切ですが、それと同時に、

「今死んだらどうなるのか」という問いを失わないこと

これが、より根本的なところで人の在り方を変えていくのだと思います。

 

子どもたちが、

・比較の中で苦しむのではなく
・自分の歩みを大切にしながら

それでいて、

・この一瞬の重みを感じて生きていく

そんな在り方に少しでも近づいていくならば、
制度の工夫も、きっと意味を持ってくるのではないでしょうか。

特化した私に対する質問でもなく、明確な目的もない。
しかも実際に対面で出会ったこともない人と、SNS上でやり取りを重ねる――
そのような関係に、今の私には時間を割く余裕がありません。

正直に言えば、面倒に感じてしまうのです。

けれども、これは単に「忙しいから」ではないのだと思います。
むしろ、自分の中で大切にしたいものや、向かう方向がはっきりしてきた結果、
時間の使い方が自然と選別されてきた、ということなのでしょう。

 

では、そのように目的もなく関わってくる人たちは、暇なのでしょうか。

一見するとそう見えるかもしれません。
しかし、少し見方を変えると、それは「暇」なのではなく、
エネルギーの向け先が定まっていない状態とも言えます。

何かに深く打ち込んでいるわけではない。
けれども、心のどこかに不安や空白がある。
その埋め合わせとして、人との接触を求める。

その結果として、
誰にでも話しかける、関係の深さを問わない――
そういう関わり方になってしまうのではないでしょうか。

 

そしてもう一つ、強く感じることがあります。

それは、
「今、自分が死ぬかもしれない」という感覚の有無です。

人は本当に、死を自分の問題として感じているかどうかで、
時間の使い方がまったく変わります。

死が遠いものとしてしか感じられていないとき、時間はどこまでもあるように思えてしまう。
だからこそ、意味の薄いやり取りにも時間を費やせてしまう。

しかし、死が現実の問題として迫ってくると、
あるいは、生死を真剣に見つめた経験があると、
無駄な関係や曖昧なつながりは、自然と削ぎ落とされていきます。

それは努力して切るのではなく、
残るものだけが残るという感覚です。

 

ここで思い出すのが、エドガー・ケイシー の語った視点です。

ケイシーは、人の在り方を「地下階に住む人」と「地上に住む人」という形で示しています。

地下階にいる状態とは、目の前の反応や感情、欲求に縛られ、どうしても視野が狭くなりやすい状態です。

一方、地上にいる状態とは、全体を見渡すことができ、自分の時間や関係性を選ぶことができる状態です。

この違いは、単なる知識や能力ではなく、
生き方そのものの違いから生まれてくるもののように思います。

 

私が感じている違和感は、
単に「相手が面倒だ」ということではなく、このような視点の違いから生じるズレなのかもしれません。だからこそ、無理に理解しようとしたり、すべてに応じようとする必要はないのでしょう。関わる人は限られていきます。けれども、その分だけ、残る関係は深くなっていく。

 

なお、SNSの中で「いいね」だけをくださる方については、また別の受け止め方をしています。

それは、「この記事が気に入ったから、それを知らせたい」
という形で関わってくださっているのだと感じています。

そこには過度な要求もなく、踏み込みもない。
ただ静かに「読みました」「よかったです」と伝えてくださっている。

ですから、そこに対しては特に何かを感じるというより、そのまま自然に受け取っています。

 

また、このようなことから、実名で、かつほとんどが対面したことのある方々とつながっている
Facebookでの記事投稿は、現在ほとんど行っていません。

本来、対面の関係がある場であれば、より丁寧で意味のあるやり取りが可能であるはずです。

しかし現実には、SNSという形式の中では、関係の深さに関わらず、同じように情報が流れ、
同じように反応が返ってくる。その中で、自分の時間や意図と合わない関わりが生じることもあり、結果として、投稿そのものを控えるようになりました。

 

時に、「関わらない」という選択は、冷たく見えるかもしれません。

しかし、それは決して拒絶や排除ではなく、自分の生を大切にしている結果なのだと思います。

限られた時間の中で、何に心を向け、誰と関わるのか。その選択は、そのまま「なぜ生きているのか」という問いと重なっています。

 

これからも私は、自分の時間と関係を大切にしながら、本当に意味のある出会いと、深い関わりを大事にしていきたいと思います。

そして同時に、人それぞれが異なる段階や視点の中にいるということも、静かに受け止めていきます。

昨年末に本を出版し、少しずつ新しい活動を広げています。 最近の私は、身体を動かすことで「学びの本質」を再発見する、とても刺激的な日々を過ごしています。

西京極での「本物」との出会い

先日、西京極の卓球教室へ行ってきました。 ご指導くださったのは、現在、日本代表として活躍する松島輝空選手の親戚の方でした。

「経験者ですよね」と声をかけていただき、 立命館大学で博士論文を提出した年、卓球サークルで身体を動かすために卓球を楽しんでいた日々を思い出しました。 (翌年に大学院を修了しまし。あの時期、運動で気分転換ができてよかったです。)

先生の教えは、驚くほど合理的。 「フォアは体をねじって振り切り、すぐに次に備える」 「ラケットは打つ瞬間だけ力を入れる」

この「脱力と集中」の切り替えが、何より大切なのだと教わりました。

水泳も、卓球も。「今」の形へ

水泳でも、最近は「体幹を意識して、浮力で楽に泳ぐ」今風の泳法をジムの日替わり講習で習いました。 昔のやり方に固執せず、進化し続ける技術を「素直にそのまま受け取る力」。 これがあるかどうかで、上達のスピードが全く違うのだと実感しています。🏊‍♀️

