パキエのブログ -4ページ目

パキエのブログ

ブログの説明を入力します。
















いい朝なのかもしれない



いつもより淹れた珈琲がうまく感じる



実は二度目の記事を書いている




始めに書いたのは 僕の書く言葉がどこかに

抵触されているらしく


ブログをアップできなかった







何度も読み返しのだけど


その言葉が判別できない





まあ このブログもまたアップされないかもしれないな






















僕の好きな散歩ロードにも


可愛い花が咲きだした





カラスが鳴くと花は怯え

震えている気がする




可愛い小鳥が花のそばに来ると

急に優しい色になる



花はとても不思議だ



















僕は海のない街で育ったせいか


春が来たらやたら海に行きたくなる





特にこの数年 鎌倉の海によくいく






















香の香りが好きで

その香りを服につけ


古寺の帰りに海にいく







寺を先に訪れるのは

僕の勝手な心の中の、ノスタルジアかもしれない






















友人からだいぶ前に

銀杏の実を頂いた



ただ調理するやり方がわからず


まだ食卓の上に置かれたままだ







子供のころに


伝法院の庭に落ちている銀杏の実をたくさん拾い


母親を困らせたものだ






食べると美味いのに 料理するまでの過程が大変なのかもしれない






































よく居酒屋で何も考えずに


銀杏の串刺しを頼むけど




もっとありがたく食べないといけないかもしれない
































この時期

ヴィバルデイの 「春」を好んで聴いている




朝にピタリだからかもしれない






いつもは昼までベットにいる日も

この時期は(僕にしては珍しく)早起きをしている



小包みの紐をほどくように

なぜかウキウキしてくるのだ

























🌸





























冬はこんなに寒いのか!


なんて最近呟いています



かなりの間冬眠していました


寒いのにまだ咲いているベランダの花を見て

なぜか

そうだ しばらくブログを書いていないなぁ~

と感じ


唐突に書いています























ブログの書き方が変わっていたので

やや戸惑いながら書いています





はやく慣れないといけないですね
























正月に浅草に行きました






元旦に出かけ、あまりの人の多さに驚き

3日に出直しました





バスを乗るためにバス停でバスを待ち

バスが来たらあまりの満員さに驚き



次のバスを待つ気分に似ています





































浅草は僕の生まれ育った街なので


ここを歩くと妙に落ち着くのを感じます






「ゆっくり生きろ

 あわてず、ゆっくりとね」



と街が囁いているのを感じます




数人しかいない図書館で、まだ開けていない本のページ

が、ゆっくり読んでね 

と囁いているようです

































一部の現代人は生きていくと


心の中を削られ



一部の画家は、絵を描くたびに

心の中を灰色に塗られていく



新しい絵も、古い額縁に入れたら

その途端古くなるのだろうか































漱石の未読の作品を読みたくて


最近本屋によく行く




ただ

個人的に神田にあるような古書店が好きなので



綺麗な壁で明るい照明の本屋に行くと

なぜかとても落ち着かない



古書店は自由に歩ける街のように感じる


騒音もなく、人々の囁きも聞こえず


まるで森の中を歩いているように感じるのだ




















数か月ぶりでブログを書いているのと


新しいサイトでブログを書いているような


やや落ち着きのなさを(自分自身に)


感じている








紙に書かれた思想は


砂に残った歩行者の足跡以上のものではない






と、ショウペンハウエルが本に書いているので




冬の風に僕の文字も消されるかもしれない





















🌸












































インドを旅したことがあります


正確には少しの期間 滞在したのだけど・・・






まだ樹木の傍で 月を飽きずに見ていた


若いころです(笑)







