3連休は19日(土)に実家に帰って、刈払機に取り付けるアタッチメント「アイガモン」を使って田んぼの草取りをしました。20日(日)午前中にも作業をして、やっと半分くらい終わりました。背の高い草は母が引いてくれてなくなったので、見た目は少しよくなりました。今度の27日(日)、里道の草刈りに帰らなければならないので、そのときに残りの田の草取りをするつもりです。

 しかし、田の草は伸ばしてしまうと大変ですね。来年は伸ばさないように、初期に田の除草をしっかりとしたいと思います。

 21日(月・祝)は、なんと今シーズン初のウォータージャンプにO-airに行きました。今年は4月12日の大会で右足のかかとを傷めてしまい、そのリハビリに時間をかけたのと、実家の農作業などがあって、なかなか練習時間が取れず、大幅に出遅れてしまいました。とりあえず、来シーズンのワールドカップ出場は無理のようです。

 いつもだいたい9番台(モーグル用)で練習します。今シーズンもマイナーチェンジが施されていました。トランジション(下り坂から登り坂に変わる場所)が前に出て、キッカーが短く、急になっています。だいたい見た目でわかるようになりました。

 いつものようにストレートジャンプから。成功です。続いてトリプルツイスター。成功です。続いてコザック。ちょっと足が上がりきりませんでしたが、まあまあ成功です。続いてヘリコプター。ちょっと両腕が完全に水平にはなりませんでしたが、まあまあ成功です。

 順番としては、この後、バックレイアウト(伸身後方宙返り)ですが、初日でもあることだし、もう少し、アップライト(直立)系を極めようと、再びトリプルツイスター。ちょっと軸が傾きました。ありゃりゃ。それでは再びストレートジャンプ。空中での静止が完全ではなく、スキーがわずかに振れました。あれえ、おかしいなあ。もう一度ストレートジャンプをやり直し。今度はバランスを大きく崩して、空中に出てからダフィー(両脚を前後に開く)を入れざるをえなくなりました。意図して技をかけたのではなく、バランスをとるために脚を開かざるをえなくなったのです。完全な失敗です。

 そこで、ちょっと頭を冷やして考えました。トランジションからリップ(先端)にかけてのキッカーの踏み込みが甘かったのですね。スクワットの姿勢でじっとがまんしていないといけないのです。

 それを意識したら、やっと1本目のようにまともなストレートジャンプになりました。

 キッカーのアール(回転半径)がわずかですが、きつくなったので、しっかり踏まないとコントロールしきれなくなるのです。本数を飛ぶと、だんだん疲れて、横着をするようになります。しっかりと力を入れていないと、キッカーに弾かれてしまいます。

 農作業と深夜のジョギングで最近、腰のあたりの筋肉が疲れぎみです。初日ということもあり、1時間半ほどで切り上げました。

 最近、スクワットは自重のみだったので、荷重のスクワットで筋力を付けて、次回はバックレイアウトを中心に練習するつもりです。
 今日(16日)は休みをもらい、京都府綾部市の実家に帰って、田んぼの草取りをしてきました。今年は例年にもまして田んぼの管理が悪く、草ぼうぼうになってしまったのです。このままでは、秋に収穫する米がありません。

 今年は横着して除草剤をまかなかったから、こんなにひどく草が生えたのだと思っていたのですが、実は除草剤をまいていたのだけれども、きかなかったそうです。なぜでしょうか。

 ここ数年、畦塗りをしていません。畦塗りは大変な重労働。父は腰が痛めて、もう腰に負担のかかる作業ができなくなりました。畦を塗らないと水が漏れて、田んぼに水がたまりません。そのため、用水路を流れる水を常に田んぼに入れて、水田に水を掛け流しの状態にしています。

 これを何年か続けるうち、田んぼの中の下流に当たる畦側の部分が、流された泥で高くなって、植えた稲の苗が水につからないようになりました。つまり畑の状態になって、稲の苗が定着せず、畑に生える雑草だらけになりました。

 また、水を掛け流しにしているので、水につかっているところでは、流水を好む草が繁茂しました。水田はたまり水にしなければならないのに、水が流れて川の状態になり、川に生える高い草が茂ってしまったのです。それだけではなく、稲の根元には、ナギというたまり水に生える水草もびっしりと生えています。ヒエも茂っていて、条間(じょうま)の隙間が見えなくなっているところもあります。

