イリナの小さな物語
  • 11Apr
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      新年度1週間

      どうも、TOMOTです。春眠暁を覚えずとはよく言ったものですが、昨今は寒暖差が激し過ぎて、暁を覚える日と覚えない日が出てきますね。寝心地が良い日ももちろんちらほら出てくるようになりましたけれども、寒過ぎて目が覚めたり暑過ぎて目が覚めたり、掛け布団の調整が難しい今日であります。そういう意味では最近特に目覚まし時計を起こしてあげる日々になっているので、ある種暁を覚えているのかもしれません。いやまあ、この文言の場合は古語の世界の話ですから、暁は暁でも、朝4時とかそういうレベルの暁なのでしょうけれども。いずれにしても、ちゃんと7時間睡眠は確保するよう努めていきたいところですね。久し振りに余談でした。さて、新学期も始まりまして新たな体制で活動する子ども達ですが、ハプニングは起こるものの現状なかなか好調な滑り出しのように思われます。お世話してもらったお兄さんお姉さんが卒園し、今度は小さい子の面倒を見てあげる立場となった子達。皆とても素晴らしい自覚を持って登園してくれているので、職員としても多くを言う必要がなく、縦割り保育の良さを体感出来る1週間でした。集団活動をリードしてあげたり、掃除を手伝ってあげたり、子ども達が教室を運営していく"子どもの家"という名に相応しい実態が4月時点で見られることは本当に喜ばしいですね。小さい子は大きい子の様子を見て学び、大きい子は自分達がしてもらってきたお手伝いを小さい子にしてあげる、職員のすることと言えば"新規活動の提供だけ"という状態になるくらい暇な教室が本当の"子どもの家"なのでしょうから、この子達には是非そうなって欲しいと存じます。そのように書くと私が楽したいだけみたいな意図になってしまいますが、もちろん全面否定こそしないものの、教師側に時間的余裕が生まれる=子ども達をしっかり観察することが出来るということに直結します。モンテッソーリ教師において一番と言っても過言ではないほど大切なこと、それが"観察"になりますから、時間的余裕があればあるほど"この子達にとって必要なことは何か"を探る機会が持てるということになりますね。その子には何の敏感期が来ているか、その子の興味を持っているものは何か、何のお仕事を提供すると満足感を得られるか、どんな良いところがあってどんな苦手意識があるか、その子の人格形成において現状必要なことは何なのか、他にも様々な要因を子ども達ひとりひとりに対して私達教師は並行的に考えております。子ども達に対してだけでなく、教具は現在の子ども達にハマっているか、入れ替えが必要なものはないか、季節感は合っているか、子ども達の動線に危険なものはないか、自由と制限のバランスは取れているか、枚挙に暇がないほど思考することは山とあるわけですね。それを日々子ども達と接しながら行うわけですから、子ども達から少し距離を取って俯瞰的に"観察"する時間を持てるということが、モンテッソーリ教師にとってどれほど尊いか知れません。一般的な観察とは意味合いが大きく異なり、能力や人格など目に見えない箇所へ目を向ける必要があるモンテッソーリ教育の"観察"、それ専用の時間が子ども達の活動中に持てるということはより多くの情報を確保して子ども達の人格形成に役立つお手伝いをピンポイントでしてあげられるということになりますね。そのときひと口お茶を飲むことが出来たり、さっとトイレに行くことが出来たり、子ども達が協力して生活していると大人の瞬間的な休憩も確保出来るのでやはり有難いですね。笑ちょっぴり脱線しましたが、そういった意味で好調な滑り出しを見せてくれた始業日からの1週間、アップダウンを繰り返しながら次の年度末までにどういう姿となるのかとても楽しみです。お仕事への意欲も、しばらくお休みを挟んだ子ども達は飢えを癒すように、とても積極的に活動しておりますね。おうちから持ってきた花の名前を書いて、他にも周りにどんな花が咲いているかメモしたり。去年度の続きを楽しみにしていたようで、教師が何も言わなくても活動していたり。普段あまり味合わない感覚を教具に求めたり。久し振りのお友達と話したり、でもやっぱりお仕事していたり。皆とても生き生きしていて素敵ですね。中河原公園もリニューアルされ、カラフルな遊具が実装されました。この日は外部の子も多かったので写真に編集をたくさん入れてしまいましたが、こんな感じのアスレチック遊具が出来ましたね。昔あった木製のグラグラ橋とか平均台も良かったですが、こちらはこちらでまた楽しめそうです。別の場所にも小さい子用の滑り台があったりと、結構大きな修繕だったようです。歩道橋を渡った先の中河原公園も変化しているのでしょうかね、今度子ども達を連れて行ってみたいと思います。今年度も実り多い一年となりますよう、また、様々なことがあると思いますがご協力のほどよろしくお願い致します。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ☆☆東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター☆↑イリナ関連リンク↑以上、曙は覚えるTOMOTからでした。

  • 04Apr
    • 入園式と園内整備の画像

      入園式と園内整備

      どうも、TOMOTです。本日は16時までお仕事があり、帰宅したのが16時半、そしてブログを書き始めたのが16時35分という過密スケジュールなのでお写真記事にさせて頂きます!本当は土曜日にゆっくり書くつもりだったのですが、その午後はずっとペンキ塗りしていたので帰宅したのが20時半とかになり、ちょっとダレてしまいましたね……笑兎にも角にも、投稿時間をしっかり守ろうというていで、楽しようというつもりは!ありませんので!ということにしておきますので!4月3日(土)に、当園入園式が行われました。去年度はコロナウィルスの関係で入園式を行えなかったので、今年は去年度の子達の分まで挙行させて頂きました。一眼で撮るとやっぱりひと味違いますね、撮って出しのjpegですが。RAWでも撮ってあるので「この写真の色味が変だな」とかあれば編集で微調整出来ますし、さすが写真を撮る為だけの機械です。余談でした。皆さんお洒落して、とても素敵でしたね。久々の登園、久々の先生、式典という普段とは違う環境ということもあり、最初は微妙に緊張していた子もいましたが、少し話せばいつもの通りですね。入園式ですが、やはりとても教育熱心な親御様方が集まられているなという印象で、すごく粛々と行われましたね。今後のお子様方のますますのご成長、そして皆様のご発展を心より祈念申し上げます。変わって4月4日(日)は、去年度卒園生の親御様方が園舎の柵と砂場をお手入れして下さいました。色々と混乱もありお手数をお掛け致しましたが、結果として素晴らしい環境が出来上がったと思います。来週から使わせて頂ける在園児の子達は本当に幸せですね、エレメンタリーの子達の植物学の活動でも役立ちそうなスペースが一番誕生しましたので、こちらもとても楽しみですね。本当にありがとうございました!職員はといえば、ボロボロになった机の天板を外して取り替えたり、机や椅子のペンキを塗ったり、新規購入した机や椅子を組み立てたり舎内でバタバタしておりました。この写真は土曜日のものですが、本日粗方完成しました。綺麗な環境で新学期を迎えられるのはとても心地が良いですね。ペンキが乾いたら机や椅子、教具配置などの位置調整をするので、まだまだ始業日まで気が抜けません。いや、まあ、始業日からも気は抜けませんけれども……。去年と一昨年はコロナウィルスのこともあり大変なスタートとなりましたが、今年は良いスタートが切れそうです。コロナ禍はまだまだ続きますけれども、気持ちを切り替えて、新しい年度も実り多い時間にしましょうね。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ☆☆東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター☆↑イリナ関連リンク↑以上、ペンキ塗れのTOMOTからでした。

  • 28Mar
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      春と桜

      どうも、TOMOTです。最近ようやく花粉が薄れ、さらに暖かさも増してきましたね。まだ寒暖差が大きかったり梅雨時期の気温落ちもありますが、ようやく植物が育てやすい時期になってきましたので、初夏に収穫できる野菜を園の子ども達と一緒に育ててみるのも良さそうです。何があるのか調べてみましょうかね。さて、現在イリナは春休み中ですので子ども達の記事もお休みです。職員はちょこちょこ出勤しておりますが、私は基本的にPC業務メインなので在宅でやらせてもらおうかな〜と検討中ですね。笑そんな折、海外の友人から「日本の桜の写真が欲しい」と連絡をもらい、お天気が良かった先日フラッとお散歩がてら撮影に行ってきました。どうせなら絵カードの教具になるくらいの写真を撮りたいと思って自転車で八王子の方まで行ってみたのですけれども、平均的にどこもまだ五分〜七分咲きといったところでした。咲いてないところは、こんな風に全然咲いておりませんね。とはいえ、春嵐とは良く言ったもので、この季節の変わり目は突然の風雨が起こりますから、それで一気に散ってしまったら友人との約束が果たせなくなるので頑張って散策しました。散策しつつ、七分咲きの桜をさも満開であるかのようにカメラワークを駆使して撮影したりもしました。笑今のところの成果がこちらになります。開花しているものより蕾が多いのでどうしても物足りない絵になってしまいますが、こうして改めて見るとやっぱり日本の桜は綺麗ですね。植物達は一様に春の始まりを教えてくれますが、その代名詞でもある桜は特に風情があります。古来より花見だなんだと宴席を設けて高揚する人々の気持ちが良く分かりますね。ぜひ皆様も、一年に1回、この時期しか見られない"桜を見る"ことを目的にお外へ出向かれてみては如何でしょうか。もし素晴らしい桜の写真を撮られた方がいらっしゃいましたら、私まで送って頂けますと、私の海外の友人がとても喜びます。笑桜もそうですが、子ども達の身近にある花の写真を撮って、個人的に絵カードを作りたいですね。「絵カードを教室内に4セット設置した場合、倉庫には20セット(設置量の5倍量)は最低ラインでも確保しなさい」と過去に来日されたオーストラリアの先生が仰っていたので、ちゃんと作らなきゃですね……。まだコロナ禍は続きますから、除菌液はしっかり持参して、密を避けた行動を確保した上で是非この新春を謳歌されて下さいね。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ☆☆東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター☆↑イリナ関連リンク↑以上、"桜花だけにね"って書いて「さすがにそれはないわ〜」と思い一度消したのに、結局こういう形で書き残すTOMOTからでした。

