羽生選手が金メダル。宇野選手が銀メダル。とうとう伝説となった平昌五輪フィギュアスケート男子個人。この衝撃的な出来事によって、日本国民皆が喜びに包まれたことでしょう。

   実は、私が9歳の時にも、札幌で開かれた冬季オリンピックで、スキージャンプ70m級(現在のノーマルヒル)で、笠谷選手が金、金野選手が銀、青地選手が銅と、表彰台を独占した事がありました。しかし、当時の私の記憶に残っていた事は、「日本人選手が表彰台を独占した」という“結果と「日の丸飛行隊」という“言葉”だけだったような気がします。

   

   私は、以前のブログで、「子供たちの知的好奇心を呼び起こすためには、本物にふれる機会が大切」ということをお話ししましたが、このようなオリンピックという国民的大イベントは、テレビ越しではありますが、正に超一流の選手の競技を見る事ができる、またとない機会だと思うのです。

   そんなチャンスを目の当たりにした私達は、今回の衝撃的な出来事から、次代を担う子供達に何を学ばせるべきなのでしょうか?


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   私は一昨日のブログで「羽生選手が奇跡の復活を果たせたのは、親との確かな『愛着(愛の絆)』が支えている“高い自己肯定感”と“驚異の身体的回復力”をのおかげではないか?」ということを、そして昨日のブログでは、「練習できない時に論文などで調整法を勉強し、更に解剖学に加え練習法や計画など文献をあさり、独学で方法論を確立した彼の類まれなる“探究心”だった」こと、更に「子供達には、羽生選手の表面上のジャンプやステップ等の技術だけを真似するのではなく、表に見えない“影の努力”こそを見習って欲しい」ということをお伝えしました。

   いずれも、「結果」ではなく、「親の愛」や「努力」に注目してお話ししたつもりです。それは取りも直さず、将来子供達が、単なる「結果」や「出来栄え」だけに振り回されるような人間にならないために、「“結果”よりも物事に対して“努力”することこそが大切である」という価値観を子供達に育ててやる事の重要性を私なりに訴えたものでした。


   また私は、昨日の羽生選手の演技の中で、ジャンプの後に何度か体勢を崩しかけながらも必死でこらえていた様子を見ていて、ソチのような転倒は絶対にしない!」という彼の意地とプライドがよく現れていたと感じました。これも、「結果」こそ金メダルではあったものの、それだけに満足するのではなく、その中にあった「失敗から学び、努力し、次の機会に生かす事が大事だ」ということを羽生選手が教えてくれたものだと思います。


   更に、宇野選手にも学ぶ点がありました。彼は、フィギュア団体の演技の後に、インタビュアーから今回の個人の競技に対する意気込みを聞かれた時に、「自分に勝つ演技をしたい」と語っていました。フィギュアスケートの選手に聞くと「ミスのない演技をしたい」と話す選手を何度も目にしてきました。だからこそ、その宇野選手の言葉が新鮮に私の耳に飛び込んできたのでした。「ミスのない演技」とは、ある意味「出来栄え」や「結果」を表しています。そのためか、私はその言葉を聞くたびにどこか違和感を感じていました。それより大切なことは、「自分の“弱い心”に負けずに、“強い意志”で競技に向かうこと」だと思います。それは正に宇野選手が言うところの「自分に勝つ演技」、つまりは「今までの自分を超える努力」です。

   宇野選手はフリーの演技冒頭の4回転ジャンプで完全に転倒しました。その時の解説者曰く、「始めのジャンプに失敗して心を乱し、それ以降の自分を見失ってしまう場合が往々にしてある」とのことです。しかし、昨日の宇野選手は違いました。その転倒後は、演技を立て直し、最後まで見事な演技を演じ切ったのです。そのことについては、宇野選手本人が試合後のインタビューで「始めに転倒してしまったけど、その後立て直せたのが良かった」と語っています。

   失敗は誰でもします。しかし昨今は、子どもが失敗をしないように、まるでヘリコプターのように子どもの頭上から注意深く観察していて、子どもに危機が迫れば直ぐに急降下していって助けてしまうヘリコプターペアレント」なる親御さんが増えているそうです。そういう親に育てられた子供は失敗に対して“打たれ弱い”子どもになり、宇野選手のように“立て直し”ができない大人になってしまうのです。親は「自立4支援」の方針に則り、基本的に一定距離離れた位置にいて、子どもに任せ、見守り、失敗した子どもを応援してあげましょう。そういう経験の中からこそ、子供は自分の力で立ち直る力を身につけていくのです。


   羽生選手や宇野選手のようなスーパースターでも、怪我をしたり失敗したりする中で、更にひと回り強い心を身につけてきたという事こそを、私達は子供達に伝えていかなければならないのだと思います。