パキエのブログ -9ページ目

パキエのブログ

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空がどんよりと曇っている


  空が聞く

 
  「今聴いている歌 なんていうの?」


  「スカボロフェアだよ」





  「ふうん いい曲だね」


  「でしょ この曲気にいった?」


  「・・・うん・・・」






  「だったらさ もう少し雲を消してくれない?


   そして 夕陽を少しのぞかせてくれない」



  「・・・でもさ こういう空で聴くから この歌 いいかもしれないよ・・・」








 
 なんていうことはない


 空に教わっている


 空のが僕よりはるかに大人なのだ












   


















高村光太郎に似た人が 数日前


電車に乗り込み 僕の横に座った





そしておもむろに携帯を出して 画面に見入っている


お孫さんだろうか?


僕はチラッと画面を見ると


2歳ぐらいの女の子の写真が笑っている






その前の座席に座っている人たちは ほとんどがスマホをいじっている






携帯を見ていたその人が顔をあげ


前に座っている人たちを眺め やがて目をつぶった








そのとき 彼は胸の中で何を感じているのだろう





























村上春樹が ノーベル賞を取らなかったので


昨夜 彼の著書の中の一作を再読した







驟雨の中で逃げ込んだ軒先で短編を読んだような気分だ


彼の書いた本の中には 全部ではないけど 


文章の中に 雨のように聞こえる部分がある







問いかけても答えない雨の音だ















































時々行く公園の椅子のそばに


すり減っていく石がある







それをみてると 時々猫が横を通る


ノラ猫なのに優しい顔をしている


彼にはネズミを捕れないだろうな


なんて危惧しても ここは優しい女性がたくさん来ていて


そっと猫に餌を与えているのだ







ここでは猫はホトトギスの真似をしないで済むのだ
































すこしずつ風見の鶏の上に寒さがきている


すこしずつ木の枝が針金になっていく








イムジチの「四季」が好きでよく聴くのだけど 「秋」だけはあまり聴きたくない


これはとても不思議で秋が四季の中で一番いい季節のはずなのに



(僕は)四季の曲の中で、秋が一番好きでない

だから秋に「夏」を聴く




銘柄の器に盛られた 古都 X X X X の懐石料理が嫌いなように・・・













































 鎌倉に行ったら必ず寄る寺がある


極楽寺の前の坂を登り 紫陽花の季節以外はとても静かな「成就院」という寺です








ここの寺は、いつもさりげないとても小さな花器に 四季の花が活けてある


それを手を合わせたあとに見るのがとても好きで


静かなその時間は 本当に花と会話をしている気持ちになる






「今日は桔梗の花よ 素敵な色でしょう?」


て 花器から言われている気がする























































古寺の中には 観光化しすぎて


その寺の池の水が涸れているように その寺の思想も枯れている


読経を団体がバスで降りるとカゼットテープで寺中に流すのだ






仏師が血を流すように時間をかけて彫った仏像でなく


金属の型に入れて作った仏像みたいだ







木という言葉では 語りきれない木の素晴らしは


自然の中で見られるように・・・

































まだ4時過ぎなのに もう外は暗い


僕のベットの横に置かれた読みかけの本が 僕を見て誘惑する


「テレビで映画を見る前に 少しでいいから読んでくれない」







  でもその前に


柿やりんごやバナナ


そして少しの野菜を買いに行かなくては




そしてノンアルコールのビールもね




  しかしあの飲み物はなんてまずいんだ!














 