  • 21Mar
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      "認める"ということ

      どうも、TOMOTです。3週間連勤状態はなかなかハードでしたが、昨日をもちまして無事に多忙期を越えることが出来ました。皆様の格段なるご協力に感謝致します。混沌としている自室を片付けたい気持ちはあるものの、本日は言うことのきかない身体をそのままにしているので、横倒しになっている身体をベッドの上に放置したまま半日が消滅致しました。笑多忙も過ぎましたし、せめてブログはちゃんと書こうと思いつつ身体の向きはそのままに、スマホを片手に「何を書こうかなあ」と長考していると、徐々に目蓋が落ちてきて視野が狭くなることを繰り返すこと十数回。記事が完成した……、という夢まで見てしまったので、あんまり自身のプレッシャーにならないようブログを進めていこうと思います。火曜日と金曜日しかイリナに行っていないのであまり撮れておりませんが、一先ずのところ、今週の子ども達のお写真です。火曜日は卒園生の子達がよろこびの歌を合奏しました。練習期間がほとんど取れなかったので、当日までまったく先行きの見えない状態でしたが、やっぱりイリナの子達は本番に強いですね。練習のぐだぐだな感じが嘘のように、本番ではちゃんと形にしておりました。平時のコツコツとした集中を経験しているので、必要なときにちゃんと集中力を発揮出来るというか、自身のやる気スイッチの押しどころをしっかり理解しているみたいです。笑メリハリがある、とは少し違うような気がしますが、必要なときに求められているポテンシャルを発揮出来るのがイリナの子達の特徴ですよね。もちろん、そのポテンシャルを発揮するのに最も必要な、「これをやる」という自己選択があってのことなので、普段から行動を強制されているとこうはいかないと思います。自己選択することの意義をひしひしと感じました。同様に、お仕事も全て自己選択です。もちろんながら、大騒ぎしてお部屋を走り回ったりしている子などには「このお仕事やってみない?」とたくさん誘い掛けますけど、本人が「やる」と言わなければ絶対それ以上先に進みません。「じゃああのお仕事は?そのお仕事は?」と数を打っていくとどれかに当たることもあるので、通常のお仕事に加えて"目的に沿った副教材"の引き出しの多さは教師にとって必要なことかもしれませんけどね。時には「このお仕事やってみない?」ではなく「このお仕事やってみよう」と言わなければ何日でも何週間でも先の活動に進まない子もおりますが、そのとき「やだ」と言われても「じゃあ明日はやろうね」と言うと大抵「いいよ」と言ってくれるので子ども達の心を前準備することが出来ます。そしてそういう子に限って、いざやってみればものすごくハマったりするのですよね。私も小さい頃は「やってみたら面白かった」タイプだったと思うので、私を育てて下さった先人の方々には本当に平伏する思いです。今は心を入れ替えて、「やったことがない事は結果が割合わかっていても着手してみる」ようにしておりますが、そうするようになってから怠惰より好奇心が勝るようになりましたね。笑さて、2週間くらい前にとあるお母様から「モンテッソーリ教育は"認める教育"ですか?」というご質問を頂きました。そのとき私は「"認め合う教育"だと思います」と返答しましたが、実はこのことについてずっと考えておりました。私の考え方自体はもちろん変わっていないのですけれども、深く考えてみるとこの質問は、"主語"と"目的語"が誰であるかによってニュアンスが若干変わってくるのではないかと思っていたからです。例えば、「"教師"が"子ども"を認める」という方向性に関して言えば、「"子ども"が"教師"を認める」という逆の方向性、つまり双方向性なしにモンテッソーリ教育は成り立ちません。教師主体で、教師の決めた子どもの活動が全て用意され、「じゃあ今日はこれをやりましょうね」と言った具合に一方向的な意識では子どもの自己選択が生まれず、本当の意味で"教師に対する子ども達からの認証"は得られないからです。モンテッソーリ教師はその子どもさんの性格、嗜好、体調、気分、発達度合、様々なことを認めた上でお仕事を提案しますし、子ども達もまた"自分のやりたいことをやる"のでとても楽しんで活動出来ますから、心から「楽しい、面白い」と思えるお仕事にいつも出逢わせてくれる教師を認めてくれます。"ただ身の回りのお世話をしてくれる大人"であるのか、それとも"やりたいことに出逢わせてくれる先生"であるのか、外観から見る"教師に対する子ども達の反応"が同じであったとしても、目に見えない心理の部分ではこれらは全く別のものなのですよね。ですからモンテッソーリ教師はトライアンドエラーで子ども達と関わりますし、そうすることによって子ども達もまた教師側への理解を寄せてきます。あくまでも上記は一例ですが、このようなことの連続が日々行われて、ようやく双方向的に"認める"という思考が両者間に成り立っていくのですよね。では、これが"親"と"子"であったら、"友人"と"自分"であったら、"他人"と"他人"であったら、どうなのでしょう。そう言った意味合いにおいて、今まで私が長い間書いてきたブログ記事は"モンテッソーリ教師"と"子ども達"に主眼があったように思われます。もちろんそれは、私の立場から来る考え方なので、仕方がないことだとも思います。が、この記事を読んで下さっている大半の方は、モンテッソーリ教師ではなく"子を持った親御様"なのではないかと。そうであると仮定してみると、もっと親御様に寄り添った考え方をモンテッソーリ教育的視点から記述していく必要も今後出てくるのかなと思った次第であります。私がこのブログで書いているお仕事への導入法や子ども達との接し方は、あくまでもモンテッソーリ教師としての観点から来るものであり、ある種"血の繋がらない他人"だからこそ可能になってくるものも少なからず存在しています。もちろん全く参考にならないものではないと思いますが、ですので当ブログ記事で書いてあることをそのまま実践しようとしても、なかなか上手くいかないこともあるのではないかと思います。その大きな理由として、"親"と"教師"では致命的なまでに役割が異なっているからです。モンテッソーリ教育有資格者の親御さんなら、諸先輩方に「おうちで先生やっちゃダメだよ」と強く言われていることと思いますが、これはつまりそういうことなのです。モンテッソーリ教育のエッセンスをふんだんに取り込んで我が子のことを考えたり、家庭の環境を構築したり、実際に子ども達と過ごしたりすることは大変素晴らしいことだと思います。しかし、"教師としての役割"が"親としての役割"に勝ってしまうと、せっかくの理論も環境も、全く無意味なものになってしまいます。"知る"ということは字面の通り"無知を無くす"ことですから、子ども達と接する以上とても重要なものだと思います。ですから、"知ったこと"を行動に移すとき、ご自身が何者なのかを良く考え、その立場を加味した上で「子ども達の為にしてあげられること」を考えていかれることが殊勝であります。そういった意味で、最初の話に戻りますが、「モンテッソーリ教育は認める教育なのか」という問いに関して、"親"と"子"の立場で鑑みると、答えは自ずと出てくるように思いました。"親"と"子"の間でも、「認める」という意味合いに関しては双方向性が絶対必要であると私は考えます、しかし、もしかすると、一歩踏み出すべきは"親"の方であるのかなとも思います。だって、自分を産んでくれ、自分を育ててくれ、自分を誰より気に掛けてくれ、自分を何より大切にしてくれ、自分に最も愛情を注いでくれる"親"のことを、"子"が認めていないわけないじゃないですか。認めているからこそ甘えもしますし、大好きだからこそワガママも言いますし、信じているからこそ「ママ(パパ)大嫌い!」って一丁前の言葉も吐露しますし、要するに子ども達は既に"親"の前で心が解放されている状態なのですよね。見ず知らずの他人に対して子ども達が突然ワガママを言い出す状況は、少なくとも私は見たことがないです、見ず知らずの他人がいる前で"親"に対してワガママを言ったりすることは日常茶飯事ですけどね。笑そんなふうに、子ども達は既に親御さんを"誰よりも大切な親である"と認めているから、自分の気持ちに壁を設けない言葉を出すわけです。そんな子ども達に対して、モンテッソーリ教育理論的に子どもの発達リズムを知り、"自由"を設けたり"制限"を設けたりしながら工夫をして、「ひとつの掛け替えのない人格の存在をまず"親"が認めてあげる」ことが大切なのかもしれませんね。「認める」ということに関しては、子ども達は親より一歩先を行ってしまっておりますよ。笑この質問は主語と目的語が誰であるのか、また"何に対して認めてあげることなのか"によっても話は変わってくるので、今回は軽く取り上げさせて頂きました。もし皆様の中で何か困っていることがあるとすれば、今一度それを整理して"誰の何に対するどんな事が悩みなのか"を明確化してみると良いかもしれません。子ども達は大人より遥かに柔軟ですから、存外、シンプルな解決法が見つかるかもしれませんよ。さてさて、書きたいことは大方書けたかと思いますが、眠気を抑えての文章打ち込みだったので支離滅裂になっていないことをただ祈るばかりです。次に子ども達とお会いするのは4月ですね、新学期まで良いお時間を大切にお過ごし下さい〜。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ☆☆東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター☆↑イリナ関連リンク↑以上、スマホから顔を上げると部屋の壊滅度合いが視界に入るのでブログで現実逃避するTOMOTからでした。

  • 14Mar
    • お写真記事の画像

      お写真記事

      どうも、TOMOTです。前回記事でもちょこっと告知させて頂きました通り、現在仕事が火の車状態ですので、今回記事は今週撮り溜めた子ども達のお写真をただただ排出するだけとなってしまいますことをご了承下さい。来週の火曜日と金曜日は園の方へ参ります。早く皆に会いたいですね〜。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ☆☆東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター☆↑イリナ関連リンク↑以上、起床が5時台ではあるものの18時には帰宅出来るので睡眠時間自体は意外と確保出来ているTOMOTからでした。

  • 07Mar
    • 第39回卒園式の画像

      第39回卒園式

      どうも、TOMOTです。特集というほどでもないですけれど、今回記事では、昨日行われました卒園式の様子についてお知らせしますね。2021年3月6日(土)、イリナではちょっぴり早い卒園式がありました。来週も再来週も年長さん達は通常のように登園していらっしゃいますが、姉妹園やトレーニングセンターとの兼ね合いでイリナは例年3月初週に卒園式が行われます。朝から緊張気味の子ども達でしたが、卒園式はつつがなく挙行されたと思います。今回はコロナ禍ということもあり、園長先生がいらっしゃれない異例の事態となりました。そこでビデオレターを頂戴したり、実際にこちらからお会いしに行ってご様子を録画させて頂いたりしたものを、なんとか編集でくっつけて皆様にお披露目致しました。面会制限の関係で私は室内にカメラを設置するだけしか出来なかったので、直接お話しすることも出来ず、園長先生が座るであろう位置や座高を計算しながら三脚を設置するのにひと苦労でした……。見切れてたらどうしようとか、そもそも撮れてなかったらどうしようとか、こんなに緊張感のある撮影は初めてでしたけれども無事素敵なビデオレターが作成出来たので良かったです。全員マスク着用の式典でしたが、省略するところは省略し、シンプルでスマートな卒園式となったので統合的に見るとよろしかったのではないかと思いますね。式典後、緊張感が解けてジャレる子達。本来は曇りもしくは雨の予報になっておりましたが、なんと式典中はしっかり晴れてくれ、お天気にも恵まれた卒園式でした。当該週私は勤務先が変わったりするのであまりお会い出来ませんが、あと2週間この年長さん達には素敵なイリナライフを送って頂きたいですね。今回記事はちょっぴり短めですが、こんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ☆☆東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター☆↑イリナ関連リンク↑以上、明日から2週間お休みゼロになるので今日だけはしっかり休みたいTOMOTからでした。

