1位チャチャイ・チオノイ(タイ)=WBC王者、2位ホセ・セベリノ(ブラジル)、3位海老原博幸(協栄)、4位ラトン・モジカ(ニカラグア)、5位アラクラン・トーレス(メキシコ)、6位バーナベ・ビラカンポ(比)、7位中村 剛 (新和)と続く。
WBAは、セベリノvs海老原、モジカvs中村の2試合を承認し、勝者同士が王座決定戦を行なうと発表。しかし、スケジュールは二転三転、ここにビラカンポを擁するロッペ・サリエル氏が参入し、大混乱。
プロモーター同士が水面下で様々な工作を進め、WBAもハッキリしない。結局JBCが提案した、「セベリノvs海老原で決定戦を行い。勝者が1位の挑戦を受ける」という事でWBAの承認を取り付けた。
セベリノvs海老原戦は69年3月30日札幌で行なわれるが、この試合が正式に決まったのは2月22日、国際電話での交渉であった。ブラジル行きを覚悟していた金平会長であるが、敏腕発揮、日本へ持って来ることが出来た。
後輩、西城正三選手の世界フェザー級王座奪取に刺激を受けるかのように、周囲の引退説を振り切りカムバックした海老原選手。セベリノ戦では右手の故障に加え、9回、頼みの左も激痛におそわれた。
「エビちゃん、新宿まで走ってよ!」

森田 健 氏が、初めて世界タイトルマッチのレフェリーを務めたこの試合で、海老原選手は涙の王座返り咲きを果たす。
初防衛戦は約束通りビラカンポが相手。大阪帝拳ジム・吉井会長の手によりプロモートされたこの試合。海老原選手のファイトマネーは推定7万ドル(2520万円)。挑戦者は1万ドル(360万円)。
大阪で行なわれる3度目の世界戦は、大人気。1万円のリングサイド席から売れていったという。金平桂一郎会長の幼い日の記憶に、この試合場があると言う。
海老原選手有利と見られていたが、公開スパーで左首から、肩、肘を痛めていたチャンピオンは、壮絶なラストファイトを演じる。
「タオルだけは絶対入れないで!」

1969年10月19日。10年に渡るリングキャリアに終止符を打った海老原選手。この苦難の10年間が協栄ジムの歴史を作った。
新チャンピオン、バーナベ・ビラカンポは、スッポンと言われたしつこいファイター。負け数も多い。ビラカンポの世界王座獲得第1戦の相手に選ばれたのが大場政夫(帝拳)選手である。
12月14日、大場選手はノンタイトル戦とはいえ世界王者に完勝する。日本、東洋の王者も破っている。こうなれば、残るは世界タイトル挑戦しかない。
1970年4月5日、タイに渡り初防衛戦に挑んだビラカンポは、1年前にも負けているベルクレック・チャルバンチャィに敗れ、あっさり王座陥落。ムエタイ上がりの無敗チャンピオンが誕生した。

後年、日本でキックのリングにも上がったベルクレック。オオッ、レフェリーはサラサス氏。若い。(~~)
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3ヵ月後、マニラへ飛んだ無敗王者は、ノンタイトル戦で地元のエルビト・サラバリアに初黒星を喫する。ロッペ・サリエル氏はやり手である。サラバリアはこの試合の後、WBC王座を獲得している。
ベルクレックの初防衛戦には、大場政夫選手が指名された。いよいよ大場時代が幕を開ける。
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