逆切れにカウンター
酒の席で、さらなる怒りに目覚めたSinです。こんにちは。さすがに、2日分続けての執筆は少々キツイところがありますけれども、書きたくなる衝動だけはどうしようもないわけで。
それと…本題に入る前にひとつおしらせがあります。
ブックマークですが、打ち上げでお話させて頂きました「如月ますみ(おたクララ)」さん、賢聖杯を運営頂いております「ながとゆき」さん、大会から打ち上げまでお話させて頂きました「おとなしサヤ」さん、1回戦で対戦させて頂きました「セレネ」さんのblog、サイトを、本日追加しました。順列変更の時期が来ておりませんので、PCから閲覧される方は、リンク集を一番奥までお下りください。よろしくお願い致します。
なお、おたクララさんのblogタイトルですが、正式には「如月ますみ(おたクララ)の『エセ バーチャル ネット アイドル ますみ自称14さい』の日記」です。タイトルは32字までしか入らないため、意図的に中略しております。ご了承ください。
さて、刀の抜き方を忘れていないか心配でしたが…どうもそれは問題ないようです。
今日は、とある方に向けて、どうしても主張したい事がございます。直接討論するなり、メールでケチつけるなりしてもいいとは思うのですが…他の方にも知っていて欲しい事ですから、私はここに書くことにします。
もっとも…自身の日記で「人としてみとめられない」とまで評する人間の書くblogを見ていただけるかどうか、という点では、この手段を用いる事に疑問を感じるのですが、
さすがに、もう我慢できん。
では、今日のお題は何か?と申しますと…QMAプレイヤーとしての私を語る上で、決して外す事のできない「スタンド」についてが、メインテーマです。
実は現在、過去に起こした過ちを、再び繰り返そうとする方がいます。
その行動がどれほどのマイナスを生むかを知っている私は、それを見過ごしてはおけません。そこで…私は、自分自身もその過去に関わっている点に目をつぶり、偉そうにもそのあり方を批判する事にします。
皆様もご存知のとおり、スタンド問題とは、ルール上では全く問題ありません。レベルに関わらず、どのような人がそれを行ったとしても、何らかのペナルティが下ることはありません。これはあくまでも、マナーやモラル、さらには個人の主義、主張といった範囲に属する問題である…私自身も、そう捉えております。
しかし、それにも関わらず、私自身がスタンド…特に、ライトユーザー「以外」のスタンドに関して否定的な一面を大きく掲げ、周囲にもそう説くのにも、理由があります。今までに、何度も述べています。
いつもどおりの論調だと退屈でしょうから、少々過激な例を出しましょうか。もちろん、実際にはこんなバカな事を頼もうはずはありませんからね。念のため。
例えば、今現在の私の実力をもって、1ヵ月後の全国大会で「賢王以上」を狙うとしましょう。
実際のデータを示すと…難問の類を当てる事があるとはいえ、総合正解率は63%程度です。最も得意とするジャンルである雑学ですら、最近になって70%を切りました。しかも、知識の守備範囲は非常に偏りが強く、安定感があるとはいえません。
さて、決戦は1か月後に迫っています。この間に、追い込みをかける受験生ばりにQMAの問題を覚える、という選択肢もありますが…こっちはQMAだけに専念していられる生活を送っていられるわけではありません。勉強したり、バイトしたり、就活したりと、やることは山積みです。第一、一夜漬け程度の対策ひとつで、知の巨人たちを倒せれば、誰だって正解率が気になったりしないでしょう。
それでも称号を取りたいとすれば…やはり、誰かの脳を借りてくるのが一番早いでしょう。幸い、ストロークのテクニックは、そこそこ高めです。代打ちとまではいかずとも、答えさえ教えてもらえれば、こちらは打ち込む事だけに専念できますからね。楽なもんです。
ところで、誰にサポートしてもらうかですが。やはり称号を狙うという事ですから、それなりの実力者に頼みましょうか。そんじゃま…雑学と学問以外を特に強化しないといけませんから、シュローパさん、なぎさたんさん、たきゃおさんに頼みましょうか。まあ、この3人がいれば、雑学と学問もバカみたいに上がりそうですが。
よーし、頑張って賢王以上取っちゃうぞー!実戦でのサポートはよろしくお願いしますね!