🌸

























  この季節に 森に行くと



風が木の葉を誘惑するのが見れます


 「気持ちがいいよ 空を舞うのが・・・」






て、言われて紅い葉は 木から離れて舞うのですが




円舞曲はないけど 風の音と鳥のさえずりが秋の歌を歌いだすのです




























もうじき ここも乾草の匂いが満ちてくる


枯葉は虫たちの布団となり 毛布となるのでしょうね







もしかしたら四つ星のホテルのベットより 気持ちがいいのかもしれない






























 「少し 分けてくれないかなぁ~」


 「あたしも 欲しいわ」








 
パンをベンチで食べてると 時どきじーと 見られます


小鳥たちにです





その時の小鳥たちの目は 可愛いですよ



























よく 木に 木の名前が書かれた札が貼ってあることがあります


それをしばらく見てたら、木が照れくさそうに揺れました





葉が赤くなったのは そのせいかもしれません






























ウオークマンで音楽を聴きながら 自然の中を歩くのが好きなのですが


この時期は耳からはずします








足の下にある枯葉の音を聞きたいからです




モンタンも、もしかしたらパリのリュクサンブール公園でこの音を


モンローと腕を組みながら歩きながら 聞いたのかもしれないな


焼き栗を食べながらね





もしくは セントラルパークで・・・




  落ち葉も「お熱いのが お好き」な はずです ^^
































「枯葉」


秋に聴くと身に心に、沁みます








🌸









































いつのまにか 部屋が暗くなっている






そうか 今は秋なんだ


なんて 当たり前のことを 呟く





そういえば 空が紅く染まるのを見ながら


帰るいつもの道も もうすでに暗い






秋に咲く花は


睡眠時間が長く


その分 たくさん甘い夢を見れるのかもしれない



































  夕陽といえば


野毛の川から見る夕陽を見てたとき


誰かから肩を叩かれた



  「今日もよかったら 寄ってね」







誰だかよく覚えていない


ただその時に流れた香りだけは よく覚えている








野毛の傍に ジャズを聴かせる「千草」という名前の店があった


そこでジャズを聴いたあと


時々寄った店の人かもしれない









酒が吞めた時の LPレコードのような記憶だ


































家で 香を炊いていて「Cafe Arabia」を聴いていたとき


急に古寺にいきたくなり 翌日甘美な蜜を求める蜂のように出かけた


古寺に焚かれる香と そこに吹く風を愉しみたくて・・・










インドやミャンマーのようにはいかなくても


日本には古寺が多いのだ







ただ日本のそういう場所で誰かと邂逅したときの 別れは


それほど哀愁はないのだけど









異国での邂逅での 別れの寂しさは強い気がする


汗臭いボロボロのバスで何回かいっしょに乗った仲でも


 サバ!  またね


と言ったら 本当の判れなのだ







  その時に胸に言葉にならないものが 降る・・・・のだ





























静かさが寺にある



しばらく好きな場所に佇む







雲がポニーテールに髪を結び、僕の過去帳を見たがる


  ヤレヤレ




























その寺の薔薇は 弁えていて


駆け落ちをした恋人たちにも 優しく笑いかけ





夏でもないのに蚊帳から出てきたような紅い顔をした女性にも


優しく笑いかけ









最後の一行を語れない人にも


優しく笑いかけるのだ

































🌸





















今日も 陽がさしている




窓にカーテン代わりにかけてある簾から


陽がこぼれて部屋に入る





  

いい午後かもしれない


夏の名残の花が 微かな匂いで部屋を満たしている








微かな風が木の葉を揺らし


少し開けた窓から 風が部屋に入る








いい午後かもしれない


秋の始まりの やや淋しい風が 微かに部屋の中を通り過ぎていく





























今見る川は

メランコリックで 時には恋に破れた子猫の目のように



危ない色をしている







そういえば 今年の夏


この川にも燕がいた気がする










少し長く燕を見ていたかもしれない


誰かの本の中で


 「生きているものの中で 一番潔いのは鳥ではないのかな」


と書かれていた





  