 ここまで草を伸ばしてしまうとお手上げです。手で抜くか、くわで掘り起こすか、刈り取るしかありません。ヒエなんかしっかりと根をはるので、ちょっとやそっとで抜けません。手作業ではどれだけ時間がかかるかわかりません。

 そこで、刈り払い機(草刈り機)にアタッチメントとして取り付ける「アイガモン」という除草機具を買いました。
https://www.youtube.com/watch?v=5aYOimAXy0E

 草を刈る刃とカバーからなります。手で取ることに比べたらはるかに速いのですが、田んぼのぬかるみの中で、草刈りしながら前進しなければならないので、けっこう力を使います。炎天下、刈り払い機のエンジンをふかして、「アイガモン」を押しながら田んぼの中を往復していたら、腰は痛くなるは、脚は疲れるはで、ふらふらになってきました。

 ちょっと日がかげって涼しくなったところで、母が背の高い草を引き抜くのを手伝ってくれました。プロテインを飲み、水分を補給して、がんばりました。今日は水分を3リットルぐらいとったと思います。アスリートは水分を1日4リットル取るように言われているので、まだ少ないですね。

 そのうち、「アイガモン」の使い方に慣れてきて、小走りするくらいのスピードで除草できるようになりました。とはいえ、やはり重労働。午後いっぱいかけて、1反(約10アール)もできたでしょうか。草を伸ばしてしまうと、始末に負えないということを痛感させられました。

 来年は、トラクターに取り付ける畦塗り機(高価)を買ってしっかりと畦を塗り、モーグルで知り合った農業の専門家の指導をあおぎながら、雑草対策をしたいと思います。それにしても、兼業の零細農業でも、農機にかかるお金が半端ではないですね。
 サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会の準決勝で、ブラジルがドイツに7-1という大差で敗れました。攻撃の中心であるネイマール選手が準々決勝のコロンビア戦で腰椎を骨折して出場できず、守備のかなめのチアゴシウバ選手が累積警告で出場停止になったのが響いたようです。

 ネイマール選手のけがは第3腰椎の突起部の骨折だそうです。腰椎突起の骨折はぼくも経験があります。痛いです。

 2006年2月19日、兵庫県のハチ北スキー場。北壁のスーパーモーグルコースで練習していて、転倒した際、右手で握っていたストックのグリップで腰をしたたか打ちました。あまりの痛さにしばらく動けなかったのですが、腰を動かさないようにして、なんとか自力で下山し、車を運転して帰宅しました。腰をシートに押し付けていたら、なんとか痛みに耐えることができたのです。

 帰宅後、すぐさま大津市民病院の救急に行き、痛いと訴えましたが、医者は「大げさにするな」と言わんばかりの冷たい態度でした。ところが、レントゲンを撮影して骨折していることがわかると態度が一変、「これは痛かったでしょう」。だから、「痛い」って言っているのに。自力で下山して、車も運転して帰ったから、大したけがだとは思わなかったんでしょうね。

 腰椎はサバ缶詰の缶を積み重ねたようになっていて、それぞれの缶に突起がついています。突起自体には何か機能があるわけではないので、手術をして折れた突起を引っ付ける必要はありませんが、折れることによって、突起に付いている骨膜が引っ張られて激しい痛みが生じます。折れた突起がぐらぐらして骨膜が引っ張られないよう、腰をコルセットで固定して、自然に引っ付くのを待たなければなりません。ぼくの場合、1カ月くらいで治ったように思います。

 けがをするにはそれなりの理由があります。ぼくの場合は、当時、ターンで右のストックが遅れるという悪い癖がありました。スキーは滑走中、両手を常に体の前に置いておかなければなりませんが、右のストックを後ろの持っていかれて、右手を前に出せないことがよくあったのです。その悪癖が、右のストックのグリップで背中(腰)を強打するという事故につながりました。

 ネイマール選手の場合は、コロンビアの選手がタックルしようとして膝を背中に当てたのが直接の原因です。コロンビアの選手の膝蹴りは故意ではなかったようです。では、けがは不可抗力だったのでしょうか。

 この試合(ブラジル-コロンビア戦)をぼくは見ていましたが、はっきり言って、あまり面白い試合ではありませんでした。コロンビアの選手の攻撃をブラジル選手がファウル覚悟の激しいタックルで止めて、すぐにプレーが中断してしまいました。

