パキエのブログ -5ページ目

パキエのブログ

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部屋の温度に



盗まれる前に 郵便受けに入っている新聞を 読む






朝日が上がり 部屋の温度が上昇する前に読む




部屋の温度は


新聞からインクの匂いを消し


書かれている文章から ロマンも迫力も書いた記者の意気込みも


みんな消す





























天気のいい朝は




ベランダのサッシを全部開けて


サッシの傍に傷だらけの木の椅子を運び 新聞を読む







ベランダに 咲いた花についた朝露が 


花に吸われる前に 読む







花の匂いと バリバリした新聞紙のインクの匂い





それとお気に入りの 音楽をかけ


お気に入りに ブレンドした熱い珈琲を飲む









































そういう時


時々 視線を感じる時がある







僕が花を長く見つめている時のように


ベランダの花は 僕を長く見つめているのだ







犬や猫が 無垢な目で僕を見るような目で


僕を見つめている





そういう時


川に流れている木の葉が 川の石に捕まった時のように


僕は  何も言えない






























あと何日


エアコン無しで 快適な時間を部屋で 過ごせるのだろう?







僕には とても貴重な時間だ

で、




外出の予定にない日は この時期


なるべく出かけないように している







たとえ 朝方まで起きていた日も


朝 なるべく早く起きるようにしている






ニーチェの書いた本の「善悪の彼岸」に


  (狂気は個人にあっては 稀有なことである)





と、書かれてある






ある意味


僕の気まぐれも 稀有なことかも しれない


























上野の美術館の 横の広場で


いろいろな アーチストが 楽器を演奏してたり


ダンスを踊っていたりする







最近 ダンスに少し興味を感じている





銀座に出かけたとき


時々 数分だけ寄る場所がある






スカラ座の横にある ダンスホールだ


数分だけ 踊っている人たちを見


勧誘される前に エレベータで下に降りる





幸いまだ 誰にも気ずかれていない





































パンに不自由しながらも 戦時中でも パリの詩人は恋したように






踊りたい衝動を抑えても 絵も描けるし写真も撮れる



美術館にも行けるし 映画館にも コンサートにも行ける




ビールの泡は コップから 流れたらもう泡は消えている







 せめて夢の中で 好きな音楽をかけ


 踊るかな・・・









































洪自誠 さえ


酒を飲む時 微酔を 好んだのだ








   今夜は月も出そうもないな


   ポケットの中に 6ペンス あるのになぁ~

























































雲が逢瀬している下を 歩いている



雲が羞恥している下を 歩いている







僕は嬉しくて しかたがない


       楽しくて しかたがない






この季節が


  たまらなく好きなのだ
























 風は 優しく花を 揺らしている


 風は 優しく歩いている恋人同士の髪を 揺らしている








簡単な質問さえ


風は答えないのだ







 今は忙しくて

 パキエ君

 それどこじゃ ないんだよ




 花や虫君に 夏が来る前の

 爽やかなひとときを

 与えなくては いけないだろう?




 いつも オイラ 憎まれ者だしね







ふむ


そうなんだよね









































野菜が何故かおいしい


果物も何故かおいしい







本当は一年中 それらは美味いはずなのに・・・


子ウサギが 楽しそうに跳べるからなのか?


子猫が 楽しそうに親のしっぽに 噛みつけるからだろうか?





新人の舞台女優が 


もうひび割れた唇で セリフの練習をしないで済むからだろか?






















数日前に見た

だれにも採られないで済んだ 竹の子です





もうすぐ子でなくなり 少年になる



可愛いのは 今のうち・・・

























雑踏が好きな時と


嫌いな時がある







嫌いな時は よく古寺に出かけます


僕のような線香の香りや読経の声が好きな人種は少なくて


静かなひと時を過ごせます







時々


余りに可愛い花に会うと


僕が聴いているブラームスやシューベルトの曲を


耳からイヤフオンを外し 花に聴かせてあげる時がある





でも もしかしたら


花には 大迷惑なのだろうな・・・
























僕は



或る種の愉しみを 自然界のものと


共有できることを いつも念じている




しかし


いつまでも それは実現できていない




しかし


一部の音楽家や 絵描きや その他の人は太古の頃から



ワーズワースの詩のように

とても仲がいい



羨ましい限りだ





















夕方に 濃い珈琲を何杯も飲み


好きな音楽を数枚聴く凡人には




そのようなものは


高望みなのかもしれない



ただ


たまには沈む夕陽に 乾杯したい気分になる時がある






でも


都会住まいには 贅沢な望みかもしれないな・・・






















🌸


























あなたが ピアニスト?




