イリナの小さな物語
  • 28Jun
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      "疲れないよう頑張る"という矛盾のような言葉の重要性

      どうも、TOMOTです。イリナの前にあります中河原公園に、緑色の珍客が4〜5羽屯っておりました。おうちでインコを飼育している子が、「外でピューイピューイって鳴く声がするからインコがいるんだよ」と言うので、最初はそんなまさかと思っておりましたけれど、その子の言う通り公園でヤマモモの実?をバクバク啄んでいたので軽く衝撃を受けましたね。子どもの五感の鋭さに驚嘆させられると同時に、「日本の自然下にインコがいるはずない」というちょっとした大人の知識というか先入観が、"決め付け"を引き起こしてしまいがちだったことを改めて反省しました。インコはメジャーな飼育鳥ですし、脱走した個体がそのまま自生しちゃうケースもあって別段不思議ではないのでしょうけれど、それにしたって生態系的には大丈夫なのでしょうか。小さくて見つけづらい外来昆虫も大変ですが、飛んで逃げてしまう外来鳥もなかなか捕獲が大変そうです。本来温帯であるはずの日本の気候も、今や徐々に亜熱帯化してきておりますし、インコ達に取っては住み良い環境なのでしょうね。やはり日本の野生にインコが飛んでいるのは少し違和感がありますが。はてさて、暑かったり寒かったり晴れだったり雨だったりと忙しない日々が続いておりますが、イリナでは4〜5月のコロナウィルス閉園補填による月〜土保育の3週目が無事終了致しました。職員全員程良くヘロヘロになっておりますが、子ども達も皆さん程良くヘロヘロになっていますので、体調管理だけはしっかりしつつ無理せず参りたいところですね。そんな中でも、数名の保護者様方から「イリナでこんなことがあったあんなことがあった、と楽しそうに子どもが話してくれました」とメールでおうちでのお子様方の様子を聞く機会があり、"嬉しいな〜頑張って良かったな〜"と疲れが吹き飛ぶ思いで拝読させて頂きました。イリナでの子ども達の様子を私が当ブログで発信することで「園で過ごす子どもの様子が知れて嬉しい」と保護者様方から温かいご評価を幸いなことに賜っているのですが、同様の感覚と言いますか、イリナが楽しいということをおうちで話してくれている様子が知れて職員はとても嬉しいです。時には結構キツく叱ったりすることも全くないわけではないので、そういう日の帰り道では「必要なことだった」という気持ちと「やり過ぎだったかな」という気持ちの板挟みに合ってそこそこナーバスになったりもするのですが、それでもイリナでの日常を楽しく過ごしてくれていることを知れるのは本当に救われる思いですね。同時に、当たり前のことですが、子ども達は園で「昨日お父さんとお母さんが大喧嘩してね」とか「お兄ちゃんがグーでぶってくるからね」とかご家庭の様子を洗いざらい何でも話しているのと同様に、園での様子もきっとご家庭で洗いざらい全部話しているのでしょうから、園と保護者間の信頼関係は非常に大切だなと思います。物事の前後関係なしに聴くと恐ろしい内容に仕上がっていることもあったり、都合の良いところだけ斡旋されて程良く脚色しながら話していることもあったりするので、もちろん全部を全部鵜呑みにしてはいけないのですが、「それって大丈夫?」と思うような話もお互いにあるのだと思いますから、厚い信頼なしにお子様を園へ預けて下さることも、またこちらで真剣に保育することも出来ないですよね。そういった意味で、イリナにいらしている方々はとても厚い信頼を寄せて下さっているので、職員も120%以上の気持ちで子ども達の自立と人格形成の為に全力を尽くせております。本当にありがたい環境ですね。そんな感じで日々こつこつと過ごしている子ども達と職員ですが、週6保育3週目ともなるとさすがに子ども達に疲れが見え始め、少し気持ちにセーブが効かなくなったりする様子も見られます。小さい子ほど床で寝そべって放心状態になっていたり、ブルーな気分になると我慢出来なくなったり、反応はまちまちですが一様に"疲れ"で包括出来そうな様相が出ておりますね。子ども達は保育後に見せる外観の快活さ以上にイリナで全力を尽くしておりますから、元気に見えても"休養"させることを常に念頭に置きつつ、様々なことを経験させてあげて頂ければなと思います。気候も急転直下で変動しますし、輪をかけて体力の消耗が激しい昨今、過労状態で登園してもお仕事に集中なんてなかなか難しいですから、今は本当に"休養"に重点を置いて生活して頂けると幸いです。そんな中でちょっと面白かったお話。ある男の子と数のお仕事をやった後、「楽しかった〜」と言いつつ、絨毯にゴロンと寝転び彼はボーッとしておりました。くたびれちゃったかな?と思いつつその様子を観察していると…………何を思ったのか頭で絨毯を巻き始めました。笑ゴロゴロ……、ゴロゴロ……。そしてフィニッシュ。いやこれが器用に巻くんですよ、新手の小動物を見た思いでした。ある女の子は、"テーブルを洗う"お仕事を持ってきて「椅子を綺麗にしたい」と言うので、ぜひやって頂こうと思い一緒に準備しました。裏まで念入りに磨いてくれたので、園の椅子がひとつだけ見違えるようにピカピカになりました。一部マジックペンの着いた跡があり、「ここがとれない〜!」と叫んでおりましたが、今度機会があれば一緒にメラニンスポンジで綺麗にしてみようと思います。こちらは小さい子達に活動を教える年長の女の子。この様子が見られるのが、本当に縦割り保育の良いところですね。小さい子ほど先生よりお兄さんお姉さんの話をしっかり聴きますから、お兄さんお姉さんは時に先生以上の先生となります。お兄さんお姉さんが真摯にお仕事を教えてくれる様子も、部屋でどったんばったん大暴れする様子も、小さい子達は全部全部吸収しておりますから、年長世代で大きな問題が起こると「この子達が最年少の頃の年長さんは誰だったかな」と考えるひとつの指標になったりもしますね。いずれにしても、こうして大きい子が小さい子にお仕事を教えている間は私にも写真をパチパチ撮る暇さえ生まれますから、「これは良い記事に出来るな〜」とか考えつつ小休止しております。ありがとうございます。私が数のお仕事を作っていると、「僕も手伝うよ」と隣に座った最年少の男の子。「ありがとう。先生はヘビを作るから、こちらの紙でお願いしますね」と端材を渡すと、一生懸命刻んでくれました。面白いなと思ったのが、"切る"お仕事として活動した場合子ども達はかなりの確率で「切ったやつ持って帰る」と言うのですが、この場合は切った紙を「はいどうぞ」と渡してきたので、彼は本気で私のお手伝いをしてくれていたのだなと感じたところです。端材は別のお仕事の材料にする予定でしたが、お子さんの素敵な一面が見られ、しかも切るお仕事に集中してくれたので非常に良い結果だったと思います。というか今気付いたのですが、彼、左手でハサミを持っていますね。左利き……?それとも左利きの私のマネしちゃった……?子ども達にお仕事を提供するときは右手で切るのですが、このときは提供のつもりではなかったので全然意識がなかったです。はてさて……。子ども達の様子、最後の写真はこちら。手洗い実践組。この写真だけでも手のひらのみではなく、甲・指の間・手首まで洗っている様子が見て取れますね。このときはお食事前ではなかったのですが、食前の手洗い以外でもこうしてしっかりとした洗い方を実践してくれているのは嬉しい限りです。コロナウィルスはもちろん脅威ではありますが、こうして正しく"清潔"を学ぶ切っ掛けにもなるので、物事というものは本当に表裏だなと思います。周りに促されて、苦手だったうがいを練習する子も出てきたりと、とても良い清潔訓練になっております。最後に少しだけエレメンタリーのお話。「温かい」を通り越して「暑い」の域にあります昨今ですが、太陽の位置が地球に近付けば植物達は元気になるので、"needs of plants"という提供の実験をみんなで行いました。植物の成長に必要なものを考える為の実験で、4種類のトレイに別の生育環境を作り、「芽が育つのはどれか」を観察するモンテッソーリ教育エレメンタリー課程における植物学最初の実験です。諸事情により生育環境を記載した紙の内容をボカしておりますが、興味がありましたらイリナで直接私まで訊いて頂ければお答え致します。本当は脱脂綿ではなく肥料の添加された土を使い、豆よりブロッコリースプラウトのようなワサワサ生える判りやすい植物を使うべきなのでしょうけれども、「この提供をやろう!」と思い立った前日に全て準備したので致し方ないところですね。それでもまあ結果は歴然なので、植物の成長要求を観察するという意味では問題ないと思います。それに豆のように太めの根を張る植物は、後続の実験でも必要になってくるので、結果オーライというところでしょう。目下問題なのは、後続の実験で特殊な容器が必要になるのですが、日曜大工する時間すら取れない現状と、かといって日曜大工しなければ後続の実験に進めないというジレンマがあることですね。今は飛ばし飛ばしやるしかないと諦めるか、でも子ども達に実験を見せてあげたいしちょっと無理をするか、非常に悩ましいところです。今イリナのエレメンタリーには小学6年生の子も来てくれているので、うん、やはり出来得る限り活動を飛ばしたくないですね。頑張るか。一先ず今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、もうすぐ7月に入りますが気分はもう夏本番なTOMOTからでした。

  • 21Jun
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      6月のひととき

      どうも、TOMOTです。別件の仕事が山のように滞っており逼迫している為、今回記事は1週間のダイジェスト形式でお送り致します。簡易的になりますことをどうぞご容赦下さい。色々とありましてモンテッソーリ教育関係の本を出さなければならない事態に陥り、お部屋が大変なことに。笑でも同時に少し整理も出来たので、結果的には良かったです。英語版の方をもう少し読み込む時間が欲しいなと思うのですが、まともに自分の為に費やす時間が取れそうなのは次の年末ですかね。さて、イリナのお話。前回記事でお話したイリナの紫陽花ですが、プレハブの裏側近くの場所にこんなものがひっそり咲いておりました。紫とピンクのハーフアンドハーフ!土壌によって色味が変わるとはいえ、こんなことってあるんですね。真ん中の花はとても綺麗なグラデーションになっており、いったいどういう風に栄養素を取り込むとこんな感じになるのでしょう。いやあ、本当に。まあ人間だって白黒付けずにグレーで過ごすこともありますから、紫陽花にだってそんな気持ちになるときくらいあるのでしょう。化学的に考えると、土壌が酸性=青になり中性〜アルカリ性=ピンクになるみたいなので、イリナのこの辺りの土壌は弱酸性……?お肌に良さそうですね。イリナ御登園時にぜひ見てみて下さい。この間住吉周辺(府中市全域?)で流れた地震訓練放送時の子ども達の反応。換気の為に窓が開いているので、緊急地震速報のあの強迫的なメロディが大音量で飛び込んでくる為、かなり怖がっている子達は多かったですが、まあでもいざ本番のときに正しく危機感を持つ為には必要なのかなと思いました。ただ本番時はあのメロディで恐怖に晒された後すぐ巨大な地震が来るものと仮定すると、なんか子ども達は怖過ぎて泣き叫んじゃって舵が効かなくなることも何となく想像できますね……。写真の子のように、もはや反射の域でちゃんと机に潜って身を守る訓練は欠かさずにしていきたいところです。とはいえもう少しあのメロディは何とかならないものですかねえ、地震慣れしている日本人が危機意識を持つのに必要と言われればそうなのですけれど、あんな恐怖心を煽り立てて身体を硬直させるような音じゃなくて「流れたから地震に備えよう!」と促せるような音律もある気がします。国民総理解という意味では、やっぱりあのメロディしかないのですかね……。ある午前中のこと。ジャコウアゲハがお部屋に迷い込んできたので、外へ逃げるよう電気を消して皆で応援しました。「こっちだよ〜!」とか「頑張れ〜!」とかいう子ども達の声援を聞くと、なんだかほっこりした気持ちになりますね。普段は明るい陽の光の方へ割とすぐ飛んでいくのですが、この子は彷徨ってしまったので、軽く虫網で促しながら逃してあげました。「元気でね〜!」と子ども達からパワーをもらったので、きっと素晴らしい蝶生を謳歌していることでしょう。絶対にマスクを顔へつけちゃう子。こういう風につけて面白がりながら見せてくるのですが、割合こうしている頻度が高いのでどうしてかなあと思っていたのですけれど、口元が蒸れていたのですね。気付いてあげられなかったなあ、申し訳ないです。口のものを目につけるのは衛生的にあまり良くないかもしれないので、「それなら目からは絶対コロナウィルス入ってこないね、でも目にはお仕事で使う目隠しをつけてあげてね」と笑いながらそっと促してみました。気持ち少しだけ頻度が減ったように思います、そう感じるだけかもしれませんが。苦笑最後は、皆に本を読んであげている男の子の写真。英語の本なので"何となく"で読んでいるのですが、その"何となく"が意外と的確だったので面白くて写真に収めてしまいました。「これは茶色で、これは赤!」と読んでいるのですが、絵の上に「brown」とか色が書いてあったのですよね。あれっ、もしかして本当にちゃんと読んでいたのですかねこれ……。ともあれおうちでも親御さんなり兄妹関係なりで、こんな風にしてもらっているのでしょうね、とても上手に皆をまとめていました。さて、あまり記事に割くお時間が取れず申し訳ないのですが、今週も賑やかなイリナでした。今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、結局日曜日までフル稼働中のTOMOTからでした。

