数日ぶりに福岡の自宅に帰り、
朝が来て
不在中、
預けていた犬の「コウ」を
預け先まで
四人で迎えに外に出る。
東京に行く前には色づいていなかった
木々の新緑、
陽を浴びて
名前の知らない黄色いかわいい花が
まぶしく光ってる。
訪れを報せるサインが
最もわかりやすく、
華やかな季節、
春。
家に到着し、
狂喜する「コウ」のことを、
私たちは
それぞれのやり方で、
微笑ましく
淡々と
受け容れた。
いつしか、
「コウ」がいることが
私たちの、いとしき「日常」。
・
新学期を迎えるにあたり、
ごく自然に湧いてくる「不安」について、
春休みがずっと続けばいいなと
自由に「望む」こと、
昨日見た「変な夢」のこと、
みつけたばかりの
面白い「YouTube」のこと、
そんな、
ただ
「思ったこと」・「言いたいこと」を
自分の朝が始まったと同時に
子供は、
大人に一気にシェアし始める。
少ししずかに、
ゆっくりと、
こころを整えながら、
一日のはじまりを感じていたい大人は、
ただ、そのまんま、
今、我々はしずかな朝を望んでいる、
ということを子供に伝え、
その「望み」を叶えるための協力を求める。
(協力を得られる日もあれば、得られない日、
どっちもある)
いつしか、
そんなやりとりも、
私たちの、いとしき「日常」。
・
今、目の前にある「日常」が、
自分の「日常」になる手前には、
(自覚の有無は別にして)
そんな「日常」が訪れることを
強く望んでいた自分がいる。
「日常」は、
自分の思ってたのとちがうものも
多々混ざりあい、
それらと共存しながら
自分の「望み」を
開(ひら)いて出して、
陽に当てる、
地味で、些細で、ちいさなことの
「積み重ね」をあきらめないこと、
から成り立つ。
一年前は、
「家族」でもなかった私たちの
「日常」は、
花開(ひら)き始める「春」のような
わかりやすい華やかさもなく、
キラキラもないけれど、
その時がくるのを待って
いつしか
「日常」になっていった
いとしき、積み重ね。
・
東京滞在中は、
出会っていなかっただろうパートナーと一緒に、
「しぃフェス」に参加することができました。
とても有り難い、ステキな時間でした。
写真を撮ってくれた、ふみさん、ありがとうございました♡
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