僕がいるテーブルの横のテーブルで


形のいい首をした女性が 静かに流れる小川で


魚のいない川に


釣り竿を手に持ち 飽きずに川を眺めているような


空港にいる職員のような男に 聞いている







男はただ 「ふむ」 とだけ、答えている




  ふむ


か、いい言葉だ







僕も この言葉をマスターしたい


で、

黒いビニールレザーの手帳を 鞄から出し



ふむ




と、書く







この場末にある


ジャズクラブは 僕の薄い財布の中身でも 吞める





青山にある 「・・・ ・・・」 のような


下手な演奏を聴きながら


マナーの悪い(お店の人も お客も)見なくて 聞かなくて


済むのだ




























こういうセッションを聴ける店は


東京では 本当に少なくなった







人工的な店の飾りも 嫌だし


人工的なスイングをするジャズメンも 嫌だし


人工的な笑顔を見せる 店の従業員も 嫌だし・・・








僕が好むのは


例えば






下手な演奏でも 色彩があり


知的な間があり


情熱の暗示があり 





流行に左右されない服を着た


女性や男性が ジャズを楽しめる店である







  パーカーの小説のように


  ウイットとフアンキーな演奏の中に


  静かなざわめきと 流れる曲に


  涙がなくてはいけない










そして

ルールのない店が好きだ



雨に濡れたコートを 預けなくいけないような店でなく・・・


















演奏を聴いているうちに


バランスを取りながら


足を揺すったり






テーブルの上を手で リズムカルのように叩けるような夜は


いい夜かもしれない





観客はみな 最後の5分で ゴールを決めた選手のような顔をしている




僕が飲む コーラまで


バドワイザーのような味がしてくるのだ
























ジャズに通じている xxxxx の職員は まずいない


ジャズが好きな  xxxxxxx は まずいない


ジャズを聴いているとき  クライドに恋したような xxxxxxxx はまずいない








嘘の答弁を繰り返し言うと


その人の傍には 猫も来ないし 鳥もさえずらない


花もその人の家で咲いたことを 咲いた瞬間に 後悔している



  これらの言葉は


  僕の言葉でなく 浅草の縁日で 金魚を売りくる


  おじさんの 言葉である






























4月なのに


部屋の中は とても寒い







で、暖房を弱運転にして


 部屋の外にいる


木々の嘆きを聞いている






こういう日は 


アルミのカップの中の 珈琲の熱さで手を温めながら飲む


カウボーイの真似をしてる







まあ いいさ

あと今日はブルーノートを2枚聴ける





ジャスを聴くのは 宇宙人の喋る言葉を聞くよりも


難解ではない




昨日 ふとした場所で買った甘夏がまだ二つ


冷蔵庫にある






たまらなく甘く たまらなく美味しい 




  ふむ


  本当にうまいのだ・・























🌸




























冷たい風で窓が揺れている



3月の風








ほどほどに吹いてほしいな



一部で咲き始めた 桜が、可哀想だ




桜は防寒用のコートを持っていない



































桜も 梅の花も好きだ






それぞれの色で おめかしして


見るものを 愉しませてくれる









ウグイスは梅を見て 恋し



朝に死に 夕方に生きる詩人は サクラを見て 恋する











































梅を見に


修行僧の気分で 古寺を散策した










僧の読経が 聞こえる


僧の炊く香が常に香る








壊れそうな木の椅子にかけ


空を見る


灰色の空を見る



















































僕はいつも 罪を犯している



ただ僕にはそれの自覚はない








なぜ そう思うのかと言うと



昔観た とても不思議な映画 


「インド夜想曲」で 語っていたセリフを思い出したからだ







この映画は 年数を重ね



三回観た







で その結果


そのセリフが 頭の中の回路に 埋め込まれてしまっている


























「夜 熟睡しない人間は


  多かれ少なかれ 罪を犯している


  彼らは 何をするか 夜を現存させているのだ・・・」





























小説の中の 一節でなく



映画の中の セリフです

  