  • 14Jun
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      紫陽花であるかの如く

      どうも、TOMOTです。ついに関東も梅雨入りしましたね。洗濯物を室内干ししておいたら、暑さと相まって部屋がフローラルな熱帯雨林みたいな空気になっておりました。暑くて窓を開けたまま寝たら雨がガッツリ吹き込んでいたり、しかしまだ冷房は使いたくないなあとやせ我慢してみたり、季節との折り合いの付け方が非常に難しい今日この頃です。いえ、熱中症にならない為にもエアコンは適切に使いましょうね。こちらは今の季節感を満喫しているご様子の植物、イリナのお庭にある紫陽花も塀の如く咲き乱れております。入り口の方にこちらのタイプ本紫陽花もありますが、確か上の写真タイプである額紫陽花の方が原種なんですよね。何でも紫陽花の原産国は日本であり、ここから世界中で品種改良されて現在の様々な鑑賞用紫陽花が出来たのだとか。紫陽花の面白い特性として、酸性土壌で育てると青の花を発色し、中性-アルカリ性土壌で育てるとピンクの花を発色します。もちろん品種が持つ花色とかその他多くの要因が重なってその色になっているのだと思いますけれど、イリナに咲いている紫陽花は(写真だと紫色っぽいですが)非常に青味が強いものが多く、個人的にはTHE紫陽花といった具合のものが多いですね。そんな中、ぽつねんとピンク色の紫陽花も発見。ここだけピンク色を発色するって、イリナの土壌はどうなっているんだろうとか、なんか朝から紫陽花を眺めながら悶々と考えてしまいます。いったいどういう気持ちでピンクに咲いているんでしょうね。倉庫にあるライン引き用の石灰とかが土に混ざったのかな……。もちろん皆違ってみんな良いのですけれど、何がどんな風に要因してそうなっているのかを考察してみることは、人間や子ども達の性質を考える上でも非常に大切です。その子がそうなっている要因というものはほとんどの場合、紫陽花でいう土壌のように目に見えない事柄が関係していますし、それによって青っぽい性質を引き起こしていたりピンクっぽい性質を引き起こしていたりするわけです。そしてそれらを考察するに当たっては、"要因"しているものを理解出来るだけの正しく幅広い知識、そして膨大な量の観察が必要となります。土壌のpHは酸性かアルカリ性か、土にアルミニウムがどの程度含まれているか、水分量はどの程度あるのか、肥料やその他の外的要因はどんなものがあるか等々、その子がその色を発するまでのプロセスやメカニズムをしっかり考えます。その上で、「だから今こんな状態なんだろうな」というふうに性質を考察するわけですが、一番やってはいけないなと思うことは、決め付けること、つまり"断定"です。もちろん120%原因がわかりきっている場合はまた別の話ですけれど、その子がその性質を発するまでの様々な要因を考察しているのはあくまでも観察者側であり、観察者側の知識下にある情報からその子の性質が割り出され、"推測"されているに過ぎないからです。これは観察者が知識を幅広く蓄えていれば蓄えているほど精度も上がる反面、"断定"しがちになるので非常に注意が必要です。「この紫陽花がピンク色なのはここだけ土の性質がアルカリ性に寄っているんだな」と断定したはいいものの、後からその紫陽花を植えたひとに訊けば「いや、その紫陽花はもともとピンク色を発色する品種なんだよ」というように全然見当違いの答えを得ることもあるからです。人間の性格や性質ともなればその要因はより複雑に絡み合っており、それらは幼い子どもに対するものであっても、ひとりの人間の知識量だけで「こうだ」と断定出来るほど安易なものではないのです。ですから、その性質に対し何らかの対策を講じる必要がある場合、性質に要因しているものというのは、あくまでも可能性のひとつとして自身の知識から斡旋する必要があります。要因が可能性のひとつであるならば、対策行動に自由度が生まれ、選択肢の幅が凝り固まることなく拡がって参ります。例えば、ある売店に「このお菓子が欲しい」と泣きグズっている子がいる場合、ひと目見ただけなら「そのお菓子が食べたいからぐずっているんだな」と断定しがちです。しかしそこに"普段そんなことは全く言わない子"という情報が加わると、果たしてただ「そのお菓子が食べたいからぐずっているんだな」と決め付けられるでしょうか。色味や質感など味覚以外の要素がその子の琴線に大きく訴え掛けるお菓子である可能性、そのお菓子の付録が友人間で大流行していてどうしても欲しいという可能性、そしてただそのお菓子が食べたくて珍しくぐずっているという可能性。「ただそのお菓子が食べたくてぐずっている」という状況ひとつにしたって、前日何か大きな行事があって子どもの身体に疲労が蓄積しており、単純に疲れて訳が分からなくなっている場合や、身体が本能的に糖分を欲しているのに言葉が足らなくてグズっているだけに見えている場合もあります。当たり前ですが、ただグズって泣いている見ず知らずの子どもを一瞥しただけではそこまでの情報量を得られませんから、当然「そのお菓子が食べたいだけだろう」という断定をして「じゃあそのお菓子を買い与えればはい終わり」という話にはなりがちというわけですね。しかしその子に対する前情報や前提となる人間発達の基礎知識が多ければ多い程"あの手この手"で対策を立てられるようになるので、「これはこうだ」と断定せずに様々な可能性からひとつの対策を講じ、効果が得られなかったからといって動揺せず別の可能性に対して柔軟にアプローチしていくのが殊勝だと私は思います。そして、その子どもに対してだけではなく親御さんに対しても、全てが最も良い状態で落ち着くことが"最良の選択肢"というものであり、それは親だけでも、子どもだけでも、はたまた教師だけであっても、"いち個人だけの力では得ることすら出来ない選択肢"です。人間はひどく複雑な生き物ですから常に最良の選択肢だけを選んで生活することなんて出来ませんし、選択肢を選んだ後で最良だったか最悪だったかどうかがわかることの方がほとんどですから、なかなかままならないものではあるのですけれどもね。しかし私の経験上、その中でもトップクラスで"最悪の選択肢"を選んでしまう原因となるものが、物事を"断定"してしまうことです。物事というものは決め付けた瞬間から、それに対する行動の選択肢はほぼ全て失われてしまいますから、結果として円滑にその物事が進んだとしてもどこか見えないような位置に遺恨が残っていたりするものです。ですから決め付けは絶対に良くないと、私は思うのです。「TOMOTに質問すると反応がワンテンポ遅い」と思われる方は結構多いのではないかと思うのですが、このひとの場合は質問に対する要因検索を可能な限り脳内で拡げているだけなので、決して返答を躊躇っているのだとかボーッと聞いているのだとかそういうことではないので用法容量を良くご理解した上でご使用下さい。ご不便ご迷惑をお掛け致しまして、この度は何の話をしているのだかよくわからなくなって参りましたが、一先ず心よりお詫び申し上げます。いや、まあ、本当にボーッと聞いているわけではないんですが、他人様より脳処理の速度は遅めなのではないかなとは思います……涙もちろんイリナ周りも含め、私の周囲には誰も傷付かない温かい言葉を本心から瞬時に返される方々が大変多くいらっしゃるので、皆様素晴らしいなあすごいなあと常日頃から思っております。私もそうありたいものだと、心から思いますね。さて、紫陽花の話から例の如く良い感じに訳の分からない話になってきたので、今週のイリナの様子と子ども達のお話をします。保護者様から頂きましたユリが徐々に咲き始め、今週末頃には多くの花が開いておりました。年中さんの中でも大柄な子ですが、この子の背丈より大きいですね。「このままどんどん大きくなって天井についちゃったらどうする?」と訊いてくるので、頂上部にある花が咲いちゃったらもう伸びないんじゃないかという現実的な話は置いておいて、「そうなったらもう先生でもお花の匂いは嗅げないなあ」とお返事しました。「このまま宇宙まで伸びたら良いのにねえ」と楽しげに話をするので、そうなったら"ジャックと豆の木"に"イリナのユリの花"が勝てるなあと意味深なことを考えながら微笑ましく拝聴しておりました。さて、言語の棚ですが、ようやく思い描いていた状態まで整え終わりました。各トレイには様々な言葉の紙が入っており、それらがクリップで留まっているのですけれど、このクリップ受けが欲しいなと思う今日この頃です。ペットボトルのキャップくらいのサイズ感で良さそうなので、少し加工して着色しようかなとも考えておりますが、そこまで手間暇を掛ける余裕があるかどうかはまた別の話ですね……。そんな言語の棚でいう"形容詞"のお仕事をしている彼ですが、形容詞を探す為に家から恐竜の小図鑑を持参して、一生懸命調べておりました。こうして大好きなものを自分の活動に生かしていくのはとても良いことだと思います。ひとつ恐竜を決め、例えばティラノサウルスだったら「ティラノサウルスは"どんな"恐竜?」と訊くと「強い」という形容詞が出てくるので、ノートに"つよいティラノサウルス"とメモしていっております。「プテラノドンは"どんな"恐竜?」と訊くと「翼がある」というふうに、形容詞がない返答もままありますが、それはそれとして楽しく活動しておりました。イタリアにいたときエティモロジー(語源)のところで、「Dinosaur(ダイナソー)の語源はギリシャ語であり、英語でいうと"TerribleLizard(恐ろしい爬虫類)"の意味になる。"terrible lizard(ひっどい爬虫類)"の間違いじゃないかね」と先生がジョークを言っていたことをふと思い出して私は彼の隣でこっそり笑っておりました。最年少さんの男の子、スポンジ絞りのお仕事をやっております。私の提供を良く観察しており、「スポンジがお水吸ってる吸ってる」と言ったところまで吸収してしまい、いざ彼がやるとき器にスポンジを入れた後「すぽんじがおみずすってるすってる」と連呼するように……。大変失礼致しました……汗その後私が離れた後も幾度となくスポンジ絞りを繰り返しており、計8回くらいは行っておりましたでしょうか。机が水浸しになっていたので、彼が教具から離れ始めた頃合いを見計らい、一緒にその机へ戻って片付けをし、雑巾の場所を話して渡すと一生懸命その机を拭き始めました。その途中で疲れてきたのか「半分は先生が拭いて!」というので、「先生はここまで(机の1/4くらい)お手伝いしますよ」と言うと、写真の通り頑張って3/4ほど拭き取っておりましたね。"片付けまでがお仕事"とはまさにこれのことで、こういった日々の細かな繰り返しと、オトナの都合で「良いわ良いわ」にしてしまわないちょっとの後押しが、子どもに"別の子達がこの机を使える状態に戻す"為の活動のきっかけを作り、少しずつ環境や他人へ配慮出来る性質を子どもの中に築き上げていきます。大人がやってしまえば息をするように簡単に片が付くことなのですが、子どもが自分の活動に責任を持って一生懸命取り組み、「ピカピカだから次にこのお机を使う子が喜ぶね」とひと言添えてあげるだけで、もしくは添えなくても、活動を達成することでその子の中には目に見えない大きな成長が起こるのですから何とも喜ばしいことです。そして、子どもが一生懸命机を拭いて達成感を得てから場を離れた後、拭き溢れてびしゃびしゃになった床を教師が片付けるわけです。笑もちろんもっと歳の大きな子だったら床まで掃除してもらいますし、そこは状況判断となるわけですけどね。そのような目に見えない性質を築き上げる為には、成長を把握する為の日頃の観察、その観察から得られた情報を基に行われる子どもに対する最小限のサポート、そして成長が起きることを許容してあげる為の膨大な時間が必要になります。この世界にある全ての事象は"段々"と変化を起こしていくのです、植物の背丈が伸びることも、季節が移ろうことも、急激に変化する"爆発"であっても素材→着火→起爆→誘爆→大爆発→減退→鎮火というふうに"段々"変化が起こります。とりわけ目に見えない性質、"成長"の築きというものは不可視であるだけに認識しづらく、またその変化速度も決して急激なものではありません。日々積み重ねて、日々成長を繰り返し、何日も何ヶ月も何年も経って初めて「こんなに変わってる」と実感出来るものです。しかしその初歩である"積み重ね"無くして"大成"はあり得ませんから、長い目で忍耐強く大らかに、子ども達との毎日を意識的に過ごしていきたいものですね。私自身かなり結果を急いてしまう気があるのですが、これはますますグローバルネットワーク化が進み、調べ物の答えが一瞬で見つかってしまう昨今のほぼ全てのひとが持つ現代病でもあると思うので、殊、人間の成長はこの限りではないことを心しておく必要があると思うのです。大人の成長にしたって、例えば絵が上手く描きたいからと思った瞬間に、突然絵が上手くなるはずもありませんし、理想とする位置までの猛烈な努力が須く必要となります。子どもの成長も同じことで、突然何かが出来るようになったり、急に物を雄弁に語り出したりはしませんが、留意すべきことは"たいてい大人は出来てしまうからもどかしく感じてしまいがち"であることです。子どもの成長の機会を決して奪わず、また何か援助が必要な事象に対しては断定せず、「変化が見えない」と嘆くのではなく「見えないものをゆっうり築いている」意識を持って楽しい生活を送っていきたいものですね。長くなってしまいましたが、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、イタリアから帰って生活に戻り、忘れ掛かっていた自身への向上心をちゃんと意識下に置こうと本記事を書きながら思ったTOMOTからでした。

  • 07Jun
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      新たな年度の子ども達

      どうも、TOMOTです。非常事態宣言が明けて2週間が経ち、再び感染者数が増加傾向にある昨今、皆様如何お過ごしでしょうか。外出自粛要請が解除されて少し気を抜きがちになってしまいますが、私達が相対しているのは目に見えないウィルスであることを再認識し、しっかり対策を講じつつおひとりおひとりがちゃんと危機意識を持った上で楽しい日々を過ごしましょう。非常事態宣言再発令なんて事態は何としても避けたいところですね。とはいえこれからますます暑くなって参ります、マスクの息苦しさからひと息入れる為にも、場所を選んでこまめに水分補給しましょうね。さて、先週から着実に続けている教具制作の進捗ですが、作らなきゃいけない系のものはひと通り揃ったように思います。特に製作量の多かった言語の棚、まだ買い足すものこそありますが、ほぼほぼ完成と言っても良いのではないでしょうか。他の先生が買ってきて下さった箱を頂いて、過去の教具もリニューアルしたりしました。製作者として「ここはなぁ……」という要素が全くないわけではありませんけれど、それを差し引いてもなかなか良い感じです。また、ご協力下さった方々には最大限の感謝を。あくまでも前回記事でボヤいただけで、本当に、決して、断じて、催促したわけではなかったのですが、なんとイリナのお母様の中で過去に絵カードを製作した方がいらっしゃいましてそちらを譲って下さいました。嬉しいですね、頂いたその日に設置したので、既に何名かの子ども達と一緒に活動出来ました。前回のモンテッソーリ教師トレーニングセンターの卒業試験国際試験官として来日して下さったナン先生は、「教室には絵カードを4〜5セット置いておき、倉庫には絵カードを40〜50セットストックして下さいね」と仰っていたのでちょっと戦々恐々としておりますが、まずは貴重な初セットです。「一先ず教具が一通り教室に揃っている」という安心感は、モンテッソーリ教師にとって非常に大きいです。教具が教室にない状態というのは、何というか、大工さんに向かって「スペースだけあげるから工具も材料もなしで家を作れ」と言っているようなものだと、……いうのは言い過ぎかもしれませんけれど、なんかそれに似た強迫感のある状態な気がしますね。絵カードの他にも、行動遊びをリニューアルして下さった過去のイリナ卒園生のお母様がいらっしゃり、本当にイリナはお恵みの多い園です。いつも温かいお心配りとご協力を下さり、本当にありがとうございます。皆様のご協力により私の睡眠時間がどれほど伸びたことか。(切実 笑寝不足が続くと保育の質も下げてしまうので最低ライン5時間はちゃんと毎日寝ないといけないと思い、実は教具作りはある程度長期戦を覚悟していたのですけれど、必要な教具は本格的な保育が始まる前にほぼほぼ揃ってしまうという大快挙です。お陰様で体調良く過ごせております、本当にありがとうございました。さて、現在イリナではソーシャルディスタンス保育もとい、分散登園&分散活動を試みつつ保育を再開しております。子ども達としても久し振りに会う友達と話したり遊んだりしたい気持ちが強く、教師側としましても全部を全部禁止してしまうのは精神的にも物理的にも不可能なのですけれど、それでも子ども達なりに状況を理解し努力しております。本当に健気な姿ですね。とはいえ、従来の教育観からこの写真を見ると「可哀想な姿だ」と捉えてしまいがちですが、モンテッソーリ教育の観点からこの写真を見れば「それぞれの子どもが自分の選んだ活動に集中して取り組んでいる」と捉えられるわけです。事実、子ども達は周りの騒音にも我関せずで活動しており、わからなかったり用があったりすれば私達を呼びに来ます。ですから、子ども達の心理状態として「寂しいな、つまんないな」という感情はなく、自分の活動に"集中"状態にあるということですね。なので私も"可哀想"ではなく"健気"と評するわけです。この時世の子ども達が置かれているちょっと特殊な状況下でありながらも、お部屋には出来ることがたくさんあり、それによって子ども達は自分作りをしております。なにしろ子ども達は整えられた環境を使って"集中"しておりますから、こちらがあれやこれや企画したり子ども達にくっついて回る必要がなく、必要なときに最小限のお手伝いをすることが可能となります。ここがモンテッソーリ教育と教具の素晴らしいところです、文字通り"自分作り"は"自分(当人)"でしか出来ませんから、その子の精神的及び身体的な成長を促してくれる"環境"が最も大事ということ。では教師は必要ないのかと言えばもちろんそうではなく、子どもにとって教師は園内での人間モデルであり、必要な支援を必要なタイミングで必要なだけ行ってくれる大切な"環境の一部"であります。モンテッソーリ教育は全ての調和が素晴らしいバランスで取れているので、こういったコロナ禍の状況下でも悲観視することなく、かつ最大限に子ども達は成長出来るわけですね。園内におきましては、それぞれに自身の活動を展開していく子もいれば……(早速去年度の続きを始めておりますが、書く力も読む力も2ヶ月前とは全く別人のようですね。休園中も大きく成長していることを実感します。)(以前の記事で紹介した嗅覚筒で活動しております。前に活動した子が別の筒に別の蓋をはめてしまったようで、臭いがかなり混ざっていましたが、彼女が全てはめ戻してくれました。「ワンちゃんみたいですごいね」と言ったら「わたし猫派」と一蹴されました。)マスクフル着用でお友達と協力しながら活動する子もいたり……(ニドICクラスからの仲良しコンビ。自身のちょっぴり足りないところを互いに協調しながらカバーし合っていて、すごいなあと感じます。自身と意見が少しでも違えば言い争い、掃討し、排除する今時の大人にこそ見習って欲しい姿です。人間は他の動物よりコミュニケーション能力が遥かに高いわけですから、争いがちになるのもわかるのですけれど、相手を認め合って協力すれば自分一人では到底成し得ないことも出来てしまうのが人間の本質であると私は思います。)(同学年ながら去年度はほぼ全く絡みのなかったふたりが、一緒にお仕事をしておりました。左の子が右の子に「何で赤バッチ(年少カラー)つけてるの?」と訊ねたら、右の子は「だって赤バッチになったんだもん!」と怒り出しました。きっと入園タイミング的に左の子は右の子をひとつ年上だと勘違いしており「何で黄色バッチ(年中カラー)じゃないの?」と訊ねたつもりだったのでしょうが、右の子は左の子に「まだ桃バッチ(最年少カラー)でしょ?」と冷やかされたように思ったのでしょうね。遠目で観察しながら笑ってしまいました。その後「そっか〜」と左の子が納得して、何事もなかったかのようにお仕事を再開しておりました。)進級して年上となり、今度は以前自身が先輩方からしてもらったように年下の子のお手伝いをし出したり……(「これはなに〜?」と訊く最年少さんに「これはね〜……」と一生懸命お話している年中さん。まだ読めない字もあるのですが、その辺りは自身の知識でカバーしながら「葉っぱを食べるんだよ」と追加情報を入れてあげたり、とても素晴らしい光景でした。縦割り保育の良さですね。)新たなお友達関係を築いて一層活発になったり……(イリナで新しいお友達関係を築くふたり。切っ掛けは水槽にいるカニを観察しながらお話を始めたところで、今ではふたりでお部屋を走り回っております。「お部屋は歩いてね〜!」と都度注意するのですが、浮き足立っちゃっておりますね。新しいお友達が出来るってすごく嬉しい事だよなあとしみじみ理解はしつつ、転んで勢いよく棚にぶつかって大怪我をしたら大変なので粘り強く注意を続けております。まあ、この喜びは本当に良くわかるので難しいところなのですけどね。笑)ともかく子ども達を観察していると、本当に豊かさを感じます。子ども達の過去からの経験や積み重ねがあって起こる現象、未知との遭遇や新たな挑戦、時には泣いたり苦しんだりしながらも着実に乗り越えて大きく成長する姿、ひとりひとり体面だけでは想像だに出来ないような細かくも深いエピソードを持っており、このエピソードを紹介したくてブログタイトルを「イリナの小さな物語」にしたんだったなと思い出しました。"小さな"子ども達の、大きな"物語"です。まあ、結果として「ちっちゃい物語集」みたいなタイトルになっちゃっていますけれども。笑でも今紹介したようなたった数枚だけの写真の中にも、ひとつひとつにこれだけのバックグラウンドや子ども達の成長が詰まっていて、その生き生きとした姿を園だけに仕舞い込んでおくのは本当にもったいないことですよね。そういった意味でも、当ブログに協力して下さっているイリナの保護者様並びに子ども達へ心より感謝申し上げます。毎回とても楽しく記事作りをさせて頂いている反面、少なく限られた写真の中でどれをどう紹介するか非常に頭を抱えておりましたが、また今年度もこうしてイリナの様子をお話させて頂けることを大変誇らしく思います。とはいえネット上で悪質な行為が蔓延するこんなご時世ですから、調査を取らせて頂きました各ご家庭のご条件を強く尊重し、今後も記事作りに励んで参りたいと存じます。この場をお借りして御礼申し上げます、本当にいつもありがとうございます。さて、後日談というか何かそれ的な話です。イリナの入り口にビワの木が生えているのですが、今年もいくつか実を付けてくれたんですね。しかしオナガ達が食べに来ちゃって、実が結構落とされてしまいました。なので、オナガ達の分をいくつか残しつつ、残っていた実の8割くらい収穫。洗浄して冷蔵庫に入れておいたので、来週みんなに分けたいと思います。袋に入れて配り、おうちに持って帰ってもらう予定ですが、ビワのアレルギー(ってあるのでしょうか?)をお持ちの子がいらっしゃいましたらご留意下さい。今のところそういったご報告はどのご家庭からも受けていないので、大丈夫だと思っておりますが念の為。種を育てたらまた発芽しますかね、今度エレメンタリーの子達と一緒にやってみようかな。さて、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、次はそろそろエレメンタリー教具作りの続きを始めようかなと企てているTOMOTからでした。

  • 31May
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      新環境設定&久し振りの登園日

