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山本祥一朗の酒情報

山本祥一朗の酒情報

昨年出した『酒つながり』(社会評論社)の「酒を注いだり注がれたり」のところで書いたのだが、酌のマナーについて、パーティーなどで会った人から訊かれることがよくある。そこでその時の画面を添えて説明しておく。

これはNHKの作法相談のコーナーで町の床屋の設定。奥さん役の竹下景子さんに訊かれるままに酒の献酬の説明をするというシーンだ。最初に酌をするのは客を呼んだ側で、竹下さんがまず私に酌をする。その後で「お流れを」と酌をした竹下さんが私にいう。つまり、画面にあるように水の流れのように一つの酒杯が行き交うことをいうのである。この時、場合によっては盃洗(はいせん)という水をはったどんぶり状のもので軽くその酒杯を洗ってから返す。そして竹下さんに渡して酒を注ぐ。

このような酒を酌み合う場面を続けたのだが、これはわれわれ日本人ならではの古来からの習慣ながら、近頃ではすっかり影をひそめた。それでも地方の和式の宴会などでは今も根強く残っているところもあるから、知っておいて損はない。

発泡酒や第3のビールは、ビールと比べて泡の立つ割合が少ないこともあり、昔あった「ビールと泡についての論争」ほどには盛り上がらない。しかし、ビールの愛飲家にはジョッキに立つ泡の割合はやはり気になるようだ。

20年ばかり前に英国政府が、国内のパブ(居酒屋)で1パイント(0.56l)入りのジョッキにビールを注ぐとき、5%までの泡ならビールと計量してもよい、という政令を出したが、これに噛みついたのがビール愛飲家だった。
というのも、当時与党だった保守党が前年の総選挙の際、「ビールの泡は除いて計量する」と公約していたからである。たった5%とはいえ、これを年間のビール税に換算すると4億ポンド(当時約660億円)にもなるというから、ビール党が息巻くのも無理ない。イギリスのビールはエールのように泡の出にくい成分が多い。それをなみなみと注ぐパブがそれまでは普通だっただけに、5%の泡だけでも敏感に反応したのである。

わが国でも昔から泡論争はあった。昭和15年といえばかなり昔になるが、この年には法廷論争にもなり、「ある程度の泡はビールである」という結論に到達した。その時は、泡は2~3割なら認められる、となったから、それだけ日本人は鷹揚なのである。

日本でのビールの泡の割合を端的に示すのが別掲の写真である。今は亡き新井徳司さんというビール注ぎの名人が東京駅八重洲口に近いところのバーにいた。新井さんによると、「爽快感を演出する炭酸ビールは、ビールを注いでいる間にもどんどん逃げる。従って、時間をかけた注ぎ方は駄目。
常に、①早く ②同じ泡を一定に ③おとなしく注ぐ の3点を心がけていた。店にある430mlのジョッキは、5~6分で空けてほしい」との話だった。

新井さんが右手に持つのは業務用サーバーで、手前に引くとビールが出て、向こうに倒すと細かい泡だけが出る。新井さんは、1によって盛り上がった泡をヘラでそぎ落としながら注いでいた。泡もビールのうちというなら勿体無いことだ。

泡がきめ細かいことの証拠に、マッチの軸が泡の上に立ったのである。その新井さんが手にしたジョッキの泡の分量をご覧あれ。

「海外で一番多く行った国はどこですか?」ときかれることがあるが、即座に「ドイツだ」と答えている。昨年暮れのこのWebでも書いたが、それはノイシュタットの品質検査事務所での体験だった。ドイツの審査は日本酒より楽だとも書いた。

ドイツへの最初はライン川を一週間にわたって上り下りする船旅だった。それも冬での体験で、最後はシュパイヤーでのクリスマスイヴにまで参加した。



ワインに不凍液が混入していたといって騒動になったのは、隣国のオーストリアからの不凍液混入ワインだったが、その時はラインガウをはじめとして、ワインどころとされるところはすべて案内された。ドイツ最古のワイン蔵であるトリアなども含めた11の銘醸地を訪ねた。それらは『海外酒事情』(時事通信社)ほか何誌かに書いている。

カットはそんな視察が報道されたドイツの新聞の一部で、左にボトルを持っているのが筆者。