ラテン文字表記:Napoleon Lambelet
画像はhellenicaworld.com さんから拝借
1864年、ケルキラ(Κέρκυρα)にて、スイス起源の音楽一家に生まれる。
祖父、エフティヒオス・ランベレット(Ευτύχιος Λαμπελέτ, Evtychios Lambelet)は、
ケルキラ島にて、歌手マリア・マリブラン(Maria Malibran)のピアノ伴奏を担当していた。
父、エドゥアルドス・ランベレット(1820-1903)
(Εδουάρδος Λαμπελέτ, Edouardos Lambelet)
は、作曲家、ニコラオス・ハリキオプロス・マンヅァロス(マンザロス)(1795-1872)
(Νικόλαος Χαλικιόπουλος Μάντζαρος, Nikolaos Halikiopoulos Mantzaros)
の弟子だった。
弟の、ゲオルギオス・ランベレット(1875-1945)
(Γεώργιος Λαμπελέτ, Georgios Lambelet)
も、作曲家。
ナポレオン・ランベレットは、母からピアノの手ほどきを受け、
父からは、音楽理論と和声法を学んだ。
1878年、奨学金を得て、
サン・ピエトロ・ア・マイエッラ音楽院(Conservatorio di musica San Pietro a Majella)
(ナポリ音楽院)に入学。
同年、同音楽院に入学した、
ディオニスィオス・ラヴランガス(1860-1941)
(Διονύσιος Λαυράγκας)
と親交を結ぶ。
1885年、イタリアから帰国後、アテネに定住し、
アテネ音楽院(Ωδείο Αθηνών)で声楽の教授職を2年間務めた。
声楽、ピアノ、器楽のレッスンのための音楽学校(Μουσική Σχολή)を設立。
25人の合唱団と、音楽劇団を設立。
そのメンバーには、
ヨアンニス・アポストル(1860-1905)
(Ιωάννης Αποστόλου, Ioannis Apostolou)
もいた。
スピリドン・クスィンダス(クシンダス)(1812-1896)
(Σπυρίδων Ξύνδας)
のオペラ『候補者』(Ο υποψήφιος, 1867)のアテネ初演を指揮する。
1893年、アレクサンドリアに招待されて赴く。
1894-1896年、アヴェロフィア音楽アカデミー(Αβερώφεια Μουσική Ακαδημία)
の楽団を率いて演奏活動を行った。
(※「Αβερώφεια」に意味があるのか?あるとしたらどんな意味なのか?
分からないので、「アヴェロフィア」としました)
1895年より、欧州中を指揮者として活躍し、
ロンドンのウェスト・エンド(West End)の歌劇場の、
オペラ、オペレッタの作曲家の1人となった。
1932年、ロンドンに没する。
《主な作品》
・スーダンのセレナーデ(管弦楽)
Σουδανέζικη σερενάτα
・戦争讃歌
Θούριον
・音楽喜劇『金星の日面通過』(1898)
The Transit of Venus, Musical Comedy
・音楽喜劇『ポプリ』(1899)
Pot-Pourri, Musical Comedy
・浪漫的喜歌劇『ヴァレンタイン』(1918)
Valentine, Romantic Comedy Opera
《資料》
Napoleon Lambelet - Wikipedia Deutsch
道化師コロンビーヌのセレナード
Serenade d' Arlequin à Colombine
編曲:スピロス・マヴロプロス(Σπύρος Μαυρόπουλος)
https://www.youtube.com/watch?v=eakq3VjUrtY
YouTubeに出ている曲を色々と聴いてみると、
個人的には中々魅力的だなと思う旋律の作品が多かったです。
ただ、聴いた限りでは、
民族主義的な要素は余り感じられませんでした。
《主な作品》で紹介した「スーダンのセレナーデ」は、
もしかしたら民族的要素に溢れているかも、と、
期待はしているのですが。
以前コチラ↓で軽く名前を出した程度の、
ゲオルギオス・ランベレット(1875-1945)
Γεώργιος Λαμπελέτ, Georgios Lambelet
とはまた別の作曲家ですが、調べてみた所、兄弟だそうです。
Youtubeに出ていた「道化師コロンビーヌのセレナード」は、
吹奏楽に編曲したものの様ですが、
原曲はどういったものなのか知りません。
↓こちらの作品も、吹奏楽への編曲なのでしょうか?
