【脳血管バイパス手術】術後の急変 ② | 私なりの歩き方|50代 これからは、自分のために生きてみよう

私なりの歩き方|50代 これからは、自分のために生きてみよう

もやもや病の発症をきっかけに始めたブログ。
今は病と共存しながら、ありのまま 心のままに生きる日々を、涙あり笑いありで綴っています。
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★4月17日(火)  回想録 ★

◎前回までの術後の記事→→→

どんどん容態が変わっていく私。
状況は看護師さんから主治医に
リアルタイムに報告され
私は車椅子から降りる事なく、
そのままナースステーションに隣接している
個室に移されました。

ほぼ同時に主治医も部屋に到着。

「みつきさん、言語中枢付近の血流が
流れ過ぎているようなので、
一時的に喋り難いと思うけど、
今から発作止めの準備するから」と
冷静に説明してくれる。

一時的なもの・・・
その言葉に、すごく すごく 
救われた気がした。

でも、ひとりで部屋に待機していると
なんとなく舌に違和感がで始めた。

舌の納まりが悪いというか
舌が宙に浮いているというか・・・

怖くなって、慌ててナースコールを押すと
すぐにステーションから
複数の看護師さんが来てくれた。

「舌がおかしい!」と必死に訴えるが
「喋り難い?言葉がでない?」と
相手には言いたいことが全く伝わらない。
あーとか、うーとかしか言えてないから、
無理もない。

必死に口を開け、指で舌を差していると
舌がだんだん右側に
反っていく感覚。

それを見ていた婦長さんが主治医に
「右側 てんかん発作出てます」と連絡。

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てんかんって、急に意識をなくしたり
舌が巻き込んで窒息とかするやつだよね?
人の発作を目にしたことはあるが
それが今私に起きているってこと・・・?

すぐに主治医が注射器を手に戻り
「大丈夫ですから。
今からてんかん止めの注射をします。
ちょっと眠くなりますよ」

全てを先生に委ね、大きく頷いたあと
言葉にならない声で

「子供に面会に来ないよう連絡して欲しい。
見たら動揺するから」

これ以上、
子供達に辛い思いをさせたくなかった。
その一心で、看護師さんや主治医に何度も訴え
やっと意図が理解されたあと、
私は意識を手放しました。


次に意識が戻ったときは、
ちょうどストレッチャーに移されているとき。
「もう一度ICUに戻りますね」と言われ
何とも言えない絶望を感じつつ
「わかりました。お願いします・・・!!」

あれ?普通に喋れている!!!
ICUに到着後も、
自分の名前や住所が、スラスラ出てきた。

「助かった!!」

多少の言葉の出難さはあるものの
コミュニケーションに大きな支障がない程度。

思っている事を言葉にできる
相手が理解してくれる
普段気にも留めない当たり前のやりとりだが
私にとっては奇跡だった。


結局その夕方、ICUに子供達が面会にきた(笑)
経緯などは、しっかり主治医が
電話で説明してくれていたので
子供達は思いの外 落ち着いていた。

いや、むしろ私の方が取り乱し過ぎたかも。

いつのまにか子供達は
こんなにも頼もしい大人になっていたんだろう。
もう守る対象ではなく
支えてくれて頼り甲斐のある、
立派な大人になっていた。


結局、今回の失語や
生まれて初めてのてんかん発作は
術後の過灌流によるものとの事でした。

自分があんな状態になるなんて
夢にも思っていなかったし
これからも暫くはてんかん発作止めの薬を
服用することになる。

それでも、今回手術をしたこと
この病院 主治医に身体を預けたことに
後悔は一切なく
ただただ感謝の気持ちが溢れていました。


その後は、会話で困ることはなくなり
前日のようなハイな状態も終息。
眠れないからと訴えたら
両足のフットポンプを外し、
寝ている間だけ、
背もたれをフラットに倒せることになり
この夜は随分楽に休む事が出来ました。

定期的に襲ってくる腰痛・頭痛は
点滴の鎮痛剤や、冷感シップで
何とかやり過ごすことができました。

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やっと長い夜が明け、起床時間の6時になっても
何故か電気がつきません。
脳の興奮をおさえるために、
電気をつけないようにとの指示があったようです。

食欲はなく、お粥をちょっと流し込んで
すぐにギブアップ。
もう一度CT検査を行い、
今度こそ、本当に一般病棟に戻れることに!

ストレッチャーでの移動中も、
光が目に入らぬよう
タオルを顔に載せたままでした。

一般病棟に行ったら、
電気はどうするんだろうと思いつつも、
特別な指導はなく。
歩行範囲は病室内限定という
安静指示だけ言われました。

過灌流だったとは言え、
ICU初日はテレビもガンガン見たりしてたので
その辺りは大いに反省。
自主規制のもと、暗めの照明・ノーテレビで
ベッドで大人しくすることに務めました。