パキエのブログ -7ページ目

パキエのブログ

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泣いてる風をみたことが ある?



て小鳥に言われたことがある







私は見てない


でもあんなに葉が揺れて


あんなにビルが哀しそうなら


もしかしたら 風は泣いているかもしれない







あなたも


見てないでしょう?







風が泣いているとこ・・・など



  小鳥はじっと 僕を見ながら聞く



































もう6月


なんか嬉しい










昼寝した子猫が まだ夢の中にいるような顔を見たように


なんか嬉しい

























真夜中によく新聞を読む時がある






なんのための新聞か 分からない


読んだ記事は もうすべてテレビやラジオで報道されているのだ









真夜中に朝の新聞を読むことで


なにかいい事が起きるかもしれない


瞬時の期待が 微かにあるのだ












































花を見る事ができても


花の書く詩を読むことはできない









ただ


たまに花から語る言葉を聞くことがある



もしかしたら


自分たちの悲惨さを


僕に話しかけているのかもしれない










あるいは


自分たちの幸福を・・・


















































6月の爽やかな朝は


旅行鞄を持ち旅立つ時に


家を出た時の気持ちに似ている









とてもワクワクするのです




今日のように


風が少し頬を撫で、嬉しい気持ちの中に


微かな期待があるのです






微かな見えない何かへの期待が・・・









































木から出る新芽は朝 陽が昇る前に


哀しい涙を流している








避けようもない 悲劇をすべて理解して、諦めてしまったことへの・・・


涙を





























これから重いカメラを提げ



何処へ行くか愉しむ時間が増えます









時々 かなり辺鄙な場所で


1時間に二度しか来ないバス停で バスを待つ時も


6月なら苦になりません








そこで


バス停にある椅子の上でうたた寝をしても


シエラザードの曲のように


たまに甘い夢をみることが できるのです







バスが来て 寝過ごしても また30分待てばいいのです







もしかしたら


小鳥も足元に来てくれるかもしれまんせんし ねw



























🌸






































あと少しで 6月


で、あと少しの5月の緑を愉しんでいます












5月の鮮やかな緑は




魔術を使い 少しの間


過去の傷を消してくれたように 思わせてくれます









それは大いなる勘違いなのを 充分承知の上で・・・


傷を忘れている























































花を見るのが好きで


そのくせ 見た花の名前も知らない












記憶力が悪いのでなく 何故か覚えることを


頭のどこかで拒否している









そのくせ 過去の映画の題名や監督 俳優などの名前は


鮮やかすぎるぐらい記憶しているのです











花と心を交じるくせに


自分でも信じられないぐらい、源氏名のような花の 名前を憶えない








ブッタは交わると愛情が増し そして苦しみも増す


と、言葉に残しています









まるで人間のようだな・・・花は













































5月は本来なら 涼しい風が吹き


木陰で微風を楽しみながら 本も読めるし、うたた寝もできる









でも今日はまるで夏です


ただ風があるので すべての窓を開けると風が流れていきます






ビールが飲めないので


S社のGREEN DA-KA-RAを飲んでいます





微妙な炭酸の泡が グラスの底から登り


その微かな炭酸の音を聞きながら 飲んでます









夜でなく


ギラギラ光る陽の下で 午前中しか咲かない 紫御殿の可愛い花を見ながら


飲むと とてもうまい





  しまった! 宣伝になるのかな?

















































子犬がずーと外で鳴いています





優しい犬かもしれない


夏のような暑さなので 蝉の代わりに鳴いているのかもしれない





ただ蝉と違い 窓から下を見ると可愛い少女が子犬をなだめている










フイルムカメラをいじってた時代は


暗い部屋で写真を現像し この時期は特にこの部屋で


昼寝をしたものです







微かないろいろな音が そういう時に聞こえてくるもんなのです



それが睡魔を誘い 夢の中へ・・・








明かりがない部屋の中で 夢の中でできた写真を見ている


で、上手く撮れていない写真は 夢の中の川に捨てている





川に流された僕の写真は 水滴と写真が流す涙で濡れ


ポケットの中に住んでいる 泣虫がポケットから飛び出し


泣いている写真をなだめている









































子犬も鳴きやみ



少しずつ 夜の中へ








今夜はもしかしたら 映画を一作見れるかもしれない



月が病気していなければ・・・
































🌸































 

