人に怒るなら、許すところまでがセット。
最近、ふと思ったことがあります。
「人に怒るなら、許すところまでがセットなんじゃないか?」
こんなことを書くと、
「安達さんは、人を許せる心の広い人なんですね」
と思われるかもしれませんが……
いやいや、全然そんなことありません(笑)
僕も腹が立つ時は普通に腹が立つし、「なんでそんなことするの?」と思うこともある。
仕事でも言う時は言います。
知らない人でも、明らかに「それは違うでしょ」と思ったら、黙っていられない時もあります。
だからこれは、人に言うというより、僕自身への戒めでもあります。
例えば、
静かにしなければいけない場所で、大きな声で携帯で話している人がいた。
さすがにこれは……と思って注意する。
相手も、
「あ、すみません……」
と気づいて電話を切る。
だったら、
もう、それでよくない?
と思うんです。
もちろん、逆ギレされたり、「何が悪いの?」みたいな態度なら話は別。
でも、人間って不思議なもので、自分が悪いと分かっていても、素直に「すみません」と言えない時ってありませんか?
僕はあります(笑)
プライドなのか、恥ずかしいのか、突然注意されて引っ込みがつかなくなったのか。
顔を見たら、
「あ、この人もう分かってるな」
って時がある。
そんな時にさらに、
「ちゃんと謝ってください」
「あなたが悪いんですよ」
と追い込む。
もちろん言っていることは正しい。
でも、正しいからって、どこまでやってもいいのかな?
と僕は思うんです。
僕だったら、相手がもう分かっているなら、
「分かったなら、もういいですよ」
と助け舟を出して終わらせたい。
別にカッコつけてるわけじゃないです。
むしろ僕自身、素直になれなかったり、後から「あれは俺が悪かったな」と思った経験がいくらでもあるから。
だから、
「人間、そういう時もあるよな」
と思える。
これも一つの「許す」なんじゃないかなと思っています。
逆に最近思うのが、
相手がもう非を認めているのに、それでも攻撃し続けてしまう時。
それって途中から、
相手の間違いを正したいのか?
自分の怒りをぶつけたいのか?
分からなくなってないかな、と。
僕自身も含めてです。
怒ること自体が悪いとは思いません。
僕も怒ります(笑)
でも、自分から相手に怒りをぶつけた以上、相手が気づいた時には、
「もういいよ」
と終わらせるところまで、怒った側にも責任があるんじゃないか。
最近、そんなことを思います。
そして、もう一つ。
これは僕の勝手な考えですが、
人を許すことって、自分を許すことでもあるんじゃないかな。
自分だって間違える。
自分だって意地を張る。
悪いと分かっていても、すぐに謝れない時だってある。
そんな自分を知っているから、相手にも、
「まあ、分かったならもういいよ」
と言える。
逆に、人の間違いを絶対に許せない時って、もしかしたら自分自身にも、ものすごく厳しくなっている時なのかもしれない。
ここは僕もまだ答えは分かりません。
だから最近の僕の中での言葉。
「人に怒るなら、許すところまでがセット。」
そして、
「許す覚悟がないまま怒るのは、少し無責任なんじゃないか。」
もちろん、相手が全く受け入れなかったら、それはそれまで。
無理やり謝らせる必要もないし、自分の正しさを認めさせる必要もない。
言うべきことは言った。
あとは相手の問題。
でも相手が戻ってきたなら、こちらも拳を下ろす。
僕はそんな人間でありたいなと思っています。
……とは言いながら、
次に本気で腹が立った時、ちゃんとできるかは分かりませんが(笑)
だからこそ、自分への戒めも込めて。
「人に怒るなら、許すところまでがセット。」
皆さんはどうでしょう?
相手が明らかに間違っていて、自分が注意した。
そして相手も、「自分が悪かった」と気づいた。
でも素直には謝れない。
そんな時、どこまで相手に求めますか?
そしてもう一つ。
「人を許すこと」と「自分を許すこと」って、どこか繋がっていると思いますか?
ちょっと皆さんの考えも聞いてみたいです。