  • 28Feb
    • "想像"と"実体験"の繋がりの画像

      "想像"と"実体験"の繋がり

      どうも、TOMOTです。今週を統合して鑑みると、忙しない1週間でした。水曜日に園長先生のところへ訪問して諸用を済ませてきたり(実際的には訪問人数制限の関係で私は直接お話し出来ませんでしたが……)、平日は夜間も諸々仕事をしており保育時間に眠気でふらふらになっていたり、なんとも忙しい1週間でしたね。顔に出さないよう気を付けていたつもりでしたが、身を案じて下さったお母様どうもありがとうございました。しかし、だからといって全然休んでいなかったわけではなく、火曜日の祝日が友人の休日と噛み合ったので、リフレッシュを兼ねてレンタカーで少し遠出をしてきたりもしました。私はカメラ趣味があるので、今年はあまり見られなかった雪を撮りに行くつもりでしたが、行った先で猛吹雪に見舞われて近年稀に見るスリリングな体験をさせて頂きましたけれども。笑空と地面の境界が無くなる、いわゆるホワイトアウト現象というやつですかね。この時は目的地がはっきりしていたので髪の毛を凍らせながらも前へ突き進むのみでしたが、例えばここがカナダの山奥で、ケータイの電波も土地勘もなく遭難状態だったらどれほど怖いだろうかと考えたりしました。体感温度が−10℃を下回る空気、肌に突き刺さる暴風と荒雪、足元に見える丸太が本来は肩の高さに位置する柵の頂点だと気付いたときの衝撃、どれも本当に新鮮な体験でした。この体験を通して、私が最も思考していたことは"他人の気持ちになる"ということです。一般的にも教育上「ひとの気持ちになって考えなさい」と諭しますけれど、実際に経験がないことに対して、どれほど"他者の気持ち"に移入することが出来るでしょうか。人間は想像することの出来る生き物ですから、詩や歌、民謡や小説、映像媒体諸々を通して"当事者が経験しているある程度の状態"を想像することが可能です。しかしそれら"他者の状態"を想像するとき、その想像力に基づいているものは紛れもなく、想像者の実体験に相違ないわけです。私がイタリアでモンテッソーリ教育エレメンタリー課程を学んでいたときに読んだ本にも、実はこのことについてかなり言及されておりました。それら"他者の状態"を、温度や天候などの物理的情景、そして喜びや悲しみなどの心理的情景に大別したとき、とても理解し易い物理的情景について例に挙げてみます。以前の記事でも一度この内容は取り上げたかと思いますが、小学生の所有している敏感期(※敏感期については何度も取り上げているので説明を割愛します)のうち、"想像力を使うこと"に対する敏感期が存在しています。自身の身の周りの環境に根付いていく時期である幼児期を越え、全世界が学びの舞台となるモンテッソーリ教育エレメンタリー課程においてこの敏感期は非常に重要で、この年代の子ども達は想像力を使って「地球誕生」や「生命進化」のような横の時間軸を旅したり、「地球の構成」や「異国文化」や「宇宙現象」のような縦の空間軸を旅したりすることが可能です。日本の東京という何も不自由を感じないような大都会で生活する子どもが、身を焼くような暑さの砂漠、身を切るような寒さの極地、そこで生活する人々の暮らし、生活様式、文化や知恵、様々な事を"想像"によって学びます。当たり前の話ですが実際に現地へ行って体験出来る子どもは余程少数派でしょうから、そんなことが出来れば一番理想的なのかもしれませんけれども、じゃあ「恐竜の闊歩する時代へ行きましょうね」と言われても現代科学ではちょっと無理ですよね。だからこそこの"想像力を使うこと"に対する敏感期は非常に重要なわけですが、ではエレメンタリーの子達が持っている"想像力"、そのベースとなっているものはそもそも何なのか。ここまで前述すれば皆様なら何となく察するものかと思われますが、エレメンタリー、即ち小学生の子ども達が自身の学びを拡げる上で行使する"想像力"の基盤としているもの、それは幼児期に培った"実体験"に他ならないのです。例えば砂漠環境というものを小学生の子達が"想像"する上で基盤にしているものは、小学生現在より以前にその子自身が出会った"実体験"です。その子どもさんが東京在住であると仮定して、コンクリートジャングルのうだるような夏の暑さ、降雪時に突風が吹いたときの痛みを伴う冬の寒さ、公園で触った砂場の触感、発汗後の「喉が渇いた」という感覚、その他様々な"実体験"が砂漠環境という全く未知の領域を"想像可能域"へ昇華させているわけですね。毎年体験している東京の夏の温度が30〜40℃だとして、「砂漠の昼は45〜50℃以上というとてつもない暑さ」という話をすると、子ども達は「自分達の暮らしている夏よりもっと暑い」とか「夏は喉が渇くから砂漠では本当に水が欲しくなるんだろうな」とかその子なりに想像を働かせます。温泉で43℃のお湯を経験していれば、45℃の空間なんて人間が長時間いられる温度でないことは容易に想像出来るでしょうし、50℃だなんて火傷してしまう温度ですよね。逆に夜間ともなれば0℃を下回る砂漠も多々ありますから、降雪があっても雪が積もらない東京の冬の気温よりずっと寒いことが想像されます。春夏秋冬が存在する日本の緩やかな寒暖差ですら身体をやられる私からしてみれば、1日で40℃以上の寒暖差を毎日繰り返す砂漠ではどうあっても暮らせないなと思い至るところですが、それはさておき……。温度ひとつ例に取ってもこれだけの"実体験"が関連付けられるわけですから、その他「人工照明がない砂漠の夜の暗さ」とか「砂地に足を取られて歩くスピードが落ちる煩わしさ」とか、砂漠環境における無数の情報はその子が経験した感覚の範疇で「これ以上にこうだ」と"想像"されていくわけです。先程の外気温と温泉水温ではありませんけれども、ですからモンテッソーリ教育の幼児期に行われる感覚教具の大きなポイントである"漸次性(※温覚瓶という教具であれば「熱い・冷たい」の他に「より熱い・より冷たい」とか「一番熱い・一番冷たい」のような漸次的感覚が含まれる事で、温度感覚のみで言えば「冷たい、ぬるい、温かい、熱い」のような感覚的差異です)"も、エレメンタリーの子達が想像力を働かせる上で非常に重要な繋がりを持っておりますから、幼児期におけるモンテッソーリ教育が如何に重要であるかが想起されますね。もちろん教具がなくたって子ども達は自身の置かれた環境からそのような感覚情報を逐次蓄積しておりますが、より洗練された感覚は、より高度な想像を可能にするわけです。子ども達が何となく「ここより暑いんだな〜」とぼんやりイメージすることと、「50℃となると温泉より暑いんだよな。今の東京の温度より30℃以上違うから、この差って温覚瓶の"冷たい"と"温かい"の瓶くらい違うよな」と鮮明にイメージすることでは、外観ではわからない子ども達の脳内情報量にどれほど大きな差が生まれているかお解り頂けますでしょうか。少々脱線しましたが、エレメンタリーの子達が"想像力"を行使する上で、幼児期の"実体験"が如何に重要かが伝わったことと思われます。その上で冒頭の話に戻りますが、「ひとの気持ちになって考えなさい」という言葉がどれほど抽象的なものであるのか、真っ当な大人なら何となく理解出来ますよね。「考えなさい」と命令しているのに、思考の全てを"実体験のない子ども達"に丸投げしているのですから、命令している大人と思考している子どものゴールが大きくズレてしまうのは火を見るより明らかです。ましてやこの言葉は虐め等が起きたときの辛辣な心理的情景に対して使われることが多いですけれども、思考を当事者に丸投げした説教に効果があるのかと言われると、非常に胡乱なものであるように思われます。「だからどうしろ」という結論的なものは、その子その子の状況よって異なるのでこの記事でどうこう言うことが出来ませんが、幼児期に於ける痛みを伴う経験とか辛さを伴う経験は、そういうカースト行動が増えてくる時代の子ども達にとって大きな財産となるような気が私はしますね。ちょっぴり擦りむいただけで大泣きしていた子どもが、大人になって「ちょっと擦っただけだから大丈夫大丈夫」と言うように、精神的許容応力にも深く影響してきますもんね。まあ、人間の大人の水分量が60%強であるのに対し子どもは70〜80%が水分ですから、「大人になって痛覚が鈍っただけだ」と言われれば、このことに於いてはそれまでですが……笑この記事で私が言いたかったことは、人生で初めてブリザードというものを体験したことによって、ただ「冬の雪山は寒くてね」と話す以上のことが、子ども達に教えられるようになったのではないかなということです。物理的情景の強化というものは何も子ども達だけの特権ではありませんから、子ども達ほどの吸収力は無いにせよ、大人である私達でも"実体験"を蓄積すればするほどその語りという点に於いて深みが生まれるというものです。「雪に風が合わさるだけでこんなに体感温度が変わるのか」とか「空と地面の色が同じになると方向感覚がものすごく狂うんだ」とか、本当に貴重な体験をすることが出来たと思いますし、南極とかの話を子ども達にするときの重要な参考になるのではないかなと密かに思っております。いえ、現場では寒過ぎて頭が痛くなるわ、雪と氷に脚を取られ過ぎて相当踏ん張ったので即日全身筋肉痛になるわ、髪の毛が真っ白に凍って「50才のTOMOTだな」と同行した友人に言われるわ、本当に大変な事態でしたけどね。笑私が教師であるという一点に関して、とても豊かな経験になったと思われます。そしてこの記事を通して一番言いたかったこと、それは、そんな1週間だったので子ども達の写真をほぼ全く撮っていなかったということです。だもんで、モンテッソーリ教育エレメンタリー課程についてイリナのとあるお母様からご質問を受けたことを思い出し、写真を撮らなかった自分の職務放棄っぷりを棚上げして、ちょっぴりエレメンモンテについて話題に上げた次第でございます。それなりに記事構成を考えて土曜日返上で書いた上に、ここで綺麗にオチまで付けたところで私の贖罪とさせて頂きます。いえ、本当にすみませんでした……汗来週はもうちょっと頑張ります、お写真的な意味で。ここまでつらつら書いてきた内容とは全然関係ありませんが、今年度最後のイリナエレメンタリークラスで小学生の子達がグミを作っておりました。「作っておりました」というか、まあ、許可を出したのは私なのですけれども。少し前の記事でも書いたと思いますが数回開講分に渡って様々な料理のレシピについて研究している子ども達のグループがあり、すごく熱心にレシピ本を作っていたので、コロナ禍だからといってこの熱量を抑えてしまって良いものかと非常に悩みまして。その末、サポートしてくれている先生からのひと押しもあり「園舎では食べない」ということを条件に、レシピ班に何かひとつ作ってもらうことになりました。私はその他の子達に提供があったので、サポートの先生にタイムキーパー兼ジャッジマンとしてレシピ班の子達に同行してもらい、2時間という開講時間内にレシピ決定から買い出しや作成まで子ども達主体でやって頂きました。サポートの先生は時間管理と、子ども達の行動が可能か不可能かだけ判断をするようにしてもらい、子どもの中にリーダーをひとり決めて全員協力態勢でやって頂きましたが、傍目から見ていても、子ども達にとって学びの多い2時間だったのではないかと思います。サポートの先生の総評では、「大人だと"砂糖少々"と書いてあれば白糖を小匙で加えることをイメージしますけど、子ども達にとってはその"砂糖"が黒糖なのかグラニュー糖なのか、粉なのか角なのか、少々って一体どのくらいなのか、"砂糖"ひとつ買うことでもたくさん迷っていて、それを子ども達でひとつひとつ解決していく様子がとても素晴らしかった」と仰っていたので、そちらにも同伴したかったなあと悔やまれるところですね。最後にちょっとだけ様子見をしたときお写真を撮ったので、掲載しますね。エレメンタリーの子達に関しましては、御許可頂いているお子様に関しても全員お顔を伏せさせて頂こうと思いますのでこんなお写真ですが、皆とても盛り上がっておりましたね。3月は別業務で私の方が忙しくなってしまいエレメンタリークラスを開いてあげられないので、次年度となる4月までは少しクラスを閉じてしまいますが、子ども達にとっては良い思い出となったことと存じます。私もひとつ頂きました、とても美味しかったです。グミというより強化版蒟蒻ゼリーという感じでしたが。笑こうしてレシピ班の子達は、私が持たない"グミの作り方"という"実体験"を会得したわけですね。これが基盤となって「砂糖少々」というイメージし難い文言を"想像"出来るわけですから、この点に於いてはこの子達の方が私より高度なレシピイメージを構築出来るわけです。モンテッソーリ教育理論が目の前で裏付けられていく様を見ることは、幼児クラスであれエレメンタリークラスであれ、とても感慨深いものですね。さらに綺麗なオチが付いたことですし、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、割と真剣に書いていたら半日トリップしていたTOMOTからでした。

  • 21Feb
    • 有指揮者の画像

      有指揮者

      どうも、TOMOTです。花粉の季節が襲来しました、既にとても目に来ています私です。これでクシャミとかアレルギー特有の倦怠感とかそういうものが併発してくると、コロナウィルスで世界的震撼を続けている昨今、ちょっと諸々の対応が難しくなりそうですね。出るものは出てしまいますし、本当にそれらは個々人にはどうすることもできませんので、周囲の理解と協力が必要不可欠となります。私自身ももちろんそうですが、疾病を持つ側の配慮と、その方を取り巻く周囲の相互理解を正しく持ってこの季節も乗り切っていきたいところですね。余談といえば余談なのですが、マスク繋がりという意味で。普段は「防御力が低い」言われるウレタンマスクを使っているのですが、洗濯を忘れてしまってストックがなかったので、金曜日にサージカルマスクをして行ったのですよ。そしたら、5名のお子様から「いつもと違う」とか「なんか変だよ?」というご指摘がありました。本当に子ども達は良く観察しているなと感心するところなのですが、子ども達がこういう反応をするのは髪を切ってきたときとか、普段着ない服を着ているときとかなのですよね。そのような意味で現在マスクが、子ども達の秩序感の琴線に触れるレベルで浸透してしまったということに、小さな衝撃を受けました。普段から表情が隠れていると、いざ思い出そうとしたときそのひとの顔をイメージしづらいですし、現在の幼児期の子ども達は思い出に白布がたくさん浮かんできてしまうことが示唆されますから、一刻も早くマスクを取れる日が来てくれることを願うばかりですね。幼少期におけるマスク着用と感情障害についての研究も現在進んでおりますが、せめて透明な繊維とかでマスクを編めると良いのですが……。さて、今週も例に倣ってあまり写真が撮れておりませんので更新らしい更新が出来ないことに加え、来週色々とありましてその準備に若干バタついておりますので、今回記事はサクッと簡易更新にさせて頂きます。・残る折り紙お食後に子ども達は折り紙を1枚もらって、まだ食べ終わらない子達の為に静かに過ごす(という意図がある)のですが、ストック終盤になりますと必ずこれらの色が残ります。私がこの仕事に着いて8年経ちますが、子どもが入れ替わっても、折り紙はだいたいこの色が残りますね。トップ3は"白、灰色、薄橙"で、ストックにこの色しかなくなると子ども達は「先生、折り紙が足りない」と言い出します。子ども達が鮮やかな色を好むというのは理論的に考えても腑に落ちるところなのですが、最後に残るのは100%この3色なので、これはこれで何か子どもの傾向性を研究する材料になりそうですよね。・組み紙皆さんこの活動が本当にお好きです。一度手順を覚えてしまえば割と簡単に作れますし、「おうちで大きいの作った」と報告してくれる子もいらっしゃいました。副教材ですけれども、子ども達が手を使う為の活動として私の中ではすごく好印象ですね。教えて下さった姉妹園の先生、ありがとうございました。・算数やりたいお兄さんお姉さんが活動している数のお仕事をいつもじっと眺めているお子様、数活動に興味があるもののお兄さんお姉さんの行なっている活動はちょっと飛び級過ぎてさせてあげられない。ですが、だからといって数への興味を潰してしまう必要は全然なくて、その子が十分活動可能な数活動を提供してあげれば良いのですね。興味がある分とても活動に集中してくれますし、こちらも「数序列的に10まで数えられても、ランダムで指差すと5以降の認識が浅いな」とか、その子に対する次の活動思考が可能となります。連日「先生、今日も算数やる!」と熱心に来てくれますので、これは本当にモンテッソーリ教具の素晴らしさですが、そういった子どもさんの興味をご家庭内で発見してしましたら遠慮せずどんどん職員までご報告下さいね。こちらとしましても、子ども達を活動導入する上で大変参考になっております。・素敵だなと思った光景私が最年少さんの男の子と一緒にお仕事をしていたのですが、年少さんの女の子が後から来まして、私の代わりに活動を提供してくれました。笑本当に良く私達の提供法を観察しているなあと感心するほどの素晴らしい提供でしたが、何が素敵かって、この年少さんの女の子の頭の位置ですよ。最年少さんの視線に合わせて語りかけたり名称カードを提示したり、本当に所作が美しいです。それが子どもであれ大人であれ、相手に合わせてこのようにちょっとした配慮を出来るひとこそが、人格者たる資質を持つということに繋がるのではないかと感じ入る今日この頃ですね。その後私はやることがなくなったのでそっとフェードアウトして、写真撮りに専念しました。笑・有"指揮"者思い出のアルバムを歌う子ども達、ふと歌詞カードから目を離すとそこに指揮者がおりました。園児のうちから指揮者付きで歌が歌えるなんて、こりゃあイリナに箔がつきましたね。こういうとき子ども達はカメラを向けると本能的に行動を辞めたりしちゃうのですが、あまりにも気持ち良さそうに指揮していたので、こっそり撮ったらバレませんでした。笑おうちでバイオリンを習っているそうなので指揮を目にすることがあるのでしょうね、なかなか様になっておりましたね。・避難訓練実習生さんやネーム等々が写ってしまっているので写真にたくさん補正を掛けておりますが、金曜日には避難訓練を行いました。最近大きな地震もありましたし、行動面でも心構えの意味でも、訓練は大切ですね。私自身ちょっと気が緩んでいた節もあるのですが、イタリア留学前に強化しておいたものが現在手薄になっている感じも否めないので、来年度からもう少しイリナの防災事情を強化しようと思います。その折は、イリナ保護者の皆様どうぞご協力よろしくお願い致します。・地球地球らしいです。年長さんの特別保育で子ども達が作ったようですが、詳しいことは私はちょっとわかりません。笑年長さんの保護者様方はきっとお子様から何かしらの解説があったと思いますので、取り敢えず私はその事実をお写真にて記録しておきますね。land and waterかな……?急ぎ足ではありますが、今週もイリナらしい1週間でした。今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、現在欲しいものランキング1位がハンドクリームを抑えて点眼液になったTOMOTからでした。

