PHPというプログラミング言語に重大な脆弱性が見つかったというニュースがありました。
2026年10月21日、PHPの開発チームは、攻撃者がサーバー上で任意のコードを実行できるおそれのある脆弱性2件について、修正版を公開しました。
これは、ウェブサイトを運営する側にとって、確かに軽視できない問題です。
ところが、このニュースをめぐって、気になる反応がありました。
テレビでは「今日はネットを触らないで」といった趣旨の注意喚起もあったそうです。
SNSでも、スマートフォンのWi-Fiを切る、電源を落とす、といった対策を勧める投稿が見られました。
もちろん、発信した人に悪意があったとは限りません。
むしろ、危険なことが起きていると知り、誰かを守ろうとして注意を呼びかけたのかもしれません。
しかし、ここで一度立ち止まって考えたいのです。
その対策は、本当に今回の問題に対して有効なのでしょうか。
■「危険らしい」と「何が危険なのか」は違う
今回問題になったのは、PHPという、主にウェブサーバー側で動くプログラミング言語の脆弱性です。
PHPは、WordPressをはじめ、さまざまなウェブサイトやウェブサービスで利用されています。
簡単にいえば、利用者がスマートフォンやパソコンでウェブサイトを閲覧するとき、その裏側で処理を行う仕組みの一つです。
今回の問題で対処が必要なのは、影響を受けるPHPを使用しているサーバーなどです。
では、一般の利用者がスマートフォンのWi-Fiを切ったり、電源を落としたりすれば、サーバー側の脆弱性は修正されるのでしょうか?
当然、修正されません。
スマートフォンの電源を切っても、ウェブサイトのサーバーにあるプログラムが更新されるわけではないからです。
もちろん、特定の攻撃を避けるために通信を遮断することが有効な場面はあります。
しかし、それと今回の脆弱性への根本的な対処は別の話です。
PHPの開発チームは修正版への更新を強く推奨しています。
つまり、今回のニュースで重要なのは、ただ「インターネットが危ない」と騒ぐことではありません。
何に脆弱性があり、誰が、何をすべきなのかを理解することです。
※一般の利用者が、利用中のサービスのサーバー環境を自分で確認・更新できるとは限りません。
サービスの運営者や管理者が対応する領域もあります。
■善意なら、間違った情報を広めてもよいのか
私は、ここを考えてほしいと思っています。
注意喚起をした人が、誰かを怖がらせようとしていたとは限りません。
技術的なことがよく分からないまま、重大なニュースを見て、「とにかく危険を避けてほしい」と考えた可能性もあります。
それ自体は理解できます。
しかし、善意と情報の正確さは別です。
善意であっても、効果のない対策を広めれば、受け取った人は誤った行動を取るかもしれません。
本当に必要な対処を見落としたり、関係のないことに時間を使ったりする可能性もあります。
そして、発信者が著名人だったり、テレビなどの大きな媒体だったりすれば、その情報は多くの人に届きます。
発信力が大きいということは、それだけ影響にも注意しなければならないということです。
「心配して言っただけ」
「念のために言っただけ」
「間違っていたとしても、注意するに越したことはない」
こうした言葉だけで、情報の正確さを問わずに済ませてしまってよいのでしょうか。
私は、そうは思いません。
■分からないことに出会ったとき、人はどうするか
知らない用語が出てきた。
聞いたことのない技術の話が出てきた。
ニュースでは「重大」「危険」「緊急」といった言葉が並んでいる。
そんなとき、必要なのは、まず調べることです。
今回なら、例えば次のような順序で確認できます。
【1】何が起きたのか
PHPに脆弱性が見つかった。では、PHPとは何なのか。
【2】誰に影響するのか
ウェブサイトの運営者なのか、一般の利用者なのか。それとも、条件によって両方に関係するのか。
【3】公式には何が推奨されているのか
開発元は何を発表し、どのような対処を求めているのか。
【4】自分が見た情報と一致しているか
SNSの投稿やテレビの説明が、公式発表と食い違っていないか。
この程度の確認でも、少なくとも「危険らしいから、とにかくスマホの電源を切ろう」といった短絡的な判断は避けやすくなります。
もちろん、誰もがプログラミングやサーバー管理を理解する必要はありません。
専門家と同じ知識を身につけることが目的ではないのです。
分からないことを、分からないまま断定しない。
これだけでも、情報を扱う姿勢は大きく変わるはずです。
■「有識者」という肩書きより、何を根拠に話しているか
