オリジナルキーで歌いたい。 | stockracerの雑記録

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 DAMでも、JOYSOUNDでも、カラオケの機械には、歌う者の声域に合わせてキーを変更できる機能が付いている。マイク

でも、僕はそんな機能には見向きもしないで、何時もオリジナルキーで歌うことにしている。

ミスチルでも、EXILEでも、歌う時は全てオリジナルキーでマイクを握る。

中には、初めから客に配慮して、1~3音程度キーを下げてある曲もあるが、そんな時は、余計なことをしやがってと思いながら、オリジナルキーに合わせ直してから歌い始める。

オリジナルキーでは、高音域がどうしても出なくて歌えない時は、諦めて別の曲にする。

なぜそこまで拘るかについて書くために、3日前のブログに引き続き、高校時代のバンドについてもう少しだけ。


 高校入学と同時に知り合った友人に刺激され、作詞と弾き語りを始め、その内の一人と、フォーク・ニューミュージック系のバンドを組むことになった。ギター

基本的には、僕とこの相方の2人でのフォークデュオの形(今で言うとコブクロのような感じ。因みに、僕は当時から180センチあったので黒田さんの方。あくまでもイメージですが)で練習し、他人前で演奏する機会がある時だけ、プラス2人に参加してもらう形をとった。

さて、バンドとはいっても、当時弱冠15歳の高校1年生のこと、オリジナル曲を作りアレンジまでするというのはなかなか難しく、プロの曲のコピーをして遊んでいたというのが実情だ。

そこで、引き語り初心者の僕が最初にぶつかった壁が、高音が出なくてまともに歌えないというもの。五線譜

僕は、身体はでかくても、話す声は高い方だったし、歌う時も、ト音記号の五線譜の上のミ♯迄は出たので、音域としては全く普通だった。

しかし、プロのシンガーソングライターのオリジナル曲は、総じてキーが高く、コピーするにしても、ト音記号の五線譜の上のソ♯位まで出ないと話にならず、ラやラ♯位までは当たり前のように出てくるので、リードボーカルを取れる曲が制限される状況に陥ったのだ。

それを見ていた、相方じゃない方の、もう1人の弾き語り男が、「そんなもん、歌ってるうちに出るようになるよ。俺もそうだった」と、簡単に言ってくるので、その日から、チャゲ&飛鳥の飛鳥涼や、アリスの谷村新司の歌を中心に、毎日家で2時間は歌いまくって練習した。

すると、彼の言う通り、2年になる頃にはソ♯まで、卒業する頃には、ラ♯が出るようになったのだ(もちろん、裏声ではありません)。

初めて自主コンサートを開いたのが、高校2年の秋だったので、それまでには、リードボーカルを取る曲の選択に困ることはなくなっていた。

音域が広がると、バンドとして演奏できる曲調・曲想も広がり、アリス,かぐや姫,チャゲ&飛鳥ばかりやっていたのが、さだまさし,松山千春,浜田省吾から、フォークの神様、岡林信康まで、歌える曲が飛躍的に増えた。

こうなると、他人前で、高い音域の曲を、弾き語りで、しかも相方とハモって見せることが病みつきとなり、そうするうちに、オリジナルキーで歌うことに、強い拘りを持つようになった。

余談だが、あの頃は、ど素人のアマチュアバンドのくせに、妙な拘りを沢山持っていたなぁ。

ピックはギブソンの黒のトライアングルで、硬さはミディアム。

これが、僕の大きな手にはもってこいだった。

フォークギターの弦はマーティンのエクストラ・ライトゲージ。

国産のライトゲージの弦よりも安くて扱いやすく、音もしっかり響いてくれる優れものだった。

カポタストは、ゴムバンドのようなタイプのものが主流の時代に、僕はダンロップ製の、相方はヤマハ製の、ゴムが伸びる心配のないタイプのものを使っていた。

高校生だからこそ、お金をかけずに上手く自己主張するのも、バンドの楽しみ方の一つだった。


 話がそれたが、上記の理由でオリジナルキーに拘りをもつようになったせいで、今でも、カラオケボックスで自分の声にキーを合わせている奴を見ると、つい偉そうに言っちゃうんだよなぁ。
「お前、それは違うよ、オリジナルキーで歌ってナンボでしょ!」なんてね。

言われた側は、いい迷惑だよな。

今度、謝っておこう。


 では、また。