 ぼくはサッカーについては素人なので、ルールについて論評する資格はないのですが、一観客として感想を言わせてもらうなら、体をぶつけるプレーに対して、もっと厳しくした方がいいと思います。ボールを狙いにいったのであっても、足が相手の体に触れたらファウルとして、ファウル3回で退場といった厳しいルールがいいと思います。結果的にでも体の一部が相手に触れるようなタックルは禁止、もっと言えば、選手同士の接触を禁止してはどうでしょうか。さもなくば、今回のような事故は防げないのではないでしょうか。

 アメリカンフットボールのようにプロテクターを付けた選手がするサッカーなんて見たくないですよね。
 毎日新聞文化面に月1回掲載している「歴史の鍵穴」は今月、18日夕刊(夕刊のない地域は翌日)に掲載されました。

 「歴史の鍵穴」では前回まで4回にわたって平城京が伊勢神宮と出雲大社を結ぶ線上にあることについて4書いてきました。今回は平城遷都の約50年前の飛鳥時代の宮と伊勢神宮、出雲大社の位置関係について考えました。

歴史の鍵穴:伊勢と飛鳥と出雲 曲がり角を通った古代の太陽=専門編集委員・佐々木泰造
毎日新聞 2014年06月18日夕刊


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 興味のある方は、記事についている地図を参考に、カシミール3Dやグーグルマップで線を引いて確かめてみてください。
 6日(金)、久しぶりPCPに行ってきました。大阪・長居のパーソナルトレーニング施設です。
 PCP代表のコンディショニング・コーチ(トレーナー)の栗田さんによると、ぼくが4月12日のSAJ公認モーグル大会で、第1エアの着地の後、前のめりになって転倒し、右のかかとを傷めたのは、捻挫(靭帯損傷)ではなく、アキレス腱滑液包炎だそうです。

 アキレス腱はふくらはぎの筋肉をかかとの骨(踵骨)につなぐ腱です。アキレス腱で引っ張ってかかとの骨を動かすわけですが、その際、アキレス腱がかかとの骨や皮膚とこすれないよう、アキレス腱とかかとの骨、皮膚の間にクッションとして滑液包(潤滑液が入った袋)がはさまっています。モーグルエアのジャンプの着地後、前のめりになったときに、かかとがスキーブーツに強く押し当てられ、滑液包が圧迫されたために炎症を起こしたようです。

 事故後の経過を振り返ると、最初にかかとの骨の後ろ側が痛くなり、アキレス腱の部分が伸びにくくなりました。かかとのアキレス腱が引っ付いているところに圧痛(押したときの痛み)があり、階段を昇り降りすると、アキレス腱のあたりが引っ張られてかかとが痛みました。ただし、ランニングはできませんでしたが、平地なら普通に歩けて、ランニングの代わりに速歩をすることができました。ところが、1週間たったころから、今度は外くるぶしの下のあたりが激しく痛むようになり、歩くのもままならない状態になりました。

 滑液包の炎症によってアキレス腱の部分が動きが悪くなり、それをカバーするために代償動作として外くるぶしの下を動かすようになったようです。アキレス腱の部分を動かす代わりに外くるぶしの下を動かして歩いていたので、それまであまり使っていなかった外くるぶしの下が使い過ぎとなって炎症を起こしたということです。

 かかとを傷めたことによってかかとの動きが悪くなり、外くるぶしの下を動かすようになり、さらには、つま先が外を向くようになっていました。つま先が外を向いたtoe-outの状態で歩くと、下腿(すね)が外を向き、膝関節にねじれが生じます。1カ所の故障によって、アライメント(骨の配列)の乱れが連鎖し、骨格が歪んでいきます。

 PCPでは、崩れたアライメントを再び元の正常な状態に戻す「リアライン」をします。今までやってきたトレーニングに加えて、この日は、リアライン・バランスシューズ足関節用の使い方を学びました。

 バランスシューズには膝関節用と足関節用の2種類があります。どちらも1本歯の下駄です。下駄のどの部分も床に触れることのないよう、水平に保ったままで、スクワットなどの動作をします。
http://www.glabshop.com/realine-shop/balance_shoes/

 変形性膝関節症のリハビリのために今までから膝関節用を自宅でのトレーニングに使ってきました。足関節用は、膝を正常な位置に保ったまま、拇指球に荷重するために使います。拇指球に荷重しようとすると、どうしても膝が内側に入ってしまいがちです。そうすると、膝にねじれが生じて、変形性膝関節症の原因となります。バランスシューズの足関節用でスクワットをすることによって、膝を外側(薬指のあたり)に置いたままで、拇指球に荷重する動作を覚えることができます。