その旅の数年前に


数度駆け足でインドを訪れたことがあり



今度は じっくりとどこへも行かず 同じ場所にいました








Srinagar (スリナガル)という静かな回教徒の街です




font> この街を嫌いな人も多く



でも僕はとても気に入り ホテルで訳のわからないインドの曲を


ラジオで聞きながら 窓から見える静かな湖をみていました








































樹木は蒼く 川は淡々と流れ


足の長い見たことのない服を着た女性を眺め


靄のような空気の中を


目に見えない自転車に乗るように


歩いていました










川の傍の ベンチにかけて ぼんやりする時間が好きでした






時々


グレーの空を見上げると UFOをよくを見ました



その時は 僕はUFOとは 思わず




頭上にかかる雲が 僕にいたずらをして


変な形にして 脅かしていたと 思っていました





よくインコが ベンチの横に来て


異邦人の僕を 不思議そうに見ていたのを 覚えています














































そのインコは 僕を気にいったのか





その後 ベンチにかける度に 横に来ました






あまりに可愛いので そのインコに名前をつけようと


思ったのですが


日本に帰る時 なぜか(僕が)哀しくなるのかも 知れない


なんて 少年のような思考になったのです






名前はつけないで おきました




インコも名前など呼ばれたら迷惑だったのかも しれませんし・・・















font>





























インドにいるとき 手や顔に触れてくる雨が


その時は全然嫌でなく







安ホテルにいる時も


雨が降っていても 窓は閉めませんでした





もっとも窓には大きなひさしがありfont>



多少の雨は入らないように なってはいたのですが・・







































安ホテルだからかも しれません


ラジオをつけなくても



いつもどこからか不思議な香りと共に



音楽が部屋の中に流れてきて


僕は 髪結いの亭主のように



訳のわからないスタイルで 踊っていました







誰かが僕を外から見ても 警察に通報される恐れは



まったくありませんでした




なにせインドは 踊るのが好きな民族なんです






暇なとき(いつも暇でしたが)部屋のテレビでインドの映画なんかを


見てると


必ずといっていいほど 踊るシーンが出てきます





それもラストになると 全員で踊るのです





























それに洗脳されていたのかもしれません






その後遺症?かもしれませんが


今でも 時々 インド産やカトマンズ産の香を買い


部屋で炊く時があります






香道は 香を嗅ぐのでなく 聞く と表現するらしいのですが 


香を炊いているとき


僕は香を聞かないで クラシツクを聴いています














font>















よく川の傍や 湖の傍を歩きます






隅田川など 川辺の道が整備されていて




自動車も通らないので


ウオークマンを3つばかり鞄に入れて 


聴きながら歩いています







不思議にそういう時は 睡魔も初芽しません



僕の心の中に沈んでいる六文銭も


その時は 顔を見せません




























退屈な 過去の記憶を書いてしまいました




ブログを 懲りずに最後まで読んでくれた方に


感謝を します










































秋が 好きです








過去に読んだいくつかの 秋の名前がついた本の中に




「初秋」というタイトルがあります









ロバート・P・パーカーという名の作者ですが


この本は ハードボイルドです



ここに書かれてあるのは


今 忘れられている 男の優しさ、悲しさが書かれています




読み始めて 一晩で完読した本の一つです


























秋が来ると


思いだす事項の一つとなりました






世界文学全集なるものは


数冊しか読まないのに


なぜか 彼の(パーカーの)本は 本屋に出ると必ず買う本の一つですfont>



























子供のころ読んだものの中で




「キリギリスと蟻」も 好きな絵本でした








今 そのキリギリスや鈴虫 かんたん、草雲雀や金叩などが


毎晩 セッションをしてくれます







東京の田舎に住む 特権です








松虫も美しい声で 鳴いてくれます



恋人を(松つ虫)だからでしょうか?