      どうも、TOMOTです。イリナでは、先日の金曜日から保育が再開となりました。午前と午後で子ども達に分散登園してもらう特殊形態下での保育となっておりますが、数ヶ月振りに皆さんとお会いできてとても嬉しかったです。いまだに感染者数が増えたり減ったりする難しい情勢であることへ留意しつつも、また楽しく保育していきたいですね。現在私はイリナの幼児クラスに加え、エレメンタリークラスの管理と教具制作、教師トレーニングセンターのお仕事のお手伝い、コロナウィルス対策に関する書類作成業務、当ブログ記事作成等々、足はふたつしかないのに四足も五足も草鞋を履いている状態なので、とにかくひっくり返らないよう気を付けております……Hahaha8月末までは4〜5月のコロナ閉園の代替え保育として土曜・祝日が全て出勤状態になり、このタコ足状態で向こう3ヶ月間は日曜日しか休みを取れないので、ブログがサボり気味になったら嫌だなあと思ってはおりますが、思っただけで実際そうなってしまったらすみません。タコ足状態でもイカ足状態でも力尽きるまでは取り敢えずやってみようと思うので、ご協力のほどよろしくお願い致します。力尽きるっていうのは、体調崩してダウンするという意味ではなくて、自分の限界ギリギリを見極めて何か取捨選択しなければならない状態に陥るまではって意味ですよ。5月末にしてこの暑さですから、マスクして息苦しく過ごさなければならない現状を考えると、夏前に茹でダコになりそうですけどね。もう既にゲッソりです。お後がよろしいようで。なんのこっちゃ。さて、子ども達が登園する1週間前からイリナにしっかり出勤し、職員は環境設定を見直しておりました。最新版のモンテッソーリ教育では子ども達のお仕事の提供方法や順序が昔と若干変化しているので、2ヶ月も子ども達が登園出来ていない状況を逆に好機と見て、教具棚の中身や配置ををがっつり変えたというわけですね。自分は感覚・言語・数の教具を買い足したり、作り替えたり、配置し直したりしたわけですけれども、地味に大変なのが言語の棚でした。流用出来そうな教具、まだ現役で使えそうな教具は残しつつ、新しいものはPCで打ち直したり作り直したり。この写真は少し前に撮ったものなので、現在はもう少し物量が増えていますが、それでもまだ大手を振って「準備完了」と言える域ではないと思っております。必要条件として、全活動が提供出来る状態にはしたいですよね、十分条件はそのあと満たせば良いわけで。絵カードとか簡単なやつ誰か作ってくれないかなあ。それと、以前どこかで記事にしましたが、感覚教具に嗅覚筒というものがあり、その中身も買ってセット致しました。過去の経験上、液体や固体だとすぐカビちゃって衛生的に良くないので、なるべく粉物を集めてきました。子ども達が来た金曜日、皆楽しそうに教具を使っておりましたが、どの子の活動を見ていてもコーヒーとカレーは比較的人気でしたね。シナモンは「知ってる匂いだけど(名前は)わからない」という子が多かったです、抹茶も「おちゃ!」と言うので何茶かまでは難しいようですね。バニラビーンズはダメですねあれ、液体にして初めて「あ、バニラだ!」とわかる匂いになるみたいで。ビーンズの状態だと、なんでしょう、なんというか、うん、「くっっさ!」と子ども達が言うので、心の中で「ダヨネ〜」と呟いておりました。容器に匂いが移る前に中身変えなきゃな、あれは。新体験枠として八角を用意したのですが、これまた「くっっさ!」という反応でした。「くっっさ!」と言いつつ何度も嗅いでいる場合、それは子どもの語彙力が足りないだけで「癖になる未知の匂い」ということで大成功だったわけですけれど、「くっっさ!」と言ってそのまま棚へ戻したので本当に臭かったんでしょうね。笑まあ味とか匂いは好みがはっきり分かれるので、まだ一概に失敗したとは言い切れませんが、これも中身の変更を検討しております。柚子とかみかんパウダー辺りの柑橘臭があれば欲しいので、粉になっている柑橘類の売り場をご存知の方はご一報下さいませ。オレンジフレーバーティーとかでもいけるのかな。別口で和の嗅覚筒を作りたいなと以前から思っておりましたが、納豆とかくさやとか危険臭漂うものばかり頭に浮かんでくるので一時的に断念しました。ええ、まだ諦めてはおりません。諦めませんよ……ふふふハーブの嗅覚筒とお茶の嗅覚筒は物さえ揃えば作れそうですね、こちらは追々。金曜日は子どもが少ないのを良いことに書類だの教具だの作りながら仕事していたので、あまり写真を撮りませんでしたが、この1枚は非常に秀逸でした。見て下さい、彼の左手。この左手を見るだけで、お仕事に対しどれだけの意識と集中力が伺えることか。目の前にいる私のカメラワークなんか完っ全に無視して、慎重にアーチを作っておりました。数ヶ月振りに園舎へ来て教具と触れ合うお子様方、度合いや雰囲気はそれぞれ違いますけれども、集中する姿は一様に惚れ惚れしてしまいます。また来週から子ども達とお仕事出来ることがとても楽しみです。金曜日にお配りした園の当面の感染症対策ガイドラインにも記載しましたが、今後しばらく土曜日と祝日が登園日になりますけれどこれからますます暑くなりますので、お子様を観察し体調不良や違和感をしっかり感じ取って臨機応変に登園・休養をお選びになって下さいね。生命あっての成長ですから、くれぐれもその順序だけは履き違えないようご留意下さい。前回記事で「来週は頑張る予定」と書いておいた手前この短さはちょっぴり心苦しいですが、多忙につき今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、日曜日しか休めない状況に身体を慣らす為全ての業務を日曜日以外で終わらせる訓練を実行中のTOMOTからでした。

  • 24May
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      今週はお休み

      どうも、TOMOTです。今週は諸々の事情によりお休み致します、私の記事を毎週楽しみにして下さっている方におかれましては心よりお詫び申し上げます。ちなみに体調不良等では全然ございませんので、ご心配なきようお願い致します。ただただ記事をお休みするのもあれなので、軽い運動がてら散歩している間に撮った写真を貼っておきます、自粛疲れの保養にどうぞ。笑撮影場所はほとんどイリナ周辺&庭の中ですね。お休みの間もきちっとお花を管理して下さってありがとうございました。イリナの周辺&庭にある植物の図鑑を作って子ども達に見せてあげたいですね。遠足のときとか、一層楽しくなるだろうなあ。ついでに我が家にある立ち上げてまだ数週の水槽の動画も貼っておきます。皆様も体調に気を付けて、まったりお過ごし下さいね。では、いそいそと失礼致します。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、来週はちゃんと更新を頑張る予定のTOMOTからでした。

  • 17May
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      "禁止・代行・放任"について

      どうも、TOMOTです。今回は、前回記事でお話した、モンテッソーリ教師の鉄則である"禁止・代行・放任"をしないということについて私の理解しているところをもう少し掘り下げてみようかなと思います。早くイリナの子ども達のお話を書きたいなあと思いつつも、閉園状態ではこんな理論的な内容の記事ばかりになってしまいますことをお許し下さい。しかしこの話はモンテッソーリ教師のみならず、子どもを持つ親御さんにとっても非常に重要なことなので、今回この場をお借りして書かせて頂こうと思います。さて、モンテッソーリ教育における"禁止・代行・放任"についてですが、そのうち"禁止"に関してはそれとなく前回記事でお話させて頂きました。改めて読んで頂ければお解りになると思われますが、要するに「あれはダメこれはダメ」という表現をしないということが重要になります。包丁を例に挙げるなら、「刃は危ないから持っちゃダメ」というのではなく「包丁はこの柄を持つと良いんだよ」という表現を使います。子どもの心理の場合は、大人でいう「ダメと言われるとやりたくなる」心理とは少し違って、「ふーん危ないのかあ」と確認する為に触るので悪気はないのですけれど、そのような面でもこの表現法は大切ですね。もちろんこの"禁止"を考える上で、これが言葉や表現としての重要性を持つだけではなく、"代行"ともその内容が密接に関わって参ります。例えば「ハサミは危ないから使っちゃダメ」、「戸は手を挟むから開けちゃダメ」、「箒を荒っぽく掃くと床を傷つけるからやっちゃダメ」、「水道は出し過ぎるから開けちゃダメ」……etc.とまあ、枚挙に暇がないこの"禁止"ですけれど、一見するとひとつひとつに的確な大人の事情があるんですよね。そう、大人の事情はあるんです。子どもに手を怪我して欲しくない、賃貸の床を傷めるわけにはいかない、水道代が懐を圧してくるのが辛い、……非常にわかります。でもそれらを全て"禁止"することで、子どもはそれらを経験して訓練する場を逐次逃している状態となるわけです。するとどうでしょう、大袈裟な表現ですが、事実子どもはそれらのことを何ひとつ習得出来ないまま大人になるわけで。つまるところもしその子が大人になったとき、親がその子に対して「そんなことも出来ないの?」と言う場面が奇しくも生じてしまったとすれば、それは完全にして盛大なるブーメランだというわけですね。「そんなことも出来ないの?」という言葉は、裏を返せば「私はこの子に練習の機会を与えない親でした」とほぼ同義であるということは胸に留めておいて損ではないと思います。もちろん全てが全てそうではないので、あくまでも"ほぼ"全てなわけですが。では仮にある物事を"禁止"してしまったとして、しかしそれが行われなければならない事象の場合、いったい誰が行うのかという話になって参ります。例えば「手を挟むからドアは開けちゃダメ」と言ったはいいものの、ドアを開けなけれ家には入れません。そうなるともう、ドアを開けるという行動基盤は全て、大人が"代行"するわけですね。まあ戸の開け閉めがどうこうというは"禁止"的な側面から見た大袈裟な例ですけれど、子どものためを思い良かれとやっていることが、実は全く対極の結果を生むことになるなんていうのもままあることです。そんな"代行"そのものを直接議題に取り上げる場合の良く聞く例として、子どもの着替えを全て大人がやってしまうという話があります。「まだ子どもだから」とか「もう時間がないから」とか、そのような大人の価値基準や事情が、本来当人のやるべき行動を"代行"してしまうわけです。しかしこれらのような理由を付けて何でもかんでもやってあげてしまうと、結果として子どもは何ひとつ練習出来ない、つまり成長がないまま背ばかり大きくなってしまいます。これは本当に恐ろしいことで、当然これもまた先述したように、親は完全にして盛大なるブーメランを自身へと投じることになります。ですから、その子が悩んだり苦戦したりして努力しなければならない姿を見るのは少し可哀想に思える気持ちはとても良くわかるのですけれど、子どもが練習して上達することの出来る絶好の機会を大人の都合で"禁止"もしくは"代行"しないで頂きたいなと思います。後述しますが、もちろん明らかに子どもが出来ないようなことを「自分の為だからやりなさい」と言うのは全く明後日の方向に迷走した話になりますので、その辺りはしっかり気を付けなければならないところなのですが。また、"代行"というものは往々にして、子どものわがままを助長する原因にも繋がります。「大人がすべてやってしまう」⇒「自分は何もやる必要がない」⇒「どうしてやってくれないの?」という思考回路が育ち、さらに泣いたり喚いたりすると大人は周りの目を気にして"様々なことを代行"してしまいがちですから、「泣けば何でもやってくれる」という刷り込みが起こってこれはもう負のスパイラルです。場合によっては、親は「守りたい、お世話をしたい」という本来正しいはずの心理が偏った方向に進み、またそれを受けた子どもは「守られたい、甘えたい」という子どもらしく可愛らしい心理がこれまた偏った方向に育ち、互いに依存状態となってしまっていることすらあり得る話です。ここまで進行してしまっている例は本当に稀ですけれど、逆に言えばここまで行ってしまうと互いに盲目状態となっているので、外部からの声はほぼ遮断してしまうか「うちの教育にケチつけないで」と悲しくも感情を露わにするケースだってあります。そこから先はもはや治療が必要な域になるので、そうなる前に親御さんは我が子に対する自身の対応を俯瞰視する必要が出てくるわけです。最後に"放任"ですが、これは考え方としては非常に厄介で、もちろんながら"禁止"及び"代行"と親密な関係があります。簡潔にお伝えしますと、「どうぞご勝手に」という言葉を発するときのイメージが一番近いのかなと私は思います。大人がこの言葉を受け取ると、もちろん心象としてはよろしくないわけですけれど、捉えようによっては「ああ、自分の自由にやって良いのか」と少し前向きに受け取る事も出来なくはないこの言葉ですが、子どもからすれば「どう自由にやるの?」という恐怖にも似た心理状態になります。そもそも「自由にやる」という行動は、行動する側にある程度の正しい知識・技能・選択肢があるから成り立つものであって、それらを行動する側が持ち合わせていなければ当人は完全なる放置状態、つまり"放任"された状態になるわけですね。想像してみて下さい、乗っていた飛行機のコックピットにいきなり呼びつけられて、「どうぞご自由に?」と突如操縦席へ座らされたとしたらどうでしょうか。目の前にある意味不明な大量のボタンとレバー、乗っている他の乗客の命、傾く機体、迫りくる地面。自分に正しい知識と技術と選択肢がない状態で「勝手にやれ」と言われても、当人は不安もしくは恐怖にしかならないんですよね。大人は自分の尺度で物を言いがちですが、これが"放任"を起因する恐ろしいところであり、さも「そんなこと出来て当たり前でしょ?」とでも言うように子どもへ"自由を強要"つまり"放任"してしまいます。しかし"大人の当たり前"は"子どもの当たり前"ではありません、このことをしっかり認識してあげる必要があるわけです。やけくそになって飛行機を操縦してもおおよそ上手くいくはずがないように、放任された子ども達が行動を通して成功体験を得られる確率は非常に低いものとなって参ります。脈々とここまで綴ってきた"禁止・代行・放任"のお話ですが、これらの大きな共通点として、"子どもの自己自信"を酷く削り取ってしまうことが挙げられます。心理的な作用として"何もしてはいけないor何でもやっていい"という状態は「自分は何も出来ない」という茫漠とした不安や恐怖を子ども達の中に植え付けてしまい、結果として将来は「自分は無能な人間なんだ」と自己否定にすら走ってしまいます。これが今回の議題において、最も恐ろしいところです。では、如何にしてこれらを解決していくのか。ハサミや包丁の話を"禁止"の例として挙げましたけれど、ならば全ての子ども達にハサミや包丁を与えることが"禁止"を回避する上での正解なのかと言われると、当然ながらそうではありません。例えば口に物を入れて周辺探索を行う0〜2歳半くらいのお子様に対して包丁なんて与えた日には恐ろしい結末が想起されますように、その子の成長及び発達段階によっては使用させない・代わりにやってあげることも必要になります。この場合の"使用させない"というのは、例えば子どもの手の届かない場所で保管するだとかそういう方法・手段的なものであり、これは子どもの発達段階における環境設定の話になってくるわけで、私が先程から議題にしている「あれはダメこれはダメ」といった"禁止"とは全く別のものであることをご理解頂く必要があります。字面から考察してしまうとどちらも"禁止"であるわけですが、"子どもの成長の場を阻害し潰してしまう行為"であるか"子どもの発達段階における環境設定としての使用制限"であるか、こう表記するとそこに大きく明確な違いが見出されると思います。このようにモンテッソーリ教育における"禁止・代行・放任"は字面額面だけで理解出来るものではなく、そのニュアンスを得る為には相応の訓練が必要になります。先述したように、何を許可し何を渡すかはお子様の成長と発達の度合いを非常に熟慮する必要があり、こればかりはそのお子様を観察して情報を得るより他に術がありません。モンテッソーリ教具にはどんな発達段階の子どもを対象としているのか、つまり対象年齢というものが存在しており、発達目まぐるしいこの年齢の子ども達へ的確に活動を提供してあげる為に、やはり大まかな条件が定められています。もちろん教具の対象年齢は必ずしも厳守されるものではありませんが、つまりはその年齢相応の発達が成されていることを"子どもの観察"によって判断する必要があるというわけですね。その上で、例えば「この子にはもう包丁を持たせても大丈夫そうだな」と判断出来れば、"禁止・代行・放任"をしないよう意識しながらそのような活動を展開していくのです。つまり「この子なら包丁を持たせても大丈夫だな」と判断した子に、「包丁はこの柄を持つんだよ」と言って"禁止"せず、「まず先生がやるから見ててね」と言って"放任"せず、「次は君の番だよ」と言って"代行"しないことで活動を展開して参ります。この例をそのまま"禁止・代行・放任"した場合に当てはめると、「包丁使いたいの?危ないからダメだよ、ほら先生が全部切ってあげたから。え?自分でやりたい?あっそ、じゃあ勝手にどうぞ」という状態になりますよね。これまた大袈裟な例ではありますけれど、これで子どものいったい何が育つのでしょうか。子どもの「やってみたい、挑戦したい」という気持ちを無視し、子どもが練習して上達出来る絶好の機会を奪い、挙句見捨てるように子どもを置き去るわけです。ただただ不安、ただただ恐怖ですね。こんなモンテッソーリ教師がいたとするならば、私は失礼ながら「この方は本当に有資格者なのか?」と小首を傾げてしまいます。ここまでご拝読下さった方はもう、"禁止・代行・放任"が如何に恐ろしいものかご理解頂けたと思います。以上の事を踏まえた上で、さて、ここからは解決策編です。私は可能な限り「怖いでしょう?やらないでね?」では終わりたくありません、ええ、可能な限り。笑しかし毎回注を入れますが、これらはあくまでも私の学んできたものと保育経験から来る個人的な見解であり、100人子どもがいれば100通りのやり方があるように、必ずしも私の議論が全てのお子様に当てはまるものではないということを念頭に置いてお読み下さいね。これら"禁止・代行・放任"を避ける上でまずすべき事は、当たり前ではありますが、大人が子どもの成長に対する明確な意識を持つことです。子ども行動には一切の無駄がありません、チックだったり病理的な行動はまた別に要因するものですが、それ以外のほぼ全ての行動はその子が成長する為に行われているものです。外で走って転ぶのも、机の下で立ち上がって頭をぶつけるのも、階段を上ったり下りたり無限に繰り返すのも、全てその子が"自分"というものを作り上げている過程です。走って転ぶから「これ以上スピードを出したら転んで痛くなる」と運動の調整が出来るようになり、机の下で頭をぶつけるから「まだここで立ったら頭を打つな」と空間把握が出来るようになり、日々の行動で足腰を鍛え、腕を鍛え、感覚を鍛え、成長しています。その大切な成長の場を、機会を、決して奪わないという意識を大人が持つことが大切だと思います。"奪わない"と言ってももちろん全てを子ども主体にしてはいけません、大人には大人の時間や計画があり、その範囲内で可能な限り子どもの成長を願ってあげることが重要です。次に、お子様をじっくり観察することです。今目の前にいるその子は何を知っていて、何が出来て、何に興味を持っているのか、じっくり観察してみて下さい。その観察が、次にお子さんに与えてあげられるものとそうでないものを判断する為の、大きな材料となります。例えば鉛筆もまだ持てない子にお箸の練習はさせませんよね、そこで知るべきはお子さんの手の成長具合であったり物の扱い方であったり、要するに"何が出来て何が出来ないか"を大人側が認識することです。鉛筆も持てないお子さんがどうしてもお箸を使いたがる場合、「もう少しお兄さん(お姉さん)になったら準備するから楽しみに待っててね」と言ってあげればそれは"禁止"にはなりませんし、業界では賛否両論ありますがエジソン箸を使うのも選択肢のひとつとしてはアリかなと私は思います。(もちろんずっとエジソン箸では困るので、もう普通の箸が使えると判断出来た場合は「今日からこのお兄さん(お姉さん)お箸を使おうね、お父さんお母さんと一緒だね」と言ってあげるだけでとっても喜んで子どもは練習を始めます)親と子という関係性においては、これらのことさえ踏まえていれば理論的に小難しくあれこれ考える必要はなくて、"この子が将来ちゃんと独り立ち出来ますように"という親御さんの深い愛情に従って都度判断していけばそれで良いのだと思います。そこから先、理論的に考えるのは私達モンテッソーリ教師の役目ですから、悩んだ時は私達を使って下されば良いんです。じゃあ今までの論述は何だったのかという話ですが、それでもやはり"禁止・代行・放任"は子ども達にとってかなり危険な大人の行為であり、その危険性を認識した上で大人は自分の行動を鑑みつつ子どもに愛情を注ぐことが重要だと思うわけです。時間や生活に追われがちな今日この頃ですけれど、その中で最大限の愛情を子ども達に傾けてあげて欲しいなと思います。長くなりましたが、この議題はこの辺りにしておきましょう。理論的に"禁止・代行・放任"を考えるとここで論述したことなどはまだまだ氷山の一角でしかありませんが、ここまでお読み下さった方の何かしらの参考になれば幸いです。最後に、イリナのお子様から園宛に届いていた作品をご紹介。くう、これ、可愛過ぎじゃないですかこれ!職員を自然のもので描いて下さいました、ありがとうございました。イリナ関係者の方は、どれが誰か当ててみて下さいね。TOMOTはー……、物理的にわかりやすいですね、しかもそっくり。笑他の先生も良く特徴を捉えていると思います、いやしかし可愛いなこれ。今度ちゃんと撮り直して、LINEか何かのアイコンにしようかな。笑はてさて、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、最近頑張ってブログを書いているので来週はシンプルなことを書こうかなあと眼を擦るTOMOTからでした。

