私にかけられた呪い...
《ご注意ください》
本日は
人工死産について
書いております
不愉快に感じる方も
いらっしゃるかと思います
そして
オチもなく
楽しい話でもありません
ご了承頂ける方のみ
先へとお進みくださいませ...
過去の経緯はこちらです
ご存知の方も
いらっしゃいますが...
わたしは
13トリソミーの赤ちゃんを妊娠し
人工的な死産しました。
“1年以内の生存率1%”
とはいえ
自ら望んで授かった命を
人工的に死産させた...
という事実は
とても苦しいものでした
一生このことを忘れない。
ことはもちろん
赤ちゃんに恥じぬよう正しく自分の命を使う
と決意したことは
今でも変わりません。
でも
長女を授かっても...
マインドの勉強をしても...
拭えない心のモヤモヤが
常にわたしに
つきまとっていました...
これは
一体何なのだろう...
いつも
そう思っていました。
双子を産んで
街に出て
ようやくわかりました
そのモヤモヤの原因が
わたしは
社会のダブルスタンダードの
板挟みになっていた
ということに
たとえば...
命の価値は平等!
かけがえのない命!
という言葉を聞きます
わたしもそう思っています
でも実際はどうなのでしょうか...?
どう考えても
普通に健康な人が
暮らしやすい社会を
デフォルトとして
出来ている。
歩けて
五体満足で
不自由がない
そういう
”普通に生活できる人”
が暮らすことを
前提として
作られている。
仕事がら
医療ケア児の現状について
よく聞く
実状を聞いて
わたしは
13トリソミーの赤ちゃんを育てることができたのだろうか...
と、いつも考える
わたしは
この社会が
“命を平等に扱っているかどうか”
を知っている
だから
掲げられている標語のような建前と
社会の本音の
どちらが正解か
分からなくて
モヤモヤしていた
と気づいた
同じ様に
不妊治療でも
板挟みにあっていた
女性も社会進出を
という建前と
結婚したら子どもを産む
という暗黙のルールに...
理想の社会と
現実が乖離するのは
しょうがない
問題なのは
当事者が
その状況に
気づいていないこと
前に
ブログで
このように書きました
ポイントは、この状況を俯瞰的に見れるようになることです
“気づいて板挟みされる”のと
“気づかないで板挟みされる”のでは
全然違う
心のモヤモヤの正体に
気づけたとき...
わたしの止まっていた時間が
7年ぶりに動き出した
...そして
同じ思いを抱えている人の
ヒントになればと
ブログをはじめました
本日も
最後までお読みいただき
ありがとうございました