
磐田市埋蔵文化財センターに行ってきました。
池端前遺跡から発見された、
類例の無い
後期旧石器時代の石皿は残念ながら展示されていません( •́ㅿ•̀ )
1960年に発見された石皿ですが、
出土状況が明確ではなく、縄文時代の遺物では無いか❓と考える研究者もいることから、
22000年前の
人類の植物質食料の開始を示す
革命的なΣ(⊙ω⊙)
非常に重要な石器であるにもかかわらず
展示が見送られているとのこと…
残念( •́ㅿ•̀。 )
ナイフ形石器が供出し、
当時(今でもそうですが)、日本の旧石器時代遺跡研究の最先端を行っていた岩宿の研究者も発掘調査に携わったそうなので、
間違いはないと思われる…とのことでしたが、
他に類例が無く、一般的には縄文時代草創期からと考えられている石器を、
堂々と
世界最古級の石皿‼
を謳って展示するのはハードルが高いようです。
(´๑•_•๑)
更新世末期以降の植生、植物利用の研究者である渋谷綾子氏の報告書では、
同時に、
匂坂中遺跡、坂上遺跡の磨石や台石からもデンプンが検出されているので、
22000年前の
天竜川左岸、
磐田原の丘陵地帯で植物質食料の利用があったのは間違いなさそうです。
v(´-ι_-`)v
従来説を覆すような研究は、認められにくいのが日本の考古学界…
(˶˙º̬˙˶)*॰
磐田市では、
もうひとつ重要な遺物があります。
池端前遺跡より少し北の磐田市敷地(台地上ではなく平坦地)から、銅鐸が3つ出土しており、銅鐸出土地の東限となっています。

邪馬壹(ヤマト)国と狗奴国の境を天竜川と見る説があり、
天竜川右岸の浜松市では多くの銅鐸が発見されているのに対し、左岸(東側)では敷地の3つ。
( ・ิϖ・ิ)っ
但し、江戸時代には掛川の長谷から銅鐸が出土したとの記録が『掛川誌稿』にあるようです。
現在、その銅鐸は所在不明になっているらしいですが…
(つω`*)
わりと古いものに関して、
あまり関心が無いのが遠州人の気質なのか…
敷地から天竜川を西へ渡ると、
本州唯一の
旧石器時代人骨(18000年前)
浜北人‼
が出土した根堅遺跡がありますが、
重要な遺跡のわりには非常にマイナー(´-ω-`)
天竜区からは縄文時代の遺物が相当数、表面採取(つまり道端に転がっていた)されているのですが、
昭和時代の記録があるものの、現在は遺物の多くが所在不明らしいです(๑• - •`๑)
発掘調査も、住居跡が発見され竪穴住居が復元されたヒラシロ遺跡で僅かに行われたくらいで、
天竜区春野町にある
縄文時代中期後葉の50箇所の遺跡は未発掘のまま…
長野県が飯田市まで天竜川流域の縄文、旧石器遺跡を調査し、非常に多くの遺物が発見されているのに対し、
天竜川下流域はほぼほぼ縄文遺跡の空白地帯となっています。
( 。・-・。`)
ヒラシロ遺跡だけではないと思うのですがね…
( ・ิϖ・ิ)っ
磐田市から出土した石器の黒曜石の産地は、
旧石器時代は
和田峠など天竜川上流の諏訪周辺、
箱根など静岡県東部が多く、
然し縄文時代になると神津島中心になるようです。
旧石器時代には天竜川に沿って移動するナウマンゾウを追っていたという説もあるので、諏訪との往来は当然あったと思われますが…
磐田市埋蔵文化財センターの見解では、
富士川を下って静岡県東部経由で持ち込まれたと想定しているようです。
諏訪から中央構造線に沿って南下する秋葉街道には蛇紋岩やチャートなど良質の石器材料の露頭が見られ、諏訪から秋葉山まで旧石器、縄文時代通じて往来があったと考える(県外の)研究者は多いですが、
遠州人は研究者含めて山岳地帯にあまり関心が無さそう(´- ̯-`)
一方、縄文時代の磐田の黒曜石が神津島産中心ということは、
他の東海地区と同様に海洋交易活動が活発であったことの証とも言えるでしょう。
弥生時代の稲作開始時期は、
浜松市同様に
紀元前後、という見解。
これは本州の稲作適地としては最も遅い稲作の開始となります。
東海道は元々、海路であった説があり、
BC500頃から稲作を始めていた尾張の弥生人は静岡県をスルーしてBC200頃から関東に拠点を築き出したのかもしれません…
登呂遺跡は、西から来た弥生人ではなく、長野山梨から南下してきた縄文人が営んでいた説もありますが、
赤石山脈南端で起伏に富んだ静岡県を陸路で進むのは結構困難ですから、
山岳地帯を中心に遅くまで縄文人が活躍していた可能性があります。
(˶˙º̬˙˶)*॰
今後、山梨長野縄文王国と静岡県が確かに繋がっていた物証が発見されてくると面白いのです(=^▽^=)
( ・ิϖ・ิ)っ
旧石器時代に関しては、
飯田市の
竹佐中原遺跡
(40000年を遡る可能性がある局部磨製石斧が発見)
川根ヌタブラ遺跡(こちらも40000年以上前の可能性が取り沙汰される遺跡)
とのミッシングリンクとなる遺物が天竜区山間部や天竜川流域に眠っているかもしれません。
(˶˙º̬˙˶)*॰
縄文空白地帯の静岡県西部(遠州地方)から、
新たな発見があることを期待する他県の研究者が多くいるのは事実です( ̄▽ ̄;)
何しろここは、500年続いた縄文と弥生のせめぎ合いの最前線だったので(˶˙º̬˙˶)*॰
磐田市埋蔵文化財センター所属

