愛し続けたい
Je veux toujours d' aimer
https://www.youtube.com/watch?v=P_Awnv7z5DI
他には、歌曲が幾つか出ていました。
見知らぬ人
Άγνωστος
テノール:ザホス・テルザキス(Ζάχος Τερζάκης)
ピアノ:アポストロス・パリオス(Απόστολος Παληός)
https://www.youtube.com/watch?v=bUwFdfnMbrk
アルヴァニティッサ(トスクの女)
Αρβανίτισσα
歌:マルサ・アラピ(Μάρθα Αράπη)
ピアノ:ディミトリス・ヤカス(Δημήτρης Γιάκας)
https://www.youtube.com/watch?v=uWXuwx5yhqk
「アルヴァニティッサ」(Αρβανίτισσα)というのは、
後述する「アルヴァニテス」(Αρβανίτες)と殆ど同意と思われますが、
一体どう違うのでしょうか?
↓こちらのサイトによると、ギリシャ語の接尾辞「-ισσα」を、
ラテン語が「-issa」として借用し、仏語の「-esse」となり、
英語の「-ess」となったのだとか。
「男性名詞から対応する女性名詞を作るときの接尾辞」
だそうです。
また英語では、
身分や職業等を表わす単語の語尾に「-ess」を付加する事によって、
それが女性である事も表わします。
例えば・・・、
「host」(ホスト=主人) → 「hostess」(ホステス=女主人)
「prince」(プリンス=王子) → 「princess」(プリンセス=王女)
「アルヴァニテス」というのは、
ギリシャ語で「トスク人の子孫」を意味するそうです。
(つまり、ギリシャに住んでいるトスク人という事?)
「トスク人」というのは、「トスク方言を話すアルバニア人」
の事を指すそうです。
まあ、名前の響きが「アルバニア」に似ているなとは思っていましたが。
つまり、「Αρβανίτισσα」というのは、
「トスク人女性」という意味でしょうかね?
ナポレオン・ランベレットは音楽一家の家系だそうですが、
祖父エフティヒオスは、フランスの歌姫マリア・マリブランの、
ケルキラ島滞在時のピアノ伴奏者だったそうです。
マリブランは、28歳で夭折したそうですが、
Wikipediaを見てみたところ、非常に興味深い生き様で、
何度か映画化されているそうです。
これは映画化されて当然だろうな、とは思いました。
マリア・マリブラン
(仏: Maria Malibran、1808年3月24日 - 1836年9月23日)
は、フランス生まれの声楽家。
19世紀でもっとも有名なオペラ歌手の一人であり、メゾソプラノで、
コントラルトとソプラノの両方の声域を用いて歌うことが多かった。
マリアはその強烈な個性とドラマティックな生き様でも非常に有名で、
28歳という若さでで夭折したこともあり伝説的な人物となった。
マリアの声は、声域、力強さ、しなやかさにおいて
高く評価されていたという当時の記録が残っている。
マリアは1836年7月に落馬事故で回復不能な重傷を負ったが[1]、
医師の診察を拒み舞台に立ち続けた。
落馬事故から数ヵ月後にマリアは死去し、
ベルギーのラーケン墓地 (en:Laeken Cemetery ) に埋葬された。
Wikipediaの全体の極一部しか引用していませんが、
他にも興味深い記述が色々出ています。
ドラマの主人公の様な生き様をリアルに行ったという感じです。
因みに、幾つか制作された映画の一つ、
『ラ・マリブラン』(La Malibran, 1944年)の映像の一つが
YouTubeに出ていたので、ここに貼ります。
https://www.youtube.com/watch?v=288u-gTn7kk
監督は、サシャ・ギトリ(Sacha Guitry)、
マリブランを演じているのは、ジェオリ・ブエ(Géori Boué)。
●CD化について
