ぼうけんのしょ -78ページ目

ぼうけんのしょ

L□∨Ε...φ( ̄▽ ̄*)ポッ


親愛なる○○、

クリスマス前に着いたよ、プレゼント沢山贈ってくれたね!本当にありがとう。
沢山送ってくれたから、本当にびっくりしたよ。
娘ちゃんは、かわいいシールが気に入って、幼稚園にもみんなに見せに持っていったよ。そして、大きな絵を描いて、それをシールで飾ってる。
気候がとても温かい今年は、まだ極暖ヒートテックが必要な日は少ないけど、新年にはもっと寒くなるから、送ってくれたシャツも、きっと着せてもらうからね。
本当に、ありがとう!
仕事でも、プライベートでも、2016年も楽しい1年を過ごしてね!



どうやら、シールが一番気に入ってくれたみたい
スリッパはイマイチだったかな、っていうか、多分、余計なお世話だったかも

でも、やっぱり送ってよかった
クロップ、ようやく汚名返上かなウインク
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しばらく、リバプールエコーなどの地元紙も、ハネムーンがオワッタなど、寂しい記事が並び。

ドルトムントも休暇中で、今ひとついい記事がなかったりなんですが。

そろそろまた、リバプール関連の、楽しい記事が並ぶかな~

首位レスターにホームで無失点で勝てたんだからおねがい

ルールナッハリヒテンでも、リッケン様の三つ星記事を載せてましたが、アップの写真がただただかっこよいだけで、もう一回ブログに載せます。

じゅるり・・・・







それだけで終わりかい!な記事なんで、ちょっとここらで、近頃書いてなかったHellotalkの状況もご報告。

●エグゼクティブなアメリカンとアタクシの関係は・・・

冷え込んできました。

実は、本格的に日本に来るのは、3月からなんですが、彼は来月短期でも日本に来ることになり、せっせと質問はぶつけてきますが、
冷えてきた理由はというと、自分が聞きたいことがあるときは、ものすごく礼儀正しく、丁寧なのに、私が質問したいことがあると、結構つめてーんですよ。
あっさりと時間ないとかいったり、とっととオフラインにして返事しなかったりと。礼儀正しい自己中。まぁ、忙しい人だからだし、私も現役時代のことを思えば、普通のことだけどね。

↑このパターンもまた、過去つきあってきたアメリカ人的特徴に合致してますが。。

来月ちょっとだけ日本に来るとはいっても、ちいとも発展する見込みナシ。
彼的には、情報ソースとして他にも何人かの「自称日本人」が彼に伝えた情報がまちがっていないか、私を信頼しているから、確認する相手とみなしている。

↑多分、自称日本人だけど日本人じゃないと思われる人が、結構とんでもない情報を伝えています。
アメリカ人は嫌われていて、戦争のことがあるから嫌がらせを受けるだろう、とか、
女は、地位を目指して、外国人にまたを開きやすいとか。彼も、既にその相手の言うことを頭から信じないようにしていて、念のためにということで、たまに聞いてくるようになった。

↑こういう話題も、下品にエロくならないで、ニュートラルに返事を返すのは、私にとっても英語の社交上の、大変なお勉強でもあり。

相手も、セクシャルな気持ちが多少前にあったとしても、今は一切、そういうのをほのめかしもしなくなった。(前は、ジムで鍛えている自分の筋肉写真とか、アピール的に送ってきていた)

↑これも多分、メルアドを教えようとしたときの会話を、ケルンにいくからとぶっちぎったまま、それにはその後も一切、ふれないでいるというアタシの対応もまた、「そういうのお断り」な雰囲気があるからだろうけど。

なんどか、「日本の伝統とかを知らないがために俺は何か失礼なことをしていないか?←怒らせるようなこと、何かした?」
というようなことを聞かれてましたが、別にそういう意味では何も失礼なことをしていないので、私はひたすら丁寧な、フレンドリーな語学相手として、伝統などにもふれて、問題ないよと振舞っております。
内心は、イロイロ思いましたけどね。まぁ、そういう相手として、平和にやっていけるからいいかなと。

●オージーとアタクシ

オージーは中年男性で、結構くだけまくった英語の人で、しかも無教養なカンジでナマリがあるから、理解するのが結構むずかしくて、最初はコミュニケーションもいまひとつ、でしたが、