「春だね」


「いやもう夏だよ」







空を飛びながら小鳥どうしで 話している





もしかしたら 数日は、この会話から鳥たちは一日が始まるのかも しれない











































春はいつも


本を一冊読み終えるよりも 早いかもしれない




春はいつも


詩人がひとつの詩を作り終えるよりも 早いかもしれない





















 
































少し前に、銀座の街を歩きました










銀座を歩くと、過去の異郷に似た感覚が少しあり




それを感じるのは 極端に変わらない風景 街並かもしれない










ナイスミドルの方たちが 自然に歩いている



落ち着いた珈琲を飲める場所もあり



落ち着いた時間を過ごせる場所も 銀座にはある








そういう場所は 理解しがたい勝手に造成された日本語を話す人もいなく



この街を歩く時に感じる



解凍されていく心の中のノスタルジアなものも







慌てて仕舞う必要もないのだ











































ラブソングが好きです









歌の数分の世界の中に



数年の記憶が ゆっくりと走馬燈のように心の中を走る





女性も男性も



長い時間 愛について悩み 愛について愉しんだ長い時間



歌は数分で思い出させてくれる




































今 銀座は 一部の道の 一部の時間だけ 週末だけ歩行者のために解放されている






昔は車からしか見れなかった風景も見える






歌を一曲だけ聴いている時間で


車は新橋までいってしまう





或いは 反対で走っても、京橋までいってしまう


今 そういう時間の時は







その気なら「田園」も同じ場所で 初めから最後まで聴けるのだ
















































今日 天気予報が少しはずれ


窓から青空が見える







やや強い風が吹いている




毎年窓から見ている木は 年が経過していくたびに、美しくなっていく



それを見ている風は 年々好きになっていくのかもしれない









































新宿に LOVEという大きな赤い字のオブジェが


アイランドビルの前の交差点にある







銀座にもあるといいになぁ~



数寄屋橋あたりに・・・








その前の椅子で疲れたら休み





もしかしたら 蒼白の記憶に中にいる人間も


心の中を紅く染めることが できるかもしれないのだ


































🌸

































過去の心の中を満たした音は



大きな木の垂れ下がった枝のように



心のどこかで 垂れ下がっている










過去の心の中を満たした映画は



大きな空から降った雨が葉を濡らすように


心のどこかで 僕の心を濡らしている


















































時々 あまり開けない引き出しの奥に


どこかの国で買ったキーホルダーが



鍵をつけないまま 置いてある









書棚の一番奥にある


高村光太郎の黄ばんだ詩集の本のページの間に



四葉のクローバーが挟んである










涼しい風が吹く木陰で頂いた詩集で


それをくれた人は


今どこにいるのかも 分からない









5月の風さえ 教えてくれないのだ





























































僕の仲のいい友人は



今でも 無地のキャンバスに絵を描き終えると


僕に電話をしてくる












「上野にいかないか?」






無口な彼は それしか言わない


上野の山に夢を見に行くのに まだ少し怯えているのだ








絵画を見たあとは


時には彼は多弁になる









しばし覚せい剤のように


観た絵画が彼の心を満たしているのだ

































彼と歩くと猫背の彼は



写真でみたミケランジェロのように見える









もしかしたらミケランジェロも彼のように 


何処を見てるのは分からない眼差しで 遠くを見ながら歩いていたのかもしれない

































前にはなかった 公園の中にある珈琲を飲ませる店で


彼は熱い珈琲にも手をつけず


目を瞑っている












細い彼の身体は おそらく蝶が腕に止まっても気ずかないかもしれない









初夏の日差しが 眩しいのか


小さな女の子が目を細め 我々を見ている





僕がその子を見て微笑むと 恥ずかしいのか母親の背中に隠れた



母親はチラリと僕をしばし見て 何も見なかったように目を細めて遠くをみている












ブランデンブルグ協奏曲のような風が


背中を抜けていった












































気の早い蝶が テーブルで休み


また飛んでいく








大分前に


美術館の横で話していた親子の会話を思い出した







「早く帰ろうよ」


小学3年生のような男の子が父親にいうのが聞こえた







「なぜだい? 動物園つまらかったの?」






少年はしばし下を向き 答える


「ううん でもここ、怖いよ」


「なんで?」






「なんかね 怖いの」










風が道に落ちてる新聞紙を舞い上がらせている





もしかしたら自然と芸術の中に だれかがピアノソロを弾いているのかもしれない



東洋の詩人はピアノが好きなのだ

















































「帰ろうか!」


急に目を覚めた彼は言う






手をつけていない珈琲はもう湯気を立てていない


ピアノソロも終わったようだ






彼は夢の中で ピアニストに恋したのだろうか?