 ぼくの場合、スクワットをするときに、右膝が内側に入るという癖があり、それが変形性膝関節症の原因になっていました。バランスシューズの膝関節用を使ったトレーニングで、膝が内側に入ることはなくなりましたが、膝を外に出すのに伴って、足全体が外側に傾いてしまい、足の内側が浮きぎみになり、拇指球にしっかり荷重できないという問題が残っています。

 バランスシューズの膝関節用は1本歯がまっすぐ縦に付いていますが、足関節用は斜めに付いていて、拇指球を押さえないと、下駄の小指球(小指の付け根)の部分が床に付いてしまうようになっています。鏡を見ながら、膝が内側に入らないよう、なおかつ、拇指球が浮かないようにして、スクワットなどのトレーニングをするのです。

 PCPでバランスシューズ足関節用を購入して、最近は自宅でのトレーニングに使っています。足関節用は難しいです。膝関節用を使うと、膝が内側に入ることがあるので、足関節用を使った後は、膝関節用を使って正しい膝の位置を改めて覚えさせておきます。

 足関節用を使い始めてまだ4日ほどですが、膝小僧の位置、足の踏み具合の感覚がこれまでに増して敏感になったように思います。
 4月12日にたいらスキー場で開かれた2014シーズン最後の大会で傷めた右かかとは1カ月たったころからよくなりました。自宅近くの病院の医師の診断では、右足の捻挫、つまり右足関節の靭帯損傷で、Ⅰ(軽度、断裂なし)、Ⅱ(中度、部分断裂)、Ⅲ(重度、完全断裂)のうちのⅠかⅡのレベルだろうということでした。特別な処置は何もなく、痛み止めの飲み薬(ロキソニン)を朝夕飲んで、患部に痛み止めの貼り薬(モーラステープ)を貼って、痛みが引くのを待ちました。

 かかとを傷めたことによって、アキレス腱のあたりが伸びにくくなり、アライメント(骨の並び)が崩れていたようです。足関節が動揺しやすくなり、元々のアライメントの崩れが出やすくなったのかもしれません。

 痛みのピークを過ぎたころから、ひたすら下半身のアライメントを整えるためのリハビリトレーニングに取り組んできました。足を肩幅に開いての普通のスクワットや、足を前後に開いてのスプリットスクワットなどです。風呂場の鏡を見て膝小僧が足の薬指の上になるよう確認しながら膝を曲げ伸ばしします。かかとを傷めた右足が後ろ足になったときに、右膝が内側に入りやすくなっていました。

 トランポリンは3月、4月とほとんど行けませんでしたが、5月12日以降、以前のようにほぼ週2回のペースで通っています。立位で高く跳ぶと、足関節、膝関節に負担がかかるので、もっぱら背落ち・腹落ちを練習しています。もう何年もこればっかりやっているので、だいぶコツがわかってきました。退屈な基本練習のように思いがちですが、これはこれでけっこう奥が深いです。

 ランニングも再開しました。超スローペースで、40分くらい走ったり、歩いたりします。たまにインラインスケートでターンの練習もしています。

 ウォータージャンプも行きたいのですが、今年は実家の農作業の方が忙しくて休日は実家に帰ることが多くなっています。25日は地区の貯水池の草刈り、1日は地区の里道の草刈りと、地区の共同作業のために帰省して、自分の家の田畑の草刈りもしました。8日はイノシシ除けの電気柵の電線張り、15日は地区の入会林の下草刈りと、毎週、地区の共同作業があるのですが、両日とも本業の仕事のために帰省することができないので、不参日当を払って勘弁してもらいます。

 まもなく57歳ですが、幸い、体力の衰えはあまり感じません。全日本スキー連盟のフリースタイルの競技者登録も申し込みました。来シーズンに向けてしっかりと鍛えていきたいと思います。

 毎日新聞文化面で毎月1回、「歴史の鍵穴」を連載しています。原則として第3水曜の夕刊(夕刊がない地域は翌日)の掲載です。今年2月から、伊勢神宮と出雲大社を結ぶ線が平城京の真ん中を通るという事実に気づいて、その謎の解明を目指しています。

