毎度お馴染み(といっても3回目だけど)、独身オヤジの家事する日曜日の話。
1週間前のブログで、買い物に行ったスーパーで、被災地や隣県の野菜が、鮮度が良くておいしそうなのに全く売れていなかったことを書いた。
僕自身も買うことができずに、色々考える事もあったが、一番気になったのは、国の暫定基準値を信用していいものか、それとも駄目なのかについてだ。
結局、行き着く所はこれなんだと思う。
日本全体が、初めて経験する、正に未曽有の災害からの復旧・復興なので、政治主導が求められると言っても、試行錯誤の連続で、なかなか思うようにはいかない事は理解できる。
しかし、こんな時だからこそ、政府の正確でスピーディーな情報開示と、対応策の指示が求められていたはず。
だが実態は、与野党のみならず、地方自治体、財界、官僚、メディアやジャーナリスト等のマスコミ迄巻き込んで、利権絡みの醜い政争に明け暮れている始末。
こんな状況の中で、政府が慌てて、性急過ぎるようにも見えた方法で、暫定基準値として、どんな数値を定めても、簡単には信用できないのが国民感情というものではないか。
しかも、ネットで検索してデータを見ると、食品や飲料水について、政府が定めた暫定基準値と、欧米諸国の内、特ににアメリカの基準値とを比べると、日本の暫定基準値の方が、桁が3つも4つも大きいものもある。
国民はこの事実と、これまでの流れを目の当たりにしているから、暫定基準値内に収まっている食品が、本当に安全なのかについて、疑心暗鬼になっているのだ。
だが、そういう理由があるからといって、被災地や隣県の食料品を買いたくないとか、買えなくても仕方が無いで済ませては、被災地にとって、何の解決にもならない事は自明の理。
偉そうなのを承知で、僕なりの理想を言えば、暫定基準値を、欧米並みにまで引き下げ、全ての食料品を出荷前に検査して、(新たに定め直した)基準を越えるものは、全部国が買い上げた上で処分する。
莫大な手間と費用がかかるが、これをやるしかないでしょう。
復旧・復興の財源確保のための臨時増税の議論が始まっているが、なぜこれを組みこまないのか不思議でならない。
震災直後は、風評被害が問題視され、被災地や隣県産の食品を消費することが、復興支援になるとされてきた。
しかし、セシウムに汚染された稲藁を食べた肉牛の問題や、やらせ質問等、未だ次々と、原発関連の新たな問題が発覚している現状では、被災地や隣県の食品の安全性についての信頼を取り戻すためには、最低限、この程度のことはやるべきでしょう?
それが出来ないのは、今の暫定基準値が、危険と判断されては困る人がいる……。
これ以上書くと、止まらなくなるからやめるが、利権の話になって行くのだと思う。
今何が一番必要なのか、最優先すべきは何なのか、分かっているはずなのに、どうしてやらないんだろう?
さて、家事するオヤジは、今日もスーパーBへ買い物に行ってきた。
先週買えなかった被災地や隣県産のピーマンと人参を、今日こそは買って、カレーを作るつもりで。
しかし、そこで、またまた、重苦しい気持ちになった。
ピーマンも、ニンジンも、被災地や隣県産から、全く違う産地のものに全て入れ替わっていたのだ。
スーパーだって商売だから、いつまでも売れない商品を陳列しておけないのは分かるけど、これでまた、被災地の農家が苦しい立場に追い込まれると思うと、どうすればいいのか考え込んでしまう。
もっと嫌だったのは、産地の変わった野菜をかごに入れ、レジを通った時、少しだけホッとしている自分に気付いたこと。
家へ帰り、カレーを作り、早速、昼御飯として食べたが、いつもと同じ味なのに、ちっともうまくなかった。
大食いの僕が、お代りもしなかった。
唐突だけど、東北は、僕の大切な人の出身地だ、今でもその人の家族や知り合いがたくさん住んでいる。
幸い、その人たちは、一人残らず無事が確認できている。
実際に、僕もその地を訪ねたことがある。
当時は子供だったから、もの凄く可愛がってもらった。
こんな時だからこそ、恩返ししなければならないのに、何もできていない事がもどかしい。
毎日考える、今の、この僕に、何かできる事はないのかと。
答えは、未だ見つからない。
何かできるような、状況にもない。
でも、復旧・復興は長期戦だ。
僕にも、何かできるチャンスは必ず来ると信じて、一日でも早くそうなれるように、毎日を精いっぱい生きていきたい。
だって、そう考えるしかないんだから。
では、また。