  




若い時に インドを旅したときには



そういう感覚はまるでなく







もし 今インドを旅したら


カトマンズまで 行くかもしれない




  (寝不足で思考回路が 壊れながら・・)










もしかしたら


いつもより長く寺院にいるかもしれない

























で、

もしかしたら






シバ神や ラクシュール女神や ビシュヌ神が


僕に優しく微笑んでくれる





     かもしれない・・・









カリーを食べ終えたら


ホテルに帰り カタック(インドの踊り)を 踊るのだ








話がそれたけど(いつもことですが・・・)






もうじき桜が咲く



   楽しみだなぁ~





















🌸





















僕が ジャズを聴き初めたころ



新宿や下北沢 お茶の水などにある 俗に言うジャズ喫茶店に


よく出かけたものです








東京には無数に こういうお店があり


演奏中にかかっている曲の LPジャケットを


店の一番目立つとこに 店のオーナーは立てかけてくれて






僕らは気にいった演奏などがあると


盛んに、立てかけてある場所へ行き ジャケット番号などを メモしたものです




























そういう店では 曲のリクエストを受けてくれて


順番にかけてくれました








この「モーニン」という演奏も 僕がジャズを聴き始めのとき


盛んに聴いたものです



























ただ お店のオーナーの中には


こういう曲をリクエストすると 嫌な顔をされたものです






   「ちぇ! またこの曲か!」








彼らの耳には もうこの類の曲は 飽きているのです



或るいは こういう店にジャズを聴きにくるマニアには


ヤレヤレ と、つぶやき



席を立ち 帰る人もいました


























で、あえて僕のブログにこの曲を載せたのは




まだそれほどジャズを聴きこんでいない方が




少しでも こういう曲を聴き ジャズが好きになってくれたらなぁ~


なんて 生意気な思考からです・・・ 






































ロマン ロラン も


クラシックを聴かずに もしジャズを聴いていたら






「ジャズは一切の哲学よりも さらに 高い啓示である!」



と、述べたかもしれません









でも事実はロマン、ロランの著書の中で



ベートーベンの事について語ったのは




「一度私の音を理解したものは 他の人々が 引きずっている


 不幸から脱却するに違いない!」





と、書かれています









































僕の数少ない友人の一人は



音楽や美術に 満たされている人生を 過ごしています








それでも


時々見せる彼の横顔は 蒼い羅紗に座っている修行僧のように


見える時があります







もしかしたら



時々 心の中を虚無が 素通りしている・・・・




  かもしれません








































寒い分



カメラを友に 出かける時間が少なくなっています










その分


眠れない夜のように


本を読み 瞑想を楽しみ 音楽を愉しんでいます






でも




蝉も今 土の中です


空を自由に飛び 木に抱かれている夢を見ているのでしょう
























僕のミスで 昨日書いたブログを 消滅させてしまいました







いいね! をくれた方


お許しを・・・

























🌸
























風が冷たく吹いている




かつては


鮮やかな緑に塗られていた 公園にあるベンチも







今はところどころが剥げ




ベンチの下に 風から逃げた枯葉が




秋の恋人たちが囁いた言葉と共に



もうじき枯れようとしている












今は子犬さえ

ここで


寝ようとはしない






たまにここに掛ける詩人も



瞬きさえせずに待つ相手に






普通の言葉で 非凡なことを相手に言うことさえ



忘れている・・・







  まだまだ 冬なのだ・・・




























それでも冬は 我々に贈り物をくれる







冬は君に 関りあい



冬は君に 温かいマフラーを首に巻かせ





冬は君に 探すことの大事さと それを諦めることの大事さを 教えた





探すこと



音楽のように 心の迷路に簡単に入り



簡単に 抜けられる道を 探すこと を・・・・教えた

















>













年が変わった日から時間に関係なく









フェリーニや ルイ、マル 


デシーカや ルネ、クレマンなどの映画を観ている





飽きることなく、観ている













まだ読んだことのない人の本を 続けて読んでいる



初めて見た 物書きの本を、何冊も 続けて読んでいる




数ページしか進まない本は キープしないでゴミ箱に・・・







正月の時間の過ごし方に定義はなく



スクリーンの中に溶け込み





物語の細道を


時には微笑み 時にはしかめつらをしながら 歩いている









で、それらに飽きたら 海苔を巻いた餅を食べ あんみつを食べ 


お茶を飲み



少し寝て





目覚めたら



棚にある琥珀色の液体が入った瓶を


吞まずに 見ている




単純に吞めるはずなのに


複雑に考えている




で、グラスの中の泡が消えたら


流し台に 静かに流す



一滴も吞まずに・・・
















































ポードレールの「悪の花」は



テーブルの上に載せたまま もう数日も経過している










おそらく今年も 一ページも 読まないに違いない








でまた


年末になったら 本箱の奥から出し







テーブルの上に 載せるのだ






























幾つかの偉大なる思想は






そうしていつまでも 自分のものにならない









そして それを愉しんでいる自分に 気ずくのだ





    ヤレヤレ

































怒るときに 怒らなければ 人間のかいがありません 


      (太宰治 走れメロス)








読みたい時に 読まなくては 人間のかいがありません 



       (NYに住む 飛べない鳩)






