 このテーマについて最初に書いたのがこの記事です。

歴史の鍵穴:伊勢と出雲を結ぶ線 平城京の真上を通る不思議=専門編集委員・佐々木泰造
毎日新聞 2014年02月18日 夕刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20140218dde018040003000c.html

 古代日本では、伊勢は日の出の方角にあり、天上世界である高天原につながっていたのに対し、出雲は日没の方角にあり、死後の世界である黄泉の国につながっていると考えられていました。古代日本の中心だった飛鳥から見て、伊勢神宮と出雲大社は反対方向にあるとされていますが、よく見てみると、伊勢神宮ー飛鳥ー出雲大社は一直線上には並んでいません。

 そこで、実際の位置関係がどうなっているのかを調べたところ、伊勢神宮の内宮と出雲大社を結ぶ線は平城京の中央である朱雀大路と五条大路の交差点付近を通り、伊勢神宮の外宮と出雲大社を結ぶ線は平城京の心臓部とも言える平城宮の内裏の直上を通ることがわかりました。

 平城京の前の藤原京については、過去の「歴史の鍵穴」で、次の事実を指摘しています。藤原宮の中心建物の大極殿と、天に通じる山と考えられた天香久山の頂上を結んだ線が、斉明天皇が両槻宮(別名は天宮)を築いたと伝えられる多武峰を通ります。そのことからぼくは、飛鳥から藤原京に遷都するに際して、多武峰と天香久山の山頂を結ぶ線が通る場所を藤原宮の大極殿の位置として定めたのではないかと考えています。

 もし、そうなら、平城遷都に際して、伊勢と出雲とつなぐ線上を選んで平城京の位置が決められた可能性もあるのではないでしょうか。天上世界である高天原と死後の世界である黄泉の国を結ぶ線上を世界の中心である天皇の居場所に選んだということは考えられないでしょうか。

 第2回の記事では、この仮説が成り立つかどうかを検証するためには、いくつかの事実を確認しました。

歴史の鍵穴:伊勢の内宮、外宮-出雲を結ぶ線 平城京と内裏を通過=専門編集委員・佐々木泰造
毎日新聞 2014年03月18日 夕刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20140318dde018040020000c.html

 そもそも、伊勢神宮の内宮、外宮と出雲大社を結ぶ線はそれぞれ、どの程度の正確さで、平城京の中心、平城宮の中心を通っているのか。ぼくがどういう方法で線の通り道を調べたかを紹介しつつ、誤差がわずかに数十メートルに過ぎないことを確かめました。また、伊勢神宮、出雲大社の位置が平城遷都のときから大きく動いてはいないと考えられることや、奈良時代の中頃に大極殿の位置は変わったけれども、天皇の住まいである内裏の位置は変わらなかったことも書いています。


 しかし、伊勢神宮と出雲大社は直線距離で380キロも離れています。両者を正確に一直線で結んで、その線上に平城京の位置を定めるということが果たして可能なのかどうか。実際、ぼくは「カシミール3D」というPCソフトに、国土地理院がインターネットを通じて公開している精細地図を読み込んで線を引くことができました。現代の科学技術があって初めて、線上に平城京の中心や平城宮の中心があることに気づいたのです。精密な地図もコンピューターもない時代に、どうすれば伊勢神宮、平城京、出雲大社を結ぶことができたのかということについて考えたのが、第3回の記事です。

歴史の鍵穴:伊勢と出雲をつなぐ方法 古代にも理論的には可能=専門編集委員・佐々木泰造
毎日新聞 2014年04月16日 夕刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20140416dde018040010000c.html

 この記事で述べたように、三角形の相似の原理を使えば、大まかに平城京の位置を決めることが可能です。奈良時代の大学で必須の教科書となった中国の算術書には、ピタゴラスの定理や三角形の相似の原理の応用問題が載っていました。伊勢神宮、出雲大社の位置を通る4本の緯線、経線によってできる長方形の対角線の角度を求めることは、平城遷都のころの知識で理論的には可能でした。

 それでも、山あり、谷ありの380キロもの範囲を正確に測量することなどできなかったのではないかと思えます。その疑問に答えたのが第4回の記事です。

歴史の鍵穴:伊勢と出雲をつなぐ測量 平城遷都より前、広域に=専門編集委員・佐々木泰造
毎日新聞 2014年05月14日 夕刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20140514dde018040038000c.html