気のせいか松虫の鳴き声に哀愁さえ 感じます







































東京も 陽が落ちるのが 早くなりました




都会を歩く人の中の



執着やねたみや憎しみを 闇の中に早く消したい願望が



秋には あるのかもしれません

















font>


























酒を吞み 恋をし 小さな悪をし






真夜中に来る 無言電話をも 恐れているのかも しれません















font>










これからの季節の中で




柿を食べられる



というのが あります









昔 奈良を旅したとき


或る旅館の部屋にある よく旅人が書く


雑記帖に




  「 柿買えば カネがなくなり 放浪児 」



と、書かれていました







書いた方は おそらくどこかの落書きを見たのか


或いは 自分で創作したのかは 曖昧なのですが


おもわず笑い そのあとで その自分が笑ってしまったことに


或る種の寂しさを感じました















font>















よく図書館に 行きます


でも その中で 読まない本のなかに


詩集があります









新刊で詩集を買うことは あるのですが


誰かが読んだ詩集は 読みません






その本の中に 読まれた方の 心の中の銃弾が



僕に向かって 飛んでくる気がするのです

















旅では まずホテルには 泊まりません



ホテルの浴室が嫌いです


ホテルの独自の匂いがします




で、

あらかじめ検索した 和室の旅館に 泊まります



できれば 露天湯に入りたい

できれば 湯に浸かりながら 月を見たい

できれば 傍に流れている 川のせせらぎを 聞きたい



なんて とても(僕は)わがままです




でも


身体を洗うように 心は洗えません
















🌻


























   秋の夕焼けの翌日は 晴天になるそうです



駅からの帰路


紅く染まる空を見て


うまくいかないもんだな・・


と、心の中で嘆く







僕のマーフインの法則



写真を撮りたい欲望があるとき 雨もしくは曇りが多く


予定があるときに 限って その日は快晴






















































夕焼けがとても好きで






そのせいか


歌川広重の描いた 「亀戸梅屋敷」の 朱が好きだ






ゴッホが この絵を模写したけれど


ゴッホの絵を見ても 溜息は つけない
































絵の匂いがする







素敵な 詩集を読むと


薔薇の匂いがする






図書館に行くと


あまり読まれない活字の 匂いがする




僕がそういう本の数ページをまくると


糊でごわごわしたシーツに触るように





本のページは緊張して 僕の手のなかで 震えている















font>
















たくさんの人が泣いた 涙の匂いがする







スクリーンの前の椅子に掛けると


椅子の下に カルドヴァスの 匂いがする






もしかしたら レマルクも映画を見ながら


名作(凱旋門)の シナリオを思考したのかも しれない















font>


















あまりの人の多さに


今更ながら 驚いている








たまに ローカル線に乗るときがあり



その静けさに とても喜んでいる自分に気ずく









外国の教会に入ると


同じような歓びがある






静かなのだ






まるで初期のチャップリンの映画を見るように


とても 落ち着くのだ















font>






























静けさの優しさも (僕には)必要なのかもしれない







身体の中の 回路が一部閉ざされ



その分 他の優しさを持つ回路が 開く感じを





いかなる比喩からも 守られ     感じるのだ




























9月の風は



これからますます気持ちよくなっていく






少し大きめの鞄に


軽いカメラと デッサン紙を数枚




そしてB4の鉛筆








大きな木の下に行き


半分眠りながら 写生をし





半分眠りながら お握りを食べる








木の下のベンチも




赤トンボのためと 僕のために


優しい風を提供してくれるのだ・・・

















































カフカの描く 城にいけない男のようだ・・・







富山県の八尾町で毎年 9月の一日から三日まで


行われる行事




  風の盆




そこで 水の囁きを聞きたい


そこで 風の音を聴きたい




そこで踊る人の指が 星や月に触れるのを 見たい・・・font>
















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たましひに聞くことを


お忘れに ならないやう






もうだいぶ 長い間 僕は聞いていないfont>






































もうじき草に降りる露が


寒さで白く見えてくる





そして 秋の切なさに泣く 虫の声




秋はいいなぁ~











font>



























鶺鴒も鳴きだす


鶺鴒(せきれい)の別の名前 


  恋数え鳥  恋知り鳥




ポケットに 鶺鴒の好物を忍ばせ



恋を知る コツを教えてもらいに 行くかなぁ~








font>








なんて 凡人は 考えるけど


恋をすること 恋をするコツなど ないのだ



 























窓から入る風で


部屋の中の 観葉植物の葉が


踊っている



































でも


時々散歩する道に咲く



ポツンと咲いている花も 好きだ



    やあ 咲いたね



と 話しかけると


    やあ パキエさん 元気!



と、挨拶して くれる(かも)知れないのだ













font>













































8月の風を 子猫が見ている





そのくせ 猫は花火を見るのを 嫌うのだ



夜空に舞う 花火を見ていたら



その艶やかな色に吸われ 母猫や 仲がよかった子犬の住む




あの星に連れて行かされて しまう気がするのだ














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嬉しいことに とても涼しい




それでも ヴィオレッタ、バラは云う



   また木を植えてみようじゃない


   木陰と愛をくれるような











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正確には今朝 テレビで長岡市の花火を見た





花火に照らされた ゲストの人たちの顔が美しい


彼ら 彼女等の唇が 僅かに開かれ



花火の音と 幻想的な花火の色に 染められていく






隅田川の花火は 数回見たけど



長岡の花火には 隅田川の花火にないものがある



浅草生まれの僕は 隅田川の花火に慣れてしまっているのかも


しれない










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おそらく 初めて隅田川の花火を見た人は


感激するのかもしれない





少年のころは


母親の着物の香りと


仲のいい少女の 花火に照らされた艶やかな顔を 見て




風景画を額縁に入れるように


それらを 僕の心の中の額縁に入れたのを 記憶している




































僕の手が 母親と同級生の女の子に 繋がれ


それがまだ心の中で抽象化されずに


鮮やかに刻まれている



  ただ


一部の想い出は 心の中で美しく結昌されていることがあるのに



時の重さに負けず


僕の心の中で 他の次元に保存されているのだ

















































 