今は理解しあい、なんとなく、ウフフ♪な雰囲気も。

相手は、無教養な、アウトドアマンという態度をとってるけど、実はネクタイ締めて会社に行っている人。自然を愛し、オーストラリアの大自然を満喫する写真や、ベトナム・カンボジア・ラオスなどの農村を休暇場所に選び、現地の人と心温まる交流をしてたりと。

だけど、本当にやけに、無教養なフリをしている。
普段しゃべる英語は、非常にそういうバカをとおしているような態度。
そして突然、オクトーバーフェストには行ってみたいと思う、と、つづりもカンペキにドイツ語をつづってきていたり。(Oktoberfest ←英語圏の人はOctになることが多い)

そもそも、無教養な人だと、絶対シモネタとか、ソッチ系の話がまざるはずが、一切なし。

大変、紳士的に、ナンパ的ではなく、何度もオーストラリアに来い来い、ここもつれてってやる、あそこもつれてってやる、おいちゃん、ケーキもおごっちゃうぞ、などといってくれている。
↑女性に対する礼儀もバッチリ。英語でミスったりして恐縮すると、さっさとカンペキに慰める。

やけに自分を、卑下したりして、「じじいは疲れたから寝るからなー」といってお休みをいったり、「じじいの自分には、大変なんだよ」的なことを言いつつも、ナカナカ、体も鍛えているイケメンなのですよ。

そして、無骨な、口下手なゴツイおっさんが、非常に実は、自然などの意識高い系な人だったりする。ときどきポツリと、詩人というか、含蓄のある言い回しをしてくる。
「退屈なだけが、俺の悩み。だけど、人生が何を運んできてくれるか、みてみようか」

↑こういうような、哲学的な言い回しになると、ちゃんと文法的英語で語ってたり。
多分、その気になれば、全く教養のある言い回しも、話題も、全然やる人なんだけど、へそ曲がりで偏屈なアウトドアジジイとしては、頭よさげにかっこつけること=悪みたいなカンジ。

だけど、相変わらず、主語を抜かして、自分のIを抜かすのは当たり前にあるけど、こっちのYouを抜かしてきたりもするんで、いまだに、何の話やねん!的にもなるけど。

↑多分、真面目に嫁探ししているんだろうけど、未だに、そんなことを出さずに、あほなオッサンですよーという話題を振ってきて、じわじわと私の情報を、さりげなくきいてきたりするのみ。がっついたカンジが全くない。そうかといって、何でも言うとおりにします、という人でもない。

私が、含蓄のあるお言葉をいただいたときに、するどい内面を見通す的な質問を返したりすると、アホなじじぃは疲れたから寝るといって寝ます。じじぃじゃないくせに(笑)

それがまた面白くて、全然日本語なんぞ興味がないことがバレバレな人だけど、実はカンペキに紳士で、こっちとしては、オモロイ英語が身につくんで、話は結構してますし、今一番、オモロイ相手です。

●スイス在住ドイツ人

とっても無害な、無邪気なドイツ人。

●ビジネスマンドイツ人

熱心な勉強者で、アタシだと、あまりにもドイツ語のレベルが低すぎてつまらないらしい。
徐々にフェードアウト。

●アニメスキドイツ人

同じく、私のドイツ語の熱意がないのを見て取って、徐々にフェードアウト。
すまんのう、ドイツ語で会話するのは、本当に疲れるのじゃ・・・

●トルコ系ドイツ人

同じく、サッカーの話しか盛り上がらないアタシの趣味の狭さ(笑)と、ドイツ語の熱心さが全然ないことから、徐々にフェードアウト。。

●新登場ドイツ人

ミュンヘン在住。非常に正確なコミュニケーションを英語でとってくれるので、まぁまぁ話をつづけられそう。だけど、どうも打ち解けにくい。
サッカーの話したいけど、そういう横道にそれるのは、結構スルーして、語学や日本生活の話題に引き戻される。

そんなとこかなー。

えっと、ドイツ語の熱意が、もう、切れてきました・・・
文法的に指導をうけるのが、本当に私って嫌いなんだね・・・・
こんなんじゃ、全然みにつかねー。。。。

昨日のKicker誌では、ほぼ断定していましたね、シティにいくだろうと。


根拠としては、「信頼できるイギリスの情報筋」からの情報として、

・今のシティのCEOとSDは、グアルディオラのバルサ時代の親友。
(フェラン・ソリアーノと、チキ・ベルギスタン)



それだけ?!

