「宅間守は1963年11月23日、兵庫県伊丹市の工員Sの二男として生まれる。守が生まれる前、母親は妊娠を喜ぶ父親に対して『あかんわ、これ、堕ろしたいねん、私。 あかんねん絶対』と言ったという。母親が守を宿した時に何を感じたかわ分からないが、守は幼少の頃から三輪車で国道の中心を走って渋滞させたり、動物を虐待するなど 反社会的行動が目立っていた。
同容疑者は物心がつくかつかないうちから父親に叱責、殴打、時に木刀も振り下ろされる環境で育ったという。安全地帯であるはずの家庭。そこですら安住できず、蓄積したストレスは、学校や小動物に向けられ、爆発する。
小・中学時代から強者に迎合し、自分より劣ると判断した同級生を『奴隷』と名指しした。『宅間さま』とかしずかせ、『調子に乗るな』と因縁をつけて暴行。女生徒が横切れば、唾を吐きかけた。そればかりではない。燃やしたドラム缶に生きたままの猫を入れたり、布団です巻きにして川に流す。成長するにつれ、些細なことで母親を殴り、家庭内暴力を繰り返したという。」
「あかんわ、これ、堕ろしたいねん、私。 あかんねん絶対」と言った母親。そして、宅間が物心がつくかつかないうちから、彼に対して叱責、殴打、時に木刀も振り下ろした父親。特に、本来子どもを受容し守る「安全基地」としての役割を果たすはずの母親から自分の誕生を拒否されたことは、一生の人格形成に影響を与える「愛着」の形成を大きく妨げたことは想像に難くありません。現に、「燃やしたドラム缶に生きたままの猫を入れたり、布団です巻きにして川に流す」という彼の行動は、「愛着」不全の人間に顕著に見られる特徴です。
同様に、「愛着」不全に陥り、凶悪な犯行に及んでしまった人間もいました。例えば、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1988年)を起こした宮崎勤や、神戸連続児童殺傷事件(1997年)を起こした自称「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った「少年A」です。しかし彼らは、普通の家庭に生まれ、「厳格で厳しい父親」、「人一倍子どもに過干渉でヒステリックに子どもを叱る母親」という、当時よく見られた親による不適切な養育によって「愛着」不全に陥りました。つまり彼らは、宅間の何倍も普通の生活を送っていたはずです。
宅間守は死刑に罰せられました。しかし私の中には、「彼がもしも別の普通の親のもとに生まれていたら、果たして同じ結果になっていただろうか?」という疑問が残りました。子どもは親を選んで生まれてくることはできません。特に宅間のような人間は、まるで、両親によって生まれた時から死刑までの“レール”を走らされるような人生を歩むのです。
彼は本当に死刑になるべき人間だったのでしょうか?