私事で恐縮だが、大分前から抱えていた問題が、暮れ辺りから表面化して、精神的にも肉体的にも、最近ちょっとまいっている。加えて厄介なのは、思考力が減退していること。考えるということを、脳が拒んでいるような感覚に、毎日何回も襲われる。この数日の自分のブログを読み返すと、意見を述べるという部分が欠如している事が分かる。でも、今は、そんな時にはいつもよりもじっくりと、これまでに出会ったブログを見に行く。そこに書かれた、文章や詩を読み、写真やイラストを見て、アップされた曲を聴くうちに、殺伐とした心は静まり、少しずつ、またがんばろうと思う気力を取り戻すことができる。当たり前のことだけど、一つひとつのブログには、それぞれのブロガーさんの思いが詰まっている。自分が弱っている時ほど、強く深く、その想いが心に染み込んでくる。だから、大袈裟じゃなく、僕は、いつも救われている。
読者登録をさせていただいているブロガーさんの記事にアップされていた、「BUNP OF CHICKEN」の「K」という曲。その歌詞の中に出てくる、「忌み嫌われた俺にも 意味があるとするならば この日のタメに生まれて来たんだろう どこまでも走るよ」という言葉。僕は今まで、ここまで深く誰かのことを思ったことがあっただろうか?理屈じゃなく、その思いに突き動かされて、その人のために全てをかけて行動したことがあったのか。今僕に降りかかっている問題でも、自分勝手な理屈をゴリ押ししていないだろうか?もう一度だけ、腹を割って話してみようかという気になってくる。
また、同じく読者登録をさせていただいているブロガーさんの記事は、「異論のない議論は疑うべきであり,批判を許さない言論は危険だ」という言葉で、締めくくられている。全くその通りで、強く共感する。国民不在のまま、何もかもが淡々と決まっていくような今の状況では、なおさらこのような考え方が必要だと思った(正しく解釈しているのかは不安ですが)。そう考えると、僕も何かしなければ、何ができるのかって、気力がわいてくる。
昨日から今日にかけても、ブログを通して、このようなすばらしい言葉に出会い、逃げ出してしまいたくなる気持ちを断ち切り、できることからやっていこうと、思い直すことができた。この2つの記事を見ていなければ、今僕が、ある程度の心の平静を保てていたかどうかの自信がない。でも、これらの言葉を見て刺激を受け、僕が何者で、今どんな立場にあって、何を考えるべきか、どのように行動すべきかを、考えてみた。そういうことを、常に意識として持たねばならないと、ブログの中の言葉が、思い出させてくれた。最近の、追い込まれた状況の僕は、そのような感覚が鈍くなっていて、感受性とか感性といった、大切なものが失われてしまった状態に陥っていた。それでは駄目だということを、教えてくれるのが、ブログ記事なのだ。本当にありがたいことだ。いつかは僕も、誰かの気持ちを救えるようなものを、書けるようになりたいものだ。
心乱れて、文章も乱れてしまったことをお詫びします。
では、また。