前回の続きは仙台から、いよいよラストです!
【第7日目 8/31(Wed)】
仙台13:03
~(東北本線 快速仙台シティラビット4号 福島行き)~14:16福島
福島14:19~(東北本線 普通 郡山行き)~15:07郡山
郡山15:55~(水郡線 普通 水戸行き)~19:05水戸
水戸19:27
~(常磐線 特急スーパーひたち58号 上野行き)~20:35上野
■ロングシートの過酷旅?4
719系 H-9編成(左) と 719系 H-37編成
701系にひたすら揺れること計5時間、東北最大の都市は仙台に到着。
ちょうど昼時で乗り換え時間もあるので、駅弁を調達することにしました。
去年ではどたばた迷いながらも駅弁を買ったところへ。
改札を出て左、バスターミナルへ下りる階段の後ろに店舗はあります。
今回は迷いませんでした。駅弁の在庫も多くてそっちに迷いますが(汗)
それにしてもE5系運転開始をうけて、東北新幹線グッズが多いですね~
ペンにキーホルダーにE5系の容器をした駅弁などなど・・・
いやいや、今回はこっちは買いません。やっぱり仙台と言えば牛タン!
伊達政宗をモチーフにした駅弁などなどおもしろいものがありましたが、
前回は普通の牛タン弁だったので今回は特選牛タン弁当にしました。
会計を済ませて列車に戻ります。
駅のホームには既に快速待ちの人が列を作っていました。
そこにいたのは・・・まだドアを閉めた719系!!
ロングシートから解放されてあのやわらかいボックスシートに乗れる!
急いで列の最後尾に並んで・・・ドアが開くと同時にボックスを確保。
やっぱり駅弁を食べるならボックスシートじゃないと、ですよね。
座席はやわらかいし申し分なしです^^
(でも心のどこかでE721系に乗れることを期待してたり・・・^^;)

そして13:03、定刻通りに列車は発車して行きました。
やはり仙台市、沿線には新幹線の高架橋と住宅街が立ち並びます。
およそ10分ほどで次の停車駅は名取に到着します。
直前に仙台市から名取市に入り、同時に田んぼが見えてきました。
でも名取は空港近くの都市として栄えていて、そこまで多くありません。
空港・・・と言えば名取から仙台空港アクセス線が走っていましたね。
しかし今回の地震で空港は閉鎖、まだ完全復旧していませんでした。
そのためにアクセス線は空港へ向かう客はおらず、ホームは閑散。
悲しい雰囲気が漂っていましたが、列車はすぐに名取を発車しました。
というわけで、そろそろ車内も落ち着いてきたのでここで駅弁紹介!
今回はさっき仙台で買った「特選炭火焼牛たん弁当」です。
一般では普通の「網焼き牛たん弁当」の方が有名だと思いますが、
やはり決定的な違いは『紐で引っ張って温めるか温めないか』。
この特選炭火焼牛たん弁当は紐を引っ張って温めません。

温められないので早速食べるとしましょう。
箱から出し輪ゴムをはずし、重を分解するとすぐに食べられます。
・・・が、やはり温かい牛タンに慣れてしまったからか冷たい・・・
駅弁では仕方ないのですが、温められるなら温めた方がいいです。
ただし固くはなく柔らかく、味付けも適度な塩加減でご飯が進みます。
(とか言いつつ、友達が買った温めるやつで頑張って温めてました(爆))
で、肝心の"どこが特選か"と言うと、漬物とお菓子がついていること。
お菓子は仙台菓子と袋には書いてあり、ほどよい甘いでいい口直しです。
でも、やっぱりトータルで見ても温めるタイプの方がいいと思います。
手軽に温かいご飯と肉が食べられると言うのは大きなポイントですね!
食べ終わる頃には列車は山間部を走っていました。
名取の次は岩沼に止まり、そこからは山間部を走るようになります。
沿線には線路と並走するように流れる白石川が見えます。
快速列車は北白川・東白石と通過すると、やがて白石に到着。
かつて伊達氏の支城の城下町として栄え、近くに新幹線も止まります。
そしてまだまだ山の中を進むとやがて藤田到着前から風景は変わり、
田んぼが見えはじめ福島盆地に突入したと分かります。
藤田からは各駅停車、沿線にはだんだん住宅街が多く見えてきました。
やがて福島交通線と合流すると、終点の福島はもう目の前です。
福島ではちょうどよく普通の郡山行きが接続しています。
乗り換え時間は3分。ゆえに対向ホームに郡山行きは待機していました。
列車は終点の福島に到着しドアが開くと、乗客は向かい側へ乗り換え。
あっという間に郡山行きは立つ人もいるほど乗車率は高くなりました。
ちょうど最後尾の運転台補助席の区画が開放され誰もいなかったので、
4人で占領して後方展望(でいいのかな?^^;)することに。
すぐに列車は大量の乗客を抱えて発車して行きました。
南福島までは普通の住宅街、そこからは山間部を走っていきます。
この区間は、特徴的なことに上下線が離れたところを走っていて、
次々駅の松川到着直前に上下線が合流してきました。
そこから先はまた田園地帯を進むなんとも単調な風景。
30分ほど続くとやがて新幹線の高架橋と合流し、郡山に到着です。
・・・とまあこんな感じにロングシート地獄から逃れられてホッとしたのでした(爆)
■ちょこっと寄り道、水郡線

