「我らがアイドルは何回にKOすることができるか！」と、イングルウッド・フォーラムを埋め尽くした大観衆の誰もが期待する中、試合は始まった。しかしラドキンは、これまで３８勝５敗。ファイティング原田（笹崎）選手、ライオネル・ローズ（豪）への挑戦では１５回をフルに戦いきった技巧派だ。
初回。挑戦者はリズミカルなフットワークから左ジャブを速射。王者はすっかり出鼻をくじかれるスタートとなった。「足を使いアウトボクシングをすれば怖くない」。しかし、野生の王者オリバレスは、いとも簡単に英国人紳士を粉砕する。
初回終盤、強引に出るオリバレス得意の左フックが挑戦者のジョーをかすめると、ラドキンは腰から崩れ落ちた。恐るべきパンチ力。場内の静寂は一瞬にして破られた。ラドキンはなんとか終了ゴングに救われる。
第２ラウンド。終わりはすぐにやって来た。挑戦者自慢のジャブは既に見切られている。右ストレートから左フック。ラドキン、ダウン。８カウントで試合続行に応じた挑戦者だが、もはやオリバレスは止まらない。
右ストレート直撃。ラドキンは完膚なきまでに打ちのめされた。過去負傷TKO負けはあるものの、倒されたのは初めてだ。
「生まれて初めて本物のパンチに出会った。パワーはあるし、手数もあるしでギブアップさ。オリバレスがこんなに強いとは思わなかった」
ロサンゼルス・タイムスは、「バンタム級のオールタイムでベスト３にランクされる超一流のチャンピオンだろう」と最大級の賛辞をまだ２２歳のオリバレスに贈った。
世界獲得、初防衛戦と、バンタム級屈指のテクニシャン二人を簡単に粉砕したオリバレスは得意の絶頂に浸る。
以下はこの時期にロスでオリバレスと練習を共にした、元日本Sバンタム級王者清水 精 （ヨネクラ）氏の言葉である。
「いつもスパーを４回やって、後はパンチングボールやバッグを１回やるだけで終わりだからなァ」
「それまでには倒すから、それ以上は練習する必要ないって言うんだよなァ」(~~)
「自分より強いヤツはいるはずがない」
「練習が終わるとわれ先と冷蔵庫までかけていき、浴びるようにジュースを飲んだりしています。彼は練習中でも平気でビール瓶の水をゴクゴク飲みながらやっているからあきれます」
自信と過信は紙一重。絶頂は上るところがないことを意味する。毎日の積み重ねの大事さを、怪物オリバレスのレコードは物語るようになる。それを証明することになるのには、もう少し時間がかかるのだが。
V２戦は７０年４月１８日フォーラム。挑戦者は世界ランキング２位チューチョ・カスティーヨ（メキシコ）と決まった。カスティーヨは、メキシカンには余りない技巧派である。黒星デビュー、キャリア前半は多くの選手に揉まれ、幾たびも苦杯を喫しながら世界上位へ進出してきた。
６８年１２月の世界初挑戦では王者ライオネル・ローズ（豪）からダウンを奪いながら惜敗。４ヵ月後に来日したカスティーヨは牛若丸原田（笹崎）選手と引き分けた。その後、同国人の先輩ジョー・メデルと引き分け。
後、柴田国明（ヨネクラ）選手の世界フェザー級王座に挑戦するラウル・クルス（メキシコ）との２連戦で●○の星を残し、オリバレス挑戦にこぎつけた叩上げの苦労人は、間もなく２６歳の誕生日を迎えようとしていた。
フォーラムに集った観衆は１万８千七百六十二人。オリバレスの強打だけに注目が集まるのは仕方ないだろう。しかし、試合は意外な幕開けとなる。第３ラウンド、挑戦者の右ショートストレートを浴びた怪物王者は、ダウンを喰らってしまう。
すぐに飛び起きたものの一気に逆転まではいかない。しかし、オリバレスは懸命に挽回を図る。だが、挑戦者の右に王者は苦戦。試合は手に汗握る熱戦となり、オリバレスが何とか盛り返した格好で最終回終了のゴングを聞いた。
発表されたスコアは、９－４、１０－５、７－６の３－０でオリバレス。最高の勝利を飾ったV１戦から僅か４ヶ月。若い王者は苦い判定勝利を得た。「まったくカスティーヨの右は見事だった」。敗れたカスティーヨの株が大いに上がったのはいうまでもない。
３ヵ月後、シカゴのリングに登場したオリバレスは日本バンタム級７位千代田収司（丸山）選手と対戦するが、この試合でもKOを逃してしまう。
自由奔放、やりたい放題のオリバレスのボクシングに、じょじょにかげりが見え始めた。 ＝ 続 く ＝
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