やあ、ボクはワンプくん♪
自分で自分の事を「くん」付けで言うのは変かも知れないけど、
まあ、細かい事は気にしない、気にしないッ♪
さて、どうしていきなりボクが登場したのかというと、
このブログは基本的に面白主義路線なんだけど、
クラシック音楽の記事だけは、どことなくお堅い雰囲気が漂ってると、
このブログの管理人(Satos72)はいつも思ってたんだ♪
なので、音楽記事専門の、
ゆるキャラマスコットを作ろうってなったんだよ♪
そうやって、ボクが生まれたのさ♪
犬の吠え声の「ワン」と、「音符」の「プ」を合わせて、
「ワンプくん」ってわけさ♪
どうだい、見事なオヤジギャグっぷりでしょ?
取り敢えず管理人が心配しているのは、
既にボクみたいなデザインのゆるキャラがいたらどうしよう?
という事なんだけど、一通りの検索では出てこなかったから、
多分大丈夫だと思うよ♪
如何にも誰もが簡単に思いつきそうなデザインだと
管理人は思ってるみたいだけど、そうかなぁ?
音符のゆるキャラと言えば、
「かわさきミュートン」くらいしか思いつかないよ♪
(いつか、ミュートンとコラボしたいなぁ~♪)
そんなわけで、音楽家の紹介、いってみよ~ッ♪
ヤン・アダム・マクラキェヴィチ
Jan Adam Maklakiewicz
(※画像はWikipediaより拝借)
1899年11月24日、ホイナタ(Chojnata)生まれの、
作曲家、指揮者、音楽教師、音楽評論家。
ヤン・マクラキェヴィチ(Jan Maklakiewicz)と、
ロザリア・イズビツカ(Rozalia Izbicka)との間に生まれた、
12人の内の3番目の子供だった。
父は、オルガン、ヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノの演奏をこなす、
教会オルガンの奏者だった。
ヤン・アダム・マクラキェヴィチ(以下、「アダム」と略)の弟の、
フランチシェク・マクラキェヴィチ(Franciszek Maklakiewicz)と、
タデウシュ・ヴォイチェフ・マクラキェヴィチ(Tadeusz Wojciech Maklakiewicz)
も作曲家となった。
アダムは、ポーランドの映画・舞台俳優の、
ズジスワフ・マクラキェヴィチ(Zdzisław Maklakiewicz)の叔父である。
アダムは、若干13歳で作曲をはじめ、最初の作品は1918年に教会で演奏された。
1917~1918年、
ヴォイチェフ・グルスキ中高一貫校(Gimnazjum Wojciecha Górskiego w Warszawie)
で教鞭を執った。
1919~1922年、ワルシャワ・ショパン音楽院(現:ショパン音楽大学)
Wyższej Szkole Muzycznej im. Fryderyka Chopina w Warszawie
(Uniwersytet Muzyczny Fryderyka Chopina)
で、レオポルト・ビネンタル(Leopold Binental)にヴァイオリンを、
ミハウ・ビエルナツキ(Michał Biernacki)に和声を、
フェリツィヤン・ショプスキ(Felicjan Szopski)に対位法を学ぶ。
1921~1925年、同音楽院で、
ロマン・スタトコフスキ(Roman Statkowski)に作曲を師事する。
1926年、
フランスのパリ・エコールノルマル音楽院(École Normale de Musique de Paris)
でポール・デュカスに学ぶ。
1920年代~1930年代、ワルシャワ音楽院の教授となる。
大戦前、ガス工場の従業員による合唱団「ろうそく」(Znicz)や、
ベマ要塞(Fort Bema)の軍需工場の合唱団、管弦楽団、
ワルシャワ大学の青少年合唱団「リラ」(Lira)等にも携わる。
1934年、定期刊行音楽雑誌「合唱団」(Chór)を創刊。
1939年、戦災によって家が焼かれ、弟、フランチシェクも亡くなってしまう。
(彼の作品も失われた)
1945年~1947年、
クラクフ・フィルハーモニー管弦楽団(Filharmonia Krakowska)
の音楽監督を務める。
1947~1948年、
ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団(Filharmonii Narodowej w Warszawie)
の音楽監督を務める。
1949年、
ワルシャワ音楽高等学校(Państwowej Wyższej Szkole Muzycznej w Warszawie)
に務める。
門下から、イェジー・ティシュコフスキ(Jerzy Tyszkowski)、
アントニ・シャリンスキ(Antoni Szaliński)、ミウォシュ・マギン(Miłosz Magin)、
ベネディクト・コノヴァルスキ(Benedykt Konowalski)らが輩出された。
1954年2月8日、腸チフスによりワルシャワで死去する。
【主な作品】
・交響曲第2番『聖なる神』 - バリトンと合唱、管弦楽のための(1927年)
Symfonia nr 2 "Święty Boże" na baryton solo, chór i orkiestrę
・チェロ協奏曲『グレゴリオ聖歌の主題による』(1929年)