さて、毎回の遠征で必ず通っている郡山に到着です(笑)
久々に見た駅に隣接する貨物のヤードがなんだかなつかしいですね。
一番最初の冬旅行は485系あいづライナーを乗りに、春旅行は水郡線、
夏旅行は初日のロングシート地獄で、去年冬は最終日に磐越東線・・・
何かと思い入れのある郡山、過去の旅行が脳裏に蘇ってきます。
ここからは水郡線に寄り道して常磐線経由で上野へと戻ります。
「ただ東北本線を南下するのはつまらない!!」という魂胆なわけです。
前回はさらっとでしたので、今回は車窓にも重点を置いてみます。
・・・そんなわけで水郡線に乗ろうとしたら、友人3人が早く帰りたいだの
言い出したのでここで分岐し1人で水郡線に乗ることにしました。
しかし東北本線はこの先の線路陥没で運転見合わせ!?
奴らは新幹線に乗ることにしたそうで、改札内に消えていきました。。。
(2日目青森の一件と言いなんだったんだかこいつら・・・^^;)
改札外の窓口でちょっと"買い物"をして、改札内へ。

1213M 快速あいづライナー3号 485系 A1・A2編成
するとちょうど磐越西線のホームには485系が停まっていました。
そういえば最近、国鉄色に塗装変更されたんですよね。
ホームの至るところにあかべぇがいるのに何故塗装を戻したのでしょう?
なかなかユニークでおもしろい塗装だったのに残念です。

E120系-9
これから乗る水郡線はそんな485系が見える線路を挟み反対側ホームの
安積永盛方面に小さいながらも1面2線のホームがあります。
まだ到着したてでドアが閉まっていたので、撮影してからドアの前へ。
やがてドアが開いたらすぐに1人席を確保。4時間の乗車に備えます。
車内は首都圏でもお馴染みのE233系0番代と同じ色で同じ形の座席。
固いですがそれがまたキハE120系の走る水郡線という雰囲気ですね。
まあそれにしてもやっぱり塗装が派手なこと・・・

そして15分後、郡山を発車して行きました。
郡山の次の停車駅は安積永盛で、最初のうちは東北本線を走ります。
やがて安積永盛を発車して新幹線の高架橋と分岐すると単線に。
ここからは本格的に水郡線にはいっていきます。
沿線には山の間に作られた不規則な形の棚田がいくつも並んでいます。
列車は郡山から学校帰りの学生を乗せて進み、2駅先の谷田川に到着。
そういえば、水郡線って「奥久慈清流ライン」って愛称があるんですよね。
それもそのはず、ここからは阿武隈川と並走するように線路は伸びます。
山間の田んぼの中を流れる阿武隈川ってのもなかなかの車窓です。

そんな風景がどこまでも続き、だんだんと乗客の多くが学生になります。
沿線に中学校や高校があれば、数駅先まで乗っていることが多いです。
この列車は時間的にちょうど帰宅する学生のためにあるのでしょうね。
とりわけ磐城石川は小さいながらも留置線を持つ交換可能駅で、
駅周辺には町役場があったりとなかなか周辺は栄えています。
ちょうどこのときも交換列車が先に到着していました。
ドアが開くと大量の学生で車内は賑やかに。すぐに列車は発車します。
ここからは並走する阿武隈川は小さくなり見えなくなってしまいます。
磐城浅川・磐城棚倉でも乗せ、車内には学生の会話が飛び交います。
車窓には田んぼはあまり見られず、山の中をひたすら進んでいく中、
今度は沿線に久慈川が見られるようになってきました。
さっきの阿武隈川より線路に近づくので、車窓もさっきよりキレイ。
上流によく見られる感じの川で夕陽に輝いていました。
これが、『奥久慈清流ライン』との愛称がつく所以なんですね。

そんな久慈川の途中にあるのが、水郡線でも大きい駅:常陸大子です。
今までの駅名には「磐城」とつくことが多かったのですが、ここからは
「常陸」とつく駅名が多くなり茨城県に突入したことが分かりますね。
ここも列車交換可能駅で水郡線の運輸所があり留置線の規模も大きく、
さらに有人駅で多くの温泉旅館が立ち並ぶほど大きな街です。
ここでは列車交換のために数分停車、やがてE120系2両が到着。
するとまもなく列車は発車して行き、本格的に山の中を走ります。

車内には学生は殆どおらず、観光客が多くなっていきます。
それもそのはず、この近辺は「袋田の滝」や「袋田温泉」で有名であり、
むしろ温泉やキャンプ場の客が乗客を占めるようになります。
袋田駅のホームには袋田の滝がバックになっている名所案内看板が。
いつか紅葉のシーズンにでも行ってみたいものですね。