気のせいか 僕を見る目はいつになく 爽やかだ・・・





























🌸


































好きな休日があります





たくさん絵を見れる日


たくさん音楽を聴ける日


好きな映画を 一作見て  好きな本を 一冊読める日







その他 いろいろ




そのいろいろの中に シトシトと雨が降る日もあります




今日はそういう日


霧雨が窓の外を濡らしています




































少しだけ


微かな雨が 木や花に化粧をしている








たまに雨の中を パンや野菜を買いに近くのスーパーに行くときもあります







そういう目で花や木を見てるので


花や木は 雨の日はとても綺麗です



























































ときどき


濡れた木の枝の上で 小鳥がパーテイに行く女性のように


羽根を手入れしている時があります







灰色の空の下で


綺麗な色の羽根を手入れしている









それを見上げている時の 僕の顔は笑顔なのだろうか?



あるいは小鳥の自由さに 軽いジェラシーを感じているのだろうか?







それを小鳥にいつか聞いてみたい























































これは想像だけど



鳥はさえずっているときが 一番幸せなのかな?


と 感じています











逆に


沈黙している時は 空虚さを鳥は感じているかもしれない































近所の公園で 時々小鳥にパンや生の米を上げる時があります








  「美味しいかい?」


と、僕が聞くと小鳥は少しだけ首を傾げ





   「パキエさん 怒らないでね


    パンの上に 胡桃の粉をかけてくれたら


    もっと嬉しいのだけど・・・」










ふうん


僕よりグルメだな (-_-;)




























でもね


そういう時に鳴く小鳥の声は



いつものと違う気がするんです




ていうか


僕の粗雑な耳には その差をいつも感じていないのかもしれない

























でもパンに不自由しているどこかの国の若い人には


恋も充分に語ることも できないのと違い




小鳥たちは


食事にありつく方法を知っているんだろうな






春にさえずりが大きく聞こえる気がするのは


自然からの贈り物がいつもより 多いからかもしれない



























あと少ししたら先ほど書いたように




少し雨の中を歩き


小雨に濡れたつつじを見に行きます






ほんの10分くらい



あるいは

ほんの20分くらい





腕時計も携帯も持たずに・・・


























🌸
























時々 強い風が吹く中を 昨日歩いた






落ちている葉が舞っている



そして、何かの哀しみから逃げるように枯葉が 転がっている






初夏のように暑い日だった






























今日も外には真夏のような陽がさしている









昨夜寝る前に 一つの本を読みだし


読め終えたらもう朝の6時



で 当然一睡もしてない






で、今日の予定は半分は中止


本の中の言葉の花束は 時として予定を変えてしまう






















































で、予定にないブログを書いている






寝不足で朦朧とした頭の中で書く文字は 粗野な要素が多分にある




ブログを読まれている方 お許しを・・・



















 露天風呂で入浴している時は、意外と面白い事を思考するので





或る時 鉛筆とノートを 湯桶の中に入れて入浴したことがある


頭を横切るものを 書き留めるために









田山花袋のような温泉に関してのユニークな文章がかけるかもしれない


と、半ば期待し 湯に映る月や 湯に落ちる枯葉を見ながらあれこれ


考えたのだけど....




決局その時は 何も書けない


何も面白いことが頭をよぎらない




雑念を持ち湯に入ることを 半ば戒められた気がしました































で、話は戻るけど


映画狂なので 時々映画に関連した小説を読みます








「見なれた町に風が吹く」 山田 太一著


              中央公論社





寝る前に読み始め 朝にページを閉じた本です




出てくる監督は ああ あの人がモデルかな? とか


主役の男性は あの人かもしれないな?