こんな事で、「Sinは三賢にふさわしい」と祝福してくれる方が、一体どこにいるでしょうか?それに、協力させたQMA友人まで、愚か者扱いになるとは思いませんか?
つーか、どっかであったよなぁ…こんなこと。
QMAでいい結果を出すには、戦いのレベルが上がるほど、知識だけでは足りなくなります。そういう深い部分まで知らない方が集まってプレーするのと、テクニックにも長けた方が集まってプレーするのでは、「相乗効果」が全く違います。
ライトユーザーの場合で言えば、1+1+1=3、もしくはその付近で多少増減する程度で済みます。しかし、ヘビーユーザーが組めば、前述の式で言えば、式の和が増える事はあっても、減る事は皆無といってもいいくらいです。それどころか、5とか10とかになる可能性すら持っているのです。
そう考えているからこそ、実際のトーナメントや全国大会でのスタンドはよくないぞ、と主張しています。
ああそうそう。本題の主張とは話が逸れますが、他に気になった事も挙げておきます。
何かを説明する時は、平易な言葉で話せる、またはそう書けるようにすることです。難しい事を難しいまま言ったところで、誰も理解してくれませんし、自身もそれを実践できません。
誰かと一緒にいる、誰かと同じ事をするのが、真の結束という意味ではありません。
物事を伝えるには、一定の労力が必要です。労力そのものは減りませんが、書き手と読み手に、自由に配分する事はできます。内容に納得してもらえるかどうかは、ここにもあります。
携帯電話特有の絵文字は、パソコンからは見えません。
Webの文章は、段落分けや改行の方法を工夫しないと、目が疲れます。
私は、もう待てません。
一撃を賭す仕合
*この日記は、5月15日に執筆されたものです。
久しぶりに、熱い勝負を堪能させていただいたSinです。こんにちは。うぅむ…勝負そのものに興味がないような見かけでも、やっぱり私はバトルフリークだったのでしょうか。もうちょいで1回戦突破だったんですけどね…悔しがるのがいい証拠。
ところで、日記のカウンタを見れば…今日の1時頃にアクセス増えてました。ご期待に添えず、申し訳ありません。
というわけで、昨日の賢聖杯の一件です。長くなるのでダイジェスト形式でお送りします。
(前座)
・エントリーは6番。
・エレアリスさんおひさです。長いこと会っていなかったのに、まさか覚えて頂けたとは。
・なかなか参加者が集まらないので、4回もフリープレーが回ってきちゃいました。
・急遽ノン5、ノン○×、雑2と5、雑キューの難易度を最大に。
・エレさんから「そんな無理矢理難易度上げなくてもいいじゃないですか」
・111秒に反省なぞいらない。
・もんぷティさん、クララ杯優勝おめでとうございます。
・ちゃっぱさん、お久しぶりです。
・フィルヴィスさんとマッチ。
・さらに、おとなしサヤさんとマッチ。
・これをキッカケに、サヤさんと会話が続く。
・電車の人が弐寺をプレーしていましたが…朱雀(N)には手が出せん。
・次に495さんは百虎(N)で。
・で、私がプレー…ってこら、2ndのEDEN(N)で落ちるなバカ!
・終わってみればDランク…アリエネェ。
・サヤさん曰く「モニターとの相性が原因」だとか。
・レオさんも弐寺。EDEN(N)打ってたのでちょっと拝見。アレ?譜面は見える…。
・メガネを買い替えようかと、本気で検討。
(大会)
・参加者は26名。
・1回戦第1試合から熱すぎ。
・案外、賢者未満からの出場も多かったかも。
・番が近づく度に、ある種の高揚感が。
・私の試合直前に、アサギリさんとコーヒーを飲んで、少々雑談。
・1回戦最後の試合…対戦相手はマリエルさん、フィルヴィスさん、セレネさん。
・殺す気か!?
・私の選択ジャンルは「アニゲ並べ替え」。意外?
・ノン○×2連打に場内がどよめく。そしてアニゲ並べ替えでシケる。
・空気読めなくてゴメンよ。でも、私が残るにはこうする以外になかったのだ。
・○×12連打はいつも通りの戦術で。当然、知らない時は得点戦略に基づいてダイブ!