うーむ、アタシの中では「信頼できる情報筋」って、イギリス発の情報は、そんなに信頼できないんだけどなー。



今年結婚したばかりのバイデンさんち、奥様のリサちゃんとふたりっきりで過ごせるのは、今年まで。来年からは、もう一人の家族が




まぁ、でも、ドイツの習慣的に、長いこと一緒に住んでて、今年結婚式挙げただけっていう感じでしたが。

バイデンもいいパパっぷりを発揮しそう!!
こんな美男美女のお子様は、とんでもなく可愛いに違いない

どうも、その可能性が高そうです。

マインツ側も引き留め工作をしていて、結局は引き留めきれないようで。



ドルトムントとしては、目の高い有能なマネージャーが、積年のライバルとして目の前に現れるのは嬉しくない。

次々と安く買って成功する選手と、戦うのは怖い。


という気持ちもありつつ、

シャルケに足りない、実務的な有能さや、選手に対する説得力のある上層部、尚且つ、各敵チームの上層部とも良い関係性を作れる冷静なマネージャーを持つことは、喜ばしい。

私の印象だと、シャルケは精神論に傾きすぎて、瞬間判断がフラットじゃないと思う。内田の手術に際してのコメント、ドルトムントに対する態度、ボアテングやサムへの対応の失敗など。

精神論は脇に置き、責任ある立場から物が言えない今のマネージャー、そして、それはマネージャーだけじゃなく、クレメンス・トニー自体が結構ダメかな。


ハイデルが、こーいう人達の判断力を、向上させるのも、マインツよりも大きな予算を持つのも、また、マーケティングなどと協調した歩き方をするのも、ほぼ一人で何でも背負ってきた彼にとったら、ナカナカなチャレンジ。だけど、ハイデルには、できるだろうな。




えー、ワタクシの舌なめずりして敬愛する、ドルトムントのレジェンド、ラース・リッケン様が率いるユース組織のチーム運営が、ドイツサッカー協会などにみとめられ、
 "Support & Education"
 "Personal"
 "Infrastructure and Equipment"
"effectiveness and transparency"
などが評価されて、3ツ星の栄誉を受ける。


んーーリッケンさまぁぁぁ


コホン。もとい。

おめでとう!ドルトムント!おめでとうリッケン!!

3.ペップのアシスタント

グアルディオラはバイエルンミュンヘンでも多くのアシスタントを置いているが、その中の一人は、伝説的地位を持ったひときわ目立つ存在。
マヌエル・エスティアルテは、選手時代、実はサッカー選手ではなかった。
彼は、ウォーター・ポロの選手だったのだ。
オリンピックで6つの大会を戦い、「ウォーター・ポロのマラドーナ」とその戦いを称えられ、金メダルも、ワールドカップタイトルも、彼の沢山ある栄光のうちの2つに過ぎない。

カンプ・ノウでも、エスティアルテはグアルディオラの右腕だった。彼のキャリアから、信頼と尊敬を選手からも勝ち得ており、チームのマインドセットの方法を彼から学ぶこと以外にも、グアルディオラが信頼を寄せる理由の一つでもあった。

ミュンヘンでもその関係は続いており、時には新しいアイデアがあると、ペップは選手に広めるための共鳴版としてもエスティアルテを使い、時には試合前のビデオチェックを助けたりと、彼はコーチングスタッフ陣の中での、貴重な人材であり、おそらくペップの行き先に、ともに行くことを求められるだろう人だ。

4.バルサを辞めたとき

グアルディオラがバイエルンを去る時には、2012年に彼がバルセロナを去ったときと同じように、彼はふさわしい賞賛を受けるだろう。クラブは実際に、ペップが去ることを知らせた後、1ヶ月以上は悲しみにくれ、全選手とクラブ代表のみならず、スポーツディレクターや重役たち全てが、彼の記者会見に参加したのだ。さらに、トリビュート・ビデオを彼を主役に作製し、満員の観衆がつめかけたカンプ・ノウでのお別れの言葉を述べたのだった。レジェンドが去るときにふさわしいものだったのだ。

しかし、いつもそういうわけでもなかったのだ。
2001年にペップがバルサを、選手として去るときは、彼は裏口から変装して出て行ったのだ。

4月のある午後、彼は、当時代表を務めていたヨアン・ガスパールとのミーティングを行い、彼が去ることを伝えた。「いつ?今だって!?」という反応だった。グアルディオラは、その通りです、そして明日、記者会見を開きますので、一緒にご出席くださいますかとお願いする。