なんて 余計なことを考えながら 読んでいくうちに


いつのまのか 本の世界に引き込まれていました





























古いレコードのジャケットの写真や絵が好きなように


変色してく本のページも好きで







読みながら この文章に疑問点や


あとでもう少こし調べたい事項があるときに アンダーラインを引くので


そのボールペンで書いた線までも変色し


再読したときに 無性に懐かしくなるのです

































読む本の文章に 嫉妬したり


その文章に矛盾を感じたり


素直に読めない時もあるんです











概してそういう本は 読む速さも遅くなり


数時間で読む終える本とは(僕にとっては)素敵な小説と呼べるのかもしれません






中には数ページ読んだだけで ゴミ箱行もたくさんあるんですよ






































さきほど 窓を開けたら もう5月の香りがしてきました



予定なら この時間は 重いカメラを担ぎながら鎌倉を歩いているのですが・・・








でもまあ





窓から見る木々が 川に流された笹船のように、風に揺れているのを横目で見られるので



こういう時間もいいかもしれない





好きな珈琲もたくさん飲めるし 好きな音楽もたくさん聴けるしね














































予想通り まとまりのない ブログになりました



頭の中は 半分月の砂漠を歩くラクダの上にいます











 

ダラダラとしたブログを読んでくれた方


ありがとうございます









































🌸
































部屋の中に


僕の好きな椅子があり、そこに猫が寝ている





本物の猫でなく 酒を吞めた時に

どこかの店で買った木彫りの猫だ







少し酩酊してて その店でその猫と目が合い


僕の部屋に来るかい?


と、聞いたら ウイ と、答えた






それ以来 僕の椅子の上にいる
































たまに来る 友人が言う


  「またここにいるんだね この猫」










この猫でなく 名前はある


でも 誰にも教えていない








酒臭い息を吐きながら 顔を近ずける友人のことは 嫌いみたいだ


その証拠に 鳴かない・・・



















































僕の部屋は夜でもカーテンを閉めない






そのせいか この木彫りの猫は飽きずに外をみている










猫は月を見るのが好きなのか あるいは僕に似たのかもしれない


じーと月を見ている






風が強いとき 木々の葉が揺れ


水割りのグラスの中の氷が グラスに当たるような音がする






で、


そういう時は紅茶を作り氷を入れて飲む





本当に吞みたいのは ウイスキーなんでしょう?


と、冷蔵庫を開けるたびに 冷えた野菜や果物に言われる







  で しぶしぶ言う 当たり!!

















































カモメが シテ島に住む鳥のように


僕を見ることがある








この港は そんなに新しくなく サン、ルイ島のようにロマンもない




そのせいか カモメは赤いスカーフを欲しがらない


ボン・ヌフでデイトする相手がいないのかもしれない



































春なのに 夜は気まぐれで


エアコンを暖にしたり 冷にしたり






ここの住人は気まぐれだなぁ~


なんてエアコンが嘆いているかもしれない







でも 気まぐれは 春の気候のほうだぜ ^^













































人生は 「すすり泣き」と「むせび泣き」と「微笑み」から成り立っている


オー、ヘンリーの言葉です







でもさ


不公平だよね


泣くのが二つで、笑うのが一つ








   そう思いませんか? ^^


































🌸



























花粉症なのに 街を歩いている







桜が咲いている


風に桜の花が揺れている








歩く人たちを裏切らず 風に桜の花が揺れている








































もう厚い上着を着なくても 街を歩ける




やっと 春











花って可愛いわ






淡い明かりの下で 歩きながら女性たちが 話している


その背中に 花が舞い降り 休んでいる



































都会では




自然の花は余り、歩いている人たちは見ない



もう夜明けの夢を期待しているのかもしれない









コーラを手にして歩く人


スマホを見ながら歩く人













僕は通いなれた道でも スマホをみない





ただ


音楽を歩きながら聴く


危ない行為であることを知りながら 歩きながら音楽を 聴く





時々 すれ違う紐でつながれた犬が


心配そうに僕を見ている































失恋した蝶は ハンカチを持てない





蝶は涙を見せる代わりに


交差点の道路標識を見る











麻布方面


狸穴方面


銀座方面






青山方面



でも見ても どこへ行けばいいのか、分からない














































知らない街を 飛ぶだけなの



知らない信号を渡るだけなの









知らない恋を探すだけなの






雨が降っても傘はいらないわ


風が吹いても飛ばされないわ







私は人の姿に 変えているのだから


















































ビルが並ぶ道には


時々枯れた花が舞い


時々嬌声に交じり 溜息も聞こえ










何をしていいのか分からない 綺麗な指が宙を彷徨う




メロディを探しているのかもれない 綺麗な手は宙を彷徨う








































もしかしたら


100年前に ここにいたの






なんて自分の 声を聴いている





























だけど たまに都会の音楽は 優しく



幻想を見せ 見えない橋をかける







どうぞ この橋を渡りたまえ 

































ただ その橋を渡れるのは



哀しみの海で泣かされた人だけで







渡りたくても



誰もが渡れないのだ































🌸




























少しだけ 暖かくなりました





この感じはあくまで僕の住む東京の 僕の感覚です


住む方の地域


その方の体感温度で 違いますから・・・








ただ


花も鳥も人間も 春を楽しみにしているのは 同じかな?