  • 10May
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      "禁止"=「ダメ」ではない

      どうも、TOMOTです。非常事態宣言延長に伴い、イリナも5月度いっぱいは休園措置延長となりました。コロナウィルス感染者数は週を追うごとにだいぶん下方へと推移しており、依然として予断は許さないものの、皆様の外出自粛の頑張りが数値的に見えてきたのではないかと思います。努力の成果は確実に現れていますから、一緒にもうひと踏ん張り頑張りましょう。各教育機関が同意出来ることだと思いますけれど、特に幼児さんを扱う私達の業界としましては、なかなかテレビ電話授業とかオンライン講義とかいうものは仕様に限界があるというのが現状であります。殊、モンテッソーリ教育ではたくさんの教具を使いますので、一層その難度は高まっていくわけでありまして、お子様と現実を結びつける時期にネットで指導することは精神的にも物理的にも難しいです。そこでイリナでは4・5月度に休園した分をどこかである程度埋め合わせる計画を立てているわけですけれど、土曜日だとか大型連休だとかを利用していかなければなかなかこの補填も難しく、すると今度は子ども達の体力的な問題が発生して参ります。疲れというものは休まなければ取れませんが、しかしこの休みを利用しなければ子ども達の活動が立ち行かず、とはいえ休みを削るということは子ども達への負担が当然大きくなる。何をどう考えてもこのジレンマからは抜け出せないので、ひとつ覚えておいて頂きたいのは、登園再開となったからといって、決してお子様に無理を強いないで下さい。これはイリナの保護者様に関わらず、イリナと同じような措置を取っている保育及び教育施設にお子様を通わせている全ての方々へ言えることだと思います。お子様を教育から長期的に遠ざけてしまったこの期間ですが、"お子様の成長はどんな時勢でも止まってくれない"ことと同様に、"お子様の成長はどんなに焦っても急いでくれない"ということをしっかり念頭に置いて、お子様の「豊かな」育ちを第一に考えながら通園させて頂きたく存じます。この非常事態宣言が終わってもコロナウィルスが消滅するわけではありませんし、人間は体力が消耗すれば免疫力が大きく落ちますから感染リスクは高まります。もしお子様が感染すれば育ちに遅れが出るばかりでなく命の危機に晒され、親御様方も精神的に磨耗し、第二次的な悪循環がそこへ控えているわけです。イリナも休園が終了したからといって早急に「普段通り」の生活を再開することは出来ませんから、生活リズムや秩序感を必要とする3-6歳のお子様方には大きな精神的負荷が掛かりますし、日々良くお子様を観察して細かな変化をしっかり汲み取って頂ければ幸いです。頑張れるときに頑張ったら良いんです、疲れたらひたすら休む。「日々ちょっとの無理をする」という言葉は本当に素晴らしく、必ずしも「無理して頑張る」という意味だけでなく、「無理して休む」という意味合いも含まれるわけです。その緩急がお子様の現行の良い育ちに繋がりますし、将来的にはお子様の"正しい生き方"に繋がると思います。無理して努力しっ放しでは身体を壊して余計遅れをとるのが関の山ですから、こういう時勢だからこそ「これ以上やったら寝込むな」という限界点を把握することは、まさにコロナウィルスの二次被害がくれる素晴らしい成長の場です。大きな物事を乗り越えるときに、苦しみながら乗り越えるのか、ただただ乗り越えるのか、楽しく乗り越えるのか、もちろんどうするべきかは時と場合に寄るとは思いますけれど、どれを頻繁に繰り返すかによって将来の人物像はその性格性に大差を極めます。将来お子様が自分の足で未来を歩み始めたとき、誰にも気付かれないようなところで倒れてしまうようなひとになるのか、それともそのような他者の肩すら担いぎながらニコニコその先を進んでいくひとになるのか、そのくらい大きな差が生まれます。「その程度のことでそんな差が出来るかな……」と思われるかもしれませんが、「その程度のこと」の繰り返しがそのひとの人となりを作り上げていくのですから、その程度のことをそれなりに繰り返してそこそこ頑張るのが殊勝であると私は思うのです。難しいことをつらつらと連ねているようですが、一言でまとめると「登園再開となったら体調に気を付けながら楽しく毎日を過ごして下さいね」と言っているだけですからね。心配心から親御さんが焦って鬼のような形相で子ども達を教育現場へ急き立てるより、時に微笑みながら背中を押して送り出してやり、時に微笑みながら背中を掴まえてベッドへ寝かしつけてあげれば良いのだと思います。あ、いえ、変な意味ではないですよ、無理が過ぎそうになったらちゃんと休ませてあげて下さい、という意味です。笑どんな状況でも、その物事を楽しめるひとが至上であり最強だと私は思います。私は"そのようなひと"ではなく、"そのように努めているひと"なので、本物を実践出来るひとは本当にカッコいいなあとつくづく思いますね。話は変わりますが、昨今のニュースを見ていてちょっと嫌だな思ったことがありまして。日本の報道、というか日本人の多くの思考パターンにおいて、その行動原理の根底に"禁止"を置きがちです。「〜してはいけない」とか「〜やってはいけない」とか、そういったものが根底にあるから、ある種ものの言い方に"強迫感"が生まれてしまうんです。新型コロナウィルスの特性に、血管を痛めるので血栓が出来やすくなる、という新たな情報が最近出て参りました。そこで報道では「脳に血栓が出来れば脳梗塞を起こす」とか「肺に血栓が出来れば呼吸困難になる」とか、非常に語気を強めて言う割に、「だからこういう方法を取ると良いですよ」という具体的な解決策を一切提示せず、半ば脅迫に近いような物言いで外出自粛を暗示しているのだと思います。確かに、残念ながら外出自粛に協力をして下さらない方はいらっしゃいますけれど、協力してちゃんと家にいる方々ほどそのような報道を事あるごとに目にして、その恐怖心は一層煽り立てられる現状です。報道を統合的に考察するとその実際は、「持病を持っている方々が重症化しやすい」という前々から言われていた情報が、何故重症化しやすいのかというと「身体の弱っている部分(持病付近)の血管がウィルスによって深いダメージを負い易いから」という具体性のある内容に変わっただけです。報じていることは何ひとつ変わっていないのに、"ひとの移動を制限する"という意図において、日本人の脅迫感による"禁止"観念が非常によく現れたなと私は思いました。そうせざるを得ないほどこの"自粛"を軽視する方がいる現状は認めざるを得ませんけれど、こういうものの言い方をするのは日本人の悪いところだなと思った次第です。もちろん政府や報道を批判しているわけではありません、一生懸命この騒動を終息させようとして行動した結果ですから、それはそれとして深く感謝すべきところだと思います。ただ、ちゃんと物事を守って努力している人達までまとめて無差別的に強迫するのは、ちょっとどうなのかなと。だからといって外出自粛をしない方達へ選択的に報道することなど出来ませんから、これに関して私が解決することは出来ないのですけれども。しかしまあ、モンテッソーリ教育をやっている以上、教師の鉄則の中に"禁止・代行・放任"を絶対に行わないというものがあるので、モンテッソーリ教育者は「あれはダメこれはダメ」という言い方ではなく、物事のダメな部分以外を見つけて「これはやって良いよ」という表現を使います。例えば包丁なら、普通は「刃は危ないから触っちゃダメ」と言いがちですが、「ここ(柄)ならどこでも触って平気だから包丁はこう持つんだよ」というふうに、触って良い場所を提示してから実際に子どもの前で持って見せます。そうしてから野菜を切ったりして、その物自身の用途を提示します。もちろん叱らざるを得ない状況では「いけない」という言葉も使いますけれど、そういった意味では日本人の"禁止"教育とはまた違った趣きの教育法であることは、私もモンテッソーリ教師となったこの8年間で多分に実感しております。「あれはいけないこれはいけない」という言い方は、言う側の労力が低い言葉であって、逆に「こういう方法もあるよ、ああいう方法もあるよ」という言い方は、聴く側の労力が低い言葉です。"禁止をしてはいけない"="何をやっても良い"というのがモンテッソーリ教育なのではなく、教える側がその物事のダメなところや危険なところを理解した上で、「ここは安全だから使って良いんだよ」というふうに相手の心や身体を重んじるのがモンテッソーリ教育です。そうなると必然的に"言う側"の労力が高くなってきますけれど、本当に相手のことを思うのであれば、それを"労"とは感じなくなるものです。それを踏まえた上で、私だったら「コロナウィルスが血栓を作る」という報道をした後に、「だから外出自粛をして家にいる間は、軽い運動と良質な食べ物を取って血液をサラサラに保ちましょう」と冗談混じりに言うんじゃないかなと思いました。私はニュースキャスターではありませんがこのブログという媒体で情報を発信している以上、読んで下さる方へ最大限にその情報を活かせるよう、血液をサラサラにする食べ物をまとめましたので下に記載しておきますね。もちろん私は医療従事者でもないので、血栓が出来ないよう血液をサラサラにする食べ物を取るという方法が正しいのかどうかもわかりませんから、あくまでも私の解釈&参考資料程度にして頂ければなと思います。①にんにく、ねぎ類アリインが多く含まれ、摂取するとアリシン(血液凝固抑制と疲労回復)となる食べ物②納豆納豆含まれるナットウキナーゼは血栓を溶かす物質を活性化させる働き③ブロッコリー、レモン、とうがらし、ほうれん草ビタミンCによる抗酸化作用により、血流の改善が見込める④ピーナッツ、ゴマ、アボカドビタミンEによる抗酸化作用により、血流の改善が見込める⑤トマトリコピンが強い抗酸化作用を持つ⑥青魚EPAによる中性脂肪減退作用と抗血栓作用⑦お酢クエン酸が血液凝固に要するカルシウムへ作用して、血液凝固を和らげる⑧海藻(アルギン酸)&キノコ(βグルカン)血糖値やコレステロール値を下げる⑨緑茶特にカテキンが多く含まれる緑茶は白血球の流れを良くする効果⑩生姜身体を温めて血流促進効果酵素は熱に弱かったりと、食べ物や成分によって適した調理法は異なりますので、もし気になった方はお調べになってみて下さいね。コロナウィルスに対する意識は高まっておりますが、最近は小さな地震も頻発してきております。前々から当ブログで書いておりますことですが、どうか別の災害への備えも決して怠らないように気を引き締めて過ごしましょう。とても長くなってしまいましたが、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、うちにいるお食事中のエビ達を見て「もっと野菜食べなきゃなあ」と呟いてしまったTOMOTからでした。

  • 03May
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      お仕事、植物、そして動画

      どうも、TOMOTです。非常事態宣言から1ヶ月、ゴールデンウィークも終盤戦に差し掛かりました。東京都では高確率で非常事態宣言の延長が示唆されておりますが、さてどうなることやら。今日はお仕事アイデアに関するお話。モンテッソーリ教育の感覚活動の中に嗅覚筒というお仕事があるのですけれど、何年か前にイリナの子ども達用に手作りしたんです。したんですけれど、「もっと小さめの容器を買うべきだったなあ」とか「中身を脱脂綿に湿らせた果汁にすると夏場は一瞬でカビるなあ」とか、諸々の要改善点があったんですね。しかしその後随分と月日が経ち、最近頭をそちら方向に回していなかったのでお恥ずかしながら完全スルーの状態だったのですが、スーパーで私が良く買う商品の中に「あっ、というかもうこれ嗅覚筒そのものじゃん!」というものがあるので今日は情報をシェアしたいと思います。まあシェアするといっても、モンテッソーリ教育にご興味がある方ならもう既にこの手は周知かもしれませんが……。スーパーの調味料売り場で良く目にすると思うのですが、GABANさんの小瓶入り調味料。私はこの中の"あらびきガーリック"という調味料を良く買うんです。イタリアにいたときガーリックパウダーにはとてもお世話になったので、その名残りというか、今も何かにつけて使っているんですよね。しかしこの小瓶、よくよく見ると手のひらに収まる小さなサイズ、つまり子どもでも扱いやすい大きさ。フタやラベルには統一感があり、中身が違っても瓶の大きさは同じ。そしてその中身は調味料だから口に入れても安全な上、乾燥してるからすぐカビる心配もない。フタが回転式ではなくパカッと開くタイプなので扱いやすく、開けたときに香りがちょうど顔へ飛んでくる素敵な仕様。「もうこれ嗅覚筒じゃん!!」と。適正値が高過ぎて、なんかもうこのまま教室に置いといても良いんじゃないかと思うくらいで、私のセンサーの鈍さにちょっと辟易したほどでした。もっとも、表記文字で中身がわかってしまったり、瓶の底から覗いている調味料の色で中身がわかってしまったりするので、本格的にお仕事として使うなら容器の加工が必要ですけれども、匂いを体験する活動としてならもうこれ何種類かカゴに詰めておくだけで十分機能しますね。胡椒やニンニクなど良く嗅ぐことのある匂いから、ローズマリーやターメリックといった「嗅いだことはあるけどどんな匂いだったっけ?」となるようなものまで、本当に色んな種類がありました。マリア・モンテッソーリ先生が記述した文献の中に、当該年齢の子ども達がする質問の特徴というものがあるのですが、3-6歳児さんからの質問は「これは何?あれは何?」です。つまりこの年齢の子ども達は自身の周囲にあるものの名前を知っていく時期にあるので、「これは⚪︎⚪︎だよ」といって匂いを嗅がせ、加工前の実際の野菜を見せてあげたり写真を見せてあげたりするのは非常に有意義なモンテッソーリ活動となるわけです。余談ですが、ちなみにエレメンタリーの子達は「これは何故?これはどうして?」という質問傾向があり、物の機能や仕組みを知りたがる年齢だったりします。これは以前どこかの記事でもお話しましたね。まあ、そんなわけで、イリナには嗅覚のお仕事がしばらく出ていなかったので、再開園前に準備しておこうかなと思った私でした。家庭で十分手に入るものですし使えば無駄にもなりません、瓶の形が同じなのでアイマスクさえあれば匂いを嗅いで品物の当てっこも出来ますから、素敵なおうちモンテタイムが過ごせるんじゃないかなと思います。私も完成したらまた、どこかの記事でお写真を載せますね。話は変わりますが、この前のお散歩中に素敵なものを拾いました。左下のは少し欠けてしまっていますが全体的に非常に状態が良かったです、この時期に緑と赤が手に入るのは珍しいですよね。紙に挟んで本で押しておき、乾燥したらラミネートに掛けて、葉の形状を提供するときの標本サンプルにしようと思います。何で緑から赤に変わるのか、という話をするのにも良い教材になるのでとても助かりました。緑から黄色に変わる葉として、イチョウなんかも欲しいですね。子ども達にも強く言っていることなのですが、「葉っぱも生きているんだから、むやみに取らないこと。落ちている葉っぱは、木が「もういらないよ」って言っているものだから取って良いよ。生えている葉っぱを取るときは、お部屋に飾ったりするのに必要な分だけ取って、枯れるまでお水を毎日替えたりしてちゃんとお世話をすること」というのが私の指導です。むやみやたらに引きちぎっておいて、帰る時間にその場へポイとする子を見ると、何だか少し切ない気持ちになるもので。しかしもちろん、最後までお世話をする以外にも、押し花をしたり実験に使ったりする為に葉を採集しますから、葉を使うなら明確な目的を持って使って欲しいということ。まあ子どもの活動を見ていると、おままごと等で使っていたりもするので明確な目的がないわけではないのだと思いますけれど、動かないし喋らないけど植物も立派な生物だということを理解して、尊敬の念を持って使って欲しいというのが私の本心ですね。動物は動きが派手なだけなんです、植物だって呼吸していますし、栄養摂取していますし、罵声を浴びせれば早く枯れますし、感謝を述べ続ければとても長持ちする立派な生命体なんですよ。だからというわけではありませんけれども、使い終わって捨てる葉にちゃんと「遊んでくれてありがとう」と言える子が現れたとしたら、私は嬉し泣きするかもしれませんね。いや、本当に。エレメンタリーの活動には、"植物の生命活動"についての提供や実験が山のようにありますから、早く準備を整えてイリナの子達にやってあげたいなと思います。酸素の実験で使用する水草が欲しくて家の周りにある小川や河川敷を散策したのですが見つからなかったので、地元の方へ採集しに行こうと思います。採集出来たら家で育ててたくさん増やそう、そして実験が終わったらみんなに持って帰ってもらって、家で光合成の様子を観察してもらおう。日光に当てるとかなりプクプク酸素を出すので、とても観察しやすいんですよね。ちなみに水草の名前はアナカリスと言います、オオカナダモという名称の方が一般的ですかね。金魚の水槽とかに入れて、金魚のおやつにしている方もよく見かけます。地元の用水路にはいっぱい生えていたのですけれど、府中でも取れる場所ないかなあ。ちなみに水草だけでなく動植物の採集には場所によっては法的な決まりもあるので、その辺りは気を付けてお調べになって下さいね。最後に、エレメンタリーの勉強をしていたとき実習でお世話になったタイの学校が先日ふと夢に出てきたので、特に深い意味はないのですけれど掲載しておきますね。笑普段はFacebookの方に載せてくれるのですが、YouTubeにも学校の一部様子を動画投稿していて、私が関わった子達もたくさん出ていたのでとても懐かしく感じました。一昨年の10月に行ったので、たった1年半前のことなのですけれどもね。幼児教室の方も動画を載せていたので、もし良かったら覗いてみて下さい。Srinakarin schoolあともうひとつ、動画繋がりなのですが。こちらはイタリアの中でもコロナウィルスによってたくさんの死者が出たベルガモという場所に向けた歌で、私にとっては、1年間涙を呑みながらエレメンタリーの勉強をした第二の故郷です。 Rinascerò rinasceraiこの動画が再生される度に発生する広告料等はすべてベルガモ市の医療機関に寄付されるそうで、私達がただYouTube動画を開くだけでベルガモの救済に繋がりますから、ぜひ聴いてあげて下さい。私も動画を観ながら「この時計塔は銀行だったな」とか「ここはチッタアルタのあの辺りかな」とか、とても懐かしく思うと同時に、思い出深いあの場所の危機を少しでも支援出来る方法が今手元にあることを嬉しく思いました。もちろん心配ではありますが、トレーニングセンターの先生方は皆さんお元気にしていて、オンラインで講義をやっていると情報は既に頂いていたので、あまり心配し過ぎないようにしています。心配のし過ぎは良い結果を生みませんからね。前向きに心配するひとつの方法として、ぜひ動画を視聴してあげて下さいね。はてさて、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、「子ども達と接していないからそろそろ書くことがないな」と思っていた割にたくさん書いているTOMOTからでした。