Koncert na wiolonczelę i orkiestrę na tematy gregoriańskie
・ソプラノと管弦楽のための『4つの日本の歌』(1930年)
"Cztery pieśni japońskie" na sopran i orkiestrę
・交響的タンゴ(1931年)
"Tango symfoniczne" na orkiestrę
・バレエ音楽『シヲフミ』(1934年)
"Shiwohumi", balet
・ユゼフ・ピウスツキの死の交響詩『最後のスネアドラム』(1935年)
"Ostatnie werble", poemat symfoniczny na śmierć Józefa Piłsudskiego
・バレエ音楽『ワルシャワのカリオストロ』(1938年)
"Cagliostro w Warszawie", balet
・交響詩『グルンヴァルト』(1939~1944年)
"Grunwald", poemat symfoniczny
・プラハ序曲(1947年)
"Uwertura praska" na orkiestrę
・ソプラノと混声合唱、管弦楽のための『ウォヴィチ組曲』(1948年)
"Suita łowicka" na sopran, chór mieszany i orkiestrę
・男声合唱、または混声合唱と管弦楽のためのカンタータ『ザブジェ』(1949年)
"Zabrze" (wersja I), kantata na chór męski lub mieszany i orkiestrę symfoniczną
・バレエ組曲『金のガチョウ』(1950年)
"Złota kaczka", balet
・管弦楽のための『舞踏組曲』(1951年)
"Suita tańców łowickich" na orkiestrę
・ヴァイオリン協奏曲第2番『グラル』(1952年)
II Koncert skrzypcowy "Góralski"
・男声合唱と管弦楽のための『海の三部作』(1953年)
"Tryptyk morski" na chór męski i orkiestrę
【参考資料】
Jan Adam Maklakiewicz - Wikipedia Polski
バレエ音楽『金のガチョウ』(1950年)
"Złota kaczka", balet
https://www.youtube.com/watch?v=WsxCd2tYqws
7曲で構成されたバレエ組曲。
民族的な舞曲風の旋律が中々印象深く、
聴いていてまず退屈する事は無いと思います。
「コッペリア」辺りが好きな方にはおススメだと思います。
第3曲の「オベレク」(Oberek)は、
北欧舞曲を彷彿とさせると感じたのですが、
れっきとしたポーランドの舞曲のようです。
コトバンクによる解説を引用します
…古いマズレクは,14世紀に流行した記録も残っている。
テンポの遅いクヤビアクkujawiak,中庸の速さのマズレク,
テンポの速いオベレクoberekをまとめてマズレクと呼ぶことが多い。
いずれも3/4または3/8拍子であるが,3拍子本来の1拍目の強拍が,
2拍目または3拍目に移動する。…
オベレクがYouTubeに出ていたのでブログに貼ります。
https://www.youtube.com/watch?v=Jn306uKOuPM
チェロ協奏曲『グレゴリオ聖歌の主題による』(1929年)
Koncert na wiolonczelę i orkiestrę na tematy gregoriańskie
https://www.youtube.com/watch?v=iYDRZUVHk08
エキゾチックで幻想的、幻惑的な美しい調べ。
宮崎駿の幻想的なアニメーションのBGMか何かで使えそう?
ピアノも編成に加えられていますが、あくまで脇役という扱い。
でもやはり、ちょっとは目立ちます。
交響詩『グルンヴァルト』(1939~1944年)
Poemat symfoniczny "Grunwald"
https://www.youtube.com/watch?v=hGRnQTCRR40
1410年、ポーランド・リトアニア連合軍がドイツ騎士団に勝利した、
「グルンヴァルトの戦い」を描写した音楽の様です。
映画音楽のBGMみたいで劇的な迫力に満ちています。
ちなみに、毎年7月になると、
グルンヴァルトの戦いにちなんだお祭りが開催されるそうです。
グルンヴァルト歴史祭り(2007年の様子)
ポーランド語:Tradycja bitwy grunwaldzkiej
※画像はWikipediaより拝借
騎士に扮した人々が、
グルンヴァルト村の古戦場跡での戦いを再現する催しで、
ヨーロッパ中から10万人を超える観客が集まってくるそうです。
戦いを再現するとは言っても、
和気藹々とした感じで行われるそうです。
グルンヴァルト歴史祭り - タンネンベルクの戦い (1410年) - Wikipedia
●「グラル」とは?●
【主な作品】に、ヴァイオリン協奏曲第2番『グラル』があるのですが、
その「グラル」というのは、「高地の人々」を意味し、
ポーランド南部、スロヴァキア北部、チェコ北東部
などに住んでいる原住民のことを指すそうです。
つまり、グラルの民族音楽に基づいているのでしょうか?