記憶の中の川は


ジグゾーパズルの破片が埋まったような爽やかさに満たされ




燕もすいすい空を泳ぎ


夏の香りが川を満たし 子供が描く絵のように鮮やかで


川に心があるなら 傷のないまっしろな キャンバスのような気がした






























ただ

それはあくまで僕の感覚であって




本当に ニライカナイの香りが数%あるのは








今なのかもしれない


































夏はあとから来る秋の


一年で一番月が綺麗に見えることを 知っていて


ジェラシーを感じて蝉に合唱させているのだ








蝉が鳴くのは


夏の素晴らしさでなく







やがて秋が来る前に尽きる命を


      嘆いているのだ































🌸
































好きな季節になり 


やたらニコニコしています



現実にはいろいろな雑事や いろいろな嫌なことがたくさんあるのですが・・・












カラスに追いやられて行き場のない小鳥も


綺麗な声でさえずるのは


小鳥たちは、カラスのことは一時記憶の隅においやる術を知っているのかもしれません








小鳥たちに いつかそのコツを聞いてみるつもりです^^


































木々の間をゆっくり歩きたくて


先日 おにぎりとお茶を鞄に入れていつも行く公園に出かけました








池のオタマジャクシにも挨拶をしなくてはいけない


でも もう蛙になっているかもしれません







本屋の紙の匂いが好きなように


こういう場所の木々の香りが好きです



     

   
   温かい日でした
































普段 僕は行いが悪いので


公園に出かけたら、たいてい小雨か 曇り空なのですが 何故かこの日はよく晴れました






正直少し 不気味です (-_-;)




























武士は飽食はしない


でも僕は武士でないので ベンチに腰掛け おにぎりをたくさん食べる


たくさんお茶を飲む






ただ端唄は聞こえず その代り小鳥がさえずる


温かく 静かで


そのせいで幻想的な気持ちになる









もしかしたら僕は起きていなくて 半分夢の中にいたのかもしれないな


ふむ きっとそうだ






青い空に 秋の雲





  「智恵子さん 東京にも空はありますよ」
































この公園には沼のそばに 茶色いノラ猫君がいます



いつも女性の傍に行くのが好きで


そこで食事にありついている








人間の男なら許せないけど 猫なら可愛い




僕もノラ猫とよく遊びますが


もしかしたら猫が僕と遊んでくれているのでしょうね































春は眠くなるのに


秋はあまり眠くならないのは なぜなのでしょう?







なのに 猫はよく眠るなぁ~


鼠を取らずに済むせいかもしれませんね^^




















































読書の秋と よく聞きますが


僕の場合 秋が一番本を読みません






本を読む時間を秋にしかできないことに 費やしているせいだと


自己判断しています









ナイスです



























🌸




























夏の匂いが ほぼ消え去り



秋の匂いが街を包み 山を包み 海を包んでいる







外を歩くにはピタリと季節ですね






秋の果物がとても好きです

その次に野菜





インドはベジタリアンレストランが多く野菜好な僕には

とても旅するには楽な国です

でも日本にもとても美味しい野菜料理を出してくれる

店や宿がたくさんあります

































今住んでいる界隈には 美味しい野菜がなかなか手に入りません




でもこれから好きな柿が食べれます


カキッとした柿も好きなんですが


熟れた柿も好きですね







林檎や梨などは熟れたら美味しくなくなりますが


柿は別です


  「熟れた果実」




よく目にする言葉です































柿を思うとき


まずすぐ頭をよぎるのは 奈良なんです







多分に正岡子規が頭に中にあるのでしょうね




海に物を落とすと 自然に沈んでいきます


でも子規の言葉の数々は なかなか僕の頭の中で沈んでくれません






しかし変色するフィルムのように


少しずつ変化していくのを感じます






花が陽を浴び


時間と共に 花のうぶ毛に宿る光は変わっていくのに似ています






























子規に限らず


僕の鞄の中に よく詩集や俳句の本が入っています





仕事に行く途中の中で


恋愛小説や推理小説本はなかなか読みずらいのです






長く乗車する場合は別で


例えば 5というページになり それを詠み切ったら本を閉じ

今度は俳句などを読みます




















   ヴォンダは紙コップに酒を作ってから、いった


   「2時頃会える?」


   「やりくりがつけばね」


   「あてもなく待つには外は寒すぎるわ、ミロ」


           (酔いどれの誇り ジェームス、クラムリー)








この時 降りる駅が来たら 続きが凄く気になります (-_-;)



























もうじき枯葉が舞いだしますね



今からどこに行こうか ワクワクしています


古寺の周りの紅葉もいいし


山奥の鳥のさえずりを聴きながら落ち葉を踏みながらの


散策もいいですね







そういう場所は


もしかしたら 新たな何かを見つけることが できるかもしれません































🌸
























また映画主題歌を・・・載せました


映画狂のブログなのでお許しを











載せた歌の 映画の題名は「過去を持つ愛情」




辛口な大人の恋の映画です


この映画は残念ながら劇場でなくテレビで見ました


確かNHKです












テレビで見る映画に対して僕なりのこだわりがあります


民放はみません


ノーCM  ノーカット ノー解説(見た後や見る前の解説者の話は聞きたくないからです)