  • 26Apr
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      葉の部分名称&テンセグリティ

      どうも、TOMOTです。非常事態宣言が発令されてから3週間が経ちましたが、皆様ご健勝でしょうか?よく食べよく寝、少し運動して気持ちを楽に保ち、人間元来の規則正しい生活を心掛けましょう。さて、前々回の家庭モンテ案の記事ですが、当園保護者様方だけでなく、とても多くの外部の方々もお目通し下さったようで、頑張って書いて良かったなと嬉しく思います。少しでも多くの子ども達がこの非常事態宣言に際しても、自身の成長と発達をより良い方向で続けてくれることを祈るばかりです。もうひとつちょっと紹介したいものがあり、これはどちらかというとエレメンタリーの活動なのですがかなり3-6寄りの内容でしたので、もしよろしければ何かの参考になさって下さい。今回は動画なのでURLを貼らせて頂きますが、アシュリーという方が葉についての活動を提示しています。実は彼女はイタリアで一緒にエレメンタリーを勉強していた頃の友人でして、「今学校に子ども達を集められないからこうやって授業しているよ」という参考動画をYouTubeに上げたみたいなのでシェアさせて頂きます。Parts of the leaf全英語なので少しわかりづらいかと思いますが、非常にざっくりと要約致しますと……「今日は葉の部分名称と簡単な役割をお話しします。葉は自分自身(その植物)の為の食べ物を作る場所です。人間は場所や物など全てのものに名前を付けてきましたが、"葉"というものの中にもたくさんの部品があり、その部品にもひとつひとつ名前が付いています。今日はそのいくつかを見ていきましょう。この大きくて緑色の平たい部分が"葉身(ようしん-blade)"です。ここで自分の食べ物を作っています。そして葉をひっくり返すと管のようなものがよく見ますが、葉はこれに沿って栄養や水を運んでいます。これが"葉脈(ようみゃく-vein)"です。次にこの、葉が植物の茎とくっ付いている部分、これを"葉柄(ようへい-petiole)"と言います。(※petioleはラテン語でlittle footという意味から来ていて、まるで小さな足のようですね。)さて、ではこのみっつをどう書くのか見てみましょう。"葉身・葉脈・葉柄"。他にもたくさんの部分名称がありますが、今日はこのみっつを調べましょう。他の葉にもこのみっつの部品を見つける事ができます。(中略)お庭や少しお散歩に行ったとき葉を見つけたら、持ち帰って擦り絵をやってみましょう。葉に紙をかぶせて、クレヨンで擦ります。すると葉が見えてくるので、そこに先ほど調べた部分名称を書き込みましょう。異なる葉を見つけたらこれをやってみて、たくさん出来たらこのみっつの部分名称が書かれた葉の絵の小さい本を作ってみましょう。」……という感じでしょうか。※印のものは、エティモロジー(etymology)といってエレメンタリーの子達に提供するものなのですが、まあこちらは今のところ英語専用ですね。日本語の場合はたいてい、漢字がその意味を教えてくれるので。葉身なら「葉の身の部分」ですし、葉脈なら「葉の血管部分」ですし、葉柄なら「葉の柄の部分」ですもんね。でもこの活動は小さい子達でも十分楽しめますし、名称さえ教えてあげれば文字が書けない子でも擦り絵は出来ますから、名前を書いたり本にしたりするのは大人が手伝ってあげても良いですね。この動画を見て「植物学の翻訳まだまだ終わってないなあ」と内心ドキドキしている自分がいるのですけれど、他の国で頑張っている友人の姿を見たら何だか元気付けられました、イリナに来てくれているエレメンタリークラスの子達の為にも頑張りますね。以下余談というかちょっと面白い工作を、とある友人から紹介されたので実際にやってみました。一部難しいところがありますが、少し助けてあげれば材料次第ではイリナのエレメンタリーに来ている子達なら出来るレベルだなと思ったので、こちらは小学生以上の子達用にシェアさせて頂きます。特に建築業関係者さんなど、知っている方は知っているかと思いますが、テンセグリティ構造の作り方についてです。テンセグリティとはTension(張力)とIntegrity(統合)の造語で、「引っ張ろうとする力」と「戻ろうとする力」で自立安定する構造のことだそうです。難しいところは家族で協力して作ると良いかもですね。まず材料がこちら。ストロー3本と輪ゴム6個、これだけです。しかし一度作ってみた感想として、個人的にこれはストローではなく、割り箸やアイスの棒などの木材を使用する方が良いかもしれません。ストローの耐久力が弱過ぎ、組み立て途中で何度もストローが折れて吹き飛びました……。このストローを7cmにカットして、計6本にします。じゃばらがある上の部分は使いません。ストローの代わりに割り箸を使用する場合は、6セットの割り箸を用意するだけで大丈夫です。次にストローの先を5mmくらいカットして、切った部分を内側へ折り込みます。これを両側全て行います。ストローの場合は描かれている線を目印にして、上下対象となるように作ります。割り箸の場合はこのように…………と、両側の同じくらいの位置に輪ゴムで留めるだけですね。割り箸がないので写真はマイ箸ですが。続いて、それらに輪ゴムを引っ掛けます。そしてここからが組み立て、ひとりでやるのはなかなかハードなところでした。まずこのように2本持ち、ふたつのストローに掛かっている輪ゴム中央へ、別のストローを引っ掛けます。裏側も同様。こんな感じですね。そしたら次に、上の写真の青いストローにある輪ゴム中央へ、別のストローを引っ掛けます。下側も同様。ここからが大変、赤色ストローは外側へ飛び出そうとする力が働いているので、赤色ストローを押さえながら反対の手に持ち替えます。私は左利きの為、写真が見難かったらすみません……。つまりこういうふうに飛んでいってしまうので、こう逃さないよう赤いストローを捉まえつつ、持ち替えます。写真だと説明が難しいですね、色んな方がテンセグリティについて動画解説しているので、ぜひそちらも合わせてご覧になってみて下さい。さて、あとは緑色のストローの輪ゴム中央部を、赤いストローへ引っ掛けたら完成です。読後感というか作後感はすごく良いですが、何度も言いますけれどストローだったせいで結構難しかったです。割り箸を使ったとしても小さい子には難しいと思うので、やはりエレメンタリー以上の活動ですかね。見栄えはすごく良いんですよ、あと割り合い頑丈です。一度固定されると、指で軽く弾いたくらいじゃ解けません。良かったら非常事態宣言の暇に家族で挑戦してみて下さい。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、制作中もう1本腕が欲しいと思ったTOMOTからでした。

  • 19Apr
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      家庭で出来るモンテッソーリ教育に関する案の補足

      どうも、TOMOTです。イリナの休園措置延長が決定し、緊急事態宣言の解除目安となっている5月6日までお休みとなりました。皆様におかれましては如何お過ごしでしょうか。"不要不急の外出はしない"というのは当然のことであるとして、やはり私達が人間であり動物である以上、どうしても多少の運動は必要となって参ります。かくいう私もインドア派でありながら、さすがにこれ以上の自宅待機は健康を害してしまうと思い至り、ひと通りが少ない道を選んで時折30分程度のお散歩をするようにしています。心肺機能面だけでなく陽の光に当たることで体内に生成されるビタミンや栄養素、さらには精神衛生面においても散歩はかなり有効なものであると思います。屋外で多少運動をすることに対しては国も「感染リスクがそこまで高くない」と仰っているので、三密を作らないよう配慮しながら、身体と心の健康を維持するよう心掛けましょう。そういう意味で言えば私は、本日はランニングでイリナまで行って金魚に餌をあげて来ました。園舎のお花は綺麗に保たれており、いつもお水をあげて下さっているご近所にお住まいの親御様方、本当にありがとうございます。まだしばらく休園期間が続きますが、何卒よろしくお願い致します。さて、タイトルの通りですが、本日は前回記事の一部補足を致します。前回記事ではオーストラリアの友人から頂いた"家庭で出来るモンテッソーリ教育活動"について、参考になりそうな情報を掲載させて頂きました。家庭で出来るモンテッソーリ教育に関する案それらの情報を記入している上で、個人的に「少し難しいな」と思った点があります。例えば日本においても3-6歳児のお子様を"幼児"というふうにひとまとめにしてしまいますが、一概に"幼児"と言っても、3歳のお子様と6歳のお子様では活動内容の幅が全く異なるのです。それだけ成長期の子ども達の発達というものは目覚ましく、もはや別の生命体とも言えてしまうほどの振り幅が存在致します。ですから、前回記事では一般的にひと括りとされている年齢別での記載を致しましたが、活動アイデアの中に書かれている全てのものが必ずしもそのお子様に当てはまるというものではありません。ものによっては難し過ぎたり、あるいは簡単過ぎたり、成長段階的にそのお子様の集中へ則さないアイデアも、ひとまとめにされたものの中には存在しているということを認識して頂きたく存じます。アイデアを選ぶ上でお子様の成長状況はどうか、どこが発達していて、何がもう少し必要なのか、その見極めが非常に重要となって参ります。その上でとても大切なことは、"そのお子様の近況を知っているモンテッソーリ教育有資格者"に頼ることです。有資格者となる為には本当に大変な量の勉強を涙を呑んで行わなければなりません、しかし有資格者であるということは、それだけの勉強量をこなしモンテッソーリ協会本部から認められている存在であるということに他なりません。特に私達AMI(Association Montessori International)の人間は、当資格を有していればどの国であってもモンテッソーリ教育者としての子ども達への指導を許されるほど、重い責任と知識力を本部から認証されています。子どもを指導する上で正解公式など存在しませんから私達でも間違うことは大いにあり得ますし、子ども達と触れ合っている経験量の差などで指導できる幅も有資格者間で異なります。ですが、資格を有しているということは、それだけそのお子様に対して正当性のある活動アイデアを提示出来ることに他なりません。ですから是非、私の書いた記事をご覧になって下さった方々は全てを鵜呑みになさらず、あくまでも"活動アイデア"として認識して頂きたいのです。そしてもし身近にモンテッソーリ教育有資格者が存在する場合は、必ず頼って下さい。おひとりで悩まず、おひとりで解釈せず、おひとりで嘆かず、有資格者に相談して下さい。私達AMI有資格者はどのような時でもお子様の成長と発達を第一に考え、提示できる最大限のお力添えを喜んでさせて頂きます。提示したものが上手くいかな場合は、第二第三、何度でもアイデアを提示させて頂きます。こんなご時世ではありますが、どうか子育ての悩みを家庭内で滞らせずに、いつでも有資格者と共有して下さいね。私が申し上げたかった補足事項はこれだけです。どうかこの苦しい状況を乗り越えて、お子様達が大人になったとき「僕達私達はこんな大変な状況を毎日楽しく生き延びてきたんだよ」と誇れるよう、幸せな日々を提供してあげていきたいところですね。月並ではありますが、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、ランニングし過ぎて微妙に筋肉痛気味のTOMOTからでした。

