亀父謝罪vsJBC処分・オレンジ事件「疑わしきは罰する!」 | BOXING MASTER first 2006-2023

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WBC世界フライ級王座統一戦後、どう喝事件を引き起こした亀田史郎氏が、日本プロボクシング協会顧問である業界の重鎮、木村七郎会長に引率される形で、亀田ジム五十嵐会長と共に、3日JBCを訪れ謝罪した。

「感情を抑えられなかった。申し訳ありませんでした」と、JBC安河内事務局長へ頭を下げた。

亀田父史郎氏がJBC事務局長に謝罪!(日刊スポーツ)
亀父JBCに直接謝罪!神妙に頭下げる(デイリースポーツ)
亀田父 初の直接謝罪も…厳罰は変わらず?(スポーツニッポン)

史郎氏は6日に開催される東日本プロボクシング協会理事会にも謝罪に赴く模様。7日にも召集されることが有力なJBC倫理委員会は、果たしてどんな裁定を下すのだろうか。

観客席乱入、JBC審判員室でのどう喝事件等があり、大毅選手の反則問題では、ライセンス無期限停止処分を受けた史郎氏。2年が経過し、復帰の足ががりが見えていた矢先のトラブル。

再発防止。 その為には、どんな処置が望ましいのであろうか。

1982年にプロボクシング界から永久追放処分を受けた協栄ジム金平正紀会長は7年を経て、ライセンス無期限停止処分が解除されている。週刊文春による、”金平薬物仕掛け人”報道が連載されたことが発端となった、いわゆる”オレンジ事件”。

1982年3月4日発売の週刊文春(3月11日号)は、『金平正紀は薬物投入の仕掛け人、具志堅用高は汚れた英雄だった』という大見出しの記事を掲載。新聞、雑誌、TVが飛びつく大スキャンダルとなった。

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『1981年6月2日に行われた渡嘉敷勝男(協栄)vsOPBF王者 金 龍鉉(韓国)戦を前に、金平会長がジム関係者に薬物工作を指示。毒入りオレンジを金側に贈った。金は口にしなかったが、変わりに食べたトレーナーが激しい下痢をした。』と、第1段が掲載された。

3月5日。「事実はないが、世間を騒がせた」という理由で金平会長は、JBCへライセンスを返上。同時に文春を名誉毀損で告訴した。

8日。協会有志が警視庁へ捜査願いを提出。

18日。JBCは金平問題疑惑解明の為に、ボクシング健全化対策委員会を発足。委員会は「疑わしきは罰する」として金平会長の永久追放を決め、コミッショナーへ答申。コミッショナーから正式に発表された。

24日。衆議院法務委員会 で、この問題に関する事が質疑される。出席していた警察庁刑事局捜査第一課長は、「犯罪事実が特定されているとは言えない」とし、「捜査に至る状況ではない」と説明されています。

文春の連載は具志堅選手のV5リオスの他、V8戦以後に及び、元側近らが証言するに及んだ。しかし、結果的に事件は、その事実があったかどうかはわからずに終わっています。

事件勃発から7年後。

金平正紀氏に、ライセンス復帰が許された。その間の経緯は、私にはわかりません。あれだけの騒動を起こしてのライセンス復帰です。そう簡単に事が運ぶはずがない。

筋を通し、ボクシング界の重鎮の皆様に理解を得ることに成功したのは、山縣孝行 氏のお陰だったと知ったのは、つい最近の事です。

”今度、金平が問題を起こしたら、自分も一緒に責任を取る”。

山縣氏は、そうしたためた書面を金平正紀氏復帰に際し、JBCに提出されたと聞きました。

木村会長は、大熊選手の度重なる不運な判定負けにも憤ることせず、次のチャンスを模索し、奇跡の王座返り咲きを実現させた名伯楽であり、友成選手他、選手再生の名人とされ、その実績には事欠きません。

ボクシング界がよくなる事、切なる願いです。

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