・ラスト、セレネさんの芸並べ替え。ここで集中力が途切れた!
・最後の問題の解答は「access」…って、アレ?
・結局、1問差で3位。うっうー…さすがタイポマシーン。
・ながとさんから「最後のaccessもったいなすぎですよ」
・普通ならありえないはずのミスに、本気でヘコむ私。
・つーか、2回戦出られたなら、ノン5ぶつけるつもりでした。暴露。
・敗者復活戦は…ナシですかい。トホホ。
・パソに向かって仕事をする495さんが、最後の問題にトドメを刺しに。
・わかったよ…わかったからカンベンしてくれぃ。
・「ホストじゃないですけど、いいですか?」…場内爆笑。
・優勝者はDNPさん。おめでとうございます!
(アフター)
・サヤさんにblogタイトル、CNの由来となったマンガを見せてもらう。
・「食事中でも平気で見てますよ」
・昼飯を食べ過ぎると眠くなる点には同意。でもガッツリ食べてしまう俺イズム。
・サヤさんはよく笑います。
・アサギリさんは扇子が大好きです。
・ゲーセン内で突然眠りだす。まあ、夜勤明けだからしゃーないか。
・起きたら、17時。おはよーっす。
・そして打ち上げへ。14名が参加。
・私が座った席は、なぎさたんさん、フィルヴィスさん、おたクララさんと一緒。
・おたクララさんに「あぁ…あのSinさんですか?」ちょっとビックリ。
・「あ、しまった!」が数回。
・「素揚げって美味しいよね」も数回。
・フィルヴィスさんに触発されてか、いつも以上のペースでビールを飲む私が。
・敵はダメージを受けている様子が全くないのだが。
・真っ直ぐ歩けてるから別にいいや。だから、飲む。
・そして、少し遅めにリミッターが外れる。
・鈴木商店は「マンガ 日本の歴史」で好評活躍中。
・「ハネた人がかわいそうじゃないですか!」
・日本酒は飲みませんよ、今日は。
・テンションダウンまでの間隔が、今日に限ってなぜか短い。
・「このビール、結局どうするんですか?」
・忘れてたので急いで、飲む。合計6杯…だったかなぁ。
・心斎橋では、ものすごいノリの集団が。私は2回目のハイテンションモードへ。
・「俺ウーロン茶なんやけど!?」
・ついには、私まで抜刀。意識はハッキリしていたのだが…たまってたんだなぁ、俺も。
・地下鉄に乗った時には急激にダウン気味に。
・495さん、バビさん、フィルヴィスさん、ふなさんとで、梅田の某店で2次会。
・2次会、というよりは…心配かけて、本当に申し訳ない。
・私は完全にダウン。もはや目も開けられず。
・つーか、やけに大事な話が出てたと思うんだけど。
・酒を飲んでも記憶は残る私だが(この日記がいい証拠)、限界を超えた場合はそうもいかないようだ。
・寝てもダメならと、吐いたらだいぶ楽に。口をつける程度だったウーロン茶が、スンナリ飲めました。
・495さんからの宿題「酒の飲み方勉強しとけ」
・北新地駅で495さん、フィルヴィスさんと別れる。
・ふなさんは京橋方面へ、私は尼崎方面へ…付き添いありがとうございました。
・帰宅前に、ざるそばとアイスを買って帰る。
・家に着いたのは、15日の1時。
もちろん、オフレコの話もたくさんありますから、この辺にしておきましょうか。
それにしても…寝不足だったり、酒を飲んだりした割には、デキゴトがちゃんと頭に残っているのですが。これがQMAにも、もう少し活かされれば、もっといい結果を残せるのですけど。
規範・錯誤・不文律
雨の日がさほど嫌いではないSinです。こんにちは。まあ、暑すぎず、寒すぎない日なら、特に文句を言うつもりはありませんが。
最も、大雨に濡れたおかげでHDDミュージックプレイヤーが潰れた、とかいったら、私は雨が嫌いになるのでしょう。
ところで…今の私がこれを語ったところで説得力も何もないのでしょうが、「QMAの大会」、特に関西圏で行われる、店内対戦大会を語ります。トラックバックはできませんが…この執筆は、バビヤールさんの文を参考にさせて頂いております。
まずは、感謝。
