雪の情景 鎌倉 後編 2024.2 | 果てなき旅路

果てなき旅路

旅、温泉…たまには歴史。時の徒然に、好きな事を綴っております。

「江ノ電」の腰越駅で下車をして、電車と車が同じ道を走行する併用区画…





画像の左側が「江ノ電」の腰越駅、左側が車の走る道路となり…





江ノ電が路面電車のように走行する併用軌道おねがい





鎌倉へと向かう「江ノ電」を振り向き様にカメラ





滅多に降らぬ雪など、何のその…





むしろ、雪道に慣れぬ車に気を配りながらも、走る姿がハートフルラブラブラブラブ





!? 腰越駅から江ノ島駅までの鉄道と道路の併用区間は500mあり、その途中、龍口寺の門前まで来ると、雪も本格化…





そうこうしている内に、藤沢行きの「江ノ電」がやって来たビックリマークビックリマーク





併用区間から線路へと戻れば、間も無く、江ノ島駅に到着しますDASH!





さらに、反対側へと移り、悴む手にシャッターを押すスピードが遅れながらも…





必死にその姿を追い、「江ノ電」が雪を蹴散らしながら走る様は、とても勇ましいグッ





上下線の通過を写真に収めた後は、折角、ここまで来たのだから、龍口寺にお参りをしないと…





静謐なる空間に、しんしんと雪は降り続ける雪の結晶




因みに龍口寺もまた、日蓮が開祖となる日蓮宗の寺院です。





そもそも日蓮とは、鎌倉時代に法華宗(日蓮宗)を開き、浄土宗や律宗、禅宗など、他の宗教の徹底した批判を行い…





時の執権・北条時頼には『立正安国論』を上呈し、また元寇を前に予言的な言動で鎌倉での布教を目指しました。





日蓮の激しい主張はたびたび法難を招き、かつての刑場跡であるこの地で、1271(文永8)年に 、日蓮が処刑されそうになりましたが、光る物体が現れ、難を逃れたと言われます。





この異変に幕府は死罪を断念し、日蓮は佐渡に流されたと伝わり、この事件を日蓮宗では、“龍ノ口の法難” と呼んでいます。





その後、1337年に日蓮の弟子・日法が、この地に自作の祖師像(日蓮像)を置いたのが龍口寺の始まりだと伝わります。






と言うことで、龍口寺での最後は、神奈川県内でも珍しい五重塔を望み…





ここはもはや、神奈川県の江ノ島だと思えぬ、どこか遠い雪国に来てしまったような錯覚に陥りながら、龍口寺を後に…




さて、これにて江ノ島駅から「江ノ電」で藤沢駅に向かおうと思ったのだけれど…





どうせここまで来たならば、雪の “江の島” も良いものだと…




もはや、観光気分で “江の島” へと目指し…




すると、江の島へと続く橋は寒風が吹き荒れ、傘をさして歩くのも困難な状況に!?ガーン





そんな人々の行く手を逆走し、江の島の島内へと突撃開始ビックリマークビックリマーク





カメラで写真を撮っているだけでも、歩いて来た道へと吹き飛ばされそうになりながらも…




やっとの思いで、江の島に上陸成功ウシシ




けれども、寒すぎる🤧






昨年、夏の「江の島の灯籠」以来、半年振りの辺津宮で手を合わせ…





さらに、江ノ島の奥地へと進むも、 今年の暖冬では経験のない外温の低さ((⛄))




人気のない江の島の島内において、イルミネーションは楽しげなのだけれど…




中津宮で手を合わせた時には、着ているダウンが雪まみれとなり…




身体がだいぶ冷えてきた🥶🥶🥶




本来であれば、「湘南の宝石」と呼ばれる江ノ島の頂上にある展望台 = 江ノ島シーキャンドルを中心に、江ノ島全体をロマンティックに輝かせる色と光の祭典が行われていたのですが…





江ノ島島内で観光客の影などほとんどなく、ましてや、これより先なんて…

行かねえよ叫び叫び叫び


と言うことで、撤収ビックリマークビックリマーク



次回は雪の情景のフィナーレと鎌倉の梅ですグラサン