ギランバレー症候群と僕の共存生活(その②)       ~ギランバレー発症Part2~ | stockracerの雑記録

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      ~その①からの続き~

 お腹の調子もすっかり治り、2日勤務した翌日はまた休日。ある大切な人を見舞う為に、県内の大きな病院へ行き、半日ほど過ごして帰宅し、風呂から出てスエットのズボンを穿こうとして違和感を覚えた。左足が上がらない、太股を引き付ける事が出来ないのだ。だが、この時は、何らかの拍子に筋肉痛になったのだろうと解釈して、手を添えてズボンを穿き、そのまま寝てしまった。実は、これが自覚症状の始まりだったのだ。

 翌朝、下痢が始まってから10日目、目が覚めた瞬間大きな異変を感じ、簡単には起き上がることが出来なかった。体中に力が入り辛い。頭がボーっとしてふらつき、まっすぐ歩くことさえ難しい。脳梗塞ならヤバイなと思いながらも、意識はあったので、バスで、地元で一番大きな病院へ向かった。バス停へ行く途中で、会社に電話し、上司に休ませてくれるように頼んだ時に返ってきた言葉は一生忘れない。「えー、なにーっ、分かったよ。ガチャン(電話の切れる音)」部下を心配する風でもなし、何か分かったら連絡しろと言うでもなし。こんな時にこそ、人間性というものが現れるものだなと思った。だが、僕には腹を立てている余裕は、なかったのだ。

 病院の受付で、神経内科に掛かるように促され、診察を受けたのだが、どうも要領を得ない。頭と首のレントゲンを取られ、「頚椎に軽い変形が見られるので、生活の中で気を付けなければならないことがある」と、紙を渡された。そこには、急に首だけで後ろを振り返るような動作はしないようにと記されている他、7~8項目の注意事項が書かれていた。医者は、「薬を出すので様子を見るように、症状が重くなったら、(時間外でも)必ず病院に来るように」と念を押し、確定的な診断が下されないまま、薬局で薬を受け取って、帰宅した。

 帰りのバスを降り、おぼつかない足取りで家にたどり着いた後も、だるさと、体に力が入らない感覚は続いていた。夜になって、体調はだんだん悪化していくように感じていた。明日、もう一度病院に行き、詳しく調べてもらおうと決め、僕にしては早めに寝ようと、23:00に床に就いたが、事態はもっと深刻だった。布団の位置をずらしたり、寝返りを打とうとしても、左足に殆ど力が入らず、思い通りには全く動かせなくなっていたのだ。この時、始めて、漠然とした恐怖感が、頭をよぎった。朝までは待っていられない。すぐに病院に行くことを決断し、タクシーを呼んだ。

 入院するかもしれないので、最低限の着替えなどをバッグにつめて玄関を出た。既に、マンションの階段を下りるのもやっとの状態で、家族に荷物を運んでもらい、なんとかタクシーに乗り込み、今朝来たばかりの病院の、救急外来の受付にたどり着く頃には、まるで、初めて歩いた赤ん坊のような足取りで、もし、後30分判断が遅かったら、救急車のお世話になっていたことだろう。

 当直の若い医者に状況を説明し、いくつか問診を受けると、その医者は怪訝そうな顔のまま、上司と思われる別の医者を呼んで来た。その医者の質問に、2,3答えると、しばらく間があってから、こう切り出した、「ちょっとねぇ、いやらしい病気にかかっている可能性があるんですよ。誰か、ご家族の方に連絡を取ってもらえませんかねぇ。繋がったら、私が直接お話しますから、代わって下さい」。おいおい、いったいどうなっているんだ?ほんの数時間前に感じた恐怖というよりは、虚を衝かれたような、きょとんとした状態のまま、携帯を取り出し家族に電話をかけた。まさかこの時は、これから、リハビリ専門病院を含めると、7ヶ月もの入院を余儀なくされるとは、微塵も思ってはいなかった。

     以下、その③に続く

 では、また。