  • 14Feb
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      年長さんありがとうの会

      どうも、TOMOTです。季節の変わり目というにはまだ早い気もしますけれども、日々の気温変動が激しいからか体調がイマイチ優れません。室内と室外を移動するだけでも相当な温度差がありますから、その上でこうも移ろいが激しいとこたえますね。子ども達の無尽蔵な元気にあやかりたいところであります。ここ最近は子ども達のアルバム用写真を優先的に撮っている関係で、ブログに載せる為の写真があまり撮れていないので、僅かばかりの写真ですが今週あったことを少しだけ。「バツが浮かんだ」輪ゴム掛けのお仕事をしている子が、ふとそんなことを呟いたんです。何人くらいの大人が"輪ゴムを縦横に留めたもの"を「バツ」と認識して、何人くらいの大人が"輪ゴムを引っ掛けた状態"を「浮かぶ」と表現出来るのでしょうね。確かにじっくり見てみると、バツ印が浮かび上がってくるように感じました。なるほど、「バツが浮かぶ」かあ。子ども達の感性って面白いですよね、自身の感じたものを自身の知っている言葉で表現するので、ややもすれば的確ではない情景描写であるものすら情緒的に感じます。適切過ぎない説明の奥深さというか、大人が発信することの出来ない、子ども達だけの名言ですよね。ここ最近の子達は物事を非常に的確に説明するので、もちろんそれはそれで素晴らしいことなのですが、こういう子どもらしい"表現の自由さ"を久し振りに耳にした気がしました。年長さん達は卒園に向けて、制作物を行いました。制作物をあんまり詳しく写してしまうと実物を見る保護者様の楽しみを削いでしまうと思うので、このくらいの写真にしておきます。完成したものを並べて眺めてみましたが、なかなか個性的なラインナップでした。こういうものはその子の性格がすごく具現化されますよね、ひょうきんな子はトリッキーな作品に仕上がっていたり、慎重な子は緻密な作品に仕上がっていたり。渡す前に壊れやしないかと心配になるものもありますが、コーティングスプレーとか掛けた方が良いのですかね……。今回は他の先生方にお任せっきりなので、後日それとなく提言してみます。金曜日には、「年長さんありがとう」の会で皆でデザートを食べました。例年であれば皆でごはんを作って頂くのですが、コロナ禍もあり席はバラバラ、食べ物も既製品を職員が器に盛っただけです。それでも子ども達は大喜びで、どれから食べようかと真剣に吟味しておりました。私はちょっと気付かなかったのですが、半融したアイスの残りがおかわり自由状態になっていたみたいで、食べ過ぎでお腹を痛めている子も……。何であんなことになっていたのかわかりませんが、取り敢えず白湯を作ってあげたら、3杯飲んで復活しておりました。なんという復帰力、私なら3日はグロッキーです。今週は木曜日が祝日休みということも重なって撮れ高はこんなもんですが、今週もイリナの活気は平常運転でした。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、この「にゃにゃにゃにゃ」が頭から離れなくなっているのでアップロードするか迷った挙句やはり読者さんにも感染させてしまおうという魂胆のTOMOTからでした。

  • 07Feb
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      春一番

      どうも、TOMOTです。諸々あって今週は、ちょっぴり簡略的な記事でいかせて頂きます。私用があるだけですので、ご心配には及びませんからね。前回記事でやんわり書かせて頂きました節分の豆撒き、皆で鬼のお面を被って落花生を投げながら"心の中にいる鬼"を追い出しました。泣き虫鬼、欲張り鬼、怒りん坊鬼……、子ども達は自分の中に潜む"自分自身の悪いところ"を認識して、豆を投げながらその"鬼"を追い払います。3〜5人ずつくらいで行い、他の子達は豆回収担当。笑こういう行事の後でいざこざが起こると「ちゃんと鬼を追い出せなかったの?」と話せたり、何か子ども達をハッとさせる切っ掛けにも繋がるので良いですね。追記しておきますが、厚労省の方から通達があり、節分での豆食はちゃんと控えましたのであしからず。先週の木曜日は思わぬ降雪がありましたが、今週の木曜日は思わぬ春一番が吹きましたね。小風が吹くと暖かくて気持ち良いのですけれど、突風というか暴風レベルのものもしばしば起こるので、凧揚げしている子ども達がそのまま飛んでいかないか心配になるくらいでした。笑中河原公園に止まっている自転車が次々に薙ぎ倒されていくので、子ども達と一緒にせっせと立て直しておりました。遊具はまだまだ修繕中で柵が張っており遊べませんが、遊戯スペースは解放されているので助かりますね。今週の金曜日も池のある公園まで行きましたが、清掃が入ったのか、池のコケが全部なくなっておりましたね。あまり時間がない中で行ったので少ししか遊べませんでしたが、近くにいくつも公園があるのは本当にありがたいですね。とはいえ子どもの足では徒歩20分くらいの距離があるので私達も決心して行かなくてはならないのですが、子ども達が「楽しかった〜」とニコニコ笑いながら言ってくれると、連れてきて良かったと思います。帰りの時間はバッタバタしますけれどもね。お預かり保育中の子の後ろ姿。残り3ページくらいになった彼の国語ノート、「全部使い切りたい」と言って徐ろにノートと鉛筆を用意し、ひとりひっそりとお仕事をしておりました。普段この時間はカルタとかオセロをして過ごしているのですが、集中している彼の背中があまりにも素敵だったので、思わず撮ってしまいました。濃度の高い時間を過ごしているなあ、というのが写真越しでも伝わると思います。集中しているときの子ども達の姿は本当に素晴らしいですね、手元の世界に全身で没入している感じがします。ブーム再来の組み紙。以前どこかでご紹介した組み紙の活動、ひとりの子が「久し振りにやりたい」と始めると、それを見て次々と参加してくる子ども達。あまりにも希望者が多いので順番に来てもらっておりますが、手先の活動として年齢の小さい頃優先でやっていきたいところですね。エレメンタリーの子達ですら、作品が目に入った瞬間「これ作りたい!」と言ってくるくらいなので、とても魅力的なものなのはわかりますけれどもね。ペン立てとかにしてもらえれば良いなと思うのですが、中にはホールケーキの5倍くらいのサイズ感になるまで紙を編む子もいるので、あそこまで大きくなるといったい何に使うのでしょうか。笑完成したら家に持ち帰ってもらっているので、おうちでの用途が気になるところです。最後にちょこっとエレメンタリーの子達。何か調べ物をするとき、調べたいことに関する本が小学生クラス用の本棚にないときに限り、PC使用許可を出しております。女子3人で何について調べているのかなと思ったら、色々なデザートのレシピについて検索しておりました。確かにレシピ本まではさすがに用意がないので、もしご家庭で不要になったレシピ本などありましたら是非ご一報下さい。コロナ禍抜きにしても調理環境まではイリナにないのでアレですけれども、調べたレシピを参考に買い出しから作成まで、子ども達で計画実行できるくらいのエレメンタリークラスに将来的にはしていきたいですね。あ、レシピ本以外でも、不要になりました図鑑等がありましたらいつでも大歓迎です。笑今回記事は写真のバックグラウンドをさらっと書かせて頂きましたのみですが、それでもなかなか密度の濃い1週間でした。来週はどんな物語が起こるのか、はたまた待ち受けているのか、ややもすれば襲ってくるのか、実に楽しみであります。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、そこはかとなく花粉の襲来を感じているTOMOTからでした。

  • 31Jan
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      生命を知るということ

      どうも、TOMOTです。この前の木曜日に、イリナがあります府中市近辺でも牡丹雪が降りました。東京ではそこまで降雪が示唆されておりませんでしたが、降る時には降るものですね。例年3月の非常に忙しい時期にがっつり降雪があるので、今年はこのまま勇足で冬が通り過ぎ、早く暖かくなって欲しいなあと願わずにはいられません。子ども達は降雪ハイテンションになって、みぞれ気味でも飛び出して行っちゃうので、Y先生力作の雪の子フード装備。大人は猫、子どもは犬とはよく言ったものです。私自身、炬燵があれば生活環境をそこへ移したいくらいで……。そういう歳になったのだなあと感じ入ります、少なくとも写真の彼のように腕まくりして雪とぶつかり合うのはたぶん無理ですね……。あ、いや、でもまだ雪を見た時の高揚感はありましたよ、はい。「自転車どうしよう」、が先だったかなあ……。はてさて、今週のイリナの様子です。今年度の子ども達の、特に年長さんは生物に対して非常に興味関心を持っている子達が多いです。大学で生物学を専攻していた私としてはとても喜ばしいというか、趣味の合う友人と好きな話を夜通ししている時のような、ウキウキした気持ちになりますね。自作しました、日本にいる身近な生き物ノートです。生命発生順に従って魚類編と両生類編は叩き台が出来ましたので、爬虫類編・鳥類編・哺乳類編も更新予定ですね。エレメンタリークラスでは"生命の年表"を使って過去世から現代までの壮大な生物活動をしますから、この幼児期に少しでも"身近な生き物"に触れる機会が設けられるのは嬉しいことです。子ども達自身の書いた生き物ノートに載っている生物が、実は園舎の水槽内で何種類か生活していて、実物と説明文が一致したときの子ども達の「この魚のことだったのか〜!」という驚きの顔を見られたときが至福ですね。笑やはり私達自身が生物である以上、その他の生命を知るということは"自分自身を知る"ということに他ならないと私は思うのです。私達は日々普通に暮らしていて、普通に生活出来ていて、普通に活動することが出来ています。でも、じゃあ当たり前に行なっている呼吸が肺でどう処理されて、どう生命エネルギーに変換されて、どう不要物が廃棄されているのか詳しく説明出来る方は何人いらっしゃいますでしょうか?何故食べ物が人間の活動エネルギーになるのか?何故外部情報が紙もペンもない脳に記録されるのか?何故指先は随意に動かせるのに心臓は不随意なのか?私達生命が"当たり前"に行なっていることは、どんな高性能な機械でも再現不能なほど、須く"当たり前ではない"特別な現象なのです。身体がひどく弱かった幼少期の私は、「口に含んだだけで嘔吐いて出してしまう"食べ物"をなんで食べなきゃいけないのか」とか「周りの友人と同じ高さの塀から降りただけなのになんで自分の足だけ剥離骨折してしまうのか」とか、非常に色々と考えました。そこから、何がどうしてどういうプロセスを経ることでそういう現象になるのかという、小児らしからぬことを悶々と考えていた記憶があります。が、まあ、もちろん当時の情報収集能力では何の答えも出せませんでしたけれど、当時そのような生き物の機能について"興味を持っていた"ことが今になって周りの子ども達に還元出来ているというのは何とも嬉しいです。子ども達が"興味"から魚の餌やりをやって、その魚がどういう形をしてどこでどんな生活しているのかを実際に見て、口から入った食べ物が糞になるところを観察して、それらの機能について図鑑や生物ノートを通して知って、これと同じ現象を毎日自分自身で行なっていると気付いたときの衝撃を是非子ども達にも体験して欲しいですね。まあそういう衝撃が起こるのは、卒園してずっとずっと大きくなって、ある日懐かしさから自分の幼少期の制作物をふと見返したときになるのでしょうけれどもね。それで良いのです、教育は人格形成の援助であると同時に、未来への種蒔きですから。2月の節分に向けて、子ども達は鬼のお面作りも行っております。他の先生方が「今年は怖がって絵を描きたがらない子がいる」と仰っていたので珍しいこともあるもんだと思っていたのですが、完成した数名の子達の作品を見て、なるほど力作揃いでした。鬼滅の刃の影響ですかね、特に男の子達が描く鬼の眼力がすごかったです。笑逆に女の子達が描く鬼はウインクしておりました。笑それらの写真を撮り忘れてしまいましたが、また来週節分ネタを記事に出来ると思いますので、その折にでも。誤飲事故が多発しているようで今年は厚労省から"5歳以下の子達の節分豆食を自粛"するよう通達がありましたので、頭を抱えている職員達であります。小麦粉粘土制作セット。今年度の子達はコロナウィルスの影響で、皆大好きなクッキー作りのお仕事が出来ずに過ごしておりました。それを見かねたM先生がせめて香りや触感だけでもと、このセットを製作された模様です。甘い香りがするので食べたくなっちゃう子も中にはいるようですが、使っているその他の材料も全て食品のみなので、むしろ普通の油粘土より誤食面では安全かもしれません。もちろん細心の注意を払って、食べないよう見ておりますけれどもね。皆食紅を使って様々な色を作成し、オリジナルカラーの粘土を作り楽しんでおります。材料が全て食品なので保存性はそれなりかもしれませんが、固くなって傷むまでたくさん遊べそうですね。小さい子達用に作った教具らしいですが、大きい子達が"順番表"を作ってまだかまだかと首を長くして待っております。笑マスクを身に付ける子ども達にしばしば見られる光景。いやあ、特定の子達だけかと思っておりましたが、皆一度はこれをやるようですね。笑教師側というか大人サイドとしては、口についたものを目の周辺にやるのはあまり看過すべきことでないのかもしれませんけれども、いざ目の前でやられると絶対に笑っちゃいますからねこれ。普通にマスクを着用しているかと思ってふと別の方を見て、再度振り返るとこうなっております。コロナ禍が生んだ恐ろしい一発ギャグですね。笑いながら、いつもそっと口元に戻します。笑木曜日とは打って変わって、金曜日は良く晴れた日でした。しかしイリナ前の中河原公園は3月下旬まで改修工事が行われるそうで、陸橋の先の遊具があるエリアまでフェンスが張られておりました。なのでこの日は少し遠出して、池のある公園までお散歩。ある子が私の手を引きながら、「見て!水がきらきら輝いてる!今日はなんて美しい日!」と、本当にこの文そのまま言っておりました。素晴らしい感性ですよね。水の中では藻類がたくさん気泡を上げており、先日の雨と雪で栄養素がたくさんここに流れ込んできたことや、お日様が良く照っているので水草達が呼吸(光合成)して銀色の玉を水の中でたくさん付けている話をさせて頂きました。コケの生えた池って見栄え的に「ちょっと汚い」と大人は思ってしまいがちですけれども、自然の美しさをこんな風にダイレクトに感じ取れる子どもの感性は、それ自体がやっぱり美しいものなのかもしれませんね。それに生命というものが、何も動物だけのものではないという、植物達の営みを視覚的に観察しやすいのは陸生よりも水草達でしょう。一時期は蚊の大量発生につき水が抜かれておりましたこの公園ですが、アクアリウム趣味の私としては水辺と生物は大好物ですから、今後も個人的に足繁くこの公園へ通いたい所存であります。小高い丘もあって、体当たりで子ども達が遊んでおりました。p.s.金曜日に草まみれで子ども達を家に帰してしまいすみませんでした……汗ドングリもたくさん落ちており、切り株の上へ皆で集めました。何種類かのドングリが落ちており、数人がかりで集めたのでいっぱい拾えましたが遠目で見るとちょっとアレですね……。マテバシイの大きなドングリが数個あり、帰りの時間までに大きなドングリを拾えなかった最年少の子がベソベソしているのを見て、年中の女の子が大切に持っていたマテバシイをそっと手渡していました。損得勘定関係なく、誰かにアピールするでもなく、そういうことが出来るってものすごい心の強さですよね。遠目でひっそりと感動しておりました。徐々に認知されてきておりますが、エレメンタリー教材制作等に集中させて頂けるよう、毎週水曜日は私は在宅ワークにさせて頂いております。留学から帰国して1年半経ちましたが、幼児クラス全部とエレメンタリークラス全部を同時に担うのはちょっと無理だということが判明し、せっかくエレメンタリーの資格を取得してきたのにそちらを全く拡充出来ないのは如何なものかという判断からです。提言並びにご相談下さいました先生方、本当にありがとうございます。2021年は一刻も早くエレメンタリー教具を揃え、そちらも充実させていきたいと思います。当ブログでも少しはエレメンタリーに関するご報告をしていければと思うのですが、エレメンタリークラスの時間は私自身がてんてこ舞いになっているのと、どうにもエレメンタリーの子達は私がブログを書いているのを知っているらしくカメラを構えると「有名になっちゃう〜!」とおちゃらけ出すので難しいですけどね。笑まあ、折を見ながら少しずつ参ります。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、それでも寒さには勝てないTOMOTからでした。