旅の雀は 旅して老い 旅して趣味をまたひとつ増やす






それが増えすぎて 羽根も重くなり 飛べなくなっても  また旅に出る











もしかしたら 雀は それをとうに知っているのかもしれない



































今年の冬も この時期の静けさの中で 鳥はコンサートをしている







あ また違う歌を鳥は歌っているな




それらを聴きながら


微笑んでいうのを 花に見られるのかも 知れないな




  と、危惧しながら 鳥の歌を 聴いている







































🌸



























一羽の雀が


まだ夜が明けていないのに


木の枝にとまり 鳴いている








春や夏ならば


もうほとんど明るくなっているのに


真冬の街は まだ目が覚めていない








もう鳴くのはやめたまえ



ページはもうめくられてしまっている









そう心で思いながら 空を見上げると


煌々とした月の明かりが空に、、、



   冬って 残酷だな・・・・

































美術館をはしごしに上野に行く




心の隅に消えないでいる人からの


夕食に招かれたみたいに 浮き浮きしている








美味しい食事のように


美味しいたくさんの絵画が見れる






鞄の中には 美術館散策のために



レオナルド、ダ、ヴィンチ の「手記」を入れてある


でもその日に見るのは ダヴィンチではない・・









































青空がある



絵のような青空がある




これなら空を飛ぶ鳥も


鳥どうしの議論などせずに 枝に止まり、空に包まれる幸福感に浸るに違いない






























いつのまにか


スタバの横に 軽い食事を楽しめる店ができている





でも それはもうだいぶ前からあったのかもしれない






いずれにしても 有難い



絵画から頂いた温かいものを 


醒めないうちに 心にキープできるかもしれないのだ



































暖かい季節になったとき


外でも珈琲を飲めるように椅子が外に置いてある







でもあえて寒いのを我慢して 外で珈琲を飲んでみた






もしかしたら


銀杏の黄色い葉が



僕が座るテーブルに舞い落ちてくるかもしれない







銀杏の木が ルソーの書いた「契約論」を 読んでいなければ・・・













































この場所も


桜が咲くころになると





僕のようなやや長いレンズのカメラを片手に持っている男性を


疑惑の目で見る保安の人や それらの類した人が


僕を猜疑心で見る









そういう時期には コンデジを持つことにしている




  冗談じゃないぜ


  桜を撮りに来たのだ






























いい休日を過ごせたかどうかは


家に帰ってからじゃないと分からない時もある






そのために


休日の日に散策するとき


見た景色に可能な限り 感謝する気持ちでいる






















そうすると


たまに


  「また来てね」



て、


見てた景色に言われたように気がするのある・・・

































🌸




















本を読み






いつのまにか 寝ている時がある




午後の睡魔は 我が友


トラブルは 我が影法師











で目を覚ますと 部屋は暗く ボンヤリと白い花が見えている







僕の愚痴を聞いてくれる花が 冷たい冬の夕暮れに


微かに部屋を明るくしてくれている



























そうか


冬だったんだ







でも なんていう季節の変わりめの速さだ   













浅草のはずれにある 誰も入りそうにもない呑み屋の壁に掛けてある


 隅が欠けた額のマレーネ、デイトリッヒの写真は


もう変えられたのだろうか










この店のおやじさんは 映画「モロッコ」の中にまだ浸かっていて



この店のテーブルも木のテーブルである









で、


わざとらしくトランプがテーブルの上に 置かれている





やや埃が被ったそのトランプを 誰も触りたがらない































この店のオーナーは




店の隅の棚に ニコン、Fを置いている







フイルムカメラの名器だ



でも来る客は 誰もその良さに気ずかず



  「このボロカメラ もう捨てたら?」




なんて 時々吞みに来る客に言われているらしい




あくまで 店のオーナーの話なので 真偽のほどは 謎である








































浅草は昔






ロックという名のエリアに 映画館がひしめいていた




なかには 3本立(つまり 低料金で 映画を三作 見れたのです)


や、ロードーショウの劇場などが あり



映画好きには たまらない場所で


そういう僕も 小学生の頃から 通よっていた


  (そのせいで 映画狂が始まったのかもしれない)