 平城遷都までに実際に広域で測量が行われていたことを示す事例を挙げました。例えば、藤原京の朱雀大路の延長線上に天智天皇陵が位置することが知られていますが、藤原宮と天智天皇陵は55キロも離れているにもかかわらず、両者を結んだ線の南北方位からのずれはわずかに38メートルしかありません。伊勢から出雲までの全域を含む古代国家の広い領域で、農民に口分田を与えて税を徴収するために精密な測量が行われ、現代のハイウエーに相当する直線道路が敷設されました。伊勢と出雲の間を結ぶために必要な測量データは平城遷都までにある程度そろっていたと考えられます。

 しかし、伊勢神宮と出雲大社を結ぶ380キロの長さの線が、平城京、平城宮の中心からずれているのはわずかに数十メートルです。中心を線上に置くことを意図して平城京を設計したのなら、恐るべき正確さですね。どうしてそのようなことが可能だったのか、やはり、謎と言うしかありません。

 この謎については、引き続き探究していくつもりです。
 今朝、暗いうちに白馬に向けて出発する準備をしたのですが、結局、断念しました。右足のかかとがあまりにも痛すぎて、白馬までたどり着く自信がありません。たどり着いたとしても、満足な練習ができるかどうか。本当は早く済まさないといけない仕事を抱えていることもあり、残念ですが、自宅療養することにしました。

 ネットで検索したところ、アキレス腱付着部炎の可能性があります。使い過ぎが原因で、特に有効な治療法はないようですね。アキレス腱に負荷がかかることによって損傷を起こり、炎症が起きるそうです。成長期にみられる付着部炎は、損傷に修復が追いつかないというアンバランスが解消されて治癒するまでに半年から1年間かかると書いてありますね。1週間くらい安静にすることによって、炎症が治まるとも書いてあります。

 ぼくの場合、原因として思い当たるのは、たいらスキー場での公認大会で、第1エアの着地で前のめりになって転倒したとき、右足のかかとが強く圧迫されたということです。あまり大きく飛んではいないのですが、急斜面なので、けっこう落差があり、着地時にそれなりに大きな衝撃を受けます。その後、前のめりになって、右にこけ、スキーが外れました。右足のかかとが引っ張られた可能性があります。

 ビンディングの解放値をもっと低くしておいた方がよかったかもしれません。ただ、高速で滑る場合は、解放値をある程度、高くしておかないと、ちょっとした衝撃を受けたり、後傾になったりしただけで外れるので、かえって危険です。モーグルの場合は、エアの着地の衝撃で外れることもあります。重いスキーだと、ツイスターで振って外れることもあります。難しいところですね。

 今まで、解放値がトウピース11、ヒールピース10になっていたので、トウを9、ヒールを8に下げておきました。

 痛みの原因としてもう一つ、思い当たることがあります。たいらスキー場で、レースの前後に、フラットのショートターンがずっとおかしいので、何だろうと思いながら、滑っていました。ここ何年か、ブーツがフォールラインから外れないようにフルカービングをしつつ、スキーを回してスピードコントロールするにはどうすればいいかということを模索していたのですが、うまく、カービングターンにならず、左右のターン弧が不均等で、膝にねじれが生じていました。

 そこで、以前のように、ブーツをフォールラインから外に出しながらターンするという正統派のカービングターンの練習をしてみました。膝関節にねじれが生じないよう、股関節を回旋させます。その結果、左右のターン弧が均等になり、今シーズン悩まされていた左膝の痛みがなくなりました。一方、右の足関節に、今までと違う負荷がかかるようになったような気がするのです。今までは右の膝を曲げたままでターンしていたのですが、右の膝が伸びて、かかとのアキレス腱が引っ張られるような感じがしました。

 とにかく、ノルディカのブーツ、ドーベルマンWC EDT130は硬いです。以前履いていたレクザムのPRO110は標準的な硬さでしたが、その倍くらいの硬さがあるように感じます。硬いブーツだと、体にかかる負荷、衝撃が大きいので、ターンに問題があると、体のどこかに影響が出ます。これまで、左膝は伸ばし、右膝は曲げたままのターンを繰り返したことで、最初は、右膝が使い過ぎで変形性膝関節症になり、次に左膝に負担がかかって左膝が変形性膝関節症になりました。そのおかしなターンを治したら、今まで使われていなかった右の足関節に急に負担がかかって、炎症を起こしたのではないかとも考えられます。もし、そうだとしたら、これ以上、どこかに痛みが出ることはないと思うんですけどね(楽観的願望)。