削った鉛筆が 床に落ち



たまに 鉛筆の芯が折れていないときがある





俳優座で演劇を見ながら


感じたことを ノートに書いていたら





鉛筆を床に落としやや派手な音を出しながら



横の人の椅子まで 転がり



その時も それを拾いながら僕に渡してくれた方の笑顔に反して


見事にほとんど鉛筆の芯は 欠けていた




僕の渇望は時には 抵抗されてしまうのだ、、、


おそらくまた8月は また猛暑になるかもしれない

































まだ夜まで少し間がある





少しだけ夢を見るのもいいかもしれない





大川沿いまで散歩しながら



下がり眉の女料理人の作る肴に酒を吞み



チエシャイア猫の背中を撫で



  陽が落ちる前に夢から覚め



  そしたら


 鈴木春信の画でも ゆっくり見るかな



 できれば 今の住まいにない縁側にいるつもりで、、、、

























  


































 朝に咲いた ベランダの花が


小雨に濡れている




まるで花の涙のようだ







暑い日が続いたので 今朝の涼しさはとても嬉しい




お気に入りに、ブレンドした熱い珈琲を入れたカップを


両手で包み


飽きずに花を見ていた






僕に見られている咲いたばかりの花も


珈琲カップに描かれている


ウインクしている黒猫のイラストが気にいったのか


じーと僕を見ている





まるで短い自分の命を 覚悟しているように・・・



  






 















昨夜 所持している古い映画の ヴィデオを見た


  「熱いトタン屋根の猫」








昔の女優は綺麗だったな


  とか




昔の男優は とてもハムサムだったな


  とか






心で呟きながら見ていた







今の男優、女優が 綺麗でなく ハムサムではない


という意味でなく


セリフを言わないでも 彼ら 彼女らには


今朝に見た 咲いたばかりの 花のように見えるのだ・・・





  かなりの個人的偏見かも しれない・・・









































最近 、寝る前に読書をする時間が


増えた気がする





小さいころの 読書する時間よりは少ないけど


寝る前に ベットで読む時間が長くなったのは 事実だ





  本から得る知識は


  そのあとから見る夢で 消されても

  飽きずに 懲りずに 読んでいる






















窓から見る 木も その下の土も


雨で濡れている


それを見ながら







  「ああ 今日はいい天気だ」


なんて 心の中で言っている





小雨が降っているのに、、、だ




樹の下で咲いている草が


第九のように歓喜の歌を 歌っているのだ

































今 そこに吹く風は とても優しい


ただ微風なので


僕の住む 高い場所までは来ない




で、

数年前に 横浜のバザーで購入した扇風機を まわしている




この扇風機は 日本のメーカーでなく


おそらくバザーに出した外国の方が住む国のかもしれない







気のせいか

この扇風機を回すと


風と共に バルバラやグレコの歌が 聴こえてくる(気がするのだ)

































