こんばんは。
今回も書評です。
だいぶん経ちましたが、9月2日に紀伊國屋新宿本店で開催された『おかえり、めだか荘』(KADOKAWA)発売記念北原里英サイン会にアプリで応募して当選していってきました。
以下がサインです。為め書き入り。北原さんのサインは楷書でした。
さて、内容について。リニア建設のために取り壊しの決まっためだか荘に住む遠藤遥香、宮田那智、小柳津楓、生島柚子の四人の物語です。いわゆる連作短編集です。
以下、いわゆるネタバレを含みます。何も知らない新鮮な気持ちでこの小説を読みたいかたは以下の文章を読むのは控えていただけたら、たいへんうれしいです。
遠藤遥香は自分の心の支えであった恋人が宮田那智ともつき合っていたことを知ります。
宮田那智は売れない俳優なのですが、ネットドラマでヌードありで演技する役柄のオーディションを受けることを決意します。
小柳津楓は海外勤務のために恋人のプロポーズを断ろうとしましたが、結局受け入れます。
生島柚子は自分と母親に乱暴を働き、捨てたけれど、大きな会社の社長である父親になんとなく経済的に依存してきましたが、しかし、自分の思い込みを指摘され、父親と和解します。
生島柚子の話が最もおもしろかったですね。
しかし、落胆したのは遠藤遥香のエピソードです。アイドル系小説家の限界がもうすでに見えました。
すでに書評したモモコグミカンパニーの小説も大木亜希子の小説もそうだったのですが、"自分にとって心の支えであった恋人が実は浮気をしていた(。許せない)"という道徳観が小説に強く表れているんですよね。三人ともそのほかの道徳、倫理、社会に関しては冷笑的ともいえるほど、無関心なのですが、しかし、浮気は許せないという思いだけは強いのです。なぜなのでしょうか。そして、それ(だけ)を(強く)小説に書いておもしろいと考えているのでしょうか。弱者が再開発で立ち退きを迫られる、しかたがないよねー、女性の俳優はヌードになることを要求される、しかたがないよねー、女性は出産などで出世が遅れる、しかたがないよねー、でも、男の浮気だけは絶対に許せないよね。という感じ。男性にありがちなネット右翼に比肩する女性にありがちな恋愛ジャンキーをみつけた感じがします。北原さんは生島柚子の話で、恋愛ではなく、親子の話を出してきましたが、しかし、恋愛ばかりに偏らずに、親子の話をもっとしてもいいでしょう。男の浮気が多いというのも、男の浮気は甲斐性という性差別が今も根強いからであって、恋愛も社会や歴史とつながっています。じゃあ、恋愛だけはつらい浮世からの避難所、隠れ家でありえるはずもありません。
おそらく、いつか理想の男性をみつけてお互い浮気をせずに相思相愛で暮らしていくことにしか興味がないのでしょう。ですから、小説家の才能がないんですよね。ヌードありで演技する役柄のオーディションを受けるという話は大木亜希子『シナプス』にも登場します。
たとえば、男の浮気は許せない、で終わらずに、男の浮気は許せないと思っていたのに、気づいたら自分も浮気をしていたときに、小説は始まるのでしょう。
小説家を本職とする小説家にはなく、アイドル系小説家にありがちなテーマを捨てたときに、彼女たちは本当に小説家としてデビューできるのでしょう。