  • 24Jan
    • 子ども達の物語の画像

      子ども達の物語

      どうも、TOMOTです。本当に些末な話ではあるのですけれども、外部バッテリーを接続すると発熱して身体を温めてくれる電熱ベストなるものを去年の暮れに購入したのですが、数ヶ月着ないうちに接触不良を起こすようになりました。外部バッテリーがフル充電であるにも関わらずケーブルとの接触が悪く発熱してくれないので、まあ発熱し過ぎるよりは良いのですが、それなりの値段はする買い物だっただけにちょっと寂しい気持ちにはなりますよね。とはいえ温度変更出来るボタンがちょうど腰位置についており、高さ的には子ども達の目線位なので、予ねてから皆に押しまくられておりましたし、ある意味結果オーライなのかもしれません。発熱していなくても普通に温かいですし、とても軽いので冬の仕事着としては現在も愛用しております。電熱線の影響か脱ぐときに静電気発生装置と化するのが珠に瑕なのですけどね、静電気というか、もはや騒電気ですけどね。たまに「指がなくなった」かと思うくらい猛烈なものがきます、静電気というか、もはや凄電気ですけどね。それでも着ていれば温かいですし、私の処分基準である"その物がその物たる機能を果たさなくなったとき"という概念にはまだ完全抵触はしていないので、これからも愛用を続けます。静電気のことを考えれば普通のベストを買った方がよろしいのではないかと思われるかもしれませんが、あくまでも静電気なので手が乾燥していなければ起こりませんから、手洗いうがいの後にすぐ脱げば全く大丈夫だったりします。コロナ禍での衛生管理までやってくれる素敵ベストですよ。久し振りに、冒頭からものっすごい脱線しました。でもこのコロナ禍での非接触対策として現在行われているような、使い捨てコップやウェットティッシュの大量消費を余儀なくされる昨今、継続使用が出来るものは可能な限り大切に使っていきたいですね。さて、先週はうっかりカメラを園舎に置いてきてしまい、記事が当ブログのコンセプトからがっつり逸れてしまいました。てっきり嘆息されるものとばかり思っておりましたが、ちゃっかり"雑談の種"程度にはお役立て頂けているようで嬉しく思います。今週はしっかりカメラを持ち帰ってきましたので、ばっちり子ども達の様子をご紹介出来るかと存じます。小さい"つ"を多用してみました、他意はありません。最近疲れで文が質素になっておりましたけれども、元来私は言葉遊び大好き好き君なのです。余談が過ぎるので、早速子ども達の様子を掲載したいと思います。今週は解説形式でお送りします。・洗うお仕事本来は"机を洗う"という日常生活の練習に該当するお仕事としてセットされているものがあるのですが、お子様によっては「椅子を洗いたい」とか「棚を洗いたい」とか、環境に対するアクセスは必ずしも"机"だけとは限りません。そのとき「いやいや、それは"机を洗う"お仕事だから机を洗おうね」と無慈悲に子どもの意欲を一刀両断してしまうのか、「じゃあ、これとこれのお道具を使ってやってみようか」と制限を設けつつ子どもの意欲を満たしてあげるのか、これは子ども達の人格的成長への援助に関するある種の分岐点となります。子ども達が意欲を示したものに対して集中活動をし、欲求を満たすことによって得られる達成感や満足感、それらの集積が子ども達の人格形成に須く影響するからです。つまり凝り固まった大人の思考によって子どもの意欲を即時両断することは、子どもの人格形成の機会をひとつ撲滅していることと同義となるのです。確かに場にあるのは"机を洗う"為に用意されたセットではありますが、考え方によっては同じ道具や工程で"椅子を洗う"ことも"サイドテーブルを洗う"ことも出来るわけです。家具の材質が違えば使用する道具を増減させたり変更したり、例えば棚を綺麗にすることひとつにしたって、水を使うとその棚に置いてある物や下段にある物が水害に遭いますから、代わりにクイックルワイパーひとつ用意してあげれば子ども達は喜んで活動してくれます。「ダメ」と言うのは簡単ですし、同様に、「良いよ」と言うのが難しいこともありますけれど、可能な範囲で"その子の意欲を満たしてあげられる方向性"を模索していきたいですね。そしてこれは何も園舎だけで起こることではなく、家庭内でもままあることですから、そのような局面が訪れましたら是非ご一考頂けますと幸いです。園舎と家庭の大きな違いは、子どもが扱い易い材質やサイズ感が熟慮された"教具"が整っていること、そして子ども達がそれだけの活動をすることが許される"時間"があることです。もちろん子ども達の意欲を削ぐようなことはして欲しくないですけれど、園と家庭では抜本的に環境が違いますから、TPOを考えつつ親御さんにとっても無理が出ないことをしっかり意識されて下さいね。・縦割り保育年少さん(女の子)が最年少さん(男の子)の昼食後の片付けや身支度を手伝ってあげている様子。普段ちょっぴり我儘を言ったり、脚に絡みついて甘えたりしてくる"年少さん"という年齢の子達も、イリナの中では既にお兄さんお姉さんという立場です。普段は自分達が"やってもらう"立場ですが、時に思い立っては歳下の子達をこうして援助し、自身よりお兄さんお姉さんにやってもらったことを自身より歳下の子達に"やってあげる"わけですね。園舎ではこういうことが突然起きて突然終了するので、たまたま近くにいて、たまたまカメラを持っていないとこういうシーンはなかなか撮れません。実はこの前の金曜日に個人面談があったのですが、担当の先生に突然ご用事が出来てしまい私が代打で入ったのですけれども、そのとき面談したのがこの最年少さんの男の子のお母様だったのですね。曰く、「最近おうちで非常に良く弟くんの面倒を見てくれている」とのことでしたので、改めて上の写真を見て「は〜、繋がっているな〜」と感心しました。お兄さんお姉さんから得た恩を、さらに自分より下の子達に一生懸命返している姿を想像するだけで、本当にほっこりしてしまいますね。また、私の大叔母から賜った言葉なのですが「受けた恩は必ずしも与えてくれたひとに還すものではなくて、その恩を活かしてさらにたくさんのひと達の為に役立ててくれたのなら、それは与えた側として冥利に尽きるものなのよ」という名言を強く想起させられました。こういうシーンはやっぱり、見ていて子ども達の成長を物凄く感じ入ると同時に、私自身もっともっと見習わなきゃなと思うところであります。あと全っ然余談なのですが、小学生の頃"たてわりかつどう"と"ひきわりなっとう"の語彙の違いについて永遠と考えていたことを思い出しました。ものすごい余談でした。・個性的なそれぞれの写真に写っている子どもさんの手元に注目してみて下さい。これは別段意識して撮った写真ではなく、たまたまデータを見返していて気付いたことなのですが、この3人は同じ"釘打ち"活動をしているのに3人とも全然"釘"の扱い方が違いますね。1枚目の子は両手を使って微調整を繰り返しながら釘を指定場所へきっちりかっちり立てて"固定すること"に意欲を出し、2枚目のパンダちゃんは片手でざっくりした位置へ釘を固定し"打ち込む"ことに意欲を出し、3枚目の子は予め指定場所全部に釘を立てておき一気に打ち込んで"音を楽しむ"ことに意欲を出しておりました。この場合、どれが良いとか悪いとかではなくて、釘を打つことに対する楽しみ方の方向性が本当に三者三様で、"釘打ち"ひとつにしたってこんなに違いが出るものかと何だか笑ってしまいましたね。しかもこの子達は全員まだ最年少さんですから、人間というものは老若男女ひとりとして同じひとはおらず、その子にはその子の育ちがあり、同様に、その子にはその子の為の教育が必要なんだなと実感します。私自身何年か木工離れしていましたが、子ども達は皆工作がとても好きなので、これを機にもう少しこの辺りの環境も充実させたいなと思った次第であります。・方法の模索他の子がライトボックス使用中につき、太陽と窓をライトボックス代わりにして活動する子達。別の子達ではありますが、1年前くらいの記事でもこんなシーンがありましたね。大抵の教具は"1つの教室に1セットずつ"という鉄則があるのですが、子ども達なりに考えて、時にこの写真のようなやり方で問題を解決することがあります。教具が教室に1つであるからこそ、"やりたくても待つ"という忍耐力が養われたり、誰にも迷惑を掛けずに自分の意欲を満たす行動を模索したり出来るわけですね。大が小を兼ねることもあれば、こんな風に極小環境が極大パフォーマンスを超えることもあるのだから、本当にモンテッソーリ教育は奥深いですね。如何でしたでしょうか。日々それほどたくさんお写真を撮っているわけではないので枚数こそ月並みですが、1枚1枚にこれほど濃密な物語が込められております。本義的にも、当ブログ『イリナの小さな物語』のタイトル意図はここにあります。ひとつひとつはイリナに通う子ども達の日常風景写真でしかありませんが、モンテッソーリ教育理論やその時のバックグラウンドと照会することで、各写真は"物語"と題せるほどの内容的濃度を含有しているのです。それらの濃度を何%くらい皆様へ伝達出来ているか何とも訝しいものですが、そんな子ども達の物語を伝え、モンテッソーリ教育の素晴らしさを鮮明に表現出来る良い語り部となれるよう、これからも乱文駄文を量産しながら精進努力していきたいと思います。取り敢えず、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、金曜日の深夜2時までスマホで打ち込んでいるTOMOTからでした。