 昨夜、寝る前に、右の足関節の軟部組織リリースをしました。外くるぶしの下やアキレス腱の周りに強固な癒着(張り付き)がありました。肩凝りのように、皮下組織が凝り固まっているのをちょっとずつ、つまんでは、癒着をはがしていきます。ものすごく痛いです。2時間ほどかけて、ほとんど癒着が残らないところまで丁寧にはがしました。

 今日は、ふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)を働かせるために、カーフレイズ(かかと上げ)もやってみました。痛みの質が昨日までとは違って、今はしびれるような痛みに変わっています。

 本当は、整形外科の先生が言われたように、スキーでちゃんとしたターンの練習をすることによって治すのが一番いいと思いますが、行く途中に事故を起こしたり、練習中に痛いところをかばっておかしなターンになり、別のところを傷めるという負の連鎖になってしまっても困るので、今回は自重します。今日、明日と、炎症が起きている部分を休ませると同時に、必要な筋肉を働かせるために、リアライン・トレーニングや、場合によってはインライン・スケートもしてみようと思います。

 今シーズンの雪上トレーニングはこれであっけなく終了。毎年言っていますが、来シーズンこそはまともな滑りができるよう(楽観的願望)、仕事とリハビリとフィジカルトレーニングに励みます。
 12日に富山県のたいらスキー場であったB級公認大会で、右足のかかとを傷めました。原因がよくわかりません。第1エアの着地で前のめりになって転倒したのですが、そのときにかかとに衝撃が加わった可能性があります。

 翌朝起きたとき、右のかかとが痛くて歩けないほどだったのですが、がまんして歩いたら、なんとか歩けるようになったので、予定通り、八方スーパーモーグルに出場しました。八方では大会前の公式練習と本番以外はほとんど滑りませんでした。

 その後、トランポリンでジャンプすることはできませんでしたが、歩くには支障がない程度に痛みは引きました。一度、ジョギングをしようとしましたが、痛くて走れないので、速歩に切り替えました。歩く分には全く問題がありませんでした。

 ところが、19~20日、岡山大学であった考古学研究会に行ったところ、だんだん痛みがひどくなり、帰るころには歩くのがやっとの状態になってしまいました。

 さすがにこれはまずいと、22日にいつも変形性膝関節症を診てもらっているスポーツ整形外科に行きました。ぼくが変形性膝関節症であるにもかかわらず、がんばってモーグルの練習をしていることを応援してくれている先生です。

 ひょっとしたら、かかとの骨にひびが入っているのではないかと思ったのですが、先生は開口一番、「かかとの骨が折れてたら、痛くて歩けませんで。全体重がかかりますからね」。

 触診した後、
 「スキーは今シーズン、もう終わりですか」
 「いや、次の週末、白馬で合宿があるはずなんですけど、あまりにも痛いので……」
 「痛くて行けないんじゃないかと? 行けるでしょう。行ってください。でも、一応、レントゲン撮っておきましょうか」

 レントゲンの画像を見ると、見た目にはきれいでした。何も異状がありません。
 「ここがちょっと出っ張ってますから、アキレス腱の辺りが痛くなったら、これが原因の可能性があります」
 「それ、右足ですか」
 「いや左足ですから、関係ないですね」

 うーん、わからない。

 「貼り薬を持っているでしょう。いくら使っても副作用はありませんから、どんどん使ってください。ブーツで固定しているから大丈夫ですよ。ギブスで固定しているのと同じですからね。合宿に行ってください」

 ええー、いいの。こんなに痛いのに。と思いつつ、右足を引きずりながら、帰りました。

 昨日はトランポリンに行きましたが、立位でのジャンプはできず、もっぱら背落ちと腹落ちのみです。それでも、背落ちから立つときに右足に体重がかかると痛くてたまりませんでした。

 右脚全体と、右のくるぶしの周りを丁寧に軟部組織リリースをしたら、少しはましになりましたが、痛みは引きません。立っているとき、歩いているとき、階段を下りるときに痛みが出ます。今日はテーピングをして出勤しました。

 明日からのスキー、どうするか。迷いましたが、じっとしていても治りそうにないので、「けがは体を動かしながら治す」をモットーとする先生のすすめにしたがって、行ってみることにしました。