SNSでは、専門的な話題になると「有識者」を名乗る人や、はたまた芸人、芸能人らが
詳しそうな口調で解説をしている場面が出てきます。
しかし、肩書きや自信のある話し方は、内容が正しいことの証明にはなりません。
専門分野が違えば、詳しい人でも分からないことはあります。
また、普段から正しい情報を発信している人であっても、すべての分野に精通しているわけではありません。
大切なのは、その人が何者かということだけではなく、何を根拠に説明しているかです。
公式資料を確認しているのか。
一次情報に当たっているのか。
分かっている事実と、本人の推測を区別しているのか。
間違いが分かったとき、訂正できるのか。
こうした点を見ずに、発信者の知名度や肩書きだけで情報を信じるのは危険です。
これは、専門家を信用するなという話ではありません。
専門家の説明を尊重することと、根拠を確認せずに丸ごと信じることは違うという話です。
■情報教育は「危険に気をつけましょう」で終わってはいけない
私は、今回の一連の反応を見て、情報教育について考えさせられました。
ただし、テレビでの一つの注意喚起や、SNSで見かけた投稿だけを根拠に、日本全体の情報教育が遅れていると断定するつもりはありません。
問題は、もっと根本的なところにあると思います。
危険な情報を見たときに、怖がるだけで終わっていないか。
有名な人が言ったからと、内容を検証せずに信じていないか。
自分がよく知らない話題でも、調べずに人に教えようとしていないか。
そして、情報を発信する側も、受け取る側も、こうした点を意識できているでしょうか。
総務省が2026年に公表したICTリテラシーの実態調査でも、偽・誤情報を拡散した人は、拡散していない人に比べ、リテラシーテストで全問不正解だった割合が高いという結果が示されています。
これは相関関係を示すものであり、特定の人が誤情報を拡散した理由を直接証明するものではありません。
それでも、情報を見極める力と、情報を拡散する行動には関係があることを考えさせる結果です。
情報リテラシーとは、パソコンやスマートフォンを操作できることだけではありません。
検索できることだけでもありません。
情報を集め、根拠を確かめ、複数の情報を比較し、事実と推測を分け、自分で判断する力です。
そして、自分の判断が間違っている可能性を認めることも、その一部でしょう。
■分からないなら、調べればいい。調べても分からないなら、断定しなければいい
私は、知らないことがあるのは悪いことだとは思いません。
誰にでも知らないことはあります。
専門外の話題を、すべて理解することもできません。
問題は、知らないことそのものではなく、知らないまま断定し、それを他人に広めてしまうことです。
調べても分からないなら、「自分には判断できない」と言えばいい。
専門家の判断が必要なら、専門家の情報を確認すればいい。
それでも分からないことが残るなら、分からないままにしておけばいいのです。
無理に答えを出す必要はありません。
不確かな情報を自信満々に語るより、ずっと誠実な態度だと思います。
インターネットが普及したことで、私たちは以前よりも簡単に情報を手に入れられるようになりました。
しかし、情報が手に入りやすくなったことと、正しい情報を見分けられるようになったことは同じではありません。
むしろ、誰もが簡単に情報を発信できる時代だからこそ、受け取る側にも、発信する側にも、慎重さが求められます。
危険な情報を見たら、まず立ち止まる。
誰かの説明を見たら、根拠を確かめる。
自分が知らないことなら、調べる。
それでも分からなければ、断定しない。
たったこれだけのことが、情報に振り回されないための第一歩なのではないでしょうか。
「知らないこと」は恥ではありません。知らないまま、知っているように振る舞うことのほうが、よほど危ういのです。
【参考資料】
・PHP公式サイト「Security advisory: Critical remote code execution vulnerabilities, update now」
https://www.php.net/
・情報処理推進機構(IPA)「PHPのセキュリティリリース公開予定について」
https://www.ipa.go.jp/security/security-alert/2026/pre-alert20261021.html
・総務省「ICTリテラシーに係る実態調査」(2026年7月公表)
※本記事は、特定の発信者を攻撃することを目的としたものではありません。技術的な問題については、公式情報を確認したうえで、一般の利用者ができることと、サーバー管理者が行うべきことを分けて考える必要があります。