と、捉えています








梅は咲き終え やがて桜が満開に


とても楽しみです




























やや暖かく感じる日に


ブラブラ 鳥や花を撮りに出かけました








花も鳥も言葉を発しません


でも





花の優しさ 鳥の優しさは


言葉以上に(僕に)語りかけてくれている気がするのです


























語り尽くされた言葉


  「春の楽しさは 冬の厳しさがあるお蔭です」








四季は金で買えない


そういう楽しみも金では買えない








詩人 俳人はとても素敵な春の詩や俳句を残してくれました



だからでしょうか


そういう俳句や詩は、とても心に沁みます































鳥が舞う


時々 そういう光景を見ると







もしかしたら タンゴやワルツを踊る人間のように


鳥も楽しんでいるんではないか






なんて本気でそう思うのです^^






























今日は(東京は)風が強く






窓から見える まだ葉をつけていない木々も揺れ


まるで木々が円舞曲を聴いているようです









揺れる枝に それでも苦労しながら小鳥がとまっているのを見ると


まるで音符のようです




とても可愛い音符です^^




























酒は天の美徳


百薬の長





音楽もまた 百薬の長































見てて楽しい光景





犬と散歩しながら犬と語っている人


美術館で 顎に手を当てて絵を長くみている小学生


五線譜を眉をしかめながら見ているピアニスト



寝ている猫のひげを 触っている人








もんじゃ焼きをしながら、目も顔も笑っている親子



























      もうじき春























🌸























紅が流れている



赤が流れている



閼伽が流れている










自然の色や


作られた色が



心の中で 流れていく










































20歳になる前の 最後の年に、美術館で見た絵が



歌川広重の「亀戸梅屋敷」





ゴッホが模写した絵










丁度3月なので リアルな梅の花の赤と、広重の描く梅の花の赤が


僕の心の中で 紅く染まっていくのを感じた











絵の前に立ち尽くし


   いいなぁ~


と、ため息をついたのを覚えている



























僕の中で


現実に見た梅よりも
 

この絵のが とてもリアルに見えたのは


広重の浮世絵の中に








遊女の叫び


江戸の女性の声にならない叫びを


その絵の中から聞こえたからかも しれない



































冬の憂鬱さが消えたころに


散歩した横浜の写真です







その時は よく歩きながら空を見ました


青い空






灰色の魂をもっている画家に見せたい空


哀しみといつも同居している画家に見せたい空































この場所は 散策にとてもいい道が海に続いています



心にあるものを 秤にかけなくてもいい場所



祭日以外はとても静かな道です









猫も犬も


処理すべき事柄 処理すべき障害など考えないで歩いている


春の穏やかさを甘受しているように歩いている







それを真似て 僕もカメラを肩に下げて歩いている



自然の酷さを 自然と議論しなくてもいい場所


春の精微は 僕の味方





























この道は クラクションをやたらに鳴らす車もいなく


時々 哲学者のような髭を生やしたナイスミドルのおじさんや


ヴォルテールの「カンデート」を脇に挟んで歩いてるベレーボーを被った


画学生のような青年が


ウオークマンで何か聴きながら歩いている











ときどき 僕のようにカメラを抱えた、トーマス、ペインやルソーのような顔をして


歩いている人もいる
































僕もおそらく




鐘がなってもすぐ教室に入らない少年時代を過ごしたか


新聞記事をまるで信用していないような人に


見えているかもしれない な





そういう僕を見る人も


僕には


今の世の中に政治屋はいても政治家はいないな


とか





諷刺の笑いほど 寂しいものはないぜ


なんて考えているように 見えるのだ






で僕は 



広重の富士の赤や


鈴木春信の描く扇子の赤や それを手に持つ女性の襟の赤や


歌麿が描く 着物の赤を


時どき 無性に見たいのだ









江戸のラブストーリーに少し憧れているのかもしれない





猫がじーと僕を見ているとき


僕の幼稚な思考を見抜かれているのかも・・・



   やれやれ























🌸