4月20日 先生たちと会う・追記含む | Staretsのブログ

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今日は、表題のごとく、3人の研究者と会った。

ところで、話に入る前に、会った研究者の名前は匿名にすることをお断りしておく。

実は旅行前に、ある会合でブログをやると話をしたときに、

「よく、会ったあと勝手にブログで実名であれこれ書くやつがいるんだけれど、あれはいやだよね」

という声を聞いたからである。

まずお昼にO大学のMB先生に会った。この先生は、イギリスのニューエイジ研究者の中でも代表的と言ってよい人である。とても陽気で楽しい人だが、色々勉強になった。あまりにも色々なことを話したので、紹介できないが、昨日行ったスピリチュアリズム教会について、

「スピリチュアリズムはフォークなキリスト教だ」

と言われて、なるほどそういう位置づけなのかとためになった。

もう一つ印象に残っているのは、ニューエイジの男女比である。

「全体としては男女のバランスはとれている。しかし、たとえばタロットをやるなどテクニックを要するもの、何かメカニズムがともなうもの、オカルトは男性が多く、ヒーリングなどは女性が多い」

とのことだった。日本では、すぴま(旧すぴこん)や癒しフェアなどは女性のほうが多い。僕の調査では女性は男性の4倍である。しかし、オカルトや秘教的なものになると男性のほうが多くなる。

MB先生はグラストンベリーの専門家でもあるので、グラストンベリーの話については盛り上がったが、細かいことなので省く。

話をしていて、この旅を通じて見聞きしたことも含めて総合して考えたのが、「本来は伝統的なものでも、輸入されたものは、ニューエイジのものになる」ということである。ヨーロッパでの仏教はその最たるものであろう。本来は伝統的であるが、ニューエイジショップに本が置かれるようになるのである。

「組織ではなく、本を通じてやってくるものは、とくにニューエイジ市場のものになる」
これは逆に、日本でのスピリチュアリズムの受容について言える。日本ではスピリチュアリズムはイギリスが盛んだと考えられている。そこでは、宗教ではなく、宗教を超えた科学的探求として、また個人的スピリチュアリティの一環として受け止められている。組織も、二つくらいあるが、大きい展開はない。しかし、イギリスでは、一つの都市に複数のスピリチュアリズム教会があり、全国組織もあり、キリスト教会を補完する民俗宗教的実践として位置づけられているのである。

その後、バース修道院をのぞいてから、いったん宿に戻って、夕方は輪廻転生について共同執筆で論文をいくつか書いているHW先生とTW先生に会った。TW先生のお宅で夕食をいただいたのだが、もはやベジタリアンは前提である。

両先生はとにかく熱い方で、終始こちらから情報を引き出して、日英の比較の話に持ち込まれた。やはりスピリチュアリズムの話になったのだが、位置づけは非常に難しいという結論だった。少なくとも、チャーチ、セクト、デノミネーション、カルトの図式には当てはまらない。キリスト教はキリスト教であって、それを信仰している人たちが、民間の霊媒を尋ねるというのが発展したものではないかということだった。

ちなみに、とても色々なことを知っていて、知的にとても信頼できる先生たちだが、シルバーバーチについては、「聞いたことがない」という反応をした。これはアマゾンなどでシルバーバーチの本を検索しても日本で出版されている翻訳の原書の多くは絶版になっていて、別の編集本が出ていることから何となく分かっていた。

しかし、スピリチュアリズム教会では、インディアンの写真らしきものが飾ってあったし、とにかく木曜日にしっかり聞いてこよう。

今日は、色々話したのだが、日本の状況について僕のほうから色々説明することがけっこう多かった。

実は会う前にこれらの先生の論文のコピーをわざわざ持って行って、もちろん事前に読んでいて、予習をばっちりやっているのだが、そういう話になることはなかった。

TW先生はその点、僕の事前のメールをプリントアウトして、蛍光ペンでアンダーラインを引いて、質問することを用意していて、質問攻めだった。そういうのはしないほうがいいのかなと思い込んでいたのだが、見習うことにする。せっかく予習しているのだから。

とにかく、TW先生の真剣な姿勢には実に圧倒された。これまでの仕事も、死の社会的位置付けの問題など、比較文化的な視点もある、とてもシャープで切れる、理論的にも野心的な論文や著作を多数書かれており、日本でも読まれるべきだと思う。

が、ここでは匿名としておく。名前を知りたい人は僕に直接連絡してほしい。

昼間のMB先生との話でも出たのが、ニューエイジの政治性についての話である。3人の先生たちとの会話を総合すると、イギリスやヨーロッパでは、ニューエイジはカウンターカルチャーで、環境保護とも関わりがあり(実践はともかく、という話も出たが)、保守というよりはラディカルよりである。

しかし、日本ではどう考えても保守よりである。それは、神道的スピリチュアリティを説く人が、やんわりと文化ナショナリズム的になること、消費主義的であり、自覚はなくても新自由主義に親和的であることなどが、その理由である。イギリスのペイガンはその点、ちょっと複雑である。「伝統の発明」であることは間違いないのだが、イギリスの主流はあくまでキリスト教であり、それに対するアンチという対抗的位置に置かれる。したがって、「保守」にはならないのである。

夕食のときにTW先生から「アイヌへの関心はニューエイジャーの中にはないのか」という質問が出された。私の感覚では、はっきり言ってない。どちらかというと人権運動の枠で語られ、そうなるとニューエイジャーは途端に敬遠するのである。こうしてみると、イギリス人にとってのペイガンは、日本では神道ではなく、アイヌということになりそうだ。しかし、それが日本のニューエイジの文脈では語られない。それが日英の違いということになるだろう。