  • 12Apr
    • 家庭で出来るモンテッソーリ教育に関する案の画像

      家庭で出来るモンテッソーリ教育に関する案

      どうも、TOMOTです。全国のうち7都府県に非常事態宣言が発令(2020.4.8現在)され、私が暮らしているここ東京都は特に強い外出自粛要請が発布されました。他人と接さず感染者を増やさないという意味において、外出しないことは既に海外でも効果が見込まれる手段でありますから、この指示に従い不要不急の外出は皆様控えましょう。それを受けて、というか受ける前でしたが、イリナでも職員間で長時間会議した後、閉園措置を実行させて頂きました。これはあくまでも目安でありますが、非常事態宣言の実行期間であります1ヶ月(5月6日まで)に対し、イリナでは4月17日まで完全休園とし、その日に職員間で再会議をして休園延長するか特殊形態にて保育をするか決定致します。もちろんこの日付は感染状況等の実情把握に際するものでありますから、国の発布通り5月のゴールデンウィーク明けまで休園する線が濃厚ではないかと私個人的には思っております。再三申し上げました通り、こんな時世でもお子様の育ちに「待った」は効きません。が、それ以上に、生命の危機に瀕したこの状況を据え置くわけには参りません。そこでこの状況に何とか対応すべく、海外の友人から送られてきました、オーストラリアで考案されている"おうちモンテ"に関する情報を翻訳したものの概要を当ブログで開示したいと思います。もちろん日本でも一般的に言われている「家庭でのモンテッソーリ活動」とほぼ一緒ではありますが、モンテッソーリ教育に少しでもご興味があり、かつ外出自粛しているお子様方の為に何かしてあげたいという保護者様へ少しでも手助けとなれば幸いです。以下、翻訳の概要です。…………①おうちでモンテッソーリ教育を行うということ家でのモンテッソーリ教育活動は、"モンテッソーリ教室で行われていることを家庭で完全再現すること"では決してありません。重要なのはモンテッソーリ教育活動ならではの学習文化を家庭生活に取り込み、子どもの発達段階のニーズに沿った援助を家庭で提供することです。子どもの為の活動は「ただお仕事を完遂する」というものではなく、「やり通し充足感を得られる」ものであることが重要です。用意した活動に差異を設け、感覚的に探究出来、好奇心を満たし、新たな発見を子ども自身に体験してもらうことは、より深く有意義な成長を子ども達にもたらします。また活動構成プロセス全体を逸脱させない為にも、家庭と有資格者である教師がしっかり繋がっている感覚を維持することが大切であり、「質疑や相談など」どんなことであっても継続的なコミュニケーションを取る必要があります。②活動環境乳幼児にとって活動の場とは、その子どもが存在する場所周辺(家庭や公園や教室など)です。自身が置かれた環境情報を吸収し、その土地の文化を持った人間へと成長します。小学生から思春期の子ども達の場合、上記に加え、教師が提示している特定の課題に打ち込む為の静かな空間を用意し、ひらめきと繰り返し活動が可能な環境を子どもに確立してあげることが重要です。活動内容や日々のスケジュールなどを年齢に応じて子ども自身や担当職員と話し合い、子どもに自己選択させてあげられるところを決定しましょう。活動前の準備として……・(可能であれば)集中してお仕事が出来る場所を決める・家庭の都合に合わせた1日のスケジュールを子どもと一緒に立てる・活動アイデアを有資格者から集める・活動に必要な材料を用意する……などが挙げられます。お仕事のルーティーンを構築することは、家庭でのモンテッソーリ教育を成功させる為の最初のステップであり、モンテッソーリ園に通っている子ども達にとっては既に身に馴染んでいることです。この"ルーティーン(毎日の日課)"環境というものが子どもの深い集中を呼び、後に子どもの「他者と協力する力」や「問題の自己解決能力」の発達を援助します。③活動の留意点とアイデア〈0-3歳の子ども〉⚪︎活動の前に保護者は子どもに対し、自尊心と自立心が育っていることへ注意深く配慮し尊重します。活動全体ではなく、活動の中でその子どもにとって最も難しい部分だけを手助けします。良く話し掛け、質問し、考えていることや思っていることを共有します。家事に子どもの担当を設けたりしながらともに生活時間を共有し、これらが子どもの成長のゴールではなくスタートであることを理解(失敗は上手に出来るようになるための準備)して、一緒に過ごせる時間を楽しんで下さい。⚪︎アイデア・洗濯の手伝い→洗濯カゴを運んでもらう、洋服ダンスや洗濯機のフタの開閉をしてもらう、洗剤を注いでもらう、洗い物を仕分けてもらう・服の着脱→保護者は子どもが服の着脱を"学び"かつ"マスター"できる難易度のものを用意し、必要最低限の手助けを行う・食事の準備→家族分のコップに飲み物を注いでもらう、箸や食器の配膳、お皿の用意(可能な範囲で)・料理の手伝い→物を混ぜる、注ぐ・ボールを用いた運動・軽食を食べる→バナナをむいて食べる、茹で卵をむいて食べる・食器を洗う→保護者は小さな桶とブラシを用意し、少量の洗剤を薄めて小さな容器に分けておき、子どもには危険性の少ない食器を洗ってもらう・窓の外を眺めて会話する→何が見え何を感じるか、一緒に会話を楽しむ・本を読む→音読してあげても良いし、絵に目を通すだけでも良い・鍵の開閉を手伝ってもらう・異なる形状の棚の開閉を手伝ってもらう・大きさや色で物を仕分けしてもらう・道具の埃を叩いたり拭いてもらう※注意点子どもの活動は結果でなく過程に焦点を当てること(上手に出来なくても絶対に叱らない) / 子どもがいつでもやりたい時に活動できるセットをカゴに用意すると良い / 繰り返し活動が子どもの集中を呼び使用方法などの獲得に至る / 特に粗大運動を意識する / 自立と自己肯定感を養えるよう意識する / 道具を用意してただやらせるのではなく明確な手順を一度やって見せてあげる / スクリーンタイム(テレビやゲームなど)は可能な限り減らし、たくさん会話や質問をして子どもの心情を共有する〈3-6歳の子ども〉⚪︎活動の前に子どもにとって何かに挑戦している間の意味のあるストレスや不安は、肩替わりせず子どもの成長に必要なものとして見守りましょう。質問、アイデア、心配事、行動の結果などを教師と話し合いましょう。日々の実生活で子どもが自立出来るよう援助しましょう。子どもが継続して集中していることを認知し、受け入れてあげましょう。日々のルーティーンや予定を立てましょう。スクリーンタイムに制限を作りましょう。身体的活動(運動)の為の機会を毎日設けましょう。教師らは家庭におけるルーティーンの準備の仕方について指導し、適切な"日常生活の練習(科目名)"活動に対する案を与え、子どもにとってより良く"粗大運動・微細運動・言語活動・計算活動"等を充実させる一般的あるいはその子どもに合わせた活動案を提供し、保護者が望めばメールや電話で追記的な指導や援助を行います。この年齢の子どもは"繰り返し活動が出来、日々のルーティーンが秩序立っており、目的に沿った動作の習得"が可能な環境でより良く成長します。子どもが自己選択出来る機会と、集中する為の邪魔が入らない時間を提供してあげて下さい。効果的な学習環境を整える為の鍵は、秩序立っていること、実際に触れて体験出来るものが子どもの手に届く場所にあること、探索出来ること、ただの玩具ではなく子どもを成長促す機能を持った道具が存在することです。⚪︎アイデア(1)言語活動・子どもの得意分野のもの(パズルでも鬼ごっこでも何でも)のルールを解説させる・子どもの質問に対して返答した後、「あなたはどう思う?」と付け加えて意見を訊ねる・"手"をたくさん使う何かを運んだり、つねったり、ひねったり、押したり、引いたり、回したり、たくさんの触感が感じられる品々を用意する(これらが鉛筆を持ったり文字を書いたりする準備となる)・物語を聴かせてあげる→童話や作話だけでなく、親の生い立ち、兄弟の物語、昔好きだったおもちゃ、他の家族ですら知らないような素敵なお話を聴かせてあげる・本を読んであげる→読了後は物語について質問をしたり、登場人物がどんな気持ちだったかを子どもに訊ねてみる・言葉遊びや語呂合わせなどのゲームを子どもと行う・子どもと一緒に物語を作る・新しい歌や踊りを一緒に覚える(2)日常生活の練習・手や爪を洗う・服を洗う・ゴミ捨ての手伝い・植物の世話・レシピに沿った料理の手伝い→子どもに計量させたり、注がせたり、卵を割らせたり、ゆっくり子どもの時間で行う。キッチンが汚れたり何か失敗をするかもしれないが、子どもにとって親が与えてくれた「楽しかった」経験が深い思い出となって子どもの中に残る・絵を描く→塗り絵をしたり、描画したり、写生したり・掃き掃除をする・洗濯物を畳む・磨いてもらう→鏡、銀食器、ガラスのコップ等・縫い物をする・ペットの世話をする(3)感覚活動・環境にある幾何図形を発見する→三角形でも鈍角、鋭角、直角、二等辺、不等辺、様々な形がある・立体識別探索→目隠しをして物を与え、触覚だけでそれが何かを当ててもらう・感覚探索→匂いや味などに沿って、その物を認識したり種類分けしたりする・分類活動→形、色、重さなどで、家の中にあるものを分類してみる(4)数活動・いくつかのサイコロを使って足し算や引き算を行う・100まで数えたり書いてみたりする・九九を覚える→数学的な暗唱ではなく、歌を歌うように楽しむだけ・折り紙を行って作成プロセスを学ぶ(5)文化活動・身近な植物、昆虫、種など周辺環境にある様々なものを探索し記録する・野菜と果物を分け、切って中の色や触感、味や種の大きさなどを観察する・動植物の生活史を調べる・大陸や海、異なる国の文化やお祭りを調べる・芸術活動→絵を描く(水彩絵の具、油絵具、チャコペン、マーカーなど様々なものを使う)、コラージュ(漫画や雑誌の絵や文字、植物の種、色紙、布などを大きな段ボールに貼る)、刺繍、版画、粘土、過去の芸術家についての本を読む等・音楽活動→音楽に合わせて歩く、楽器を弾く、踊る、様々な時代の音楽や音楽家を調べる〈6-9歳の子ども〉⚪︎活動の前に子ども達自身が家庭内に"整えられた環境"を作る為の指導をしましょう。一貫したルーティーンとお仕事のスケジュールを子どもと一緒に作りましょう。教師が提案する「子どもの技術や特性に見合ったもの」に沿って活動しましょう。子どもが自身の活動を共有したり発表する機会を設けましょう。エレメンタリー教師は、子ども達が家で完遂出来る様々な適した活動を提供出来、また保護者が望めばメールや電話での相談にも対応します。この年代の子ども達は未だ"具体物に沿った活動"が必要です、子どもの発達段階に則した活動を行いましょう。子どもの興味が湧けば、"過去に存在したものに関する知識(企画、記事、手記、幾何的建造物など何でも)"を探索しましょう。この年代の子どもはとてつもなく社交的で、友人達と繋がっている感覚が必要です。手紙を書いたり、電話をしたり、ビデオチャットをしたり、どんな方法でも良いので子ども達が社会性を育める方法を模索しましょう。運動はこの年代の子ども達にとって必要不可欠です、日々の生活のベースに体操などを取り入れましょう。⚪︎アイデア(1)言語活動・何かについての記事を書く・詩を作る→例をいくつか与えてから書かせる(音楽を付けて歌う事も出来る)・その子どもが読める本を、兄弟や親の前で音読してもらう・何かについて文章で論じてもらう・物語を書く・有名な絵や写真を見て、「何が起こってる?なぜ?いつ?どこで?何のために?」など口頭形式で認識を深めていき、その後それを文章化する(2)数活動・足し算や引き算の問題を紙に書いて渡してあげる・九九の音と意味を一致させる・時間について学ぶ→カレンダーの見方、季節、月日、時、分など・計測する→長さ、重さ、量、面積、体積など・お金の数え方を学ぶ→どんな種類が存在し、どう数え、どのように両替するのか・数的なゲームをする→数独、モノポリーなど・レゴなどで物を組み立てる・分数計算の含まれる調理を行う→1/2さじ、1/4等分など・文章題を行う・環境中の幾何図形を探す(3)文化活動・興味のある国について調べる→地図、国旗、歴史、民族衣装、食べ物、建築、移動手段、信仰、祭り、祝い事など・植物について調べる→葉の分類、葉脈のパターン、部分名称、根の種類、根や葉の働きなど・自宅の庭の植物マップを作る→どこに何が生え、いつ花が咲いて枯れるかなどの観察も行う・自宅の庭の生態調査→どんな鳥が来るか、どんな虫がいるか、植物の種類はどうかなど・歴史上の人物について調べる・吹奏楽器があるなら行う・異なる時代や場所の音楽や楽器、音楽家や思想などを調べる・歌や音楽を作る・芸術活動を行う(4)日常生活の練習・家族のために献立を立てたり調理する・ペットの世話をする・家事の手伝い→洗濯、ベットメイキング、皿洗い、料理、掃き掃除、ゴミ捨て、洗車、棚整理、アイロン掛け、窓拭きなど・難しい家事について学ぶ→ヒーターの給油や電球交換の時、子どもに観察してもらう・庭の整備の手伝い・スクリーンタイムの制限は掛ける必要があるが、もし見ているものが自然や歴史に関するドキュメンタリー番組なら、試聴後それについて話し合う・もし子どもがデバイス(パソコンやスマホ)などを使えるなら、遊びの為ではなく、創造的ことをする為の道具としての使い方を教える→文章の打ち込み方、動画の作り方、計算の仕方、芸術活動への役立て方など〈9-12歳の子ども〉⚪︎活動の前に子ども達自身が家庭内に"整えられた環境"を作る為の指導をしましょう。一貫したルーティーンとお仕事のスケジュールを子どもと一緒に作りましょう。教師が提案する子どもの技術や特性に沿った活動を行いましょう。子どもが自身の活動を共有したり発表する機会を設けましょう。エレメンタリー教師は、子ども達が家で完遂出来る様々な適した活動を提供出来、また保護者が望めばメールや電話での相談にも対応します。この年代の子ども達の一部はまだ"具体物に沿った活動"が必要です、子どもの発達段階に則した活動を行いましょう。子どもの興味や好奇心を探求出来る機会を与えましょう。この年代の子どもはとてつもなく社交的で、友人達と繋がっている感覚が必要です。手紙を書いたり、電話をしたり、ビデオチャットをしたり、どんな方法でも良いので子ども達が社会性を育む方法を模索しましょう。⚪︎アイデア(1)言語活動・記事の執筆→礼状や数的要素の含まれる日記など、子どもの興味に応じて様々なものを用意する・詩を書く→様々な題材に関する詩を立てたり、比喩や直喩をたくさん用いた文章を作る・長い物語の音読をする・要点を書く→物語性のある短い音声を聞き、その出来事について話し合い、要点を紙にまとめる・物語を書く・アートな文字の書き方を知る(2)数活動・九九を使う・献立の作成、食料の買い出し、調理を行う・空間について考える→面積、体積、平方根、立方根など・お金について考える→買い物ゲームなどをして"お釣り"の感覚を養う、献立の材料費を概算する、利子について計算する・時間について考える→アナログとデジタルの違い、時差、タイムゾーンについて調べる・地図について考える→部屋、家、庭、道、町、郊外などの詳細な地図を作成する。地図記号についても学ぶ・距離、速さ、時間の計算法を学ぶ・グラフを作成する→降水量、気温、歴史的スポーツのデータなど、子どもの興味のあるもののデータを大量に集め、それをもとにグラフを作る・数的暗号を作る→子どもが数的規則性のある暗号を作り、親や兄弟に渡してちゃんと成立しているか、解いて確認してもらう(3)文化活動・興味のある国について調べる→地図、国旗、歴史、民族衣装、食べ物、建築、移動手段、信仰、祭り、祝い事など・植物について調べる→葉の分類、葉脈のパターン、部分名称、根の種類、根や葉の働きなど・自宅の庭の植物マップを作る・自宅の庭の生態調査→どんな鳥が来るか、どんな虫がいるか、植物の種類はどうか、庭の生態系や食物連鎖がどうなっているか調べる・地理的な活動を行う→季節や日付ごとに庭の日照を調査し、植物を育てるのに最も適した場所を割り出す・庭の気温や雨量を計測し、データを作成する。そしてそれを天候情報サイトで確認する・先祖から自分までの家系図を作る・歴史上の人物について調べる・吹奏楽器があるなら行う・異なる時代や場所の音楽や楽器、音楽家や思想などを調べる・歌や音楽を作る・芸術活動を行う(4)日常生活の練習・家族のために買い物をし、献立を立て、調理する・ペットの世話をする・家事の手伝い→洗濯、ベットメイキング、皿洗い、料理、掃き掃除、ゴミ捨て、洗車、棚整理、アイロン掛け、窓拭きなど・難しい家事について学ぶ→ヒーターの給油や電球交換の時、観察して学んでもらう・年下の兄弟や従兄弟の世話をする・スクリーンタイムの制限は掛ける必要があるが、もし見ているものが自然や歴史的なドキュメンタリー番組なら、試聴後それについて話し合う・もし子どもがデバイス(パソコンやスマホ)などを使えるなら、遊びではなく、創造的な手段としての使い方を教える→文章の打ち込み方、動画の作り方、計算の仕方、芸術活動への役立て方など…………如何でしたでしょうか。私はここまで翻訳&打ち込みを終えて、思わず「ぐへえ」と漏らしてしまいましたが、これらの情報が少しでも在宅中の保護者様と子ども達にとって役立つものであるならばそれ以上に幸福なことはありません。海外と日本の非常事態宣言の大きな違いは「禁止」か「要請」かの違いだそうで、今現在は日本人の民度が試されております。大切なひとの生命を守るため、極力出歩かず、まずはこの非常事態を終息させることに重きを置きましょう。その上で、私達モンテッソーリアンは自らの知識を最大限に活用し、お子様の発達と成長を援助するお手伝いをすることが出来ます。どんなことでも構いませんので、このように外出規制が掛かる昨今で何か子どもへの悩み事がありましたら、ぜひ身近にいる有資格者の方々にご相談下さい。もちろんイリナの在園児さんや卒園児さんに関することは、いつでも私達職員にご相談下さいね。あくまでも上記の情報はほぼほぼ翻訳内容なので、より日本人に特化したものや、教え子であればもっとその子の発達段階に特化したものを提示することが出来ると思います。イリナ在園or卒園であれば、現在0歳から12歳までの子どもに関する相談はしっかり受けられます。上記情報に加え、アドレッセンスプログラム(思春期にある子ども達、本記事では12-15歳)の情報も友人から頂いた書類にありましたが、ちょっとここを翻訳するまで私の体力が至りませんでした。加えて、アドレッセンスプログラムはイタリアでさらっと触れただけでして、私もほぼ未知の領域なので、不明瞭な内容の情報を認識出来ないんですよね。エレメンタリーの勉強が済んだ今、アドレッセンスプログラムは個人的に非常に興味があるので、ぜひまったりこちらも訳しつつ色んな文献を漁って勉強したいと思います。現在は在宅勤務ということで、私はエレメンタリー教材作りに集中出来て少し助かっております。海外の"おうちモンテ"情報はサラッと読んで終わりましたけど(それでも相当量の時間が掛かりましたが……)、エレメンタリー教材としてのものは子ども達が理解出来るようしっかり訳を吟味したり、小学生に合わせた言葉選びをしなければならないので、これがまたかなり時間が掛かるんですね。「もっとちゃんと塗りたいけど今はパス出来る最低ラインで我慢しよう」とイタリアで苦汁を飲んだチャート塗りも、今は心ゆくまで塗り直しておりますし、こちらも完成したらラミネート屋さんに出して防護して頂いた後すぐ子ども達に卸せるよう準備中です。葉や幹に陰影なんかつけちゃったりして、こんなところで時間を食っている私でございます。訳を付け忘れないようにしなきゃなあ。……さて、翻訳&打ち込みを含めたこの記事の総作成時間が8時間を超える超大作となってしまったので、ひとまず今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、それでも誰かの役に立つのなら書いて良かったと思うTOMOTからでした。

  • 05Apr
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      現状と現実

      どうも、TOMOTです。連日のコロナ報道は終息するどころか感染者激増のそれへと変わり、精神的にも肉体的にも非常に辛い時期へ突入しました。私の友人内での話ですが、世界中の友人達がそれぞれの国でどのような状況に置かれているのか、どのように教育を行なっているのかを3月中頃から色々と話し合っておりました。世界中の現状を知る良い機会だと思うので、一部コピペさせて頂こうと思います。・3月13日アメリカ(ニュージャージー)のエレメンタリークラスの友人Hey guys! Today was the last day for our kiddos in NJ. ……We have a list that we got with ideas for children to do at home plus the school will try to implement google hangout (video chat) to communicate with the students/ follow ups and lessons. I will send the list.こんにちは!今日はニュージャージーの生徒達が来る最終日でした。(中略)…学校ではGoogleハングアウト(ビデオチャット)を実装して、生徒と連絡を取り、フォローアップとレッスンを行う予定です。・3月13日フランスのエレメンタリークラスの友人All schools close on Monday in France!! We will be using something called padlet to upload homework for our teenagers.フランスのすべての学校が月曜日から閉鎖状態です!! 10代の子ども達のための宿題をアップロードするために、padletというものを使っています。・3月23日ニュージーランドのエレメンタリークラスの友人We will be in lockdown as of Wednesday! Any suggestions for works the children can do at home?私達のところは次の水曜日に封鎖されます! 子ども達が家で出来るお仕事について何か良い案はありますか?・3月26日ベルギー(テルビュレン)のエレメンタリークラスの友人We are on day 16 of lockdown, first 2 weeks kids just had work suggestions sent to them which was working really well for upper elementary they were producing awesome work and I would email feedback. The parents in some other classes have made big demands so this week we are using lessons 2 a day and a programme called padlet to upload follow up work etc.私達のところは都市封鎖されてもう16日目です。最初の2週間は子ども達に機能的な活動案を送り、6-9歳の小学生は素晴らしい活動をしていたのでメールでフィードバックを送りました。 あるクラスの親御さん達は大きな要望を出しているので、今週は1日2回開校し、padletというもので復習活動などをアップロードしました。・4月2日イタリア(ベルガモ)の教育関係者ではない友人「ベルガモはもう1ヶ月以上封鎖されているよ、もう6週間も家にいるからちょっとキツい」(※食べ物について訊ねると、マーケットのオンラインショップで注文して玄関先に運んでもらっているそうです)…………。…………。如何でしたでしょうか。これでもまだ氷山の一角です。日本でも最近ようやくインターネット講義が増えてきている感じがしますが、日本の都市封鎖は依然として実行されません(4月3日現在)。他国では既に大きな都市ですら封鎖が起こっており、その上でどのように子ども達の発達を援助していくか、皆さん懸命に考え合っているのです。ご理解頂きたいのは、私は日本の国営や首脳を非難しているのではありません、都市封鎖されずとも個々人の判断で自宅待機など防衛に回る手段はたくさんあるはずですから。このような現状の中で、我々の置かれた現実を踏まえた上で、どのように立ち回るかを各々がしっかり考えていきたいところだということです。この記事で何か答えが出せるのかと問われても、私にもどうすべきかなどわかりません。ただ、日本は今かつてないほどの危機に曝されており、その危機的状況は決して日本だけではないということを改めてここで周知出来ればなと思います。子ども達の為に"家で出来るモンテッソーリプログラム"なども世界各国で考案されており、現在私はオーストラリアの友人が送ってくれたプログラムに目を通しているところです。概要が掴めたら園に持ち込み、内容次第ではイリナの親御さんに配布しようかなと思っております。ざっと見た感じ生後18ヶ月〜15歳までの子ども達の活動がサラッと書かれている感じがしたので、まず良く読み通さないとちょっと使うに使えないなのですが。この様な状況でも、子ども達の成長は決して止まってくれませんし、子ども達の発達はコロナ終息を待ってもくれません。だからこそ、この様な状況だからこそ、子ども達の為にしてあげられることがまだまだたくさんあるはずです。それにはまず家庭と教育機関が連携して、一緒にその子ども達を育ててあげられるような、ベース作りが必要ですね。親は親、教師は教師、子どもは子ども、などと隔絶された状態では、最も被害を被るのは子ども達なのです。私も世界の友人達の情報を咀嚼しながら、どんな方法があるのかをもっと考えてみたいと思います。別件ですがオランダのモンテッソーリ系列学校に勤務している友人は、こんなことを実行していました。Every week we send a "Casa challenge" last week it was to dance this song. The children were so happy to see their teachers and friends. Just an idea私達は毎週"子どもの家チャレンジ"をしていて、先週はダンスを踊りました(←職員と子ども達がそれぞれ同じダンスを家で踊って、録画したものをひとつに繋げていました)。子ども達は先生達や友人達の姿がその動画で見れてとても幸せだったみたいです。参考までに。見せて頂いたその動画ですが、みんな本当に嬉しそうに踊っていて、なんだかとっても温かい気持ちになりました。こんな暗い時代だからこそ、こういう明るい行動は必要不可欠だなと感じました。日本のひと達はどうなんでしょう、こういうことをすると「不謹慎だ」とか「何の解決にもならない」とか言って一蹴しがちな国民性ですけれど、何もやらないで鬱々過ごすより遥かに良いなと私は思いましたね。今本当に色んな事に追われているので企画が難しいですけれど、私の手が届くエレメンタリーの子達と何かやってみようかな。もちろんどこかに投稿したりはしないですけど、「こんな時代でも僕達私達は懸命に生きてきたんだぞ」って、彼らが大人になったとき誇れる証拠作りに。さて、今週私が感じた大きなことはそんなところです。昼間は黙々とペンキ塗りをしていたので、園の机と椅子はみんな綺麗になりましたよ。机と椅子(大)は私が制覇し、椅子(小)は他の先生方が塗って下さいました。2年おきの塗装作業は毎回私がやっているので、さすがに技術と速度が上がってきましたね。笑本当は椅子(小)もやりたかったですが、時間切れというやつでした、悔しい。机に関しても裏面は塗れなかったり、過去の液垂れ跡が気になったりしたので、次回はもう少し時間を見積もって、全部制覇したいところですね。テラスの塗装も必要だよなあ、うーん、時間が足りないっ。ひとまず、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、せっかく家にいる時間が増えるし個人的に何か始めようかなとぼんやり考えているTOMOTからでした。

