山本祥一朗の酒情報 -59ページ目

山本祥一朗の酒情報

山本祥一朗の酒情報

毎週土曜日になると、朝日新聞にサザエさんの昔の漫画が載り、それにまつわる現在の世相との違いなどが面白い切り口で語られる。

カットにあるのは、長谷川町子美術館に収められている家族だが、家族構成も各々の年齢も当時とちっとも変っていない。
今でもフジテレビで「サザエさん」の放送が続けられているが、一昨年、この放送45周年を記念した時で、放送6,763話目にして平均視聴率23.1%というから驚くべき数字といえる。

ところでそんな昔にはどんな酒がよく飲まれていたか――。時代とともに味の傾向も変わると思われがちだが、長年の間、一つの銘柄にこだわって飲み続けている人も少なくない。
それは「時代を超えた旨味」にとりつかれた人がそれなりにいるからではないか。

生前の長谷川町子氏は、オリジナルドラマをすすめられても「同じメンバーの同じ似た話でいいんですよ。名人芸の人の話は同じ事を何回聴いてもいいものではないですか」と言ったという。


石原裕次郎が早逝したのは「酒のせい」だといわれていた。『我が人生の辞』(主婦の友社)は裕次郎の逝去後、夫人の石原まき子さんが裕次郎の口述としてまとめた本だが、酒は好きだったにしてもそれほどでもない、と書いている。

しかし、兄の慎太郎によると、『老いてこそ人生』(幻冬舎)の中で、裕次郎が親しくしていた宝酒造の大宮社長から贈られてきた焼酎の「純」2ケース20本のうち15本を一人で飲んだ、と仲間が言うのを、裕次郎が「違う、12本だ」と言ったというのである。

「そんな彼だったから、年のわりに血管が老化してしまって解離性動脈瘤なる厄介極まる病気にかかり、九死に一生を得たのに、あまり反省もなく……」と書いている。そして「弟の無類の酒好きなのは有名なことですが、それを明かす挿話には事欠かない」ということで、日本酒なら一人で四升飲んでしまう、などとも言っている。

適度な酒で長生きするか、大酒を続けて寿命を縮めるか――この石原兄弟の話は何かと興味深い。


ユーロ圏の中でギリシアだけが経済困窮の孤立状態になっているのはご存じの通り。

私はかつてギリシアのアテネ経由でキプロスへ行った時(この話は拙著『キプロスに酔う』(竹書房刊)に書いた)、帰途アテネに一泊した。その際、アテネの観光バスに乗って、ガイドの話をテープに収めていた。すると50歳がらみのその女性は私のマイクを払いのけるのである。つまり録音させない、というわけだ。こんなことは初めてのことで印象の悪い観光だった。

その日はアテネにある日本料理店へ行った。「京都」という店で和風造りの壁面には京都の山並みと渓流のパネルが広がっている。

注文を取りにきたのは現地人だが、「アジノヒラキテイショクアルヨ」というから頼んでみた。それが写真で、2,000円ほどだったから、土地柄からすれば高くはない。酒は徳利13本どり(一升瓶から13本とれる意)で、これも2,000円程度。酒は月桂冠で少々ヒネていたが、まずまずだった。観光バスの悪い印象がこれで少し拭えた。