  • 17Jan
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      映画『モンテッソーリ子どもの家』

      どうも、TOMOTです。今回はまたまた園舎にカメラを忘れてきてしまい、子ども達のお写真がない為どうしても記事を書くことが出来ません。せっかく新年2回目の投稿なのに、本当に申し訳ありません。普段カメラは園舎のお仕事の部屋に置いておいて、金曜日の放課後にはなるべく早くカバンへ放り込むのですが、この日に立て込んでしまうとダメですね。この現象、どうにかしないとなあ。しかもエレメンタリーの子達用に作ったお仕事を、土曜日にわざわざ搬入しに行ったにも関わらずこれですからね。そのとき私が園から借りていたノコギリを倉庫へ片付けているところを、お散歩中の老夫婦が見ていたようで、ものすごくギョッとした顔をされていました。手袋とマスクをした全身黒ずくめの服の男がノコギリ握って園舎から出てきたら、そりゃあギョッとしますよね。午後一番の日が高い時間ではありましたけれど、このままじゃあさすがに心象が良くないと思ったので、元気に挨拶しておきました。無言で立ち去られましたけどね、通報とかされないよなあ……。まあ、そんなわけでちょっと記事が書けないので、今回はとある情報を。この情報は昨年末からちらほらと色んなメディアで出ていたのでご存知の方もいらっしゃるかと思われますが、モンテッソーリ教育に関する映画が2月から日本でも公開されるようです。内容は私も良く存じ上げないので上映を楽しみにしているのですが、フランスにあるモンテッソーリ園での出来事をまとめているようで、海外の園舎でどんなふうに子ども達が活動しているのかを観られる貴重な機会になりますね。お勉強中の学生さんでない限り、モンテッソーリ教育関係者であっても他園の見学をさせてもらうときはやはり設備だけですから、その設備を通してどのように子ども達が過ごしているのかを知る機会というのは本当に希少なのですね。設備だけしか見学出来ないというのももちろん、知らない大人が活動中の子ども達の教室にゾロゾロ入れば集中の妨げになりますし、プライバシーや個人情報管理が難しいご時世でもありますから、それも仕方がないことではあるのです。ですから当ブログのように、モンテッソーリ教育環境下に在る子ども達の様子をここまで鮮明に公開出来ている媒体はほとんどありませんし、ご協力下さっているイリナ保護者様方に私が深く感謝している所以はここにあります。そのような中、全国に公開される映画メディア出演というのは園の方々、保護者様、子ども達、多くの関係者が非常に頭を抱えたことと思います。ただただモンテッソーリ教育について語るのではなく、操作なんて微塵も効かない実際の子ども達の姿を通して「これがモンテッソーリ教育だ!」と世界に発布するようなものですから。ですのでこれは視聴者側にとって、本当に素晴らしい機会を頂けたと強く噛み締めながら、観るべき映画ですね。広告には"全国公開"と書いてありますが、上映する映画館はかなり限定的なようなので、ご興味を持たれました方はお調べになってみて下さいね。もちろん、感染症対策をばっちりした上で行かれて下さいね。詳細ページをこちらにリンクしておきます。教室は縦横無尽のワンダーランド モンテッソーリ子どもの家映画『モンテッソーリ 子どもの家』公式サイトアンネ・フランクやイギリス王室から、Amazonのジェフ・ベゾス、Googleのラリー・ペイジ&セルゲイ・ブリン等米大手企業の創業者、Wikipedia創始者のジミー・ウェールズ、そして14歳でプロ入りした藤井聡太棋士まで、錚々たる著名人が受けたことで知られる《モンテッソーリ教育》。イタリア出身のマリア・モンテッソーリが20世紀初頭に考案して以来、世界中に…montessori-movie.jp今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、来週は絶対カメラを忘れないようにしようと心に誓うTOMOTからでした。

  • 10Jan
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      明けました、おめでとうございます 2021

      どうも、TOMOTです。新年明けまして、というか、明けてからだいぶん経過してしまっておりますがおめでとうございます。御多分に洩れず年末年始の記事投稿は完全に心が折れてしまっており、かといって私の中にある週間投稿ルーティンが「記事を書かないの?」と頭をもたげさせるので、スマホのアイコンをタップしてはそっと閉じるだけの作業を繰り返しておりました。とはいえ、やっぱり子ども達のお写真がないと記事を作る意欲も湧きませんから、こういう時分はどうしても筆の乗りが悪いですね。当ブログを回転させるという意味におきましても、お子様方のお写真投稿許可を下さっております在園児保護者の皆々様に深く感謝申し上げます。私といたしましても、当園のお子様方の自然な姿を通してモンテッソーリ教育の奥深さを世に発布させて頂けますこの環境は、非常に尊ぶべき僥倖であり幸甚の至りにございます。年明け早々からコロナウィルスによる非常事態宣言再発令が出る異例の事態ではありますが、このような環境下であっても当園職員一丸となってお子様方の全人格育成に尽力させて頂きますので、何卒今年もよろしくお願い致します。さて、新年の挨拶もそこそこなものですが、早速年明けのイリナの様子をお披露目させて頂きたく存じます。園舎入り口に陣取るタカ。詳しい経緯は私もよくわかっていないのですけれども、出勤直後に園舎入り口へ設置を任されまして、取り敢えず花壇の邪魔にならない場所へ支柱を立てておきました。畑の害鳥を追い払う、いわゆるカカシですね、名前は「まいっ鷹」というそうです。このサイズだとワシだよなあ、とか野暮なことを考えつつ設置しておきましたが、子ども達には結構人気でしたね。恐らく"新年→お正月遊び→凧揚げ→紐・風・飛ぶ→まいっ鷹"になったのかなと思われますが、畑のような広い空間がなく木や電線が頭上にある園舎周辺にこれを設置する作業は意外と骨が折れ、諸手で降参したくなるのは私の方でした。紛うことなく、この名を付けた制作者さんの大勝利ですね。そんな成り行きが在ってか無くてか、子ども達は皆で凧(というより"遠心力で飛ばす何か"……)作りをしました。鳥の形に厚紙を切ってリリアンテープで尾を付け、嘴に見立てた洗濯バサミを付けて凧糸で繋げます。それを思い切り振り回して、空を滑空する鳥のように飛ばします。しかしこれ、勢いがかなり強いので、"飛ばす"というか"振り回す"という感じでしたね。間隔を空けて回さないと、ちょっと危ない感じはしました。子ども達が走って飛ばす正規の凧を、来週は作ろうかなと思います。そんな感じで今週は2日間のみの登園でしたが、長期休み明けの子ども達は堰を切ったようにお仕事をしており、園舎内ではどの子達も自主的に教具と向き合っておりました。変な話、職員が放っておいても子ども達はお仕事を自ら持ってきて活動しているので、大人はかなりまったりと過ごしていたように思います。子ども達は自己選択した活動を堪能し、新規の活動やわからないところのみ職員が手を差し伸べる、それが本来のモンテッソーリ教育のあるべき姿なのですけれどもね。だからといって、大人も子どもも別段変に畏まったりせず、皆自然体の中で過ごしております。コロナ禍ではありますが、皆ケラケラ笑いながら、こういう日常を送らせて頂けるのは本当に尊いことですね。ウィルス感染の予防に最も有効なのは薬物投与でもワクチン接種でもなく、人間が本来所持している免疫力を高めることです。そして免疫力を高める為には適切な栄養接種と適切な休養、そして何より"たくさん笑う"ことが肝要だとされております。気が沈みがちな時世ではありますけれど、目の前の小さな出来事に意識を向けて、それを日々楽しむ気持ちを持って過ごして参りましょうね。来週は月曜日が祝日につきお休みですが、今年もたくさん子ども達のお写真を撮って、皆の真剣な姿やちょっとやんちゃな姿、子ども達の生き生きとした様子をお伝えさせて頂ければなと思います。短文ではありますが、新年1回目の投稿はこんな感じで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、マスクの下で口角を上げる練習を密かに行うTOMOTからでした。

