今日は朝から日差しがまぶしく快晴だった。最低気温は7度、最高気温は13度といった具合で、昨日の寒さからは脱した。

 

「東京新聞」の「大波小波」というコラムに二度にわたって小林哲夫『予備校盛衰記』が取り上げられている(2026年3月8日、13日付)。

 

「香織」氏は「予備校の文化」と題して、個性的な教員による自由な授業から独自の文化が生まれてきた、という小林哲夫の指摘を紹介している。

また、河合塾に通ったという「鶯」氏は自身の体験から、「授業は型破りながら、本質の深掘りと全体への俯瞰があった」という。その理由については、学校や学問のあり方を徹底的に問い直す全共闘の闘志が予備校に流れ込んできたからだ、という小林の指摘を紹介している。では、なぜ予備校は全共闘の闘志を採用したのか。河合塾の理事だった丹羽健夫によれば、志望大学への合格という強烈な目的とその逆の非常に身軽な"自由"な雰囲気があったからだという。

 

要するに「個性的な教員による自由な授業」が行なわれていたから、予備校の授業はおもしろい、ということである。そのような個性はおそらく、学問の目的は何かということを徹底的に考えたことに由来する。その結果、学問を対象化し、客観的な目で捉え、落ち着いた態度で授業ができるのである。

 

そしてこのような個性は全共闘の闘志にだけあるわけではない。

予備校講師・林修はあるTV番組で「予備校の先生ってどういう人がなるのですか?」との問いに、ずばり「大学院くずれ」と答えたあと、口に出してはいけない真実をしゃべってしまった、というような素振りをみせていた。だがこれもまた真実で、大学院で徹底的に研究した経験のある人も個性的な授業を行なっているはずである。

 

とはいえ、予備校にこそ真の学問あり、などと考えてはいけない。「予備校は日陰者に徹すべし」という丹羽健夫の言葉を正当に位置づけなければならないのである。