扇風機の風に「ハーブと暮らす本」という題名の雑誌のページがめくれている


僕には ハーブを育てる庭がない








せめてこういう本の中のハーブの写真を見ながら


香りを想像している






  Dear God


いつか僕に 花を育てる庭を・・・














































こういう雨が少ない梅雨もあるのを


蟻は知っているのかもしれない







僕は


こういう梅雨を歓迎している








ただ 藤村の詩のように




「秋は来ぬ 秋は来ぬ


 遅れさきだす秋草も


 みな 夕霜のおきどころ」







なんて 寛容な気持ちは秋にはなれない


まして酒に弱い僕は







「笑ひの酒を悲しみの


 盃にこそつぐべけり」





とは いかないのだ





  たまには秋に


  ヴィヨロンのため息を知りたいのだ






























で、蟻は もしかしたらこれも 知っているのかもしれない



秋になり キリギリスがまた 大きなため息をつくことを









でもね


僕はキリギリスのおかげて


時には 気分だけも 小林 一茶になり


コクトーのように なれるのだ

































数年前に スーパーで かき氷が自宅で簡単にできる


おもちゃのようなものを買ったことがある






ただ数年が過ぎても 一度も使用したことがない







かき氷は下町の駄菓子屋風の店で



着物を着た女性や 子供に混じり


食べるものだ







カメラをテーブルに置き 美味しそうに食べれば


そこにいる人達も





アメリカの片田舎にある居酒屋でビールを吞んだ時のように



そこにいる人々から




白い目で見られず またよそ者を排他したいような目で 見られないのだ










































今日もよく晴れている



まるで夏だ




そよ風に揺れる花たちも 戸惑いを感じているかもしれない



  「ねえ 今梅雨よね?」


  「うん 梅雨だよ」


  「なんか 夏みたいね」


  「うん でも梅雨だよ


   その証拠に 雲の上から雨が


   嘆いている声が 聞こえるでしょう?」




  「あのため息は 雨なのね・・」


























窓にかけるすだれが もう売られている





でもいそいそと買いに行く気分には まだなれない










蝉の声が聴けるまで、、、




なぜかまだ窓は カーテンがないのを喜んでいる


窓は 僕のようなすだれ以外 窓になにもかけない変人を


歓迎しているのかもしれない







もしかしたら


月の輝く夜を 窓は僕に見せたいのかもしれない




「夜空に輝く月は


昼間の太陽より素敵なのよ


だからパキエさん


月の輝く夜はせいぜいシエラザード組曲などを聴いて


過去に見た女優さんのことでも 夢想してね ♡」








なんて 甘い言葉で囁くのだ、、、



やれやれ




























でも歩きなれた細道を歩くように


見慣れた夜空は 僕を癒してくれるのも事実だ






僕が住む部屋から 大きな木の枝しか見えないので


夜空を独占できる







   でも


   いまでも天使が 魔法の絨毯に乗り


   窓から入ってきてくるのを 


   信じている





天使から呉れるプレゼントは きっと



僕の心から ゴミを取ってくれるかも 知れないだ・・・
















































🌸

































悪魔が辞書を引くのを 間違えたのかもしれないな



もう夏だぜ










どうりで夢の中に出てくるヴェニスの商人は


やたらに 夏用の絨毯を売りつける







でもさ


どうせどこかの猫の 睡眠場所になるんだよね





 やれやれ















































猫と人間の違いは


猫は一日じゅう恋していられるけど








人間は


特に男は時々しかできないんだよね








神様が或る種の快楽を禁じているからかもしれん






これは 村上春樹さんに聞いても 分からないのだろうな



おそらく・・・

































早めに すだれを 用意するかな









「旧聞 日本橋」 を読むと








夏の下町の風情は大川(隅田川)から、夕風が上げ潮をいっしょに押し上げて

くる





と、書いてある






  洗い髪

  素足

  盆提灯

  涼台(すずみだい)

  桜湯








なんて粋な言葉が文中に並んでいる






いいなぁ~




昔の日本の夏は・・・









































この前


青山にある 岡本太郎の写真館に行くとき






例のジャズを聴かせるお店の前を歩いたけど





夏のような陽光のせいか


氷が溶けたアイスコーヒーを飲んだような気分になった







ジャズはやはり 夜なのかなぁ~


でも山中湖湖畔のジャズフェステバルは 蛙もバテるような陽の下だったけど



ファンキーだし最高に スイングできたよ





 なぜなんだろう?











































鳥が卵から 無理して出ようとするのは


本能なんだよね








ある種の日本の(一部の)ジャズクラブは


聞き手も店も 無理してジャズを理解しているような気がするな


本能でなく







スイングしなければ 意味がない・・・


  のにね。















































「昔は 雨が降ると土の匂いがしたものだけど


    今は 何も匂わないんだよ」








いつもおまけしてくれる


八百屋のおばちゃんの セリフです







  でもさ


この八百屋さん


夏になると 風鈴をさげてあるんだよね



そのハートをくすぐる音を聞くと 思わず 食べきれないんだけど


大きな西瓜を買ってしまうんだよ







  だれか西瓜を使った カクテルの作り方


  知らないかなぁ~



  ご存じの方は 教えてください・・・

























🌸