  • 29Mar
    • 年度末の画像

      年度末

      どうも、TOMOTです。昨晩ものすごい文量を書いたのですが、ウトウトした拍子に全て削除してしまったらしく、悲しいので今回記事は短く参ります。笑終息の目処が全く立たないコロナウィルスが騒がれている昨今、皆様は如何お過ごしでしょうか。とにかく2週間分の非常食を確保し、いつ完全外出禁止になっても大丈夫なように万全の対策をして臨みたいところです。私もここ2ヶ月くらい掛けて少しずつ非常食を集め、最近ようやく2週間分(弱)溜めることが出来ました。非常時に非常食を買うのでは完全に遅いという理論のもと、少しずつでも買い続けていた甲斐あって、今回のスーパー食料品買い占め騒動はほぼ影響を受けませんでした。皆様も是非、少しずつでもコンスタントに非常用品を買っておき、災害時には物資が足りていない方々や困っている方々に分けてあげられるくらいの用意をしていって頂きたく存じます。コロナウィルスの騒動で完全に水面下へ隠れてしまっておりますが、首都直下型地震も決して発生率が下がっているわけではございません。飲み水の他にも洗濯用水をしっかり確保しておきましょう。さて、今週は姉妹園のエレメンタリークラスをお手伝いに行っておりました。どの子もとても集中して活動していらしたので、そういった意味ではあまりお役に立てなかったのですが、こちらもイリナの子達の為にますます気持ちを昂められる思いでした。来年度から外部の子達の募集も始めようかと思っていたのですが、教具的にも人事的にもまだしばらくお時間を頂かなければならなそうです。なので今はどうしてもイリナ卒園生の子達限定になってしまっておりますが、将来的には必ず外部募集も行いますので、それまでどうぞお時間を頂きたく存じます。現在外は大雪が降っておりますね。外に出していた水草達を部屋に避難させましたが、オオカナダモは一部白くなってしまったのでダメかもなあ。培養中の浮き草の方はまだまだ元気ですね。昔発案したちょっとした手法なのですけれど、カルキ抜きした水に市販の"生茶(緑のラベルのやつ)"をチョコっと入れると植物性細菌が一気に増えるらしく、動物性プランクトンや水草培養に非常に役立ちます。それで昔よく、メダカの生き餌になるタマミジンコを大量に育てていましたなあ。水草に関してはハイポネックスとか持っていれば全く問題ないんでしょうけれど、園芸屋さんに行くよりも私はコンビニに行く方が気が楽なので。笑来週のイリナ入園式は取りやめとなってしまいましたので、再来週の新年度保育でまた元気にお子様方とお会い出来ることを心より楽しみにしております。では、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、久々に雑談のみのTOMOTからでした。

  • 22Mar
    • 卒業の時期の画像

      卒業の時期

      どうも、TOMOTです。怒濤の2週間が過ぎ去り、昨日ついにイリナの卒園式も終了致しました。多くの方々の数限りないご支援を賜りまして、今日まで大事なく来させて頂きましたことを心より感謝御礼申し上げます。先の1週間半で、東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンターでは国際試験官監修のもと卒業試験がとり行われ、AMI公認のディプロマを手に多くの学生さんが卒業なさいました。今回国際試験官として学生さん達の試験を見て下さったパメラ・ナン先生には、感謝の言葉しか思い当たりません。私はナン先生にお会いするのは3度目ですが、私自身多少英語が喋れるようになったこともあり、一緒にいられる短くも尊いお時間の中でたくさんの素晴らしいお話を伺う事が出来ました。そのとき伺ったモンテッソーリ理論や知識的なことは機会と余裕があればまた皆様にもシェアしていこうと思いますが、今知って頂きたいのはナン先生の温かいお心です。今回ナン先生は、コロナウィルスが大流行している日本へ行くことに対する家族の猛反対を押し切り、強い使命感と情熱を以てAMI国際試験官として来日されました。そして朝から晩まで毎日続く卒業試験でも疲れひとつ見せず、試験に臨まれる学生さんひとりひとりに全員公平の眼を持ちつつも優しいお言葉をいつもお掛けになり、オーストラリア政府から半ば強制送還されるぎりぎりまでディプロマのサインやAMI本部への評価書送付作業などを続けていらっしゃいました。言葉や文化の違う国でパンデミックの恐怖に怯えながらも、温かい言葉やジョークを言ってスタッフや学生さん達を活気付け、数瞬の休息もなくその使命を全うされてご帰国なさったのです。もし仮に自分が同じ立場に立たされたとき、ナン先生のように努められるのか想像することも出来ず、彼女には本当に頭が上がりません。今期の学生さん達は、非の打ちどころがない素晴らしい先生にお試験をしてもらえたなと、これは本当に幸せなことだなと思いました。ウィルス感染や命のリスクすらあるこの混沌とした日本環境においても、先達たるモンテッソーリアンの壮観たる熱意と愛情が今期の学生さん達をディプロマ保持者へと引き上げ、それを近くで拝することが出来た私はただただ尊敬の念を送るばかりです。ナン先生は間違いなく素晴らしいAMIトレーナーのひとりでした、彼女の働きに最大限の感謝を。追記的になりますが、情報筋によればナン先生はその後無事ご帰国されて、病棟などで隔離されることなく現在家族と一緒に過ごされているとのことです。本当に良かった。かくしてセンター卒業式も終わり、夜間部1年生の方々は先輩に、そして4月からは新たな学生さん達が学びを共にされることでしょう。次年度はコロナの影響でセンター入学式を取り止めにするそうなので残念ですが、それでもちゃんと開校を続けるセンターの素晴らしい意識に遅れを取らないよう、私達も健康に気を配りつつ精進努力していきたいところですね。かくいう私もセンターに入学したのは東日本大震災があった年の4月でしたので、入学式は非常に略式で行われました。そのように時世にはどうしても敵わないことが多々ありますが、新たにセンターへ入られる未来のモンテッソーリアンにはぜひ一生懸命学びを深めて頂き、共に先達の背を追いながら教育の道を歩んで頂きたく存じます。一方イリナでは今週の木曜日に無事終業日を迎え、子ども達は春休みに入りました。私はその前日まで別の仕事をしており知らなかったのですが、最後の日に子ども達とケーキを食べようということになっていたみたいで、職員要望を遂行する為にわざわざ遠くまで買い出しに行って下さった父母会会長さん本当にありがとうございました。今年度は保育料無償化の波で都や市から山のような書類が押し寄せる日々でしたが、何度も市役所へ作業確認に行って下さったりと、今年度会長さんは大変な気苦労を負いながらもイリナの子ども達皆の為に一生懸命尽くして下さいました。職員を代表致しまして、この場で心より感謝申し上げます。終業日にケーキを食べる子ども達。みんなの笑顔があるのも、見えないところで尽力されている方々のお陰ですね。そして昨日、年長さん達は無事に卒園式を迎えました。会場は相変わらずお仕事部屋の教具を追い出して作りますが、棚の裏に落ちていたビーズとか再発見出来るので結構助かります。そりゃあ、まあ、大変ですけどね……。笑いつもこの文字貼りを担当しているのですが、目印が何もない中でバランス良く貼るのってかなり難しいんですよね。しかも文字を貼っている布が麻なので、丸めたガムテープを裏にびっしり付けないとポロポロ取れてしまい、毎年この時期はガムテープに指紋を根こそぎ持って行かれます。数年前は卒園式中にポロッと取れてしまい、子ども達が笑ったり反応してしまって式を乱してしまうこともあったので、今年はさらに厳重に付けておいたお陰で事故にならなず良かったです。とはいえこれが一枚布で刺繍文字とかだったら壁に打ち付けるだけで良いから毎回3時間も4時間も掛けずに済みますし、式でも変な緊張感を味合わなくて済みますよね、これ何とかならないかなあ。ともあれ、今年度も卒園式は滞りなく終了することが出来ました。今年の卒園児さんはみんな小さい頃からイリナに来ている子達だったので、親御さん達も職員も感慨深いものがあったことでしょう。こちらもコロナの影響でどうなることかと思いましたけれど、お天気にも恵まれた素敵なお式でした。小学校という新たな環境に突入しなければならないことに加え、今年の子ども達はいきなりコロナウィルスという大きな問題にも直面しなければりませんが、この子達なら自分のペースを守りつつ伸び伸びと過ごすことでしょう。これからの成長がますます楽しみですね。厳粛な卒園式で正装のままパプリカを躍る子ども達、いや変な意味じゃないんですけれど、これぞイリナだわあって感じですよね。時世により多少お式が簡略化されていても、子ども達の「やりたい」を最後の日まで尊重するスタイルというか。写真を撮っていてホッコリしました。今年度卒園児さんをお持ちのお父様お母様方におかれましては、マスク着用の中ご参加下さいまして真にありがとうございました。USBをご持参頂けましたら私の撮りました卒園式写真をお渡し致しますので、お申し出下さいますようよろしくお願い致します。さて、ようやく少し身体を休めてあげられる時間が作れそうな気配がしております。ここで小学生クラスの教材とか作り始めちゃうからまた身を追い込んでしまうんですよね、3月はほぼノンストップでものすごく頑張ったし、向こう3日間くらいはダラダラしようかな。来週の木金曜日は姉妹園の小学生クラスのヘルプに行きますし、その前に少し休まないとですかね。取り敢えず、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、絶賛燃え尽き中のTOMOTからでした。

  • 15Mar
    • 自己分析

      どうも、TOMOTです。非常に目まぐるしい時間を過ごしております。この一週間は私にとってまだ真新しい仕事をしているからか、色々と手探り状態です。自分の知識不足や至らなさ、新たな物事に相対する重圧感や常に緊張状態に身を置かれる現実と直面し、自身の矮小さをただただ痛感する今日この頃です。初めての事なので多少の失敗や間違いは仕方がないと割り切ってはみても、それらが私以外の方々へ大きな影響を及ぼしてしまうことを思うと、身も心も裂ける思いがした一週間でした。「なんのこっちゃ」と、こちらの事情を知らない方々は感じてしまうでしょう、抽象的かつ鬱屈した冒頭で本当にすみません。そんな心身共に疲労困憊といった具合の私ですが、こういう心境のときこそ"自己分析"する良い機会であると思います。ある意味では極日常を送っていたら至ることのない心情なわけですし、そこに至るまでのプロセスを思考し、現状到達点が自身へどれほどの影響力を持つのか、その心情が日常レベルに戻るにはどれほどの期間を要するのか、自身を客観的に観察して自分自身の強みや弱みを分析するのです。自分にとって良い事も悪い事も、そのとき起こる喜怒哀楽も、己の力量を測る良い機会です。他者を貶めようとする殺伐とした社会、コロナウィルスなど先の見えない恐怖、テレビをつければ朝から殺人のニュースが流れ、満員電車内で罵声が飛び交う世界。この世の中は子ども以上に自己コントロールの出来ない大人で溢れ返っています。そんな現実の中を生きる上で最も大切なのは、自分自身を"観察し、分析し、調整する"ことだと思います。自分はどんなときに喜ぶのか、どんなときに怒るのか、そしてその感情は自身にとってどれくらいの影響力を持つのかを俯瞰的に観察することで、自己抑制が効かなくなる値を分析し、他者を傷つけない方法で解消して調整するのです。モンテッソーリ先生がこの教育法を作る上で非常に大切にしていたことのひとつである"観察"は、環境や子ども達など周囲に対してだけでなく、その環境の一部である自分自身にも向けるべきものであることを示唆しています。そうでなければモンテッソーリ教師12カ条なんて要綱は存在しないでしょうしね。感情を剥き出しにしなければならなくなる前に、自分自身の沸点、そのいなし方を研究しておきたいところですね。私は怒りが出そうになったとき、頭の中を暗闇にして小さく腹式呼吸します、ある程度ならばこれだけで冷静さを取り戻すことが出来ます。怒りが出るような外的状況に置かれた場合、冷静さを欠くことは非常に致命的ですから。しかしこれは心拍とか不随意な部分まで強制的に抑え込む感覚がありますから、負荷がとてもキツいので、ちゃんとそれらのストレスを後で解消してあげなくてはならないのですけどね。昂りに関してはそのようにいなすのですが、逆に憂いているときの対処法は、あまり研究が進んでいませんでした。自分とじっくり向き合い、また明日からの残りのお仕事も頑張りたいと思います。皆様はどのように自身と向き合い、どのように自身をコントロールし、どのようにこの暗い世の中へ光を差していきますか?例に倣って短いですが、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、園のブログを日記感覚で使うTOMOTからでした。

  • 08Mar
    • 集中すること、繰り返すことの画像

      集中すること、繰り返すこと

      どうも、TOMOTです。先週記事でお伝えした通り、現在非常に忙しくなっているので今回記事も省エネでお送り致します。 今週は体調的な意味でもその他の意味でもお休みする子が多かったので、少人数中の少人数で回転しておりました。それでも元気に登園する子ども達はしっかりお仕事に勤しみ、いつもの如く楽しんでおりました。面白いなあと思ったのが、彼女。花のイラストと説明文が書いてあるカードを1枚選び、その説明文を一生懸命マス目のある紙に写しておりました。この子の手元、よくよく見ると……漢字を書いておりますね、ルビも振ってある。これらはもちろん文字を見て写しているだけでしょうから、漢字の形自体が少し違っていたり書き順が違っていたりということもあったのですが、あえてこれを止めずに後ろで見ておりました。何故なら彼女が非常に楽しんで、夢中になって、集中して活動していたからです。ひらがなやカタカナで余程ひどいものがあればストップを掛けたかもしれませんけれど、そうでなければ楽しんでいる子どもに「これも違う!」「あれも違う!」「それも違う!」と水を差して、好奇心と集中力を微塵切りにするようなことは当然すべきでありません。彼女にとってのひらがなとカタカナがそうであるように、もし彼女が小学生クラスの高学年とかであるならば漢字にもそれなりの注を入れるべきかもしれませんが、現状においての彼女の年齢的側面からこの行動を考えると"好きな風景をじっくり観察し、気を付けながら一生懸命それを写すこと"を楽しんでいるわけで。時が来れば正しい書き順は習いますし、漢字を常用しておりその書き順が変なクセになっているわけでもないので、これに関して言えば優先すべきは彼女の好奇心でしょう。好奇心こそが集中力を生み、全力で取り組んだ活動を達成することで得られる大きな満足感は、その子の人格形成にとって非常に重要な役割を果たします。そういった意味で言うと、これは単純に言語の違いかもしれませんが、アルファベットが基盤になっている言語が世界に多い中、ひらがな・カタカナ・漢字の3種類を同時に扱う日本語はやはり突出して難しい言語ですね。文化的であり独特な表現力を持つ日本語というもののモンテッソーリ教育的提供法は、もっともっと開拓される必要があるのかもしれません。ともあれ、本当に一生懸命書いていたので、よっぽど楽しいんだろうなと私は微笑ましく眺めておりました。次にエレメンタリークラスの男の子。彼は何年か前からコンスタントに2進数の巻き数字をやっているのですが、あまりにも表記するスピードが速すぎて思わず笑っちゃったので、皆さんにシェアしたく録画しておきました。投稿都合上動画が1分にトリミングされてしまっていますが、この動画の20秒を超えたあたりから書き方がものすごいんです。ランダムに数字を書いているようでいて、完成するとちゃんと数序列(0<1<10<11<100<101<110<111のように)が成立しているから驚きなんですよね。あまりにも速いのでついつい動画に合わせてこんなBGMを付けてしまいましたが、これは決して倍速編集したわけではないんです。頭の処理速度、ホントにどうなっているんでしょうね。2進数の法則と原理を理解していなければ、こんな書き方は出来ないです。私だって無理ですよ。数年間同じ経験を積み重ねることで、このような素晴らしい結果を得られるんですね。彼ならたぶんリアルにマトリックス作るのも夢じゃないです。人間の可能性の本質を垣間見たような気がしました。まあ最も、彼の本当に素晴らしいところは、同じ活動は続けつつちゃんと新規の活動にも積極的に参加しているところなんですけどね。短めですが、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、今日から仕事で電車を利用しなくてはならないので戦々恐々としているTOMOTからでした。

