モハマッド・アリ 生誕80年 「日本ボクシング界の歴史を変えたフォスター戦」 | BOXING MASTER first 2006-2023

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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋45年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。

1月17日(日本時間18日)、2016年に亡くなった伝説の元世界ヘビー級王者モハマッド・アリ(カシアス・クレイ)の生誕80年を迎えた。ベトナム戦争への徴兵を拒否したことにより米国政府と長期にわたって争い、最終的には無罪を勝ち取ったが、選手として最も充実していた時期に約3年7ヶ月のブランクを余儀なくされ1971年3月、復帰3戦目にジョー・フレイジャー(米)と対戦。世界ヘビー級王座復帰を目指したが、15回判定負けで初黒星。世界中のアリファンにショックを与えた。

 

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しかし、僅か4ヶ月のスパンで再起したアリは1972年4月、東京・日本武道館でマック・フォスター(米)とのノンタイトル15回戦が決まる。ボクシングの世界を超えたスーパースターとなる、アリのたった一度の日本での試合は、外国人同士の試合は認めていなかったJBCの方針もあり、実現までの道のりは長かった。

 

JBCライセンスを持たない 康 芳夫(34歳)氏が率いるプライム・オーガニゼイション・インターナショナル社がプロモートを仕掛けた一戦は、計画が出た段階でJBCとボクシング協会から「絶対に認めない」との通達が出たが、ここで動いたのが協会副会長であった協栄ジム・金平正紀会長。まだ38歳の若さだったが、天下のご意見番、”業界の大久保彦左衛門”といわれた日東ジム・益戸克己会長(73歳)を伴いJBC説得に動き、「すじも通っている話なので、今回に限り認める事にした」(JBC菊池事務局長)との快諾を得る事に成功。

 

ようやく実現した試合の日本でのテレビ放映はTV東京(視聴率23.6%)。海外中継はトップランクが担当した。ファイトマネーはアリ40万ドル(約1億2千万円)、フォスター8万ドル(約2千5百万円)。当時日本人の過去最高は、世界フェザー級王者西城正三(協栄)選手の10万ドル(3千6百万円)。30歳サラリーマンの平均月収が約6万円という時代だった。

 

「一度でいいから、生のクレイを観てみたい」という業界関係者も多かったというこの試合は、後にアリがジョージ・フォアマン(米)を破り世界ヘビー級王座に復帰を果たしてから言った「あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは実は弱い」、「不可能とは困難に立ち向かう事を諦めた人間、つまり臆病者が使う言葉だ」、「不可能という言葉は甘ったれの言い訳にすぎない」、「意志の力はどんな技術よりも更なる強さを与えてくれる」に繋がる試合だった。

 

後年、元協栄ジム・マネジャーの大竹重幸氏は金平正紀氏から、「大竹さん、ビール持ってちょっと来てください」と言われ、益戸会長の眠るお墓を何度か訪れている。「益戸さんにはお世話になったんですよ」と、遠い昔を思い出すように話す金平会長と、師弟共々墓前に頭を下げ、感謝の気持ちを伝えたという。

 

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