菅首相の退陣時期は、菅氏自らの言を信じるなら、周知の3つの法案が成立した時だ。
これは、今日(7月6日)の予算委員会で、自民党の石場茂氏の質問に対する答弁でも強調している。
延長された今国会の会期末が、8月31日と決まっているのだから、それまでに成立させて退陣するというのが既定の事実でしょう?
だったら、その路線に従って、粛々と審議をして、与野党団結して、復旧・復興に向けて全力で舵を切ればいいものを、永田町の先生方は、どうしてこうも、権力と選挙に固執するのだろう。
僕の得られる時事情報は、テレビ・ラジオ・新聞・インターネットに限られるが、その中で聞こえてくるのは、本当の意味での批判というよりも、粗捜しとか筋論といったものばかりで、、建設的な話は皆無に等しい。
既に言い尽くされている感もあるが、いったい何時まで、恥さらしな国会運営を世界中に晒し続けるのか。
マスコミの報道姿勢も含めて、被災者・国民との感覚のズレは如何ともし難いものがある。
自民党は、相変わらず何でも批判。
具体的な対案を出すこともなく、ポスト菅の首班指名選挙にだれを担ぐのかも一切言及せず。
何か、菅政権を叩くネタはないものかと常に手ぐすねを引いているかのよう。
浜田和幸氏のいわゆる一本釣り問題や、松本龍・前復興担当相の失言問題など、野党の立場で批判しなければならないことは理解できるが、それを全て菅降ろしに結び付け、では、どうすればいいのかという、具体的な話は一切せず、駄目だ、駄目だ、辞めろ、辞めろと、ただ繰り返し言い続けるだけ。
菅降ろしの先にある政権奪還しか見えてないかの如く、とにかく批判の嵐。
延長された国会の審議入りが、今日まで伸びたのも、結局は自民党が拒否していたからでしょう?
民主党も酷い状態だ。
よくもまあ、次から次へと問題が出てくるものだ。
浜田和幸氏の一本釣り問題に続いて、(自戒と共に)僕が1週間前のこのブログで持ち上げた、松本龍・前復興担当相はとんだ食わせ者だったようだ。
サングラスの件はともかく、就任時の会見での発言は骨っぽいと思ったのだが、寄り添うはずの被災地の首長である県知事に対して、いかなる理由があっても、格下に見るかのごとき発言は言語道断だ。
高飛車、高圧的、命令口調、威圧的、横柄、映像を見る限り、全て当てはまる。
殊更にアピールしなくても、誰がどんな権力をもっているのかなんて、回りは皆知っている。
それを、わざわざこれ見よがしに振りかざして威張り散らすなんて、最低の行為だ。
世にいう既得賢者の中にも、この手の人間が沢山いる。
報道を通して、この手の人物の言動を見るたびに腹が立つ。
松本氏が、早いうちに辞任したことが、唯一の救いか。
今回の失言・暴言問題は、どう考えても取り返しがつかず、与野党双方から辞任もやむなしとの空気が流れていたのに、民主党内部に、松本氏を擁護し、宮城県知事を公然と批判する議員がいることは理解に苦しむ。
これ一つとっても、民主党が組織として全くまとまりがないことは一目瞭然だ。
その意味では、菅批判が突出している、安住淳・国対委員長の言動は、離党に値するレベルではないか。
国対委員長として、必死に野党との調整役を務めてきたのに、菅首相の独断専行により、ことごとくつぶされた悔しさは、報道を見ているだけでもよく分かる。
しかし、だからといって、自分の所属する党・内閣のボスに対して、ここまで批判的な発言をするなら、離党してからにすべきではないだろうか。
この件については、マスコミの報道姿勢にも大きな問題があったと思う。
松本氏が、宮城・岩手両県知事に対して、高圧的な恫喝まがいの発言をしたこの問題。
マスコミ報道は、初めのうちは活字中心で、テレビ・ラジオでも映像は使われず、事実関係を淡々と伝えるという報道姿勢だった。
僕も、その内容を新聞の活字や、キャスターの話すニュースで見た段階では、多少言葉は悪くても、気合が入ってるように見えたし、地元とも緊密に連絡を取ってやっていく姿勢に期待したい気持ちになった。
しかし、後になって公開された、実際の会談の映像に映っていた内容は、それまでの報道とはまったく異なる、権力に奢りたかぶった勘違い男が、恫喝を繰り返す許し難い姿だった。
又、この映像の中には、松本氏が、知事との会談内容の報道を規制する為に、「今の発言はオフレコだ。書いたらその社は終わりだから」と脅しをかけるシーンも写っており、マスコミ各社がこの脅しを真に受けて、映像の公開を躊躇し、記事の内容をセーブしたのではとの疑問を持つ。
更に、松本氏が同和問題に深く係わっていることが、マスコミ報道に影響を与えたのではないかとの指摘もされている。
ここまで来ると、僕にはよく分からないが、基本的に公平・中立であるべき報道機関が、一国会議員の恫喝により、報道内容を変更したとなれば大問題である。
かつて、インターネットが無責任に情報を垂れ流しているとの批判を受けた時、既成の大手報道機関の幹部等は、「正確な情報をきちんとした裏付けのもとに国民に提供するには、一定のバイアスを掛ける(或いは情報の取捨選択)ことも必要であり、それが国民に対する責任だ」という趣旨のコメントをしていたような気がするが、これが、そのバイアスであるなら、何をかいわんやである。
それにしても、菅首相という人は、誰に何を言われても、全く堪えない人だ。
野党からも身内からも、どんなに批判を受け続け、退陣を要求され続けても、全く動じない。
それだけ強い信念を持っているのか、それとも野党の言う通り、総理の座に固執しているだけなのか。
こればかりはもう、「歴史が評価する」のを待つしかないのかもしれない。
今日、猛暑は一休みしたが、夏本番へ向けて、被災地支援は待ったなしだ。
遅ればせながら始まった国会審議が、批判と弁明に終始しているようでは、全く意味がない。
復旧・復興に対する具体的な対応策について、身のある話し合いを期待したい。
今の状況がまだ続くのなら、いっその事、解散総選挙をやってしまった方が、全てが早く動き出すかもしれないと考えてしまいそうだ。
では、また。