ニコラオス・マンザロスと、
パヴロス・カレル(Παύλος Καρρέρ, 1829-1896)
とのオムニバス収録で、
「メヌエット」(Menuet)と「ガヴォット」(Gavotte)を収録。
エプタニシア派(イオニア派)の音楽
Επτανησιακή μουσική
Music of the Ionian School
演奏:ニコラオス・マンザロス室内楽団
Συγκρότημα μουσικής δωματίου "Νικόλαος Μάντζαρος"
http://xilouris.gr/catalog/product_info.php?products_id=907
http://www.greek-music.net/greek/composers/thom7.htm
http://www.studio52.gr/info_gr.asp?infoID=000009t2
因みに、マンザロスは、
シンフォニア第1番『東方の様式で』
(Συμφωνία αρ.1 "Di genere Orientale")
シンフォニア第2番
(Συμφωνία αρ.2)
シンフォニア第4番『嵐と狩猟』
(Συμφωνία αρ.4 "La tempesta e la Caccia")
シンフォニア第5番
(Συμφωνία αρ.5)
シンフォニア第6番
(Συμφωνία αρ.6)
収録
ONTOMO MOOK『交響曲読本』(音楽之友社)
によると、マンザロスは「シンフォニア」を数十曲作曲したそうです。
1曲の演奏時間はそれほど長い訳ではなく、
「交響曲」というよりは、「序曲」といった面持ちの様で、
「交響曲読本」でも、「シンフォニア」という表現で紹介されていました。
なので、弊ブログでも「交響曲」ではなく、
「シンフォニア」という表現を使いました。
シンフォニア第5番(マンドリン編曲版)
編曲:ヴィクトル・キウラフィデス(Βίκτωρ Κιουλαφίδης)
演奏:アッティカ撥弦楽団(Ορχήστρα Νυκτών Εγχόρδων Αττικα)
https://www.youtube.com/watch?v=BK1D6SQNyOE
パヴロス・カレルの方は、
うわさ話
(La pettegola)
アルバニア人
(L' Albanese)
美しいアルメン
(Les belles Armenes)
美しいアルメン:ミリツァ
(Les belles Armenes: Militza)
フリア
(Furia)
収録
※「Armenes」は、
意味も発音も分からないので適当に「アルメン」としました。
間違っているかも知れません。
ついでに、ナポレオン・ランベレットの弟の、
ゲオルギオス・ランベレットの作品もご紹介します。
この作曲家は、
『辺境・周縁のクラシック音楽2』(青弓社)
の164頁でも紹介されていて、
幾つかの楽曲がCD化されているそうです。
(詳細は、同書参照)
饗宴
Ἡ Γιορτὴ
https://www.youtube.com/watch?v=-k0uI3zi2T0
太陽の歌
Το τραγούδι του ήλιου
https://www.youtube.com/watch?v=2GUedLdir7o
兄であるナポレオンよりも後の世代であるためか?
ナポレオンよりは、民族主義的なロマン派の響きを強く感じます。
記事が長くなり過ぎるので、
ナポレオンの弟のゲオルギオスの詳細については、
また別の機会に、という事にしましょう。
《追記》
コメント欄より、もにりくちなしさんから、情報提供がありました。
ナポレオン・ランベレットの作品は、
『19世紀から20世紀のギリシャの作曲家の作品集』
(Έργα Ελλήνων Συνθετών 19ου και 20ου αιώνα)
(略称:ギリシャ箱)に、
「アルヴァニティッサ」(Αρβανίτισσα)
と
「失恋」(Xωρισμόs)
が収録されているそうです。