親もそれを半ば承認しているような感じがあり



でも 今思えばませた子供だったのかもしれない











































でも 子供の胸の中に


映画館の中にいる時だけ






大人になれ 大人の女性に恋焦がれることが できたのだ































ただ 当たり前だけど



映画館の帰りに 酒場で酒を吞めないので





伝法院の中の椅子にかけ




ラムネやコーラーを時間をかけ飲み


足元に来る 鳩と会話したものである










子供の僕に鳩は全然警戒してなく



同じ椅子の傍で ジーと 僕を見ていた








   「この子は 時々ここに来るけど


   変な子供だなぁ~」






なんて 鳩は思っていたのかもしれない














































永井 荷風 などを今読むと


なかなかページが進まない








あのころの少年時代と ダブルのである





で その頃に 愚劣に思っていた恋愛誌などを  時々読んでいる





































  でも



昔、鏡を見ながらマスターした デイトリッヒとクーパーが 別れのときにやる


手を振るやりかたを







BSで録画した「モロッコ」を見ながら



また 練習しているのである











ただ 手を振る相手は


時々会う ノラ猫だけである






























🌸


























戦場のピアニスト







この映画を観られた事の 幸せを言葉では言い尽くせない





映画からの 僕への贈り物


この映画に流れるピアノ曲の素晴らしさ








子供のころ 本で書いてあることしか言わない先生


で、あとでその本を何度も読むと


本の中の文章に 虹のような色がついてくるのだ・・・










この映画「戦場のピアニスト」にも


数えきれない多くの 教科書にない 刺と薔薇が入っているのだ・・・




花の素晴らしさ

音楽の素晴らしさ

映画の素晴らしさ



  僕の心の中は

  それらに どっぷりと 浸かっている

























明日は雪らしい





11月の雪






オルガンを制作する人も


しばし雪を見ながら 回想するかもしれない



いろいろあった過去のことを































子供のころ


雪が積もると よく雪だるまを作ったものだ







出来上がった雪だるまが


翌日 昇る陽に溶かされ しばらく雪だるまの残像の前で


ボンヤリしてたのを 記憶している







古都にある仏像に手で触れたい願望がまだある


それは 子供のころ




一日しか触れることが出来なかった 雪だるまへの哀愁に似たものが


心から消えていないからかも しれない

























フローベールの著書の中に





  偶像に触れてはならない

  金箔がはげて手に残る



という一節がある








古寺にある仏像に触れたい(僕の)気持ちは


常にある灰色の魂に 薔薇のような色を差したいからかも しれない

























気のせいか


深夜の僕の部屋に


雪の妖精が 来たのを感じる









深夜だし


小瓶のワインを開けて 妖精と吞むかな・・・





もし雪が降りだしても もう雪だるまを作りたい願望は


妖精との一夜で


消えているかもしれない

























もし

明日雪が降るなら





深夜に降るといいな






その時間なら雪によって 呼び出される幻想によって


