40代後半のオヤジがアメブロを始めてから、1年と9ヶ月弱の間、何とかしなければならないと、ずっと思ってきた事がある。先の衆院選を挟んで、世の中が大きく変わっていく最中、危機感を持っていると言ってもいい。それは、これまでも何度か書いたことがある、知識の欠如や語彙力のなさだ。何を書いても、納得できるものは殆んどない。観戦スポーツについてはまだましだが、政治経済やイデオロギー的なものについては、下地がなくて、メディアを通して、たまたま見た事位しか知らないから、拡げることも掘り下げることもできずに、いつも歯がゆい思いをしている。しかも、読みが浅いから詰めが甘くなる。偶然、眼の付け所が良くても、頂いたコメントや、同じテーマの他のブロガーさんの記事を読んで、後1歩も2歩も踏み込んで、そこまで考えなければならなかったのかと、己の力不足を思い知らされるばかりだ。そうかと思えば、短い文面の中で、心に染みたり、インパクトを与えるような素晴らしい表現に出会うことも多い。僕は、彼らの足元にも及ばない。それでも、書かずにはいられないのだから、ある意味たちの悪いブロガーなのかもしれない。
何か思うところがあったり、表現したい事があっても、物を知らない為に、一々調べ物をしなければならないようでは、手間がかかってしょうがない。酷い時は、何をどう調べればいいのかさえ分からず、頭に浮かんだ事を、文章に起こせないまま諦めなければならない場合もある。これでは、駄目なのだ。
例えば、法曹界で使われる専門用語は、僕のような凡人にはチンプンカンプンであり、法律家を目指す者にとっても、それを覚えて使いこなせるようになる為には、大変な労力を要するらしい。では、なぜ誰もが分かるような言い回しをしないのかと言えば、ある特定の意味なり状況を示す言葉が決まっていて、一度覚えてしまえば、長々と説明する必要がなく短く簡潔な文書を作ることができ、読む側も短時間で一読して内容を理解できるからだという。もちろん、法廷等でのやり取りでも、同様の事が言えるのだろう。
いつも、他のブロガーさんの記事を読む時には、必ず辞書の検索ができるように、別のウィンドウを立ち上げておく。多い時は、1本の記事で7,8回検索する事もある。それらの言葉を全てその場で覚える事など不可能だから、少なくとも意味と用法を理解はするようにしている。いつの日か、彼らのような表現力を身につけたいと思っているが、今僕が心がけている事は、一本の記事で同じ意味合いの表現をする時は、できるだけ違う言葉を使う事ぐらいだ。その方がいいと思ってやっているが、国語的に正しいのかどうかは分からない。
このような事はブログに留まらず、全ての生活や人格にまで及ぶ問題だから何とかしなければならない。現状が余りにも情けなく、また必要にかられて、できる範囲で俄か勉強はしているが、対処療法の範疇であり、前記の政治経済等については、系統立てた勉強を腰を据えてやらないと、いつまで経っても、一定以上のレベルのものは書けないだろう。
これからも、やれる事は続けていくわけだが、誰が何と言おうが、年齢に関係なく、あることを実行しなければならないと、改めて考えている。この先もし、それがかなう時が来れば、アメブロ上で話せればいいと思っている。
今日の一曲は、「NIGHT AND DAY」 ヘレン・メリル 1959or60年
アルバム 「ローマのナイト・クラブで」より
何かジャズボーカルをと思い、You Tubeをうろうろしていたら、ちょっと季節はずれかもしれませんが、掘り出し物を見つけました。
これは、知りませんでした。
調べてみると、代表作の一つらしいですが、初めて見るジャケットです。
この頃の彼女の声は、色っぽくて良いですね。
ジュリー・ロンドンといい勝負。
晩年は、擦れすぎてしまって……。
原曲は、リンク先にもあるように、1932年、コール・ポーターの作詞・作曲です。
このアルバムのCDは、是非手に入れたいですね。
では、また。