●日本にちなんだ作品●
【主な作品】の項に、
ソプラノと管弦楽のための『4つの日本の歌』(1930年)
"Cztery pieśni japońskie" na sopran i orkiestrę
というのがあるのですが、どんな作品なのか聴いてみたい所です。
また、
バレエ音楽『シヲフミ』(1934年)"Shiwohumi", balet
というのも気になります。
「Shiwohumi」という単語は、一体何語なのでしょうか?
この言葉で検索しても、
ヤン・アダム・マクラキェヴィチに関する頁しか見つかりません。
「sh」という二重子音、その後に続くローマ字的な綴り、
どう考えても日本語のローマ字表記に見えますが。
「塩踏み」でしょうか?
と思って検索してみると、「塩踏み」というのがあるそうです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1061662580
通夜や告別式からの帰宅後、
玄関で塩踏みをする風習があるそうです。
でも、「Shiwohumi」を平仮名表記にすると「しをふみ」となります。
「塩」の旧仮名遣いは「しほ」であって、「しを」ではありません。
「詩を踏み」でしょうか?
「韻を踏む」という意味の。
でも結局、「Shiwohumi」の意味は分かりませんでした。
日本にちなんだものなのかも不明です。
ポーランドは「親日国」としてよく知られています。
110年程前、日露戦争で日本が勝利したことで、
当時独立国家でなかったポーランドの人たちは、
大きな希望を抱いたといいます。
ポーランドの独立運動家たちは、
日本に協力を要請するために来日。
その内の一人、ポーランド独立の英雄、
ユゼフ・クレメンス・ピウスツキ(Józef Klemens Piłsudski)は、
日本に対して好意的であり、兄で、アイヌ研究家の、
ブロニスワフ・ピオトル・ピウスツキ(Bronisław Piotr Piłsudski)
と共に、日本との縁が深いそうです。
地球史探訪: 日本・ポーランド友好小史 - 国際派日本人養成講座
恐らくは、そういった背景があり、また、マクラキェヴィチは、
ピウスツキにちなんだ交響詩を書いているので、
日本にちなんだ作品を書いたというのも、納得と思いました。
●CD化について●
マクラキェヴィチ、トファルドフスキ、モルィト、レヴァンドフスキ
ポーランド軍のグルンヴァルトでの勝利をたたえて
Maklakiewicz, Twardowski, Moryto, Lewandowski
Grunwald in honorem victorum militum Polonorum 1410 – 2010
1410年、ポーランド・リトアニア連合軍がドイツ騎士団に勝利した
「グルンヴァルトの戦い」600年を記念した、
ポーランドの作曲家の管弦楽作品集。
【DUX 0731】2010年
10-08 No.26-2 - クラシック輸入盤・新譜情報 by グッディーズ
《収録曲》
ヤン・アダム・マクラキェヴィチ
交響詩『グルンヴァルト』(1939~1944年)
Jan Adam Maklakiewicz - "Grunwald", poemat symfoniczny
ロムアルト・トファルドフスキ(1930年~)
『グルンヴァルト 1410』
Romuald Twardowski - Grunwald 1410
スタニスワフ・モルィト(モリト)(1947年~)
管弦楽のための序曲『1410年』
Stanisław Moryto - Uwertura na orkiestrę "Rok 1410"
ヤヌシュ・ボグダン・レヴァンドフスキ(1955年~)
『ポーランド騎士ファンファーレ』
Janusz Bogdan Lewandowski - Fanfary polskiego rycerstwa
●ポーランド人の姓「-ski」について●
ポーランド人の姓の語尾「-ski」について、
通常日本語では「~スキ」と表記するが、
実は語尾の「i」は長音だという指摘があります。
つまり、「~スキー」と表記すべきではないかという。
「パデレフスキ → パデレフスキー」
「シマノフスキ → シマノフスキー」
といった感じです。
ポーランド語は強弱アクセントで、長音が無いと良く言われますが、
アクセントの付いた母音は長音に聴こえたりするそうですし、
実際にポーランド語を聴いてみると、
明らかに長音も喋っていたりするのに気付いていたので、
その辺りの所、私も疑問に思っていました。
でも、実際の音の表記に直すのは、数が厖大な量に上るので、
かなり大変そうに思います。
また話はズレますが、
エストニア語には有声音は無いと言いますけど、
実際に聴いてみると濁った発音をしているのです。
多分、有声音と無声音の区別が無いだけで、
濁った発音をしていても本人はそうと意識していないだけなのかも?
何事も疑問に思ったら、自分で色々と調べてみた方が良さそうですね。
今回は、新しい趣向で音楽の記事を書いてみました。
今後も色々と、試行錯誤を重ねて行こうと思っております。
死ぬまで、実験精神、好奇心が枯れる事はありません!!
ではでは・・・