クリスマスにプレゼントを配るのは自分の役目では無いから、代わりにこれをやろう。
 そう言って彼女がくれたのは、夜空色のくつ下だった。
「眠るとき枕元に置いておくといい」
「プレゼントをもらえるのは人間の子どもだけじゃないの?」
「人間の子どもに配った後、余裕があれば猫の所も回るかもしれないだろう」
 もらったくつ下は、ちょうどこの街の子猫の数だけあったので、彼は昼のうちにみんなに配って回った。
「オレ魚がほしーなー」
「おまえいっつもイタズラばっかしてるじゃないか。サンタはそんな子どものところには来ないんだぞー!」
 軽口を叩きながらも、子猫たちの目は期待に輝いている。
 そんな様子を見て、大人の猫たちは苦笑しながらそっと街に散っていった。

「ぼく、いい子だったかな」
 寝る前、不安が口をついて出た。
「ひとに迷惑をかけるようなことをしたのか?」
 笑って彼女が言うから、ぶんぶんと首をふる。
「じゃあ早く寝なさい。遅くまで起きているような子どもは端から期待などできないぞ」

 似たようなやり取りが街のあちこちで繰り広げられた。
 それは人間も猫も変わりなく。
 大人たちが一仕事終える夜更けが過ぎ、
 いつもより早起きの子猫たちの歓声が響くまで、あと少し。
 
 追いかけてくる影があった。
 夜の闇の中、遠くに、近くに、ひとつふたつじゃなくて。
 ぼくはそれから逃げる。
 そう、逃げている。
 いつもはぼくを避けていた誰もかれもが、ぼくの後をつかず離れず追い立てる。
 なんで、どうして?
 ぼくは何もしてないのに。




 事の始まりはたぶんあの日。
 同じ年の子たちに、まだ木に登れないことをからかわれて。
 どうにかして追いつきたくて、木の上にいるみんなを見上げて地面を蹴った。
 そうしたらみんなと同じ枝の上にいたんだ。
 みんな、目をまたたいて、すごいな、とか、どうやったんだよ、とか。
 ほめたりおどろいたり喜んだりしてくれたんだよ。
 もみくちゃにされながら、ぼくにだってどうしてか、なんてよく分からなかった。
 けど、みんなが楽しそうにしてるからぼくも嬉しかったんだ。

 なのに、次の日には、ぼくはひとりぼっちになってた。

 昨日まで一緒に遊んでた子たちは、ぼくを避けるようにして逃げていった。
 大人は遠巻きに見るだけで、近づこうとすると毛を逆立てられた。
 一日、二日とそうやって過ぎていって、どうしようもなく寂しかった。
 だから、前に一緒に遊んでた子たちに近づいた。
「ねえ、どうしてぼくのこと避けるの?」

 返事の代わりに飛んできたのは石と。
 …なにかとても嫌なことを言われた気がするんだけど、それはもう思い出せない。
 投げられた石のひとつがぼくに当たったとき、気がついた大人たちが止めに入った。
 石を持ったこの手をつかんで。
「やめなさい!」
 叱る声には、確かに恐怖の色があった。
 その目を見て、声に出されなかった言葉の続きを知る。

『ドンナ仕返シガクルカ分カラナイノダカラ』


 こどものぼくのすることを、大人の彼らがおそれるの?


 それでわかってしまった。
 ぼくはみんなと違うことができるから。
 きっとそれがいけないんだということ。




 背後からどんどん迫ってくる気配は、殺意のようなものも混じっていて。
 ぼくは必死で逃げた。
 同じくらい必死に叫んだ。

「ぼくは何もしてない、何もしないよ…!」
 けれどそれは聞き届けられることはなく。

 体が凍り付くような鋭い気配に振り返って。

 そして。



 不意に脳裏をかすめたのは、やわらかな手。



 ちがう。
 これはちがう。

 これは起こらなかった出来事。
 でも起こったかもしれない未来。
 この現実が訪れる前に、ぼくを拾い上げたのは、

 あの手。



「ミストフェリーズ」
 
 
 最初に見えたのは、白いシーツ。
 薄暗い部屋。
 毛並み越しに触れるあたたかいもの。
 繰り返し背中をすべる感触に誘われて、ゆっくりとまばたきする。
 
 ぼくを見下ろす真っ黒な瞳。
 半身を起こした彼女が、ぼくの背をなでている。
 じんわりと伝わってくるぬくもりに、急に胸がいっぱいになって、その胸に飛び込んだ。

 ぼくを抱き上げる腕はあの日と同じ。
 おおきく、つよく、あたたかい。
 これが本物だと確かめたくて、なんども体をすりよせる。
 彼女が笑う気配がして、それから額にキスをくれた。
 喉の奥に絡み付いていた重たいものが、すうっと薄れて消えていく。まるで魔法のように。


「月が出てきたな」
 その言葉のとおり、黒々とした雲の隙間から月が顔を出していた。
 世界が淡い光に浮かび上がる。
 その光を背に受けて、彼女が微笑った。
「もう夢魔は去ってしまったよ。もう一度眠るといい」
 彼女が頭をひとなですると、あっという間に眠気が訪れた。

「良い夢を」 

 そうして彼女に送り出された眠りの中で、ぼくはもう一度彼女に出会う。
 
 
 いつもどおり、今日が始まる。

 いつものように気の向いた時間に起きだし。
 当然のごとくミストとつるみ。
 あいかわらず頭の固いマンカスに追いかけられ。
 よく飽きないなとたまに感心さえする黄色い声をくぐりぬけ。
 いつもの屋根の上で昼寝する。