  • 20Dec
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      終業日

      どうも、TOMOTです。今年の保育は無事に終業日を迎えさせて頂き、イリナは冬休みに突入致しました。コロナ禍を始め数多くの困難と立ち向かった一年間ではございましたが、皆様のご協力のもと実り多く素晴らしい2020年となりましたことを心より感謝申し上げます。今回記事では異質が日常となりましたそんな2020年の保育のハイライト写真を掲載させて頂き、「こんなこともあったなあ」と懐古していければと思います。……決して手抜きではありませんよ?笑4〜6月某日。コロナウィルスの世界的流行により活気のなくなった保育施設を、如何に麗しやかに撮影するかを吟味し、現在は園パンフレット表紙として採用している一枚。非常事態宣言による外出自粛に加え、マスク常駐の起点ともなり、この先教育界はどうなるのかを真剣に案じておりました。それと同時に、この時私は数ヶ月前までイタリアにおり、もし留学期間が一年ズレていたらどうなっていたのかを空想してはゾッとする日々でもありましたね。今期・来期のイタリアのトレーニングセンターには日本人学生がいらっしゃらないようで、私が最期のひとりとならないことを祈っておりますと同時に、こうして現在有資格者としてエレメンタリークラスを運営させて頂けていることに感謝です。6月某日。せめて子ども達が教具に触れる時間を設けられるようにと、登園人数を時間で分けて少人数形態での保育を開始。子ども達ひとりひとりにもソーシャルディスタンスを保ってもらいつつ、子どもが入れ替わるごとに掃除と消毒を繰り返す、肉体的にも精神的にもかなり堪える日々でした。まだ全世界の人々がコロナウィルスに対して手探り状態であった為、私達職員も過剰なくらいの園内清掃消毒を繰り返していたので、手がアルコール焼けしてガサガサになっていたことを思い出しますね。決して気を緩めているわけではありませんが、現在は対処法にある程度の要領を得たので、ポイントは押さえつつかなり能率化出来ていると思います。6〜7月某日。子ども達も職員もまだまだマスク着用に慣れない中、感覚活動でちらほら見られるようになった現象。子ども達は大真面目にやってくれるのですが、私は思わずクスッと笑ってしまう光景でした。でもこれよくよく考えると、人間の五感による知覚の割合は"視覚83%・聴覚11%・嗅覚3.5%・触覚1.5%・味覚は1%"と言われておりますから、マスクをして目隠しもするとなると83+3.5+1=87.5%もの知覚能を遮断されることになるのですよね。まあモンテッソーリ教具の場合はもともと、例えば触覚の教具なら触覚に特化したもの(嗅覚や聴覚はもちろん使わないような)であるので、触覚活動中に自然と使ってしまいがちな視覚に関しても目隠しをつけて活動するので、じゃあマスクをしているからといって別段大きな差異はないのですけれどもね。それでも知覚能の87.5%を遮断されるわけですから、子ども達が不安にならないよう、「先生はここにいるから安心してお仕事してね」と伝えることは心掛けておりました。7月某日。駄々っ子している年下の子を宥めている年上の子。コロナ禍の斯様な環境下であっても、子ども達の持っている労りの心を強く感じる写真です。例えば年上の子が普段ものすごい子であっても、例えば末っ子やひとりっ子であっても、縦割り保育という体制のもとで発揮される子ども達間での無償の愛は本当に感動を禁じ得ませんね。何かを益する為でなく、何も損得勘定に入れないままに、他者を大切に出来る美しさは珠玉にも劣りません。大人になるとどうしても打算的な側面がなりを潜めてしまうものですが、常にこの"初心"を忘れずに在りたいものです。7月某日。手洗いうがいの徹底を心掛け、かつ継続していることが見られる一枚。手のひらだけが手ではなく、手の甲、指の間、爪の中、手首まで含めて"手洗い"であります。コロナウィルスが当たり前となった現在、ちょっと気が緩むとサボりたくなる量の洗浄作業ですけれど、サボったその手の爪の中にコロナウィルスが潜んでいれば鼻を掻いただけで感染がほぼ確定してしまいますから、継続した徹底を心掛けて参りましょう。7〜8月某日。先生よりも先生をやっている年長の女の子。周りで見ている子ども達も、大人から提供を受けるより真剣な面持ちですよね。笑子ども同士にしか感じ得ない特別な波長とでも言いましょうか、子どもが子どもを扇動するときも同じ波長ではありますが、その波長がプラスベクトルに作用するとこういった集中現象の連鎖が発生します。この時ばかりは、少なくとも私は息をすることにすら注意して気配を完全に断ちながら、子ども達の集中連鎖を切らないよう気を付けますね。改めてこの写真を見ても、子ども達は非常に密度の濃い時間を過ごしていると思います。8月某日。ようやく2020年度エレメンタリークラスを解禁させ、少しずつ活動を開始した頃合い。教具も環境も整っていない中、「とにかく今この子達にやってあげられること」を自身の主題に掲げながら活動を続ける日々でした。全員が有資格者である幼児クラスとは違い、エレメンタリークラス有資格者は私ひとりなので、悩みを相談出来るひとも活動を分担出来るひともおらず、実は毎回死に物狂いで開講しておりました。加えてコロナ禍の為、活動的な時期である小学生の子ども達をどこにも連れ出すことが出来なくて、小さな教室の中で「次はこの実験、次はこの提供……」と準備も英語翻訳もギリギリの状態で迎える毎週月曜日はプレッシャーで押し潰されるような思いでした。これで休みなく幼児クラスにも入って園ブログも継続したのですから、今年の私は良くやったよと自分で自分を褒めてあげたいですね。笑でもそれ以上に、こんな至らないエレメンタリー教師を慕って通ってきてくれた小学生の子ども達、並びに通わせて下さった保護者の皆様に心からの感謝を。9月某日。お泊まり保育は実施出来ないことが決定され、代わりに今年の子ども達は夕涼み会を開催致しました。密を避ける為に夕方頃に川へ遊びに行ってザリガニ取りをしたり、夜は例年より若干ボリュームアップした花火をやったり、ある種他の年度の子ども達が体験していないようなことをたくさんやった1日でしたね。エビ類の行動特徴である「驚くと後ろに跳ぶ」という習性を話し、小さな容器でザリガニを取るコツを見せてあげると、吸収の早い子ども達は早速捕獲しておりました。(イリナの子ども達はその限りでないと思っておりますが)ただでさえ自然と触れ合うことがなくなった現代の子ども達には特に、川や海、山や森へ行って散策し、様々な動植物と体当たり的に触れ合うことは、"人間"といういち生命を知る上で必要不可欠な行為だと私は思います。人間以外のほぼ全ての生物は、定められたルーティンに沿って行動・生息し、種を維持しながらこの地球で暮らしています。人間が如何に特殊であり、如何に特別であり、また如何に危険であるのかをそれら他の生命を通して知り、全てのものとの共存を意識しながら生活していく道を考えたいものですね。親がゴキブリを見て悲鳴を上げれば、自ずと子ども達はそういう大人になりますから、グッと堪えて箒で外へ逃してあげるところから"他種族との共存"を挑戦してみるのも良いかもしれません。苦笑9月某日。嬉しいことに、幼児クラスに着々と増えていく新入園児さん達。新たな性格の子が参入すれば園内には新たな色が生まれ、新たな問題が生まれ、そして新たな解決法が生まれます。そこに教師や子ども達の別などなく、ひとりひとり個々人が、あるいは教室全体で一丸となって、波と節を乗り越えて互いに成長していきます。側から見ると「何か変わった?」と思われるような僅かな変化でも、毎日一緒に過ごしていると「こんなに変わっているじゃん」とその成長に喜ばしい気持ちを馳せることが出来ますね。互いにぶつかって、互いに話し合って、互いに譲歩し合って、感覚的に人間関係を体得していくプロセスは大人より子どもの方が遥かに能率的で優秀です。その成長の場に参加させて頂けている教師という職業は、本当に学びが多くありがたいなと私は思います。10月某日。いよいよ教室に暗幕がつき、クリスマス会の練習が始まりました。まだセリフより「えーっと」の方が多く、ナレーションも棒読み、子ども達は言葉を発することに意識を割いているのでみんな目が据わってしまっておりましたね。笑「こんなんで大丈夫かな……」とヒヤヒヤしながらも練習を続けていくうちに、いつの間にか感情も表現力も豊かなまま配役を演じられるようになっており、(私は裏方なので本番の様子がわかりませんが)最終的には素晴らしい質の聖劇を子ども達が催して下さいます。そこまできてようやく「あのヒヤヒヤは杞憂だったな」と思い至り、そういえば毎年同じことを感じているなあとしみじみ思うので、そんなクリスマス会が終わってようやく"年末"の感覚を掴んでいる私です。10月某日。絶対無理だろうと思っていたイリナ子ども喫茶を、まさかの開催。もちろん内部のひと達のみで行い、座席間にもパーテーションを設け、徹底した衛生管理のもと執り行われました。様々な方のご意見やご指導を賜り、どのような形であったとしても滞りなく行えて初めて、「やってやれないことはないんだな」と感慨深く思い入るこの日でありました。大変な1日に違いはありませんでしたけれども、感染症対策の観点から今年は陶磁器カップの洗浄&再使用を行わず、使用後はそのまま廃棄出来る廉価カップを採用しましたので裏方的にはかなり楽でしたね。笑お陰で勤続8年目にして初めて表の詳細な様子が把握出来ましたよ、たくさん改善点が見出せそうな気はしましたが、さてさて来年はどうなることでしょう。10月某日。郷土の森遠足にて年長さん特別コースでの一枚。年長さんは例年の如く博物館に入って色んなものを見学する予定だったのですが、なんと今年は集客量を鑑みてか改装中にて館内にほぼ何もなし。仕方なく館外にある昔の役場跡地などを眺めながら、すぐさま他の子達と合流してしまったので、申し訳ないながらあまり有意義なお写真は撮れませんでした。それでもコロナ禍の為あまり外出できない子ども達が自然の中で駆け回れることにも意義を見出しておりましたので、これはこれで良かったのかなとも思います。そして12月某日。クリスマス会当日、こちらも換気面や衛生管理面で非常に悩まされた行事でありましたけれど、窓を開けたりプラズマクラスター機能付きの空気清浄機をフル稼働させたりと今年に見合った方法で開催されました。例に倣って私は内部の様子は全然わかりませんでしたけれども、役員の関係でリハーサルと本番の2回分をご覧になったお母様から「短期間のうちに子ども達がレベルアップしていてとても落ち着いた素晴らしい本番だった」とご評価下さったそうです。子ども達が本当に頑張っていたのだなと伝わってきましたので、どんな形であれ開催出来て良かったと思います。この1年間は本当に大変で、行事どころか日常生活にも支障が出てしまうほど精神的にも肉体的にも追い詰められた、苦しい年となりました。ですが、そんな中でも誰ひとりコロナウィルスに感染することなく、形は違えどほとんどの年間スケジュールがこなせてしまえたことは僥倖でありましたね。コロナウィルス自体は終息するどころか益々この感染者数を伸ばしておりますので、来年も同じように過ごせる保証などどこにもありません。それでもおひとりおひとりが衛生管理を精一杯心掛けて生活し、自分が罹らない為だけでなく他人に移さないことも慮って日々を送った結果が今年の大成に繋がったのですから、今年行ったことを着実にこなしていけば来年の安定した保育だって不可能な話では決してないのだと思います。自分本位が出来る時代はとっくに終わり、今は家族、友人、子ども達、ご高齢者、全ての他者に対して如何に配慮出来るかが試される時代です。今年出来たことは着実に行いつつ、来年出来得ることをしっかり意識しながら、2021年も素敵な年に出来たら良いですね。来週と再来週は年末年始なので、今回記事をこんな感じで総括にしてしまいました。動画も色々と用意していたのですが、プライバシー補正を掛けるとPCの処理が追いつかず落ちてしまうので、無処理で投稿出来そうな素材が撮れたときにまたご披露致しますね。来週&再来週は子ども達と会えませんしお写真もないので記事投稿しようかどうしようか迷っているところではありますが、私の週間ルーティンの琴線に触れれば投稿させて頂こうかなと思います。笑ですので、一先ず今年のイリナの小さな物語はこんなところで。最後まで気を抜かず、皆様良いお年をお過ごし下さい。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、もう既に年越し気分なTOMOTからでした。

  • 13Dec
    • クリスマス会 in 2020の画像

      クリスマス会 in 2020

      どうも、TOMOTです。今週は土曜日がイリナのクリスマス会でした、ご参加・ご協力下さいました皆々様へ心より感謝申し上げます。コロナ禍ということもありかなり人数を制限し、また換気や消毒を徹底した上での開催となりました。色々と不都合もあったかと存じますが、滞りなく終了致しまして職員一同旨を撫で下ろす思いでございます。笑私は完全に裏方ということもあり、裏の方でどったんばったんやっている子達を例年通り着替えさせまくっているので表の様子はほぼわかりませんでしたが、「とても落ち着いた雰囲気の聖劇で良かった」というお声をちらほら聴くことが出来ましたのでとても嬉しく思います。クリスマス会が過ぎますと、ようやく「年末に入った」という気分になりますね。来週の1週間が過ぎますとイリナは冬休みに入ります、残り僅かですが毎日楽しく元気に過ごしていけたら良いですね。かくいう私もちょっとバタンキューなので、今週のイリナハイライト写真を貼り付けて今回のブログはお手抜きさせて頂こうと思います。笑今週も大変でしたが、皆のお陰で楽しい一週間でした。では……、おやすみなさい……。(スヤァにほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、忙しさをもらうのも子ども達からであり、癒しをもらうのもまた子ども達からであるTOMOTからでした。

  • 06Dec
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      ついに12月ですが

      どうも、TOMOTです。いくつか前の記事で、中河原公園にある赤い花が"山茶花なのか椿なのか議論"があったかと思いますけれども。花の散り方として、花弁がバラバラに散っているので山茶花に1票が入りました。ともあれ秋のお外遊びは発見がたくさんあって楽しいですね。さて、今週は交通安全教室がありました。コロナ禍ということで開催の雲行きが怪しかったところではありましたが、警察の方々を始めご協力下さいました市役所の方々、そして運営して下さいましたイリナのお母様に心より感謝申し上げます。信号の見方を教わった後、腹話術で楽しい講演を受け、最後に信号機と歩道を使って渡り方の実践をして頂きました。温かくも上手に指導して頂き、子ども達も熱心にお話に傾聴していたのでとても良い時間が過ごせたと思います。改めまして関係者様各位に厚く御礼申し上げます、ありがとうございました。クリスマス会の練習もいよいよ大詰めで、来週末の本番に向けまして子ども達一同一生懸命努力しおります。コロナ禍ということで様々な様式が変更される中で行われます今回のクリスマス会ですが、観覧されるお父様お母様はどうぞ楽しみにされていて下さいね。今回はちょっと足早な記事になってしまっておりますが、最後に今週の子ども達のハイライト写真を載せたいと思います。見えづらいですが、誰に言われるでもなく小さい子達の手伝いをする年上の子達。こういう瞬間を見ると、心がしっかり育っているんだなあと実感します。普段怪獣みたいに過ごしている小さい子達も、お仕事をするときは真剣そのものです。どんなに甘えん坊な子でも、どんなに我儘を言う子でも、成長するのはその子自身であり、成長はその子の努力の集積による結果であり、私達はその努力を支え援助するに過ぎません。その子にとって必要ない援助は"代行"になってしまい、そんな"代行"が集積すると子どもの中でそれが"秩序感≒当たり前"になってしまいます。子ども達の正しく豊かな成長の為に、今その子にとって本当に必要なことは何かをじっくり考え、迷いの中に在れば私達職員を頼って下さいね。様々なお仕事と様々なテクニックで子ども達が善人格を育む為のお手伝いをするのが我々のお仕事ですから、泣くことがあっても喚くことがあっても、それが真に子どもさんの為であるなら「園に迷惑を掛けてしまう……」だなんて考えず大いに頼って下さいね。家庭と園がひとつになって子ども達の一日、一ヶ月、一年の成長を最大限に引き出せるのですから、せっかくイリナを選んで下さったのですし子ども達の成長の為なら大いに頼って迷惑を掛けて下さい、私達はそのご尽力を精一杯サポート致します。集中しているときの子ども達の表情。集中が切れるとこうなって……また一定時間が経つとこうなります。大人でもそうですが、集中することって無限には出来ないんですよね。子どもの家における子ども達の集中サイクルという研究結果もあるくらいですし、そのサイクルを鑑みて"お仕事の時間は一日最低3時間"というモンテッソーリ教育ならではの提唱があるわけです。特に何かあった後(直近だとクリスマス会リハとか交通安全教室とか)、もうお弁当を食べないといけない時間なのに教室内に机が戻ってくると誰に言われるでもなく子ども達はお仕事を持ってきて、困ったことに深い集中を始めるのですよね。笑子ども達にとってお仕事をすることが、如何に"発散状態"であるかがわかりますね。クリスマスのお飾り。こちらはニド・ICクラスの皆様へ向けて、幼児クラスの子ども達が色々と作っているみたいです。どんなものが出来るのか楽しみですね。さて、それでは今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、常に眠気と戦うTOMOTからでした。

  • 29Nov
    • 衣装と衣類の画像

      衣装と衣類

      どうも、TOMOTです。今週はクリスマス会のリハーサル等々、色々盛りだくさんだったのですが、カメラからのデータ移行中にトラブルがあってお写真がケータイの方へほとんど送れませんでした。また、土日もバタバタ過ごしておりあまり記事を書く時間が設けられそうにないので、今週の記事は受信出来たお写真のうち2枚だけ。海外の恵まれない方々の為に働かれている方がイリナに来て下さり、素晴らしいお話やお写真とともに、海外の伝統的衣装をご持参下さいました。現在イリナは小さい子ども達が多いので、なかなかお話しされること自体大変だったかと存じますが、大きな子達はとても真剣に傾聴しており、子ども達の心づくりの為に良いお時間が過ごせたことと思います。素敵な衣装ですね。クリスマス会でも役柄に合わせた衣装を子ども達は着ますが、当時現地の方々が実際に着ておられた衣類とかも調べてみたい気持ちになりました。すっかり忘れていましたがエレメンタリーのお勉強で留学中、機会があってイギリスの方へも行ってきたのですが、そこで観光してきたロンドンのナショナルギャラリー館内でそういえば色々と参考資料を撮ってきたのでした。高貴な方々は冠やらマントやらと、やはりそれなりに豪華ですが、個人的には羊飼いさんの服がすごく好きです。白シャツに羊?牛?の毛皮を袈裟懸けにしたような服と木の杖、シンプルなだけにリアリティがあるというか地に足がついているというか、「この中でどの格好をしてみたい?」と訊かれたら私は断然羊飼いさんですね。博士の服も豪華で格好良いのですが、今の時代観でこれを見るとちょっとファンタジックな印象が先行する感じがします。いえ、もちろん当時の方々は本当に着ていらしたのでしょうけれども。私自身が派手なのが苦手だからかもしれません。笑短文ではございますが、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、そろそろ今までの子ども達の写真をしっかり整理しないとデータバンクがパンパンになるTOMOTからでした。