※ グアルディオラは、2001年の最後の試合の後、現バルサ監督のエンリケに抱え上げられる


突然いわれたガスパールは、その時、既にスイスでの休暇を予約しており、スケジュール変更ができなく、出席はしないことになった。
6リーグタイトルを持ち、史上初のヨーロッパチャンピオンになったグアルディオラは、一人で記者会見に出たのだ。

その別れは、協会に多大な貢献をした選手に対してふさわしいものではなく、イギリスで見かけるようなものとは正反対だった-当時からペップは、イギリスを賞賛していた。

「次にどこでプレイするかは分かりませんが、イギリスチームに行きたいという希望があります」
グアルディオラはその2001年の記者会見で、そう答えたのだ。「彼らは正直です。オールド・トラッフォードで最初にプレイしたときのことをよく覚えています。最高でした。」

彼は、プレミアリーグで選手としてプレイしたことはなくても、それぐらいうれしいことが、今起きようとしている。


5.彼は著作家

近年、何冊ものグアルディオラについて書かれた素晴らしい書物が出版されてきているが、マーチ・パラナウによって書かれた、バイエルン時代を内側から見た自伝などもある。
しかし、ペップ自身が、本を書いていたことをご存知?

2001年、彼は、「La meva gent, el meu futbol(原題)」 (英語:my people, my football) を、ルー・マルティン、ミグエル・リコというスペインで最も尊敬されるジャーナリストとの共著で、出版している。一部は自伝、一部はペップの試合を解説したもので、名著だった:ペップファンなら、必ず読むべき本だ。

しかし、2つ問題がある。1つは、カタローニャ語版しかないということ。そして2つ目は、既に絶版となっているということ。絶版してずいぶんたっているが、大金を稼ぐだろうとは思われていても、ペップは再版の気持ちは全くないようだ。

なぜペップが選手として、最も話をした回数が多いのがファン・ハールだったのかを知りたい?
残念!
「La meva gent, el meu futbol」は、手に入りにくい悪名高い本であり、たとえ運よく見つけられたコピーだとしても、恐ろしく高くつくのが確実だ。


6.最初のトロフィー

バルセロナで監督を務めた最初の年に3冠を勝ち取ったことは、非常に大きなことではあったけれど、それは彼が監督になってから初めてのトロフィーではなかった。

それは、そこから1年前に、彼がリーガ4部のバルサBで地域大会のタイトルを取ったときだった。チャンピオンズリーグのトロフィーをもつよりも、ちっぽけなものだったが、それは、彼にとって、最大の瞬間だったのだ。

バルサの少年チームが2008年にタイトルをとり、それに伴い3部に上がれたときのことを、グアルディオラは後に「スポーツ選手としての生涯で最も大きな喜び」と語る。あらゆるタイトルを勝ち取ってきたこのサッカー選手から、そのような言葉が出たのだ。

バルサBは、ペップが監督をするにあたって最も自然にそうなるだろう環境だった。というのも、ペップが現役引退をした2006年の際、最も理想的な仕事は、ユースアカデミーで、子供達とともに「気取ったり、野望に取り付かれたりせずに」監督業でのトップを目指すことだったのだ。

その後は、違ってしまったが、過去にユースで指導をうけた彼の元で、1部チームに次々とスターが誕生したことも当然のことだったのだ。ユースのサッカーは、彼が最も愛するものなのだ。

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いやーーー。中々、面白い記事でした。ペップが子供好きだったというのは最近知って、結構意外でしたが、元々ユースの指導をしたかったんだということを聞いて、またイメージ変わりましたね。

「気取ったり、野望に取り付かれたりせずに」は、the pretension or the obsessionをそう訳して見ましたが、今のペップをみるに、やっぱり「気取って野望に取り付かれて」いるように見えてしまうからなんですよね。

カタロニアの詩人の詩を朗読して目に涙してしまうぐらい、感激屋のオヤジ。

子供大好き。

3年で辞める理由はというと、「ペップは、全身全霊を込めるから、3年というのが、それがもつ限界なんだ」といわれる。

本当に、誠実に、真剣に、サッカーと向き合っているのね、と思うんですが、


ちょいちょい、ちょっと違う印象も持ってるんで、やっぱり好きなのかキライなのか、まだ整理つかない監督です。

ってことは、やっぱりスキなのね