私が参加した大会は…大阪にある「アミュージアム茶屋町」で行われる大会に3回、京都にある「寺町a-cho」で行われる、いわゆる「ランバト」と呼ばれている大会に2回、大阪にある「ニューヒカリ」で行われる、いわゆる「賢聖杯」と呼ばれている大会に1回…合計6回出場しています。なお、茶屋町の大会は、1回だけタッグマッチで出場しています。相方は、現在のパッフェルさんです。
他に私が知っている大会開催地は、フタバ、エンパラ、キャノン、ピタゴが真っ先に思い浮かびますが、これらの大会には参加どころか、足を運んだことすらありません。
これらの大会…特に、関西では代表的、かつ対称的と意識されていらっしゃる方がおります、アチョーとヒカリの大会を、簡単に比較してみましょう。
まずは出題についてですが、両方とも、「前に選んだジャンルと形式は選べない」ルールがあるという共通点がありますが、賢聖杯においてはさらに「1回戦は○×~並べ替えに制限」というルールがあります。
また、ランバトは店員や、プレイヤーの有志によって運営されていますが、賢聖杯は5名の実行委員を中心に、大会の運営を行っています。
さて、これまで様々な方面から大会について、あれこれ耳にしたり目にしたりしましたが、賢聖杯についての批判だけ、非常に多く散見される事が、少々ザンネンでもあります。その理由は、以下のとおりです。
第一に、大会ごとの特徴を破壊する恐れがあるからです。どこも同じような形で勝負が行われるとしたら、それはそれで、「普段使う事のないジャンルで戦う楽しみ」をなくす事ではないでしょうか?いささか極論ではありますが、「アニヲタシネ」とかいう暴言の類にもつながる論理ではないか、とも思います。
第二に、委員会制度です。確かに、一見ガチガチに固められた、窮屈なシステムにも見えます。ただし、それは裏を返せば、安定した大会運営ができることとは解釈できないでしょうか?QMAをよく知っている方と、そうでない方がQMAを語る時の深さが、それを教えてくれるような気がします。
あまりうまくは書けませんが…こんなところでしょうか。
そういうわけで、賢聖杯はちょっと手がでにくいなー、と考えていらっしゃる方ほど特に、一度出場してみてはいかがでしょうか?普段のトーナメントでの戦略とは少々勝手が違いますから、大番狂わせが楽しめる…かも知れませんよ?
俺はここでミスをした
先日の日記と内容が関連している事について、程々の後悔と少しばかりの面白さに酔っているSinです。こんばんは。今日は今日で、私としては「らしくない」ミスをやらかしました。
それについて語りましょうか。
友人の間では、QMAをプレーしている私を「試合中の正答示唆を許さない、クソマジメな若造」という具合に、捉えておられる方が大多数であると、私は認識しています。実際に、予習で答えを教えてもらった事は何度かありますが、決して試合中はスタンドをしない様に、配慮を頂いております。
本当に、嬉しい事であります。しかし…、
今日、1問だけスタンドをしました。
決して意図的なものではありませんが、結果に相違ありません。
事の起こりは「ボケ解答」です。
パッフェルさんがプレー中に、確か…芸能四文字が出題されたでしょうか。その中の解答で、「ナントカのはらわた」と答えさせる問題が出てきました。それを、ボケ解答と誤認して、うっかり口に出してしまったのです。
解答欄に○の山が築かれた事を知れど、時既に遅し。もちろん、会心のボケならともかく、正解を出した所で笑いなど起こる余地も…当然、ありません。
と、こんなアクシデント(?)を起こしたわけです。
さて、ボケ解答といえば、こんなイメージを持たれているかもしれません。
ダイナミックな想像力から生み出される一発芸。真剣勝負に水を差す不埒な行為。モテないヲタ男子がエロ根性丸出し。上位ランカーが醸し出す愛嬌。仕合いの場で突如起こるティータイム…エトセトラ。
一見、正解を導き出す、いわゆる本来のQMAの楽しみ方とは、一線を画する意味を持っているかと考えられますが、「ああ、そういう意味もあるんだろうな」と思った、ある仮説が出てきました…今更ですが。