  • 22Nov
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      感謝祭

      どうも、TOMOTです。まず初めに、当ブログ内におけるイリナ在園のお子様方のお写真掲載許可に加え、動画等音声及び動きのある記録の掲載許可をして頂きましたイリナ在園児保護者の皆様に深く感謝申し上げます。お写真に比べれば動画投稿の頻度は全然多くないと思うのですが、「この子ども達の活動は動画だったらもっと良く伝わるのになあ」と苦汁を飲むことも少なからずあった今日この頃を鑑みますと、ブログ表現の幅をより拡げられるようになりましたことを大変嬉しく思います。記念すべき1投目はトウカエデの種を投げる年少さん。これは全然お仕事とは関係ない動画ですけれど、お写真で見るのとはまた違った趣がありますよね。また、取り留めて音声がないときは、こんな風にプリインストールしてある音源を貼る事もあるかと思います。まだ探り探りですが、こんな感じでやっていこうと思いますのでよろしくお願い致します。さて、今週の金曜日は感謝祭がありました。本来ならこの日は皆でカレーを作って、カレーを調理した子ども達、いつも美味しいご飯を作ってくれるお父様お母様、その食べ物を作ってくれている農家の方々、そしてその動植物をもたらしている地球や太陽等の自然、そしてその自然を創ってくれた神様にも感謝をする日です。……が、例に倣ってコロナウィルスの影響で子ども達の調理は断念。いつも通りお仕事に勤しみつつ、職員が2階で簡易的な食後のデザートを用意し、昼食の後で感謝する事の大切さを考えながら皆で美味しく甘味を頂きました。食べ物のみならず、欲しい物を当たり前のように、かつ簡単に手に入れられるようになったこの時代。非常に便利で欲求を満たすことに事欠かないこの時代において、それは大変素晴らしい現代文明の功績である反面、小さなことや目に見えないことに対する感謝の気持ちを人々は安易に忘れてしまいます。このブログを読んで下さっている方々は、一度スマホを置いて周りを見渡してみて下さい。ご自身が自信を持って、「私が作った」と言えるものがその場にどれほど存在していたでしょうか。私達の手元にそれらが届くまで、どれほどの人々が関わり合い、どれほどの人々が汗を流し、どれほどの人々が丹精と思いを詰め込んで下さっているか想像したことがありますでしょうか。あるいはご自身で一生懸命作った物が目の前にあったとして、そこに存在する素材、例えば木材ひとつにしたって木を切り倒してから板状に加工するまでの一連の流れは、ご自身でない他の誰かが一生懸命行った仕事の成果であります。その労力への対価は金銭授受という形で行われますが、それはあくまでも等価交換の概念であり感謝とはまた別のファクターとなります。大人でも子どもでも「壊れたんならまた買えばいいじゃん」と悲しくも安易に発言出来てしまうこの現代において、それは正論であると同時に、感謝の気持ちを完全に忘れ去った代名詞的な文言でもあると私は思います。私は小さい頃から"使い慣れた物"を好きになる傾向があるので、何かを買い換えるのはそちらが本当に入り用となったときか、もしくは"道具がその道具としての機能を修復不能なほど失ったとき=壊れた"という認識のもとで買い換えるようにしております。当たり前のことではありますが、長くお世話になった道具ほど、処分する時に相棒を失うような物寂しさを覚えると同時に、自然と「ありがとね」と口走ってしまうものです。長く使い過ぎて八百万の神様でも宿ってやしないかとか、お焚き上げが必要なんじゃないかとか思う事も多々ありますが、話が脱線しそうなのでそれはまたの機会に。笑そんなわけで、この日は子ども達と一緒に"感謝"についてお話をしました。食べ物を食べたとき、美味しければ幸せな気持ちになりますし、感謝というファクターを取り上げる良い機会でもあるわけです。食べ物に感謝して、作ってくれた人に感謝して、それを与えてくれる自然に感謝して、それを安心して食べることの出来る環境にも、またそれを与えてくれているお父様お母様にも感謝して……。すると子ども達の口から、「水筒にも感謝」と言いながらお茶を飲んでいたり、「ラップにも感謝」と言いながらゴミ箱へ捨てていたり、お部屋が素敵な言葉で溢れていました。まあ半ばおふざけな部分もありましたけれど、「感謝」という言葉を正当性を持って扱っている限りにおいて、それが例え今おふざけの域で使用していたとしても、成長した後でその当時口にした言葉やそのときの感情の意味を理解して感慨に繋がるものです。「オナラにも感謝」とかおふざけしだす子もいますけれど全然怒る必要はなく、「じゃあオナラが出なかったらどうなる?お腹にガスが溜まってお腹が破裂しちゃうよね、だからいっぱい感謝して良いんだよ」と真剣に伝えてあげれば、他の子ども達まで真剣に聴いてくれますし納得もします。中には「コロナウィルスには感謝出来ないよねえ」という子もいました。これは本当に難しい議題でしたが、「コロナウィルスのせいで確かに色々大変だけど、コロナウィルスのお陰で普段は出来ない楽しいことをおうちでお父さんお母さんと出来るもんね。だったら感謝かもしれないね」と伝えてみると、家で起こった楽しい出来事を子ども達はたくさん話してくれました。こじつけかもしれないですけれど、"感謝すること"について直線的に物事を考え進めてみると、「ありがとう」という善循環な思いを乗せることに関してそれらは別にこじつけでも何でも良いのかもしれませんね。自分にとって当たり前である物事ほど感謝を忘れがちですし、特に常用している物に対していつもいつも「ありがとう、ありがとう」と言い続けるのはなかなか難しいかもしれません。そうであるなら月に一回でも、年に一回でも、"感謝の日"を作ってみては如何でしょうか。高校生時代からの癖のようなものなのですけれども、私もお風呂に入るときは今でも、絶対に感謝の時間を設けるようにしております。感謝の時間と言っても別にお祈りするわけでも、小難しい所作をするわけでもありません、ただシャワーを浴びて「お湯さんありがとうございます!」と言っているだけです。笑火を直接浴びれば身体が丸焦げになりますし、水を直接浴びれば身体が冷え切って風邪を引きますけれど、ちょうど良く混ざっているお湯だからこそ快適に身体を清掃出来ますし、リラックスも出来ますし、健康にもなります。そんなハイクオリティな癒しが蛇口を捻るだけで毎日頂けるのですから、当たり前のことなのに、ちょっと思考を進めてみると、これって実はものすごいことなんだと気付きますよね。その蛇口やシャワーを構成している部品、水をお湯に変換している機械、その水を作り管理してくれる人々、山から湧き出て海に抜けてまた雨となって山に戻る水、自然現象と無数の人間達の膨大な協力によって私達の"当たり前"が構成されていることに気付けば「ありがたいなこれは」と勝手に出てくるでしょうし「大切に使わないともったいないな」と嫌でも思えてくるでしょう。そんな親御さんの"当たり前への感謝"を、子ども達は黙してじっと見ております。この記事を読み終わったら、「日々雑に扱ってごめんね、スマホさんいつもありがとう」と言って、スマホを労ってあげて下さいね。些末なことかもしれませんし、小っ恥ずかしい思いもあるかもしれませんけれど、それが例え動作的なことであったとしてもそれを見た子ども達の中には大なり小なり衝撃が走りますから。もしかしたら子ども達は「なにしてんの?」って笑うかもしれませんし、「スマホとお話しして変なの」と呆れるかもしれませんけれど、それは子ども達の中に"スマホに感謝している親"の印象が残ったということですし、子ども達が歳を重ねた後でその行動の奥深さを考える為の種蒔きが出来たことに繋がります。その流れで子ども達に、床に落ちた物を拾ってもらったとき、食卓で遠くにある醤油を取ってもらったとき、塞がった両手の代わりに扉を開けてもらったとき、ちょっとした「当然」と思うことを「ありがとう」に変換して言ってみると、もしかしたら子ども達の中に、ややもすればご自身の中にも何か驚くべき素晴らしい変化が起こるかもしれませんね。感謝祭のお話のみになってしまいましたが、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、綴った手前当人がやらないのはマズいので現在進行形で「スマホさんいつもお疲れ様です、ありがとうございます」とひとりブツブツ呟いてみているTOMOTからでした。

  • 15Nov
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      11月の中盤戦

      どうも、TOMOTです。段々秋も深まり、いよいよ冬の空気となって参りました。イリナ前にあります中河原公園の山茶花(椿?)の花も咲き始めましたね。何年か前に一生懸命、この花が椿なのか山茶花なのか特徴を探して判断したような気がしたのですが、どちらだったか忘れてしまいました。見分けるコツは確か"花の散り方"、"花の形"、"葉の厚み"だった気がするので、また改めて検討したいと思います。さて、今週末もまた例に倣って忙しなく動き回っている為、軽めの記事になりますことをご容赦下さい。桃さんお掃除部隊。箒と塵取りを持ってどこに行くのかなと観察していると、玄関のマットをひっくり返してその裏側をお掃除して下さっておりました。土足と中履が入れ替わる場所だけあって、マット下はものすごい埃だったのでそっとドアを開けて換気しておきましたけれども、たくさんのお掃除対象物を見つけてえらく熱中して掃いておりましたね。毎年イリナ祭前にやクリスマス開前に思いっきり掃除をするのですが、今年はこの1枚は軽めのお掃除で大丈夫そうです。ありがとうございました。一緒に遊んでいる新桃バッチさん。新しくイリナに来て下さった最年少さん達は、当たり前ですがどうしてもまだ周囲のお友達との関係が薄いですけれども、この日はふたりで一緒にお砂場遊びをしておりました。対大人では出来ない子ども同士のコミュニケーションをしながら一生懸命何かを作っており、とても良い雰囲気だなと思いお写真に収めました。実は多くの園で見られるそうですが、相手の意思や園での約束事を無視して無理矢理自分の意見を押し通そうとする、少し悲しい傾向が特にここ最近の子達には見られるそうです。それは本来新学期に出すべき自身の衝動の爆発をコロナウィルス閉園等の影響で出せなかったこと、マスクをしているせいで自身の行動に対して相手がどう感じているのか表情から全然汲み取れないこと、その他にも色々なことが要因しているのだと思います。そんな中このふたりは自分達のやりたい事を話し合い、決まったことを守りつつお互いに譲り合いながら、仲良く制作しておりました。相手を尊重しながらどう自分のやりたい事を行うのか、この譲歩の心が、強行したり妥協したりせず他者と上手に共存する日本人の持つ精神的奥ゆかしさに直結していると思い、このふたりを見ていて非常に豊かな気持ちになりましたね。今回は特に私は介入せず、時間いっぱいまで遠目で見守ることが出来ました。少しだけエレメンタリーのお話。2時間の活動時間のうち、最後30分は幼稚園のお仕事も含め将棋でも塗り絵でも自分のやりたい事をやって良いことにしております。活動環境ががっつり幼稚園内なので教具は幼児用のものが大多数並んでおりますし、また小学生になると懐かしさからついついそちらに流れていってしまいがちなので、このように決めてみましたがこの対策はとても良かったです。お仕事の集中曲線的に考えても開始1時間半〜2時間後は集中力が一時消失してくる時間なので、本当は活動時間を3時間にすればとても良いサイクルになるのですが、エレメンタリーに関しては現状それが難しく最後の時間がどうしても尻すぼみになってしまいどうしたものかと悩んでおりました。しかしこのラスト30分の自由活動を取り入れると、もちろん小学生クラス用のお仕事もしっかりやりつつ、普段の生活ではあまり出来ない自身の好きな活動やイリナ内の懐かしい活動を通して、時間いっぱいまで集中力が非常に継続するみたいですね。子ども達は息抜きの感覚でやっているのでしょうけれども、彼らの集中が表情にしっかり現れているので、濃い時間を過ごせているようですし私的には今のところこのスタイルを大切に守っていきたい所存です。幼児クラスでもエレメンタリークラスでも使えるとある教具の棚を年末にひとつ制作しようと思って、昨日トレーニングセンターまで行ってきて採寸させて頂きました。素人目ではありますがなるべく細かく採寸してきたので、もし木工に知識や経験のある方がいらっしゃいましたらご相談させて下さい。ちなみに教具棚は立方の鎖を置くビーズキャビネットというやつです。それでは、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、冷えからか腹痛が絶えないTOMOTからでした。

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