ピアノ曲で 酔えるかもしれない




































雪の中で入る露天湯






雪の中で目を閉じ 湯に当たる雪の音を聴く


雪の中で見上げた空から舞う 雪のダンスを観る



雪の中で雪と共に舞い落ちた枯葉を 手に乗せる







雪の中で過去の甘い日々を 回想する








  もしかしたら今年の冬は


  そういう露天湯に 行けるかもしれない





  湯に浸かると 頭の中で


  素敵なピアノ曲が 流れてくる かもしれないしね・・・


























🌸
























猫は憂鬱の時 どうしているのだろう?



まさか酒場に行き ウイスキーを何杯か吞み


酒場にもし つけ睫毛のように、長くて綺麗な睫毛の猫がいたら


口説くのだろうか?







憂鬱を 狂気に近い状態で、夜を過ごすため に・・・・
































この時期 夜が明けるのが 遅いため



それに比例して夜更かしを愉しんでいる









たまに怖い夢をみた鳥が


まだ空は暗いのに 鳴いている時がある






もしそういう時間に本を読んでいたら


慌てて外を見る





  「なんだ まだまっくらじゃないか・・

   ヤレヤレ」



































鳥は 人間のように


目が覚めても 何もせずに ぼーとしている時間はないのかもしれないな





風が強い夜には 木の枝から美味しい実が下に落ちているかもしれなし



雨が強く降った夜には 虫たちも葉の裏に逃げているのかもしれない







だから鳥は目が醒めたら


カラスが来ないうちに そのご馳走を食べに行くのだ






そしてお腹が満腹になったら


空に陽が昇るとき まだ見ぬ恋人を捜しに行くのだ
































好きな小説家の自伝を読むと


彼の一番嫌いな時間は 夜明け前だそうだ








原稿用紙を前にして まだ一行も書けていない時 唖然とするのだそうです






これだったらゴールデン街にでも行き


脳髄被膜にひっかかる女性を捕まえ





  「ねえ 君

   真冬のパリの空を飛ぶ鳥も ピアフを好きなのかなぁ~」




て 反抗期の少年のような目をして 聞くのかもしれない






        (あとの部分は僕のやっかみに似た想像です)






























彫りかけの仏像が 押入れの中に眠っている


光背はいらないのだけど



目が彫れない







美術書の仏像の写真だけでは 彫るのは無理かもしれない





どこかの美術館で 仏像があればいいのだけど


なかなかやってくれない





本当はもう何回も そういう仏像を展示していたのかもしれないな


根気よく探せば ね
























前になんかの縁で鎌倉の仏師と話す機会があり


彫る材料は何がいいですか?


と、聞いた時がある







 できれば楠の木がいいよ


  彫るならばね


  香りもいいしね








でも制作半ばで 押入れに隠した未完成の仏像は 安い檜である


























それでも 時々


押入れから未完成の仏像らしきものを出し





下から見たり 横から見たり 斜めから見たり


と 仏師の真似を楽しんでいる






それでも 未完の仏像らしきものからは クレームが来ない



ブレヒトは彼の書いた 「三文オペラ」の中に



   

   「人は頭で、生きるというが


    頭だけでは 足らぬ」





と書いてある




あと何が必要なのだろう?








  ゆらゆら揺れる蜜蝋の炎のように


  ちょいと頭の中で閃いても


  すぐに消えてしまうのだ






















🌸