もちろんスーパー字幕です

































映画の舞台はリスボンです


この映画を見てしまったおかげで 何年後にリスボンを訪れました









映画のストーリーは内緒です^^








主役の女性はフランソワーズ アルヌールと猫のような役者です



映画の中で歌われたのが「暗い艀」という題名の歌で 映画ではアマリア、ロドリゲスが


歌っていました











この歌は ファドなんですが なぜか悲恋映画にピタリです































先日

お台場近辺に遊びに行きました



皆が行くコースの逆を歩きました





この海に執着やねたみを言うためです


港に対する僕の虚無なのかしれません




それも心を通過する虚無でなく 心の中に居ずいている虚無です






























海を見たい欲望は(僕の場合)数種類あり




ある時レンジで焼いた餅を食べた時に感じる


ああ 火鉢で焼いた餅を食べたいなぁ~


あるいは 火鉢で焼いた秋刀魚を食べたいなぁ~




という気持ちに似ていて


たくさんの人がいる場所の海は見たくなく


時にはあまりに美しい海も見たくないなぁ~


などと思う時もあるのです






























男女の吐き出した哀しみが 染みた海を


時々見たい時もあるのです









で、この歌(暗い艀)を載せました


この映画の海は そういう海でした



























レインボーブリッジのすぐそばに


海を向かう船が見えたり


カモメが鳴きながら餌をねだりにくる静かな公園があります








ほとんど人はきません


恋人同士が愛を囁くにはピタリの場所なはずなのに 


たまたまなんでしょうけど 静かに海を眺めている老人と


自転車できて ただボンヤリと海を眺めている女性しかこの公園に来ませんでした












僕はウオークマンからファドを聴き


こういう時間もいいかもしれない






    なんて つぶやくのです










































🌸
























基本的に夜が好きです





そして夜に聴く音楽はあらゆるものを聴きます


中原中也が飽きたジャズも、古寺の裏通りから聴こえてくる端唄も


9歳の子供が好きな童謡も


陽が当たり透けるような紅い耳朶を見ているとき聴くシャンソンも


禁酒禁煙の文字が貼ってある壁を見ながら聴くクラシックも








そして


タンゴもボサノバも演歌も 


そしてファドも・・・





そのために 僕に夜がある気さえ します

































時々ですが


夜が朝にリレーのバトンを渡す時


こっそりそのバトンを隠したくなります





世界中がもっとも静かな夜に


僕の中のアドレナリンは 恋しているのです







真夜中に飲むブラック珈琲が美味すぎるのかもしれませんね


酒を控えているので やたら珈琲や紅茶を飲む量が増えました





































夜でも 窓を開けています



風が恋人たちの熱い溜息と 夜に咲く花の香りが窓から入ってきます



昼間あれだけ動いていた物たちが 夜は止まり


カラスの騒音に近い鳴き声も


夜はまず一休みです



































ただもう朝の散歩には不向きな季節になりました







昔 京都の宿に泊まったとき


寝付けず 


朝方 近所を散歩したことがあります







 「寺に行く薔薇いろの頬とすれちがふ 

  石段坂の夏の朝風」




のようなことはなく その変わり、とても可愛い猫が挨拶してくれました




   「目が赤いわね 恋人と喧嘩でもしたの?」


と問いかけたような猫の目でした・・・



































新しいシャツを買っても


着古したシャッのが着る回数が多いように


秋の朝の食事はいつもと同じメニュウ







時々 テレビや雑誌の影響でたくさん野菜を買いこみサラダを作り


バッハなどを聴きながら食べるのですが


それは月に数度しかありません








若いころ少しだけいた某国の朝食は


カフオレとバンケット(もしくはクロワッサン)しか食べなかったので


その癖がまだ残っているのかもしれません






























でも数日

朝が好きになれる季節です





窓の外に見える木々の葉はまだ青く


夏の頃と比べて空気も澄んでいる気がします




ただ僕は凡人なので 窓の外を見てても どこかの詩人のように