それにしても、沿うように流れる久慈川は見てても飽きません。
線路は川を渡ったりまた渡ったり・・・の繰り返しでおもしろいですね。
しかし山方宿まで来るとやがて線路から久慈川は離れてしまいます。
さらに地形も山間部から平野部に変わって、また田んぼが多くなります。
列車はそんな平野部の入り口に位置している常陸大宮に到着。
常陸大宮は駅近くに常陸大宮市役所があるほどの大きな駅。
平野部に突入してから住宅街は隣の駅以上までも繋がるようになり、
県庁もある水戸市に近づいていることがだんだん分かってきます。

やがて水郡線の支線と合流すると、上菅谷に到着します。
と言っても流石に上菅谷まで来ると周囲は真っ暗で分かりませんが(汗)
駅周辺には市役所がありながらもそこまで建物は多くはないのですが、
住宅街がかなり広大でひたちなか市の住宅街を形成しています。
・・・しかしここでトラブル発生。発車時刻になっても全く動く気配がない。
それに向かいの列車も止まったまま発車しそうにもありません。
運転台からは聞き覚えのある"ピピピ・・・"という電子音・・・
まさか、と思いきやそのまさか、下菅谷で人身事故が起きたそうです。
下菅谷で発報された防護無線は約1km離れた上菅谷でもキャッチ。
そのために、最後の最後になって『運転見合わせ』を喰らうのでした(爆)
まあ最後の列車は接続待ちしてくれると予想し、発車を待っていました。

・・・やがて10分ほど停まった後、ようやく運転再開の放送。
列車はようやく動き出しました。が、今度は事故現場の下菅谷で停車。
今度は水戸発の列車の交換をするための停車だとかとか・・・
因みにこの時点で遅れは20分オーバー・・・あれ、まずくなってきた?
下菅谷を発車する頃には、ちょうど救急車も発車して行きました。
ここから後は、住宅街をひたすら南下していくだけ。
下菅谷からは先行列車がいないため詰まることなく順調に進みます。
やがて川を渡り大きく線路は蛇行すると終点水戸は目の前です。
■上野駅へひとっ飛び!

E651系 K104編成
さて、呑気に終点の水戸に到着だなんて言ってはいられません。
これから乗る列車、今回の旅のラストランナーは「スーパーひたち」。
定時だと発車の20分前に到着しますが、20分遅れの今はそんな暇なし。
車内からは予想通り接続待ちしているスーパーひたちの姿が見えました。
急いで乗り換えると・・・自由席・指定席・グリーン車共にオール満席。
以外にもデッキには立席客がいるほどの盛況っぷりでした。
仕方なくデッキに立つことにすると、まもなく列車は発車して行きました。
スーパーひたち58号は水戸に停まると終点の上野まで停まりません。
これで今回の旅の始発駅でもある上野駅までひとっ飛びで戻ります。
そういえばこの車両も来年にはE657系に置き換えられるんですよね。
むしろこの機会に立席ですが乗れてちょうどよかったです!
(本当のことを言うと、せめて人身事故さえなきゃ自由席に座れるんじゃないかなおいw)
闇夜を切り裂いてひたすら上野に向けて列車は猛スピードで進みます。
車窓には田んぼ・田んぼ・住宅街・住宅街・住宅街・・・と都会らしくなり、
取手を通過する頃にはどこか懐かしい常磐快速線も見えてきました。
我孫子からは常磐緩行線、柏では東武、松戸では新京成・・・
徐々に自分の住む東京に近づくにつれて見慣れた光景が見えてきます。
江戸川の鉄橋を渡り金町のカーブを過ぎ常磐緩行線と並走して、
三河島の大カーブを過ぎて京浜東北線や山手線と合流し日暮里を通過、
煌びやかに光る都会のネオンが茨城からの特急を出迎えてくれます。
すると列車は減速し、ゆっくりと上野駅の特急ホームへと入線。
ラストランナー、こうして終点の上野に到着です。

スーパーひたち指定席幕

スーパーひたち自由席幕
そういえばこの車両の側面表示って未だに幕なんですよね。
なんだか近代的な顔をして側面が幕とは・・・( ´艸`)
人の流れに従って、特急ホームから出ます。
出る時には、駅員がいて自由席/指定席券は回収されてしまいます。
切符を回収されて出ると・・・ちょうど1週間前に見た光景がありました。
おびただしい数の家路を急ぐ帰宅客で駅は溢れています。

そういえば初日にはこんなアングルで撮影していましたよね。
1週間前・・・旅に想いを馳せて奥の13番線であけぼのを待っていました。
『ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく』
特急から降りて久々に感じる都会の雑踏・・・やっぱり家が一番!!
これにて夏旅行記は終了、次回は総集編です。
「あれ?気が付いたらもう12月なのにブログは夏休みモード?」とは言わないでねw←