
昭和51年(1976年)10月、ファン・グスマン(ドミニカ)を7回KO。世界王座へ駆け上がった具志堅用高(協栄)選手。
【白井・具志堅スポーツジム】
なんとも言えない表情です。
努力と基本を忘れず、勝ち続ける為のトレーニングに没頭した。
結果、13度防衛の偉業達成。未だ破られぬ日本記録である。

今年3月、宿敵ロレンソ・パーラ(ベネズエラ)を破り念願のWBA世界フライ級王座を獲得した坂田健史(協栄)選手。
「坂田なんか普通だよ」
普通の男が、努力と勇気でここまで這い上がった。
多くのファンの皆様が感動してくれました。

苦節5年、度重なる拳のケガを乗り越え掴んだラストチャンス。
昭和44年(1969年)3月、ホセ・セベリノ(ブラジル)との王座決定戦をモノにして、世界フライ級王座返り咲きを果たした海老原博幸(協栄)選手。
静かに泣いた涙は美しいとある。
「苦しいのは僕だけじゃない・・・」
ここまでの苦しい道のりが伝わってくるような表情です。

「お前負けると思ってんだろう。俺は勝つぞ」
昭和56年(1981年)12月、先輩・具志堅用高選手の失ったベルトを協栄ジムに取り返した渡嘉敷勝男選手。
【渡嘉敷ジム】
半年前までは挑戦者候補でもなかったが、クビ差で世界挑戦権獲得、タイトル戦では今まで見せたことがない素晴らしいアウト・ボクシングで世界チャンピオンに。
その夜、シャワー室で号泣した渡嘉敷選手。
無類の勝負強さがあった。坂田選手同様、努力の男です。

平成4年(1992年)4月、カオサイ引退後の王座決定戦で勝ち、不敗のまま世界王座に駆け上がった鬼塚勝也選手。
【SPANKY K SACRED BOXI…】
決して天才ではなく努力型。いつも自分に厳しく、己を追い込んだトレーニングで鍛え上げ試合に挑んだ。
物事を押し付けず、「鬼ちゃん、いいねぇ」で鬼塚選手に接した先代会長。
自分で考え、実行する頭の良さ、意志の強さを兼ね備えてた鬼塚選手。
先代会長、絶妙のコントロールでしたね。
皆、やれといっても二度と出来ないであろう、なんとも言いようのない、”いい顔”しています。
栄光への一歩は努力を始めてみて、続けてやってみる事です。
私の知る限り、渡嘉敷選手も坂田選手も最初からスタミナがあったわけではない。3年続けてやっと効果が出て来たように思います。
「毎日10キロ走って、ジャブ、ワン・ツーだけ、しっかりやっとけ」(~~)
「お前、それしかないよ」(~~)
「あとなんにもないじゃん」(~~)
貴方は信じられますか。(~~)
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