永遠と虚無について思考できません







その代り


小枝に止まっているつがいの小鳥たちの 朝の逢瀬の愉しみは


こっそり 見られます







   小鳥たちと視線が合わないように 願うだけです^^

























🌸






























8月中 個人的に少し嫌なことが続いたので


気分を変えたくて 個人的にとても好きな歌(曲)を載せさせて戴きます


前にもブログに載せたので2回目のはずです












大型の台風が来て


それが去ると秋がくるかもしれない


なんて渇望したのですが 今日は残暑で蒸し暑いですね





それでもかなり涼しくなりました


秋雨前線がきてるはずなのに 外は秋晴れ


秋虫が盛んに鳴いています































まだまだ心の底をたたくと 哀しい音が聞こえます


人生において 渡るべきの橋のひとつを渡った感じです






あといくつ 渡るのだろうか


絵のない絵本を見ているような気分です



























この鳥 名前をしりません


でもなぜか好きな鳥です



僕がカメラに写してからも 何分も経過しても 


まるで木彫りの鳥のように身動きを全然しません









もしかしたら善と悪を知り尽くした理性的な鳥なのかもしれません


おそらくこの鳥が人間になっても プラトンの書く本のように


「知を愛する人」「勝利を愛する人」「利得を愛する人」


のどれにもあたはまらないかも しれません
































載せた動画のように


こんなホットなライブは 残念ながら日本では見られません






青山にある 「xxxxxx」のようなメッキだらけの店などに行くと


ああ これなら末広の寄席を見にいけばよかったな


て思い そこに長くいるのが苦痛になることもあるのです









同系の店が アムスにあり


そこの店に入ると いくつもの音符が頭の中を踊りだし


木になっているもぎたての林檎をかじった時に 口の中にジュワーとくる感じが


いつまでも続くのです





























秋に片足だけ入れた挽夏






しまったな



僕の好きな歌「8月の濡れた砂」を今年もブログに載せていない



そうか

もう夏は終わりなのだ



まあ いいや




秋になれば好きな鍋物もたらふく食べられるし


美術館やコンサート


そして「枯葉」も聴ける


楽しみだなぁ~






















🌸



























学生時代

夏の好きな友人が一人いて




6月ごろから ホンダの中古を洗車し磨きこみ



  早く夏が来ないかなぁ~


なんて僕に会う度に 言っていた









暗い目をしたとても手が綺麗な男で


指はピアニストのようだった






冬でも 彼の部屋に遊びに行くと まず聴かされたのが サマータイム


彼の心はポギーに違いない...





























朝方


身体に秋が触れた気がした








冷やりとした風が心地よく 阿弥陀の指を真似してしばらくその冷気に


身体を任せる






僕自身 秋が好きで 秋という名前に合わずに 飽きない
































ジャニスが歌う「サマータイム」は


秋を感じる時に聴くのが好きですね





彼の影響も少しはあるのかもしれない







その時は感じなかったのですが どこか切なく聴こえるのです


気のせいか今鳴いている蝉の声も 虫時雨に感じます
























部屋のレースのカーテンが風で揺れている


ひと時の涼しさがある



このまま夏が終わってくれないかな

なんて思っても去年のように短い秋で終わり 急に冬になる気がする








  「秋風の吹く暮方に ちぎれ飛ぶ雲と

     ならまし君をわすれて」








もしかしたら


あと数日で与謝野晶子の歌のように時が来る気がする





























今年の梅雨も台風と共に去り

これから来る台風も もしかしたら夏に好かれ夏が

いっしょに駆け落ちをしてくれるかも しれん


こうろぎも もしかしたら期待している かも、ね




























でも 音信のない ジャニスの好きな彼は

悲しむに違いない






でもそうしたら月の砂漠を駱駝と共に歩く夢を 見てもらうしかないな







ホンダの運転席の代わりに 駱駝の背に乗れば


甘い邂逅もあるさ・・・



























🌸