選手生活最後の黒星は昭和43年(1968年)9月の花形 進 (河合)戦。初10回戦だった。この借りは、世界王座3度目の防衛戦で返す事になる。
ノンタイトル戦で、日本、東洋、世界の王者を破って世界王座挑戦した大場選手。敵地タイへ出かける用意もあった世界王者ベルクレック・チャルバンチャイ(タイ)への挑戦は、昭和45年(70年)10月22日、日大講堂のリング。

13回KOで見事世界王座を奪った試合は気迫に満ち溢れている。この3月、ロレンソ・パーラとの3度目の対決がまじかに迫った坂田健史(協栄)選手が練習する2階フロアにこの映像を流した。
「これがホントの挑戦者だよ!」
大竹マネジャーの声を聞き、喰い入るように画面を見つめていた坂田選手。何としても勝ってやるぞの気迫を見せたかった。
世界王者になってからも海外遠征。テキサスでのメキシコ王者ロッキー・ガルシア戦では、ダウン応酬の激闘を演じ9回TKO勝ち。海外のファンにも強烈な印象を与えている。
昭和47年(1972年)6月、4度目の防衛戦では最強といわれたオーランド・アモレス(パナマ)を挑戦者に選んだ大場選手。
「どうせやらなくちゃいけないんだから」
これ以上見当たらないといわれた、最強の挑戦者アモレス。”黒い豹”は、抜群のKO率を誇るKO・パンチャーだった。
大場ボクシングの真髄とまで言われたアモレス戦。倒し倒され、激闘のあげく5回KOで最強の挑戦者を粉砕した大場選手。この試合で一回り大きく成長した。

「なんだ。弱い相手にばかり勝ってもしょうがねぇじゃないか。本当の世界チャンピオンなんて言えないよ」
「そんなチャンピオンになりたくない」
アモレス撃退後の大場選手は強い誇りとプライドで、ノンタイトル戦といえども弱い相手との対戦をよしとしなかった。
アモレス戦から3ヶ月、後楽園ホールで行なわれたノンタイトル12回戦の対戦相手は、世界フライ級5位ナタリオ・ヒメネス(ドミニカ)。ノンタイトル戦の相手としては危険すぎるの声が上がった。
「今度は負けてもいいと思って」
「最後まで負けるかもしれないという危惧を捨てきれなかった」
帝拳ジム本田会長も、「思い切って決めちゃた」この試合だが、本田会長の心配をよそに、大場選手は実に素晴らしいボクシングを見せた。
強いといわれる相手に燃やす闘志は、人一倍の大場選手。アモレスに勝った自信は大きく、初回から自信満々の攻め。波に乗っている選手の強みをファンに存分に見せ付ける。

試合は大場選手が5回KOで圧勝。敗者は長々とキャンバスに伸びてしまった。
「俺にとって世界チャンピオンは遠い存在」
敗れたヒメネスも王者の強さにあきれ返った。大場時代の到来。軽量級で重量級の迫力。

「人にうしろ指をさされないチャンピオンになりたい」
大場選手の世界王者としての誇り、負けん気の強さが伝わってくるこの言葉。
7月1日ロベルト・バスケス(パナマ)とのWBA世界フライ級王座統一戦に挑む坂田健史選手も、同じ心意気。このタイトルは、かつて大場選手が保持していたものである。21日(月)後楽園ホールでEX出場予定です。
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