 日も暮れようかというところでミストの機嫌を損ねて雷をくらったが、まあそれもよくあることだ。

 そして今日も日が暮れた。
 大欠伸をしながらひとりでねぐらへ戻る。

 その入り口にひもがぶら下がっていた。

「何だコレ」
 今朝までは無かったはずだ。
 興味のままに引っぱってみる。
 途端。

 花の雪崩に襲われた。

 雪崩れた勢いの余韻のままに花びらが宙をヒラヒラと舞っている。
 生き埋めになりそうな中から這い出してみれば、狙ったようなタイミングで顔に紙が張り付いた。
「‥‥嫌がらせか?」
 うんざりとしながらひっぺがしてみれば、やけに流暢につづられた文字が目に入った。

『我らが天邪鬼の記念日に祝福を!』

 誰にも知らせていないはずのねぐらをわざわざ探し当てて、この花、この文句、大仰な仕掛け。
 首謀者と思われる面々が頭をよぎって、消えた。
 今頃どこかでほくそ笑んでいるだろう奴ら。

「ああクソ、新しいねぐら探さなきゃならなくなったじゃネェか」
 花のベッドにごろりと寝転んで、明日どんな礼をしてやろうかと考えながら目を閉じた。
 

 
「ねえ、魔法を教えて」
 ある日ぼくは思い切ってお願いしてみた。
 彼女は読んでいた本から顔を上げて、いつものように口の端を持ち上げた。
「駄目だ」
 
 思えばこれは、彼女に聞き入れてもらえなかった最初のことだったかもしれない。
 
「魔法は教えない。お前も教わるべきではないよ。自分の魔法が使えなくなってしまう」
「どうして?」
 答えには一呼吸の間があった。
 
「猫と人間は違うということさ」
 
 
 ぼくは魔法を使っちゃだめなの?
 ぼくが猫だから?
 
 ぼくの力‥‥間違ってるの?
 
 
「んなわけねーだろ、こんなおもしれー力」
 タガーはそう言うけど、ぼくの心は晴れない。
 彼女の言葉が頭から離れなくて。
 
 
  *
 
 
「そこまで気になるなら、見てみるか」
 彼女がそう言ったのは満月の夜のこと。
「‥‥なにを?」
 首をかしげるぼくに返る、何でも無いような声。
「猫の魔法だ」
 
 
 その光景はまるで幻のようだった。
 ジャンクヤードに集う、半分透けた猫たち。
 この街の記憶。
 その中心に、一匹の猫。
 月の光を集めて、星の光を呼んで、ぎゅっと縮めた光の玉をぽんとつつくと、綿毛のように無数の小さな光が飛び散った。
 風に舞っていた光はいつの間にか蛍に姿を変えて、歌い踊る猫たちに混じってふわりふわりと明滅する。
 そして小さな舞踏会のフィナーレに合わせて、彗星のように尾を引きながら一斉に空高く昇ると、大きな花火を残して夜空に溶けた。
 
 なんてきれいな力。
 見とれていたぼくに彼女が言う。
 
「おまえの魔法と私の魔法では、寄る辺がまったく異なるのさ。人間の魔法は理詰めだが、動物が使う魔法は本能だ。感じて思ったそのままを現実にする。
 私は猫の魔法が好きだ。だからおまえには、下手に人間の魔法を知ってほしくないんだよ」
 
 
  *
 
 
「でもご主人は、ときどき使うでしょう? 猫の魔法、みたいなの」
 ぼくが言うと、彼女はいつもと変わらず笑った。
 
「私が異端と呼ばれる所以だな」
 
 
 寒いなあと思いつつ、マフラーの隙間から長い息を吐く。
 月明かりの下でもそれは白く色を変えて、瞬く間に掻き消えた。
 お気に入りのコートに片手を突っ込んで、もう片方の手にはクリスマスカラーの紙袋。
 意外にも家事全般を得意とする我らがリーダーが、協会をお暇する際に持たせてくれたものだ。
 
 
「なにこれ?」
「クリスマスケーキだ。帰ってからでも食べてみてくれ」
 あ、保冷剤もちゃんと入れてあるからなという主婦な発言を聞きつつ、紙袋の口から中を覗き見る。
 ケーキ一切れ分にしては明らかに大きな箱。
「ねえマンカス、つかぬことを訊くけど」
「うっかり人数分焼いてしまったんだ。こういうときに限って現れないのがあいつらしいというか」
「…ようするに配達人をやれってわけだね」
「手間をかけて済まないが。どうせ会うんだろう?」
 それはどうだろう。いつも特に約束をしているわけではないし、なにせ僕らふたりとも気まぐれなものだから。
「会えば渡しておくよ。でも僕のお腹に入ったらごめんね」
 
 
 そう言って別れてから、もう2時間がたっている。
 一応訪ねてみた部屋は当然のようにもぬけの殻で、自分の家へと続く路をぶらりと遠回りして歩いて、とうとう玄関にたどり着いた。
「さてと。…もうそろそろ食べちゃってもいいよね?」
「おう、そうだな」
背後からにゅうっと延びてきた手に紙袋を奪われる。
「…キミどこから尾けてきたの」
「ああん? まあ気にすんな、それより持っててやるから早くドア開けろよぅあーさみィ」
 僕は無言で鍵を取り出して、ドアを開けて中に入る。
 もちろん無礼者は閉め出した。
「テメ、オイなにすんだよ! ケーキは!」
「僕に気付かせずに見事尾行を成功させたご褒美だよ、家に帰って一人で食べれば」
「そんな拗ねんなよ、んなガキじゃあるまいし」
「……」
「あ! いや! 今のは俺が悪かった! だから頼むぜココ開けろってば!」
「し、ら、な、い。自分で何とかすれば」
 
 近所迷惑な根比べがしばらく続いて、結局どちらが折れたかは敗者の名誉のため黙秘させてもらおうと思う。