この一件で私は、「ある問題に対してボケるにも、それについて正解を出す力が必要である」のだ、と感じたのです。
正解を知ってボケれば、それは伏線という形で活かす事ができます。また、正解を知る方がそれに遭遇すれば、表に出たユーモアと、裏に隠されたユーモアの両面を楽しむ事ができます。時に、深読みする事によって生まれる誤解も、モノによっては楽しむ要素になります。
何か斬新な事をやるには、存在する事を知る必要があるのだと、身を持って体験したヒトコマでした。
余談
全く知らないはずである、あの問題で「はらわた」と答える事ができた思考回路を、言い訳がてら解説させていただきます。
(今現在黄昏時)
こんな時間まで俺らってよー遊ぶわ→そういや腹減ったなぁ→問題を見る→なんやねんこれ→うっさい腹減ったんじゃタコ→パッフェル悩んどるわ(笑)→(例の問題で、解答候補が複数浮かび)おっしゃ邪魔したれ→何か食いたいわぁ→芸能やしテケトーにかましたれ→帰ったら絶対にご飯2杯は喰うぞ…
「はらわた!」
帰りに、第4ビル地下1階にあるローソンにて、1個50円のコロッケを買い食いしました。
サクサクしてたけれど、中身は揚げ過ぎのせいか、ちょっと黒かったです。
中学生の頃、昼休み前の授業になると、周りに聞こえるほど腹が鳴っていた事を思い出しました。
成長期
かじれ離すな
親のスネ
飲めよ育てよ
折るな枯らすな
子どもどころか妻もおりませんが…届け。
知らぬは己ばかりなり
こう見えて、メインの守備範囲は雑学ランダム2なのだと主張してみたくなったSinです。こんばんは。ちなみに、まだ正解率90%以上を維持しているのが、ほんの少しだけ、喜ばしい事です。
ホンネバラすと…あんまりトナメや決勝で出てないだけなんですけどね。そういうことで…。
「雑ラン2を見捨てるなキャンペーン」と称して、こんな記事を紹介します。引用元はYahoo!ニュースです。
中学教科書65冊に記述ミス ひらがなを「ひらなが」
本年度から使われている中学校教科書134冊のうち65冊の計208カ所に、誤記や古いデータの掲載があったことが10日、文部科学省のまとめで分かった。
今年1月、高校教科書の「政治・経済」でグラフに誤りがあり、大学入試センター試験で教科書通りに解答して不正解になった例があったことから、同省が教科書会社に点検を依頼していた。
文科省によると、誤記などが多かったのは国語の56カ所、公民32カ所、英語20カ所、地図20カ所など。
国語で「ひらがな」を「ひらなが」と誤ったり、英語では「something」から「h」が抜け落ちていたりするなど、誤記や脱字が目立った。
単純に考えれば、出版された全教科書の約半分には、3箇所以上の誤りがあると考えられます。しかも、誤記、脱字が目立ったというのは、かなり単純なミスであると判断できるでしょう。
特に、ゆとり教育が行われた事で、子どもの学力が低下しているという記述や意見がよく見られますが、これは、大人自身が「教育とは何ぞや」と考える、いい機会だと考えます。
学習要綱が削られる事によって、子どもの勉強量が減る事は、よく指摘されます。しかし、裏を返せば、それは、大人が子どもに教える量が減る、手をかけてやる時間が減ると考えられないでしょうか?
ある技術、ある知識を教える事は、教わる側のキャパシティに依存するという話をよく聞きます。逆に、教える側には、教える事柄以上のバックボーンがなければならない、という意見も同様です。
特に、知識の総量が比較的少ないとされる、小学生や中学生の頃というのは、学校教育において大事な時期です。別に「一億総英才教育」まで提言したくはありませんが、この頃にある程度、必要な知識を身につけさせる事は、今後の学習意欲を高める事にもつながるのです。
教える側というものは、何らかの形で高い地位や実力を持っていると、相対的に判断されるケースが多いです。だからこそ、教え導く事に対して、特に畏れを抱くべきです。
本質的に、彼らも孤独から逃れられないのですから。