~その②からの続き~
電話が繋がり、家族に事情を話し、医者に携帯を手渡すと、僕に話の内容が聞こえない場所まで離れて、深刻そうな様子で説明している。通話を終えた医者が、今度はしきりに下痢をしている時の状況を聞いてくる。ありのままを話すと、脚気の検査をして、若い医者に一つ二つ指示を出すと、僕の目を見据えてこう言った。
医者、「○○さんは、ギランバレー症候群という病気に罹っている可能性が高いです。腰椎穿刺(ようついせんし)という検査をしてみないと、ハッキリとした診断は出来ませんが、ほぼ間違いないでしょう。これから、手足が動かせなくなったり、痺れたりします。○○さんの今の状態から見て、歩けなくなくなるかもしれないので、車椅子で移動しなければなりません。場合によっては、呼吸困難に陥ることもあるので、即入院してもらって、看護師が目を離さずに見守ります」
ここまで聞いて、事の重大さをようやく理解した僕は、話を続けようとする医者をさえぎり、こう聞いた。
僕、「先生、どこまで悪くなるんですか?治るんですか?寝たきりになったり、一生歩けないって事はないんですよね?」
医者、「○○さん、体が動かし難いとか、そういった事が起こり始めたのはいつですか」
僕、「昨日の、夜9時頃に風呂に入った後からだから……。まだ、丸一日と少しですね」
医者、「そうですか、この病気は、患者によって差がありますが、発症してから1~2週間で症状のピークを迎えるんですよ。厳しいことを言うようだけど、まだまだ状態は悪くなります。とりあえず部屋を用意しますから、そこで看護師の指示に従って、安静にしていて下さい。明日、ご家族に来ていただくようにお願いしましたから、入院の手続きをしてもらって下さい」
えぇっ、俺は自分で入院手続きも取れないほど深刻な状態なのか。呼吸困難って何だよ。死んでしまうかもしれないって事か?
僕、「先生、歩けるようになるんですか?治るんですか!」
医者、「それは、個人差があるので、どんな症状が出るのかも、どこまで回復するのかも、分からないんですよ。とにかく、処置室で採血をしてから、病室へ移動して下さい」
病院に着いてから約1時間半、医者とこんなやり取りをした後、指示通りに処置室に向かうため、何とか立ち上がり、歩き出そうとしたが、左足が言うこと聞かない。看護師に松葉杖を借り、途中、用を足すためトイレに立ち寄った。実はこの後、再び自力でトイレに行けるようになるまで、1ヶ月を要する事になるのだ。看護師に付き添われて、処置室に行き、採血に加えて、検温をして心電図を取った。その間約20分。さて、病室に向かおうと立ち上がろうとしたが、立てない。椅子の肘掛に両手をついても、その両腕にも力が入り辛くなっていて、どうしても立ち上がれなかった。
この時は、既に微熱があり、前日からのぼーっとした感覚だけでなく、目に見えるもの全てに薄い膜がかかっているような、不思議な感覚の中にあった。現実なんだという認識は出来ても、自分の体と周りの状況の余りにも急激な変化に戸惑っていた。男性看護師に抱えられて車椅子に乗せられた僕は、悲観でも楽観でもなく、何も考えることが出来ない状態で、病室へと押されていった。
その病室は、ICUではなかったが、酸素吸入が出来る設備が付いているなど、重症患者専用の個室のようだった。ベッドに寝かしつけられた僕に、看護師は、酸素飽和度を測る機械を指先につけ、心電図の電極をぺたぺたと貼り付けた。腕には、水分補給のためと思われる点滴の針を刺され、トイレには行けないので、尿瓶を用意された。体調の悪さとボーっとした不思議な感覚が重なり、何故だか時間が過ぎるのが非常に遅く感じられ、これからどうなるんだろうとの不安が、徐々に頭の中を支配した。酸素飽和度が少しでも基準値を下回ると、警告音がピコピコ鳴るのにも邪魔をされ、看護師が、「眠っていただいて、いいですよ」と言ってくれたが、結局まんじりともせずに一夜を明かすことになった。
翌朝、病室に現れた医者は、当直医とは違い、前日外来で見てもらった先生だった。そのM先生が、僕の主治医らしかったが、後に、僕はこの先生を命の恩人と呼ぶようになる。運よく呼吸困難には至らなかった僕は、朝10時前には、4人部屋に移された。先に家族が来ていて、入院手続きを済ませておいてくれた。少し話をして、礼を言い、家族が帰ると、大袈裟ではなく、体が動かないという現実だけが残った。この時、発症から一日半。症状が悪化するのはこれからだった。
以下、その④につづく
では、また。