振り返れば、論文を書いていた数年間……。 私は常に「戦闘状態」で、肩に力が入りっぱなしだったのかもしれません。

今は意識して肩甲骨を寄せ、肩を下げ、深い呼吸を心がけています。 心拍数を落として酸素をたっぷり取り入れると、身体だけでなく心もふっと軽くなるのを感じます。

新しい扉を開けます

そんな「脱力」の心地よさを知った今、新しい挑戦を決めました。 本日、対面のYouTube作成講座名刺・チラシ作成講座をインターネットで申し込みました!

昨年新調したパソコンをやっとフル活用できそうです。💻✨

YouTubeでは顔出しはせず、私の著書を自らの声で少しずつ音読し、 大切に描いてきた絵やイメージを添えてお届けする予定です。 「ライトハウス」へ持っていくための準備でもあります。

若い先生、そして人生の先輩である先生。 両方の視点から、最先端の技術を教わってこようと思います。

おわりに

「卓球、水泳とも選手になるほど熱心ではないから」変なこだわりもなく、 新しい知恵がスッと入ってくるのかもしれません。

日常の中で「ふっと肩の力を抜く瞬間」を常の心に留め置き、技術向上に努めます。

京都の街が桜色に染まる季節。 先日、大学のゼミ時代からの友人と一年ぶりに再会しました。

京都駅のデパートにある豆腐料理店でランチを楽しみ、東寺とその近くの神社の桜を愛でる。 一見、穏やかな再会のひとときでしたが、交わした会話の中に、現代の「教育」や「生き方」の本質を問うような、鋭い違和感が潜んでいました。

家族のために尽くしてきた歳月

彼女は現在、実家の両親の介護で毎日のように通っていますが、実はこれまでも、義理のご両親と同じ敷地内に住み、介護の末に既に見送ってこられたそうです。 お子さんたちも立派に育て上げ、息子さんは有名国立大から国家公務員へ、娘さんは公立大から県庁職員へ。お見合い結婚した、お連れ合いも公的な団体職員として安定した職に就かれて、定年後、嘱託で働いています。

これほどまでに家族の基盤を支え、尽くしてきた彼女に対して、夫が「早く働け」と急かすという話を聞き、私は強い違和感を抱かずにはいられませんでした。 介護という尊い労働を担い、家を守ってきた彼女に、これ以上何を求める必要があるのでしょうか。

彼女が11時から4時という限られた時間を「家族に内緒で」過ごさなければならないという現実に、今の日本の家庭が抱える閉塞感を見た気がしました。

「身に付く」ということの厳しさ

彼女は、学生時代に習った洋裁や機械編みを「もうできないし、やる根気もない」とこぼしていました。

私は、物事を「完璧に身に付ける」ためには、単なる自己満足ではなく、**「誰かに伝える」「仕事にする」という明確な出口(覚悟)**が必要なのだと考えています。 自分だけの楽しみで終わらせるうちは、それは本当の意味で血肉にはならない。研究者として、あるいは一人の表現者として、私自身が身をもって感じてきた峻厳な事実です。

一方で、親として子供に与える「教育」や「経験」については、また別の視点を持っています。

娘の習い事と、目に見えない「収穫」

私自身、一人娘には本人がやりたいと言うままに、多くの習い事をさせました。 生後半年からの公文に始まり、ピアノ、そろばん、習字、英会話、水泳、日舞、体操、卓球、剣道、そして学習塾……。

結果として、それらをプロとして教えたり仕事にしたりすることはありませんでした。 私自身、最初から娘の資質を見極め、「何か一つでも気に入るものがあれば」という趣味の幅を広げる程度の気持ちで、学校と共に通わせていたからです。

しかし、一見「何も残らなかった」ように見えて、実は血肉になっているものもあります。 例えば卓球は、中学・高校のスポーツ大会で毎年クラスを優勝に導く原動力となりました。剣道も、不測の事態で身をかわす動作など、日常のふとした瞬間に役立っているかもしれません。

何より、幼少期から何度も連れ出した海外旅行を経て、娘は「外国人と一緒にいても緊張せず、違和感なく過ごせる」という感覚を手に入れました。

記憶にはなくても、身体が覚えていること

目に見える「職業」や「資格」に直結しなくても、豊かな時間の中で育まれた感覚は、技術を超えた**「身体化された知恵」**として娘を支えています。

友人の息子さんや娘さんは、エリート職に就きながらも、多忙な仕事で二人ともうつ病で苦しみ、特に息子さんは休職を経験されたそうです。 親が「良かれ」とお膳立てした「経験」が、もしも「成果」や「スペック」を出すための義務になっていたのだとしたら、それはかつての彼女の習い事と同じように、いつか「根気」を失わせる原因になってしまうのかもしれません。

完璧に身に付けるべき「仕事」の厳しさと、ただ共に過ごし、世界を広げる「遊び」の豊かさ。 東寺の五重塔を背景に咲き誇る桜を見上げながら、人生を豊かにする「本当に身に付くもの」とは何なのか、深く考えさせられる一日となりました。