  • 01Mar
    • コロナウィルスとイリナの開所状況についての画像

      コロナウィルスとイリナの開所状況について

      どうも、TOMOTです。まず始めに。来週から3月の3週目末まで仕事スケジュールの都合上非常に忙しくなるので、今週から文量を少し削減しての投稿とさせて頂きます。場合によっては休載することもあるかと思いますが、また4月からたくさん書いていきたいと思いますので、お目汚しのほど何卒よろしくお願い致します。こちらはイリナ関係者様宛になるのですが、現在大流行中のコロナウィルスによる全国小中高一斉休校措置を受けまして、イリナの対応をまとめさせて頂こうと思います。1.園の3-6歳児クラス開所状況居住地によっては市経由での通達をお受けになったかと存じますが、現在国側から"児童は可能な限り外出を控え、登校登園を自粛するように"と、コロナウィルスへの注意勧告が出ております。その状況を鑑みた上での施設側の応対措置として、無認可園に関しての開所状況は各園に委ねられるそうなので、イリナの3-6歳児クラスは"自由登園"という形で開所致します。ただし少しでもお子様に体調不良が見られたり、身体的及び精神的側面からお子様の免疫力低下が示唆される場合は、決して無理をせずおうちで療養させてあげて下さい。市からの指示に則り、園側も登園されたお子様の体調管理には細心の注意を払って参ります。コロナウィルスの恐ろしいところは、致死性能力を有し強い感染力があるにも関わらず、効果的な医薬品も確信を持てる生態情報も、人類はまだ持ち合わせていないというところです。現状況において人間が元来持っている免疫力に頼る他ない以上、質の高い睡眠(特に成長ホルモンが分泌されると言われる22〜23時と2時〜3時を含める)・栄養価が高くバランスの取れた食事・入浴等により血流を高めるといった、人間として当たり前とも言える行動を実践に移しましょう。またマスクの着用、ひとの密集する場所を避けるといった対策も可能な限り尽くして、お子様の防衛に努めることを決して怠らないで下さい。2.園のニド・ICクラス開所状況ニド・ICクラス(0-3歳児)に関しましては、在園児保護者様にはメールが回ってきたかと存じますが、内容通り休園措置を取らせて頂きます。抵抗力がまだまだ未熟な年齢のお子様であること等を鑑み、昨今のウィルス感染状況から本措置を取らせて頂きました。ご理解ご協力のほど、何卒よろしくお願い致します。3.園のエレメンタリークラス開所状況エレメンタリークラス(6-12歳児)に関しましては、3月の開講回数が月水曜各1回であるということで、予定通り開講致します。ただし3-6歳児クラス同様"自由登園"という形を取らせて頂きますので、各自お子様の体調やウィルス感染状況により、最良の判断をして頂きますようよろしくお願い致します。その他の詳細はメールを回させて頂きますので、そちらを合わせてご確認下さい。日本は今やパンデミック状態です。お子様のみならず保護者様おひとりおひとりの体調管理、可能な限りの対策を尽くすこと、そして最新の情報確保に努めることを徹底して参りましょう。最後までお子様を守り抜けるのは他でもない保護者様です、先にその砦が崩れることのないよう、本当にご自愛してお過ごし下さい。免疫力を維持する方法として、もちろんストレスを溜めないことはそうなのですが、この状況下ですから不安や苛立ちも多く、なかなか難しいですよね。しかし面白いことに、免疫力を高めるその他の方法として、幸福感を得たり大笑いしたりすることが、化学的知見からも最近は推奨されるようになりました。かくいう私もYouTubeなどでお笑い芸人さんの動画や面白ホームビデオなどを見て、笑うことに努めております。「笑うことに努める」というのも変な字面ですが、部屋でリラックスしながら動画を見て笑うだけで免疫力が高まるのなら、やらない手はないと思うんですよ。確かにコロナウィルスに対する有効的な対策がない現状は非常に大きな不安を感じますし、そんなやり場のない気持ちが「国の対応が悪い」とか「医療関係者はなにをやっているんだ」とか苛立ちに繋がり、その矛先と形状を変えて努力している方々への誹謗中傷へと繋がってしまうことは否めません。しかしそう言った負の感情を垂れ流したところでコロナウィルスは終息しませんし、むしろそのような感情はご自身の免疫力低下に大きく貢献してしまいます。自分で自分の首を絞めるよりも、大笑いするでもなんでも良いから取れる最大限の努力をして楽しくやり過ごす方が、よほど健全で充実しているとは思いませんか。医療関係に勤める私の友人も、自身が感染者となるリスクに怯えながら、目の前で苦しんでいる方々の為に仕事を投げ出さず毎日一生懸命働いております。人間は"ひとの尊敬すべきところ"よりも"けなしたくなるところ"へ簡単に目がいってしまう生き物ですし、自分の視野で認識したものばかりに意識が行きがちですから、その影で懸命な努力をしているひと達へ感謝しつつ、個々人でも出来うる限りの努力をして参りましょう。もし「我が家ではこんな方法で対策している」だとか「実はあんなことが効果的」だとか、素敵な情報をお持ちの方がいらっしゃいましたらぜひシェアして下さいね。結局こんな文量になってしまいましたが、恐らく週を追うごとに文量が減っていくかと思いますので、そのときはそっとお察し下さい。笑さて、少しだけ今週の出来事。今週は2月度のお誕生日会があり、保護者様の企画で子ども達は吹き絵をやりました。そういえばイタリアで学んだエレメンタリー芸術分野の活動にも吹き絵があったなあと思い出しつつ、子ども達の活動を楽しく見守っておりました。単色もすごく綺麗ですが、混色もまた味があって素晴しいです。デッサン然り陶芸然り、ひとつのものをとことんまで極めると、本当に目を見張るような芸術作品が出来上がりますが、吹き絵を極限まで極めるとどんな芸術作品が出来上がるのでしょうね。本気でやってみたシリーズで、今度時間があるときにやってみようかなあ。お誕生月のお子様の保護者様、素敵な企画をありがとうございました。今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、他人に発信した以上ちゃんと「寝て食べる」ことに私自身が努めなきゃなあと微妙に反省しているTOMOTからでした。

  • 23Feb
    • 抽象化とはの画像

      抽象化とは

      どうも、TOMOTです。最近徐々に暖かさが増してきましたね。中河原公園で外遊び中の子ども達から「先生、桜が咲いてるよ!」と言われ、まさかと思いそちらへ見に行くと、うーんちょっと桜とは違う感じ。梅の花っぽいよなあとは思いつつ、断定出来ない私は「桜……かなあ……」と小首を傾げていると、「きっと桜だよ、ピンクだもん!」との返答。ピンク=桜という方程式が成り立つかどうかはさて置き、こういうときに、近い見た目の花やその判別法などを知っていると頼もしいところですね。そのとき私は「あはは、なるほどね」と茶を濁す形でその場を収めてしまったので、今度はちゃんと違いを教えてあげられるようしっかり勉強しようと心に誓ったTOMOTでした。皆さんは"桜・梅・桃"の花の違いがわかりますか?・桜:花弁の先が尖っていて真ん中で割れている(ハートっぽい形)、1つの節に複数の花が咲く、節と花を繋ぐ枝が長い・梅:花弁の先が丸い、1つの節に1つの花が咲く、節と花を繋ぐ枝がない(節から直接咲く)・桃:花弁の先が尖っている、1つの節に2つの花が咲く、節と花を繋ぐ枝が短いさて、例に倣って本日も近況報告をして参ります。コロナウィルスやインフルエンザが巷で流行る昨今ですが、微熱や風邪こそあれ、今のところイリナの子ども達は皆さんお元気でいらっしゃっております。お元気が過ぎてちょっと度を越すときもありますけれど、元気があればこそ何でも出来るというやつでしょう。心配だなあと思っていた子がめきめき成長したり、逆に安心しきっていた子に大穴があったり、まあ日々色々ありますが、元気に登園してくれるからこそこちらも一緒に活動していくことが出来ます。そんな中、ある年長さんの話なのですが、割り算を面白い方法で解いていたので写真を撮ってみました。割り算の計算をするときモンテッソーリ教育では等分除の観点から、"切手"と呼ばれる複数枚の教具を"小人さん"と呼ばれる教具へ均一に配り、その商を求めます。しかしこの子はそれら切手や小人さんを全く使わず、自分でそれらをノートに描き、目の前のイラストと頭の中のインスピレーションを用いて答えを出していました。当人の思考としては「もう教具を何回か使ってこのお仕事をしたからやり方はわかる」という思い、そして「教具を使うより描く方が面白そう」という発想でこのようにしているのだと思います。しかしモンテッソーリ教師側からすると、これは見事な"抽象化"であり、具体物を通して定量の経験を積んだことによりそのパターンを理解し、手元にイラストを描くことで視覚的補助を行いながら思考によって答えを導いていることに他なりません。エレメンタリーの提供ですら"教具による具体活動→描図や数式による抽象活動→記憶や思考による超抽象活動"というプロセスを踏むことを鑑みれば、「教具の描画」は実際に教具を用いて同じ活動をやっているように見えて、思考と想像による動作補填の必要がある分、実は具体物を用いた活動より少し上の段階にあるのです。そしてこの段階に至るためには、当然ながら十分な具体活動が必要不可欠であり、逆に言えば"具体物によって培った経験"というベースがあるからこそこのような"抽象化"が起こります。まあ、至極簡単に言えば「物を使わず絵と想像力を働かせて問題を解いているので、数日前よりちょっぴりスゴい」ということです。モンテッソーリ教育ならではの子どもの成長ですね。続いてはこんな風景。これも年長さん達で、ふたりは同じ活動をしているのですが、これを見て私は「なかなか面白いなあ」と思いました。絵や図を写す為に子ども達はライトボックスを使うことがあるのですが、モンテッソーリ教育理論である"ほぼ全ての教具はひとクラスにひとつだけ"という原則に従っ……ているのかどうかは定かでありませんが、イリナにライトボックスは左の子が使用しているこの一台しかありません。この原則には「"待つこと"も子どもの人格形成には非常に大切であり、自身の欲求や衝動を抑えて先行中の他人の活動を尊重し、順序や秩序を守ることで"自己コントロール"を確立していく」という裏付けがあり、だいたいの教具が1クラスに1つというのは主にそのような観点から来ています。モンテッソーリ先生が著された本にも「試験的に複数個の同じ教具を1部屋に設置してみたところ、子ども達の秩序は崩壊し混沌を招く結果となった」という恐ろしい一文があったくらい重要なこの原則ですが、場合によっては子ども自身の発想によって解決することもあるようです。それを見たのが写真右側の子、窓を使って陽の光をライトボックス代わりに絵をトレースしていますね。他人と活動が被った場合もちろん待つことは最重要事項でありますが、ライトボックスを奪うことなく相手の活動を尊重し、和を保ちながら別の方法を考えて同じ活動をするこの光景はイリナっ子の姿だなと思いました。もしかしたら誰かに教えられた発想なのかもしれないですけれど、それであっても紙を手で窓に押し付けながら上体を起こしてトレースするというのは子どもにとって至難の技ですし、それを良しとしてふたりで活動を続けていることに私は何だか微笑ましさを感じます。最終的には年長さん3人で、こんな風にやっておりました。美しい眺めですね。さて、最後にちょこっとエレメンタリーのお話。先週無事にグレートストーリー3話目を終え、ようやく歴史の提供に入ることが出来ました。聴きに来て下さった保護者の皆様ありがとうございました。内容は前後しますが、歴史分野の活動報告としてはグレートストーリー3話目の前に黒い帯の提供を終え、今週はその流れで"手の年表"の提供を行いました。黒い帯の提供に関して、イタリアのトレーニングセンターのものは長さ30メートルだったのに対し、私が用意してもらったものは長さ45メートル。別の記事でもお話しましたがこの理由は、昔は「この地球が出来上がって30億年経っている」という史実があったから帯の長さを30メートルで構成しているのに対し、現在は「この地球が出来上がって46億年経っている」という史実のもとその長さで構成しております。(ちなみに長さが1メートル足りないのは45メートル以上繋がっている希望規格の帯が見つからなかった為)初提供では帯の長さのイメージが掴めず、提供中子ども達へ話す物語を足したり減らしたりしながら行いましたが、まあまあ上出来だったのではないでしょうか。この写真左側に沿っているのが黒い帯の教具です。先述の通りこの黒帯は地球誕生から現在に至るまでの長さを表しており、子ども達は「長過ぎ!走ってみよう!」と、物語後はまあそんな感じで楽しんでおりました。そしてこの帯の最後に出てくる、ちょこっとした白い部分が人類史です。地球史に比べると人間は誕生してから僅かこれだけしか生きておらず、人間は"思考し想像することが出来る特別な心"と"深い愛情"という特別なものを持ち、また全ての生命の最後に誕生してきたから現在まで生き残ることが出来ました。そして、そんな人間の特別性について話をしたのがグレートストーリー3話目であり、そこで出てくる人間のもうひとつの特別性である"手"について、今度は"手の年表"を提供する中で活動を深めていきました。作った教具の写真を撮り忘れてしまったので、また次回もしくは今度その内容と写真を一部載せたいと思います。ふう、今回は記事全部使ってイリナの子ども達の話が出来ました。良かった良かった。では、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、春花粉は少し和らいだもののクシャミと目の痒みは現役らしいTOMOTからでした。

  • 16Feb
    • 手洗い、うがい、お食事会の画像

      手洗い、うがい、お食事会

      どうも、TOMOTです。最近小難しい内容の記事ばかり書いていたので、今回は久し振りにイリナの子ども達の話をしようと思います。いえ、このブログの本義はそちらなんですけどね。とはいえ今回は私がちょっと時間に追われる週末を過ごしているので、足早に参ります。インフルエンザ、麻疹、コロナウィルス等々と最近は日本国内もパンデミック気味ですね。食事前や外遊び後に手洗いうがいをすることは当たり前として、如何にそれを徹底するかに重きを置きながら、イリナではしっかり衛生管理に努めております。ほとんどの子ども達はお医者さんの推奨している手の洗い方やうがい方法がだいぶん板についてきたように思いますけれど、それでも「洗ったー!」と言いつつ実は水で流してすらいない子もいたりするので、この時ばかりは洗面所でひとり職員がしっかり見ていないとです。こればっかりは職員の責任問題ですし、子どもは責められません。冬ですから水がとても冷たいですし、気持ちはわからないでもないですからね。笑ちゃんと洗った子は「おててが石鹸の匂いするよ!」と自ら両手を差し出してくるので、警察犬みたいに香りでチェックすることもしばしば。しっかりと習慣づいてくれると嬉しいですね。余談ですが、トイレ後に手を洗わない子が非常に多く、何でかなあと子ども達複数人の行動を観察してみたところ、どうやら水洗音が怖くて逃げるように出ていたパターンが相当数あるみたいでした。そういえば私も小さい頃、トイレが流れるあのジャーッという猟奇的な騒音な苦手で耳を塞ぎながら流していたなあと思い出し納得しつつ、現場を押さえたときは手洗い場まで連行しております。まあ面倒臭いからと手を洗わない子も中にはいるのですけれどもね、目には見えない細菌の世界は子ども達にとってまだ抽象的なものではありますが、だからこそ手洗いが楽しくなるような大人の措置も求められるところであります。手洗い警察24時。話は変わりますが、こちらは数のお仕事風景。平方の鎖という活動で、1のビーズ×1つ、2のビーズ×2つ、3のビーズ×3つ、……、10のビーズ×10が鎖で繋がっており、ビーズを数えながら数字の書かれた矢印を定位置に置いていきます。数学的序列や乗数への印象付けなどを行うこの教具ですが、久し振りに「これは数の敏感期だなあ」といった具合に、本気で集中しながら活動してくれた子どもさんに提供出来ました。以前からずっと数に対して強い興味のあるお子さんでしたが、この発端は100の鎖という活動の教具を見て、「これがやりたい」と言ってきたところでした。100の鎖も同様に1から100までビーズを数えながら定位置に矢印を置いていくのですが、その活動を終えた後この子は、すぐこちらの平方の鎖を見つけ「これもやる」と教具を持ってきたのです。さて、これの意味するところがおわかり頂けますでしょうか。ざっくり説明させて頂いたこのふたつのお仕事ですが活動内容的には非常に時間が掛かるので、まずもって一度に全部やる子は少ないのですが、この子は皆がお昼ご飯を食べ終わる時間までずっと数え続けておりました。これらの活動で数えたビーズの総数は485個、数えては矢印を置き、数えては矢印を置き、周囲の喧騒も無視して楽しそうに永遠活動しておりましたね。これが数の敏感期と言わずして何だと言うのでしょう。例に倣って、敏感期とは"ある特定の年齢にのみ出現する特別かつ一過性な期間で、この期間にあるお子様は特定のもの(その子が無意識下で「成長したい」と願っている肉体的及び精神的部位に関するもの)に対して非常に強い興味関心を示す"ことなのですが、このお子さんの場合は本質的に持っている"強い数への渇望"に加えて敏感期が重なっているように私は思いました。この子の年齢を考えると少し早い気がしなくもないのですが、あくまでも"敏感期が訪れる年齢"というのはひとつの指標に過ぎませんし、つまりお子さんが違えば敏感期の訪れるタイミングも前後します。モンテッソーリ先生が実際に実験したという「敏感期の子どもが本気で活動していると、座っている椅子を机の上に子どもごと持ち上げようとも、他の子ども達を引き連れてその子の周囲をぐるぐるパレードしようとも、歯牙にも掛けない」というそれを思い出しましたね。活動してから教具を全て片付けるまで結局13時半くらいまで掛かったので、他の子ども達が外遊びに出ている間、一緒にお昼ご飯を食べました。後半私は端に座ってほぼほぼ眺めているだけでしたが、「楽しかったね、またやろうね」とニッコニッコ笑いながら言われると、こちらも温かい気持ちになりますね。次は1000の鎖かなあ。数繋がりで、エレメンタリーの数活動。あるお子様方は負の数の計算に入りまして、本来は負の数を紹介する特別な教具があるのですが、あいにく私は持っていないので通常のビーズとカードで代用して行うことに。こちらはその子が自作した問題のようですね。数好きで飲み込みの早い子だからこういうやり方でもさらさらっと活動出来ますが、やはり負の数提供用の教具が欲しいところです。どこか海外で取り扱ってないかな、今度調べてみよう。最後に、金曜日のお食事会について。お世話になった年長さん達に感謝を込めて、みんなでお昼ご飯を作って食べる会です。献立はハンバーグ&ライス、春雨サラダ、フルーツポンチ、ケーキでした。てんやわんやしながら作りましたけれど、どれもそれなりに仕上がりましたね。そして皆の食欲の凄まじいことこの上なし。やはり自分達で作って食べると美味しいのでしょうね、普段あまり食べない子もここぞとばかりに、顔面で食事を堪能していました。おでこに生クリームをくっ付けていた子もいたので、「お皿ごといったなこれ」と内心笑いながら、そっと拭き取っておきました。笑何しろ楽しいお食事会で良かったですね。これにて今学期の大きなイベントは(恐らく?)全て終わったと思うので、後は残りの時間を掛けてきちんとした小学生になる準備をしてもらいたいところです。今年の年長さんは全員、ちょっとはじけ過ぎているところがあるので、年長さんらしい凛としたものを年下の子達に残していってもらいたいですね。その為には何が必要なんだろうなあ、静粛の練習とか提供してみようかなあ。さて、本日はエレメンタリーの子ども達が題しました「ちょっぴり遅い新年会」こと、レクリエーションがあるので、足早な記事となりましたがこの辺りにしておきます。と言ってもこの記事が投稿される頃、ちょうどレクリエーションも終わる頃合いですけどね。3番目のグレートストーリーも提供するので、ずっと翻訳&推敲作業に追われていましたが、これでようやく歴史分野の活動にガンガン入れます。物語のタイトルが"the story of the coming of human being"と言うのですけれど、直訳だと"人間到来の物語"だよなあと思いつつ、内容に合わせて"人間誕生の物語"にしてみました。人間の特別性と、何が人間を特別たらしめるのかということについての話なのですが、この活動はテンポが大事な気もするのでしっかり頭に内容を入れておかないとです。もちろん大まかな内容は覚えていますけれど、他のグレートストーリーと違い、子ども達に結構質問をするので、意図しない返答が来たときにちゃんと本筋へ誘導出来るよう物語の主軸を固めておかないとですね。それでは、今回記事はこんなところで。にほんブログ村↑クリック頂けると更新頑張れます↑☆聖イリナ・モンテッソーリスクールこどもの家ホームページ ☆☆小さなイリナの家便り ☆↑イリナ関連リンク↑以上、最近休日という言葉の意味を悶々と考えてしまうTOMOTからでした。

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