後楽園ホール。青コーナーから次の試合に出場する三瓶数馬(協栄)選手は、観客席裏の通路でウォーミングアップ。そこへ伝説のハードパンチャー、飯泉健二(草加有沢→フリー)氏が通りかかった。
「飯泉君、元気。相変わらず凄い体だねェ。アッ、この子、草加から協栄に通って来てるんだよ」(^-^)/
「三瓶ちゃん、飯泉健二を知ってるか?」
「・・・・、し、しりません」(^_^;)
「エッ、ホントかよ~。草加に住んでて飯泉健二を知らないとは、ダメだなァ~」(`×´)
「ダメだよねェ~、飯泉君」(;^_^A
「それは、ダメです!」('-^*)/
「今度、ちゃんと教えておくから」(^-^)/
これは昨年のこと。高校生ボクサーだった三瓶選手は、昨日の東日本新人王準決勝戦に勝ち、7戦全勝(2KO)とデビュー以来の連勝記録を延ばし、決勝進出を決めている。
飯泉選手の試合は、協栄ジムのTVモニターでちゃんと流しました。三瓶ちゃん、見てくれたかなァ。ちょっと心配。f^_^;
1998年。私は飯泉選手が9年ぶりに再起戦を行なうことになった時、少しばかり手を貸したことがある。当時の私は日本IBF池田 久 会長からの要請で、西島洋介山選手のスカウト活動に従事していた。
協栄ジム先代の金平正紀会長から、「うちはパブリックですから、使用料さえ払ってくれたら誰でも練習出来ますよ」とのお言葉を頂き、スパー不足だという飯泉選手に実戦練習の場を提供。
サンドバッグ打ちは、もの凄い迫力。周りを圧倒する力強さがあった。まだ、全然さび付いていない。さて、パートナーはということで、冗談半分に「昔、強かったんだけど、ちょっとやって見る」と加藤壮次郎選手に声をかける。
まだデビュー前。冒険心旺盛な加藤選手は、「やってみたいですねェ~」とやや尊大なる答え。('-^*)/
スパーリングは飯泉選手がパワーで圧倒。強かった。加藤選手はウェルター級ランカーになった後も、「あんなにパンチ強い人とは、あれからやった事ありませんよ」ともらしている。

飯泉選手は98年1月16日、大阪でスラヤ・ケラン(インドネシア)を2回TKOに破り、IBFアジアライト級王座を獲得。IBF世界同級王座への挑戦権を手にしたが、「いえ、この試合だけが目標でした」と、プロ14年目のベルト獲得を手土産に潔くリングを去っていった。
さて、加藤選手は初回KO負けのデビュー戦。その後も上位の壁にぶち当たり、つくねをかじりながら「自分に失望しました」としょぼくれ、中途半端なキャリアで選手生活も終わろうかと思われた。
ところが3連敗の後、チャーリー太田(八王子中屋)選手にプロ唯一の黒星を喰らわせて壮次郎節は復活。プロ13年目にして見事、日本ウェルター級王座を獲得した。

最後のパートナーが日本王者になってくれたことは、飯泉氏にとっても、きっとうれしいことではないでしょうか。
二人ともチャンピオンになって、私もうれしい限りでした。
13年と14年。両選手共に長い年月を頑張りぬいて勝ち得た栄冠。あきらめないことですねェ。
応援、深く感謝です!→




